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 2019年7月24日(水)。
 7時前に起床し、昨晩の反省を踏まえてまだ空いていたフェリーのテーブル席を早めに確保し、クッキーを食べながら本を読んで過ごす。船内のレストランは7時半から開くが、たいした内容ではないのに値段が高く、ここもまた席の取り合いになることが予想されたので、あっさり回避する。船は10時には仙台に着くから、食事は陸地でのお楽しみとするのが賢明だろう。
 9時半には下船準備が始まり、定刻よりも早い9時50分には着岸して仙台港へとクルマを出した。

 食事は、往路でも使った24時間営業の「大衆食堂半田屋多賀城店」にて。どれもうまそうな惣菜が格安価格で並んでいる。ひととおり眺めてからおもむろにトレーを手にして、すき焼き、鶏とナスの甘酢あんかけ、納豆とそれに加えるネギをテイクし、かなり迷ってごはんは「中」(「大」はなく、実質大のかなりの盛り)にして、かっ込み始める。これで649円は、まいどおおきに系の食堂よりも確実に格安だ。

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大衆食堂半田屋多賀城店のマイセレクション

 ごはんが多くて苦慮したが、なんとか全部食べて、いよいよ山形へ。
 山形までも有料道路は回避し、国道48号線を使い2時間以上かけて、12時45分には帰宅して今回の旅を終えたのだった。

 7月24日の走行距離は93km。
 29日間の総走行距離は、5,619kmとなった。


(おわりに)
 今回の旅は、天候に恵まれたとは言えなかったが、北海道のバカでかさは身をもって感じることができた。
 幅の広い碁盤状の道路、地震災害から復興中の町、炭鉱が廃れて町の状況が一変してしまった道央の自治体、旧日本陸軍が駐屯していた大都市、花畑がきれいな丘陵が印象的な地域、樺太からの引揚者を船で受け入れていた町、冬になれば海が流氷に覆われる地域、自然と共存して生活する半島の集落、北方領土が見える北の町、湿原と昆布漁が目立った地域、開拓の歴史が息づく町、鉄道が災害で止まっても開発が進む町、観光客が幅を利かせる港町、かつては鰊漁で栄えた歴史を大切にしている町、北海道の入り口として変貌を続ける南の市、霧で見えなかった湖や山脈……。印象的な場面をいくつも見てきた。

 そして今回は、フリーとなったこの4月から数えて既に4回目の旅となったので、退職したばかりの頃に感じていた「第2の人生のスタート」とか「意義のある日々を目指す」とか「護送船団から離れての自己責任」とかの気負いや緊張感からはある程度自由になることができ、60歳でふらふらと巷をさまよっている自分に後ろめたさを感じることもそれほどなくなった。いい意味では、妙な肩の力が抜けてきたと言っていいのだろう。
 しかし一方で、こういった旅の日々にずっぽりとはまってしまってはいけないことも十分自覚しているつもりだ。他人の目など気にしないかのような薄汚い恰好や立ち居振る舞いを見せる、半ば旅が日常生活となっている車旅人間や、すっかり弛緩した表情でガイドに連れて行かれるままになっている高年夫婦などを、旅のあちこちで見かけた。つまり彼らは、旅をすることの意義をすでに失っているか、のっけから理解していないか、そのどちらかの人種なのではないか。
 手厳しい言い方になってしまった。意義など持たなくても、旅はできる。そういう生き方もあること自体はなんら否定するものではない。しかし、そんな「日常生活」や「時間潰し」は最早、旅と言ってはいけない範疇のもののような気がしてならない。
 旅をしながら故郷や友を想い、視線の先に景色以外の心象風景を見、足を踏み入れた現地の来し方や行く末をイメージしてみる。そういうことこそが旅を、ひいては自己の感性を豊かにするのではないかと思っている。

 この旅では、これまでの人生で出会ってきた北海道にゆかりのある人々について、関係する地に立って思ってみることができた。出会いから長い年月が経っている者もいるが、彼らは心の中で今も若々しくあることが確認できたし、彼らの人格形成等に北海道がどう寄与してきたのかを想像することは楽しい頭の体操となった。しかしその一方で、旅の最中に大事な友人が逝ってしまい、そのことに嘆き悲しんだこともあった。
 また、かつて訪れたことのある場所では、当時の印象がすっかり変わってしまっていることに驚き、初めて訪問した場所では、勝手に抱いていたイメージとの違いになるほどそうかと思わされたものだった。
 こうでなければ旅は充実しているとは言えないし、楽しくないではないか。

 そういう旅をするためには、行き先のことを事前によく知ることがとても大切だと痛感している。これから8月、夏本番を迎えるが、この季節は現役世代とその子たちのための日々だろうから、その間リタイア組は家で雌伏して旅先の研究を進め、9月になったなら次の旅に出ようかと考えている。
 9月はまだ暑い日々が続いているだろうから、期間としては長くても2週間ぐらいにとどめて、紀伊半島あたりを目指してみるのはどうだろうか。
(完)


 2019年7月23日(火)。
 前夜は飲み過ぎたとは思わないけれども、ホテルでシャワーを浴びただけで大きな浴槽で汗をかくことがなかった。そのためだと思うが、小便がしたくなって5時に起きる。汗というのはそういうものなのだ。
 昨晩は寝入るのが23時過ぎになったのに、目が覚めるのはいつもよりも早い。部屋の空調が暑かったこともあるかもしれない。せっかくいい環境で眠ったのに、いつもと違うぞと体は判断したようだ。

 ホテルの朝食を早々に済ませて、チェックアウト時間近くまで室内で粘る。苫小牧ではお土産を買うことぐらいしかやることが残っていないのだ。
 土産については、帯広「六花亭」の支店が苫小牧のイオンモールにあるようなのでそこで菓子を買い、どこかで大玉のマスクメロンも買って帰りたい。
 フェリーの発時間は19時で、ターミナルにはその2時間前までに行けばいいので、時間はたっぷりある。余った時間は、日帰り入浴施設で風呂に浸かって、北海道のフーテン暮らしで身についてしまった能天気な生活習慣と垢をきれいに流して寛ぐことにしようか。

 9時45分発。またも雨。となれば、考えていた日程で進むしかあるまい。
 まっすぐ「イオンモール苫小牧店」に進んで、夏の贈答品コーナーに並んでいたメロンがよさそうなのでここで買ってしまうことにして、中富良野産のいちばん糖度の高いものの特大2玉入りを選び、合わせて往路のフェリーで耳にした「夕張メロンゼリーもおいしい」という声に従ってそれもゲット。
 六花亭ではマルセイバターセット、リカーコナーでは増毛町の「國稀」の北海道限定純米酒を買い、都合1万2千円余りの買い物となった。

 11時を過ぎたので昼は、帰路にはここに寄ろうと決めていた汐見町の「喰い処弐七(にいなな)」で海鮮丼の弐七丼1,300円を食べる。
 海の幸がびっしり乗ったどんぶりに、味噌汁と5種の副菜が付いてこの価格。まあどんぶりの大きさがそれほどでもないのでとても豪華に見えるという仕掛けだ。でも中のごはんの盛り方は稠密で、けっこう腹にずしりとくるのだった。

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喰い処弐七の弐七丼

 買い物をしても、昼食を終えても、雨は降り続く。それではと覚悟を決めて、12時には「苫小牧温泉ほのか」に入店。塩サウナで汗をかき、風呂上がりにはセットに付いている湯着を着てリラックスし、フェリーでの過ごし方を先取りしてリクライニング室で昼寝と読書。16時までのんびりする。

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苫小牧温泉ほのかで北海道での汗、垢、疲れ、義憤などを流し落とす。風呂はいいものだ

 フェリーターミナルに向かう前に、テレビのCMで見たセイコマの「夕張メロンソフト」を食べて、フェリー内の高いレストランで食べるよりもと、早めの夕食を「ラーメンレストランニングル双葉店」にて。
 1日限定50食の野菜ラーメン830円。その名のとおり野菜がたっぷり。スープは塩仕立てではあるけれども旨味があり、生姜を使っておいしくまとめられたものだった。赤ナルトの乱切りが入っていたりするのを見れば、麺は北海道だけれども、これは長崎ちゃんぽんのつくりに近い。こういうおいしいラーメンを日常的に食べている苫小牧の人たちが羨ましい。

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ラーメンレストランニングル双葉店の野菜ラーメン

 苫小牧人といえば、苫小牧駅前のホテルに泊まり、すぐ近くに王子製紙の工場や貯木場があることを知り、苫小牧→王子製紙→アイスホッケーと連想が進んで、大学の同級生にアイスホッケーのスポーツ枠で入ったOという人物がいたことを思い出した。スポーツマンらしい細かいことを気にしないからりとした男で、八王子の高幡不動あたりで一緒に麻雀をしたものだが、彼は今どうしているのだろうか。そう思いネットで検索すると、なんと彼は、アイスホッケーの指導者としてだけでなく、日高地方の大手自動車メーカーの5つの販売チャンネルを統合する中心人物として苫小牧で大活躍しているのだった。

 19時発のフェリー「いしかり」にはスムーズに乗船し、パブリックスペースの椅子が持参の夕食をとる人たちで占領されているのでまずは二等客室でパソコンを開き、ここまでの行動についてドキュメントする。
 北海道を離れるにあたって、感傷的な思いは特に湧いてこない。来たければまた来ればいいのだ。

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明かりが灯り始めた苫小牧港フェリーターミナル

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間もなくフェリーいしかりに乗船

 ところで、スマホの調子が最悪だ。バッテリーの減りがものすごく速いのに加えて、車のバッテリーから充電しようとすると充電中のランプが点いたり点かなかったりで、継続して充電することができなくなってしまっている。そのため、常に充電不足となり、とうとう役に立たなくなってしまった。旅の最後だからまだいいが、これが旅の期間中ずっとこうだったらたまらなかっただろう。
 自動車バッテリーからコンバーターを経由して充電するのがよくなかったのだろうか。このコンバーター、スマホは充電できるが、購入した時に目論んでいたデジカメとモバイルパソコンの充電ができないシロモノで、今後はこれを改善すべきだろう。

 19時半でパソコンは終えて、あとしばらくは読書と飲酒といきたい。
 船内では缶ビールのほかに缶チューハイやハイボールなども売られていたので、それらを買ってテーブルと椅子があるパブリックスペースへ。しかしいずれの席もほぼ埋まっていて、たまたま空いていたと見えた椅子に座れば、ここは我々が取っていた席なんですとマヌケ顔をした老年オヤジ。君が席を立つのが当然だろうという姿勢があまりにも露骨なので、ついこちちもむかっ腹が立って、席取りはアリなんですか?と皮肉を言う。置いてあったものはただの紙ナプキンとプラスチックのフォークぐらいだろう。
 こちらはすでに缶チューハイのタブを開けていたし、テーブルに椅子が3つあるところに2人客が戻ってきたからといって追い出されるいわれはないので、頑として席を立たずに相席でどうぞと空いている席を示す。マヌケオヤジはぐちぐち言っていたが、睨み返してやると少しは大人しくなった。
 大きなマスクメロンを2つに切って、老年夫婦二人で公衆の面前で食べ進めている図というのもなんだかみすぼらしくもあった。
 2人が去ってからは寛げるようになって、苫小牧で入手した文庫本の3分の2ほどを読む。

 22時にはすでに消灯していた客室に戻り、眠りへ。隣の客の寝相がよくなく、時折足がやってくるので、こちらはその都度意識を取り戻すことになる。ウザいので、2回ほど足で奴の体を蹴押すことになった。

 7月23日の走行距離は31kmにとどまる。

 2019年7月22日(月)。
 夜中には耳栓越しにジェット機が飛ぶ音が頻繁に聞こえ、室蘭上空ってそういうことになっているのかと思いながら寝ていたが、それは大間違いで、強い風がずっと唸り続けている音なのだった。
 そんなわけでぐっすり眠れないまま、明るくなってきた6時起床。またもや朝霧が濃く、室蘭の道の駅では2日連続でこういう状況が続いた。
 トイレに行くのも難儀なので、小用を我慢してまずは今朝をもって役目を終えた空気マットの空気を抜き、いつもよりも丁寧に寝具を片付ける。
 山形選挙区では野党統一候補として立候補した芳賀道也が初当選。保守系代議士がどこぞから連れてきた落下傘の現職は落選。親(フィクサー?)の七光りがいつまでも続くはずはなく、まあ、そうなるだろう。

 7時過ぎには濡れそぼったイメージの強い「道の駅みたら室蘭」を発ち、「マクドナルド登別若草町店」で朝食と少しのログ付け。コンセントは別客に使われていて空いていず。wifiの飛んでいないマックというのも久しぶりで、充電もアップロードもできないけれども、いいんだもんね、今夜はホテルだから充電もwifiも心配いらないんだ。

 心配は今日の天気のほうで、これから登別温泉を経由して支笏湖を見てから最終投宿地の苫小牧に入る予定。登別の地獄谷めぐりがメインとなるはずだが、そううまくいくのだろうか。

 「登別温泉」には9時着。登別の市街からはだいぶ離れた山中にあった。ドリフターズの「いい湯だな」の歌詞にもなった北海道屈指の温泉地で、豊富な湯量と多彩な泉質に恵まれた温泉郷だというので寄ってみたかったところ。

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登別温泉街へ

 「地獄谷」は登別温泉最大の火山性泉源地で、1日1万トンのお湯が自然湧出している。地獄谷の周辺には遊歩道も整備されており、「奥の湯」や「大湯沼」などの景勝地を散策することができる。大湯沼川沿いの探勝歩道途中には全国でも珍しい「天然足湯」が体験できる場所が整備され、国内外を問わず人気スポットになっている。
 しかし、聞くのと実際に見るのとでは大きく違う。予想どおり雨が強いし、地獄谷の前ではまたもや駐車料金の搾取地獄が待っていた。いったいどっちがホンモノの地獄なのかと言いたいぐらいだ。見に行くには濡れネズミになることを覚悟するほかに泥棒に追い銭的な金まで払わされるのでよっぽど引き返そうかと思ったが、そこから100mほど山のほうに行ったところに空き地があったので、それなら見てみようとそこに停め、傘をさして果敢にも地獄谷へ。
 登別温泉街の北東にある、長径約450mの爆裂火口跡。登別温泉の最大の泉源地で、谷に沿って多くの噴気孔や湧出口が点在し、もくもくと白煙を上げている。それらが遊歩道からよく見ることができる。これはここでしか見られないもので、雨を衝いても見た甲斐はあった。

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雨を衝いて来たぞ登別地獄谷

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木道のどんづまりまで行ってみる

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雨だよ雨

 そこでトラブル発生。山手から戻って有料駐車場付近を通ると、道路の真ん中で駐車場に入れさせようとバスの誘導をしている銭ゲバオヤジ。バスが対向車線に大きく膨らんでこちらの進路を消しているのに、バスの死角側から早く前へ進んで通り過ぎろとこちらに怒鳴って指図してくる。アナタからは見えないだろうけれども、バスが邪魔で進めないんじゃないか。
 お前サンは何の権限があって公道上で無理な指示をしているのか。あまりの我が物顔の行動に腹が立ち、窓を開けて「通れないから止まってるんじゃないか!」とオヤジを怒鳴りつけてやった。こちらは待っているだけなのに。繰り返すがここは公道で、邪魔をしているのはアンタ方なのだ。

 腹立たしさは収まらないが、カネに目が眩んで自己を見失っているバカを相手にしてもしょうがない。温泉街に戻って、「閻魔堂」を探す。
 それは登別温泉のメインストリートの「極楽通り」にあった。お堂の中には閻魔様がいて、ふだんはやわらかい表情なのだが、1日に6回ある「地獄の審判」の時間になると怒った表情に変わり、このカラクリ仕掛けの審判が受けてみると結構面白いのだという。次の審判は30分後の10時だったので、残念ながら見ることができずに終わる。

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ああ、雨なんだってば。閻魔様、何とかして。閻魔に頼んでもダメか

 車で改めて山のほうへと向かい、「大湯沼」を見てさらに奥の「奥の湯」に着くと、こんな山奥のどんづまりにも500円欲しさに駐車場があるのだった。怒。おまいらバカか、そうはいくかとオヤジに「Uターンします」と冷たく言うと、「はいはい」とここまでやってきた観光客に対してまったく悪びれる素振りもない。金を出さなければ客ではないと考えているのだろう。
 駐車料金のおかげで名勝を見ることができないニッポン。先の出来事と合わせて、登別温泉に対するイメージはこの旅、いや、すべての観光地の中で最悪のものとなった。せっかくだから名湯に浸かっていこうと思っていたが、やめた。観光客の皆さん、登別温泉とはそういうところですよ。何とかしてよ、登別市。
 さらにしばらく走って「クッタラ湖」の湖畔まで行ってみたが、霧と雨で何も見えず。まったくもう!

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大湯沼、なのだそうだ(なげやり)

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はるばるクッタラ湖畔まで来てクッタリ(おやじギャグ)

 「支笏湖」へは、いったん噴火湾沿いに出て、苫小牧まで走ってから再び山岳部へ進むルートが至近らしい。この旅では北海道を走っていながら味噌ラーメンを一度しか食べていなかったので、苫小牧でいい味噌ラーメンを食べさせるところはないかと調べて、「らーめん宝来」という店へ。
 五目味噌(元祖)ラーメン830円。タマネギ、モヤシ、白菜、ニラ、ニンジン、シイタケ、キクラゲ、豚肉のほかに、アワビの食感に似たコキコキの貝類が入っている。魚介風味のおいしいスープは山形の「天狗山」系のスープにも似てコク深く、汗さえ噴き出さなければ全部啜りたくなるものだった。やや細めの玉子麺だが、このスープには太麺が合いそうだ。
 飛び込みだったがいい味噌ラーメンに出会ったと思う。

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苫小牧のらーめん宝来

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五目味噌(元祖)ラーメン

 そして「支笏湖」。長径13km、短径5kmのほぼ東西に長いマユ型のカルデラ湖で、シコツとはアイヌ語で「大きな窪地」の意味とのこと。最大深度が363mほどもあり、行政区域としては千歳市に属する。日本で最もきれいな湖の1つで、日本最北の不凍湖としても知られている。
 支笏湖温泉付近に行ってみたが、ここも雨足がはっきり見えるほどの降りようで、またもや500円地獄が待っていたし、湖畔近くの多くの道は通行禁止になっていて、なんだか近寄りづらい雰囲気がある。そうは言ってもせっかく来たのだからと車で入れるところまで進んで湖の写真を撮る。でもまあ、はっきり言って何にも見えなかったに等しかったな。こんなに走ってはるばるやってきたのに、まんま「労多くして益なし」。駐車場のオヤジどもはそれでも自分たちのせいではないもんねと涼しい顔なのだろうな。ふん、ファッキューアゲイン。

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支笏湖は見えないし、東屋は閉鎖中

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湖面が見えたと言ってもこんな程度だもんね(運転席から)

 雨と強欲オヤジに降参して山を下りてくれば、平場になるにしたがって霧は去り、雨も上がる。こうなると、登別温泉と支笏湖はなにか邪悪なものたちが渦巻いている魔の巣窟のような地だったのではないかと思えてくるのだった。

 苫小牧の市街に入れば先は急がないので、いやなことは忘れて心穏やかにして運転していこう。山手よりもぐっと安い価格でガソリンを補給し、この1か月間近くよくがんばったなとの思いを込めてフォレスターをワックス洗車する。
 読む本がなくなってきつつあったので、駅前のドン・キホーテが入っている建物にあった「くまざわ書店」で文庫本を1冊購入。

 本日泊りの「東横イン苫小牧」には早々と15時にチェックインして一休み。
 17時過ぎに外出し、少し歩いて「海鮮楽屋福福屋」で飲むことに。ここは「千年の宴」そのもの? 地元系の独立店で飲みたかったのだけどな。
 炭火串焼盛り合わせ、直送鮮魚の御造り、豆富の揚げ出汁湯葉衣揚げで、ジムビームハイボールと白鶴生貯蔵酒。いずれも正直言ってぱっとしないものだったのに、3,535円は安くないでしょ。客もほとんど入っていないし大丈夫かな。

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まずはジムビームハイボール喉を潤す

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炭火串焼盛り合わせは細いものでしょぼかった

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直送鮮魚の御造りには日本酒を合わせよう

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〆は豆富の揚げ出汁湯葉衣揚げで。北海道を巡る旅も最終盤となったなぁ

 19時半には部屋に戻って、久しぶりにテレビを見ながらパソコン作業をする。「世界水泳 韓国・光州」などを見る。
 部屋で過ごせばそれなりに寛ぐが、部屋に電気がついているのでついやらなくていいことまでやってしまい、結局眠る時間が遅くなるのだった。

 7月22日の走行距離は161km。

 2019年7月21日(日)。
 天気がよくない気配を察したので、6時半近くまで眠る。別棟になっている小さなトイレは劣悪で、便器が少なくて暗く、ウォシュレットはなく、汲み上げの水なので水洗の水が出てくるまで10秒ぐらいの間がある。1基のみの洗面台で髭を剃るが、幸いこの間他の利用者はいなかった。こことは別に24時間トイレがあったのだろう。

 7時10分に行動を開始して、まずは洗濯から。東室蘭高砂町にある「コインランドリーアップル」にて。洗濯物をマシンに投入して、近くのセイコマでサンドイッチと牛乳で腹ごしらえをする。
 近くに「室蘭工業大学」があったので見に行っておく。東室蘭の山手のどん詰まりにあって場所はあまりよくないが、小樽商科大学のような強烈な坂がないだけマシだろうか。外見から判断して研究施設等は整っているように思えたが、どうだろう。
 洗濯中にようやく霧が晴れてくる。9時過ぎまでかかって洗濯終了。

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室蘭工業大学正門

 まずは情報収集をしようと向かった「室蘭駅」。室蘭駅は東室蘭から分岐してくる室蘭本線の駅で、かつてはもっと栄えていたのだろうとは思うが、小さい駅だ。駅に近いアーケードのついた「室蘭中央商店街」は多くの店でシャッターが下りていて、元気がない。
 現在の駅から数百メートル離れたところにある「旧室蘭駅舎」が観光案内所になっていると知り、そちらへ。1912年に建造された道内駅舎の中では最古の木造建築物。寄せ棟造りで、明治の洋風建築の面影を残す屋根や白壁づくりの外観、外回りは入母屋風で「がんぎ」づくりのアーケード様式となっている。内部は展示スペースや休憩所として開放されている。ここで地図をゲットする。

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JR室蘭駅

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旧室蘭駅舎は観光案内所になっている

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旧室蘭駅舎の内部は展示スペースとして使われていた

 自然景観も見ておきたいと思い、はじめに「銀屏風」へ。室蘭八景のひとつだというが、いま一つの感じだ。まだ「銀」だからね。
 「絵鞆(えとも)岬展望台」。南に突き出た室蘭半島の西端にある。「絵鞆」はアイヌ語の「エンルム」で、「突き出ている頭」を意味するのだそうだ。
 「祝津公園展望台」。祝津って、小樽にもあったよな。ここは室蘭のシンボルと言っていい「白鳥大橋」や室蘭港を間近に見ることのできる展望台だ。

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銀屏風はいまひとつ

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絵鞆岬展望台

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祝津公園展望台

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祝津公園展望台から見た白鳥大橋。この橋を何度も渡った

 「地球岬展望台」。太平洋を望む120mの断崖上に立つ白亜の灯台とマリンブルーのコントラストが息をのむ海の景観を演出している。国内でも有数の景勝地であることを自負しているようだが、その風景は確かにすごい。地上は曇りだが、太平洋方面は雲が薄い。

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地球岬展望台からの絶景

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地球岬展望台

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誰もが見惚れる風景ではないか

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展望台の手前にあったモニュメント

 「金屏風」。地球岬とトッカリショの間にあり、約100mの直立した崖面が連なり、赤褐色を帯びた崖面に、朝日が映えるとあたかも金の屏風を立て連ねたように見えることから、この名で呼ばれるようになったという。
 「名勝ピリカノカ」から眺める「トッカリショ」。ピリカノカは「美しい形」の意で、トッカリショは「トカル・イショ」(アザラシの岩)が語源。緑のベルトと奇岩で綾なす絶壁の荒々しい景観で、室蘭を代表する景勝地なのだという。

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金屏風1。ビューポイントの右側

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金屏風2。同左側

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トッカリショ。これもここでしか見られない風景だろう

 またも東室蘭に移動して、東室蘭駅の「西口駅前通り」にある「お食事処味しん」で昼食。
 焼きそば800円。味しんではこの焼きそばがメニューのトップに君臨していて、「昭和45年創業から変わらず守り続けてきた味。特製ソースにからまった大きめのシャキシャキ野菜や豚肉、エビなど具材がたっぷり。アツアツの鉄板でお召し上がりください。スープ付き」との説明があり、まことにそのとおりの名品だった。タレは甘めに振れていて、炒めは豚ラードだろう。

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味しんの焼きそば

 いちおう東室蘭駅も見ておく。駅の構えはこちらのほうが室蘭駅よりもずっと本格的。西口には商店街を伴う大通りがあり、東口はその後の開発だと思われるがある程度の集積がある。室蘭と東室蘭で勢力を分け合っているようにも思われ、室蘭は全体として核になっている繁華街がないような感じだ。

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JR東室蘭駅。右手の黒いのは何だったか

 半島のほうに戻って、白鳥大橋を袂の近くから見ようと、「白鳥大橋展望台」へ。ちなみに白鳥大橋は、全長1380m、主塔の高さ139.5mの1998年に開通した東日本最大の吊り橋で、国道37号の自動車専用道路。通行料は無料。夜間はライトアップとイルミネーションによって、スワンホワイトに輝き、工場群の灯りとともに美しい夜景を演出する。
 展望台まで100段以上ある階段を上って到達。風がびょうびょうと吹いているし、ここで橋見物をしているのは自分だけだった。

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白鳥大橋展望台から見た白鳥大橋。寒っ!

 というわけで、この日も14時には探索を終了し、前日と同じ「ゆらら」で風呂。16時までログ付けをして、その後少し休憩。
 となれば、今夜のステイも「道の駅みたら室蘭」となる。トイレ問題だが、確認したところ、道の駅の建物内にも24時間トイレはあったようだ。が、これだけの滞在者がいるわりには便器の数は少ない。

 セブンでハムとポテト入りのサラダと幕の内弁当、缶チューハイ2本を仕入れて、17時半上がり。昨日と同じポジションに駐車して、大相撲名古屋場所千秋楽の鶴竜の優勝インタビューを聴きながら飲み始める。日曜の夜は水族館が閉まり、目の前の観覧車も動いていない。

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夜の道の駅みたら室蘭。ライトアップされた大橋が見えた

 明日は北海道の最終宿泊日となるが、最後ぐらいはホテルにしようかと「東横イン苫小牧」の空室状況を見るとまだ空きがあったので、そこを予約する。料金も5千円台と、良心も懐もあまり痛まない程度だ。
 となると、車中泊は今日が最後となるわけだ。明日はホテルだと思うとなんだかホッとするところがあるし、少しうれしかったりする。
 今日は参議院議員選挙の投票日で、20時前から開票速報を見始める。議席3の北海道選挙区では高橋はるみら3人が20時と同時に当確が出たのを見て、21時前には就寝。健全だな。

 7月21日の走行距離は85km。

 昭和新山を見ようと壮瞥町へ。
 「昭和新山」は、最も新しい火山の1つで、1943~45年に活発な火山活動を見せたといい、現在も噴気活動が見られる。温度低下と浸食などによって年々縮んでいるのだという。
 まあ、昭和新山は麓から眺めることとし、「有珠山火口原展望台」には昭和新山山麓駅から往復1,500円もするロープウェイに乗らなければならないのでカットし、山麓駅近くにある「アイヌ記念館」は入館料も手ごろなのでそれを見ようとアプローチ。すると、広々とした駐車場があり、おっさんが寄ってきて前金を請求する。これらはすべて有料で、なんと500円とのこと。そういうことをさも当たり前にヌカすおっさんの顔を見て急にばかばかしくなり、こちらも顔面が弛緩して「じゃあ帰ります」と告げる。だって、ロープウェイに乗らないボクは216円のアイヌ記念館に入るだけなのに、500円の駐車料金はどうしたって払いたくないでしょ。
 ということでUターン。アイヌ記念館カット。だけど、駐車場から見える昭和新山の写真だけは撮らせてもらった。地頭は倒れるところに藁をつかむのだ。
 あとで知ったが、昭和新山は火山そのものを個人が所有しているという世界的に稀な火山なのだった。ファッキュー。

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昭和新山

 昭和新山が不発に終わったので、壮瞥町ではもうひとつ、「横綱北の湖記念館」を見ていくことにする。こっちは250円でもちろん駐車場はタダ。コスパは断然こっちのほうがいいだろ。
 資料はしっかり集められていて、国技館の歴史があり、歴代横綱や過去の幕内最高優勝力士が顔写真入りで紹介されるなど、古い相撲ファンにとっては懐かしいものが多い。これらに加えて千代の富士記念館のように対戦映像があればもっとよかったと思う。

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横綱北の湖記念館。両国国技館を模したのか?!

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記念館内。北の湖、堂々の土俵入り

 伊達市に下りてきて、「有珠善光寺」へ。なぜここを立ち寄り地のリストに入れたのか思い出せないが、北海道は寺社仏閣が少ないのでひとつぐらいは見ておけという気持ちと、蝦夷地の最古の寺院ということがあったようだ。
 826年が開基とされ(ホントか?!)、1804年に江戸幕府より建立された蝦夷三官寺の一つで、蝦夷地最古の寺院。1974年国指定史跡。茅葺の屋根が立派で、本堂とその脇の和風建物が開放され中を見ることができるようになっていた。日本人のまともな団体バスツアーが来ていた。こういう静謐な場所には唯我独尊でやかましい団体観光客は来てほしくないものだ。

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有珠善光寺

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官寺設置200年の記念碑が建っていた

 伊達市で昼食。「じぇんとる麺 伊達店」で室蘭カレーら~めん750円を食べる。
 室蘭のカレーラーメンは初体験で、カレー色というよりも深緑色のスープにびっくりする。なぜにこういう色? ワカメがたっぷり入っているが、それってカレーと合うと言えるのかどうか。炒めモヤシには白菜も。麺は西山製麺。スープはおいしく、これならば半ライスを投入すべきだよなと思いながら完食。結果、大汗。並びにあるイオンモールに入って涼ませてもらい、小用も。
 「じぇんとる麺」は室蘭本拠で、室蘭周辺でいくつかの店舗展開しているようだ。

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じぇんとる麺伊達店の室蘭カレーら~めん

 伊達市の「総合公園だて歴史の杜」。敷地内には道の駅になっている伊達市観光物産館や最古の開拓農家が展示される開拓記念館などがある。今回入ったのは「あけぼの だて歴史の杜カルチャーセンター」ぐらいだったが、なぜここは本州の城跡のようなつくりになっているのだろうか。ここには江戸末期の城があった? しかしその再現のさまは、城門はコンクリートの打ちっぱなしでできていたり、石造りの城壁も小学生だって容易に登り切れるような高さだったりで、どうにも中途半端なつくりなのだった。
 後に調べたところでは、北海道の伊達市は、伊達氏14代当主の伊達邦成が明治政府より有珠郡支配を命じられて開拓役所と支配所を設置し、宮城県より仙台藩の分家筋に当たる亘理伊達氏が集団移住をしてきたことが礎となっている。つまり伊達つながりは明治以降からのことで、城などあろうはずがない。ちなみに福島県にも伊達市があるが、こちらは伊達氏発祥の地だ。

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だて歴史の杜カルチャーセンター「あけぼの」

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総合公園だて歴史の杜のチープな感じの大手門(模擬)

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大手門近くには蔵を改造したと思われる奇天烈な飲食店があった

 さて、まだ13時前だが、ここで減速。残された旅の日数と今後のルートを考えれば、このペースでいけば1日分ぐらい時間が余る勘定になる。「だて歴史の杜」からはマクドナルドの「M」の看板も近くに見える。
 ということで、「マクドナルド37号伊達店」に入って、14時半までコークのMで粘り、本日のログ付け+充電+ブログ記事のアップロード。

 その後は室蘭に入り、「ゆらら」という温泉施設で長滞在し、たっぷり汗を流してからは休憩室にて久々にじっくりと本を読んで昼寝。15時頃から3時間ほどはいただろうか。
 ここでは持ってきた本5冊のうち4冊目を読み終えた。

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温泉施設「ゆらら」で長滞在

 食料・飲料の買い物を済ませて18時半。今夜のステイ先は「道の駅みたら室蘭」。室蘭にはネットカフェもあるが、それよりも車泊が体に馴染んでしまっている。電子機器の充電はしてあるからコンセントは必要ないし、今日は週末料金で高いだろうし、ネカフェに無用の金を投入する必要もなかろう。
 「道の駅みたら室蘭」はすぐ近くに市立水族館などがあり、土曜とあって駐車場は夜までにぎやかだ。道の駅から少し離れたところに車を停めて、セイコマの総菜3種(明太ポテサラ、棒棒鶏、牛肉コロッケ)で缶チューハイ2本。総菜はいずれも120円程度で、3種あればけっこう楽しめる。車内でNHKのニュースと、続くブラタモリが釧路湿原編だったのでそれも見て、20時過ぎには就寝。

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道の駅みたら室蘭(翌朝撮影)

 7月20日の走行距離は95km。

 2019年7月20日(土)。
 5時45分起床。昨夜よりも駐車している車が増えている。セイコマのカフェオレパンと牛乳の朝食とる。この日もどんよりとした空で天気がよくない。今年の初夏は日本中で日照不足になっているようだ。
 本日は洞爺湖、有珠山を回って、室蘭ステイの日程で進む。7時15分発。

 豊浦では、「豊浦海浜公園(豊浦海浜公園キャンプ場)」を見ておく。昨夕利用した「しおさい」の近くの浜で、霧と雲とで見てもちっとも楽しくない浜の状況。浜のそばにテントサイトがあるのだが、この寒い中テントの中に親子3人でじっとしている姿などが見られ、それがとても貧相に思えてしまうのが悲しい。海はやはり青空がよく似合い、どんよりではどうにもサマにならない。この調子ではこれから向かう洞爺湖もダメなのだろうな。

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この雲なんとかならないか、豊浦海浜公園

 洞爺湖への道は濃い霧のためアイサイトも業務放棄をしがちになる。摩周湖や美幌峠でも霧だったし、今回の北海道の山岳地帯や湖はなかなかその美貌を見せてくれない。
 しかしなのだ。向かった「洞爺湖サイロ展望台」では、どうせサイロしか見えないのだろうと思ったら、ラッキーにも湖が見えるのだった。よーし、でかしたぞ。対岸にある洞爺湖温泉街もよく見えるし、これはかなりの幸運だったのではないか。なかなか顔を見せてくれない美人がチラリとながらようやく表情を拝ませてくれた形。喜んでパチパチ写真を撮っていたが、しばらくしてまた霧が。一瞬のことだったな。

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洞爺湖サイロ展望台

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サイロ展望台から見た洞爺湖1

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サイロ展望台から見た洞爺湖2

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しばらくしてまた霧が覆い始めた

 洞爺湖そばの丘にある「レークヒルファーム」。ここでは牧場風景を眺めながら自家製生乳使用のソフトクリームを食べたかったのだが、未開店のため写真を撮って通過。

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レークヒルファーム

 洞爺湖畔の「洞爺湖温泉街」に到着。公共の無料駐車場に車を停めて湖畔を歩くことにする。
 洞爺湖は、日本で9番目に大きい湖で、ほぼ円形のカルデラ湖。湖内に中島があり、昭和新山、有珠山、遠くに羊蹄山などを望むことができる。洞爺湖温泉は旅館・ホテルが林立し、バスや遊覧船の拠点になっている。
 「北海道洞爺湖サミット宣言の地」の碑は遊歩道の「湖畔通り」にある。ブナの葉をイメージしたデザインだというのだけど、そうなの? 2007年5月19日の日付が入っており、花がきれいに植えられているのはいいが、安倍晋三夫妻の写真まで添えられている。
 その先にあった「洞爺湖噴水広場」。連なる噴水がいい感じだ。

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洞爺湖畔

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政治的な匂いがする「北海道洞爺湖サミット宣言の地」の碑

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洞爺湖噴水広場

 遊覧船乗り場のほうに戻ってくるが、そのターミナルビルはなんだか趣味のよくない洋風の城のようだなと見ていたら、それはなんと遊覧船そのものなのだった。こんなのに乗って洞爺湖を遊覧するのはかなり気恥ずかしいのではないか。
 洞爺湖畔は、湖畔通りを中心に「とうや湖ぐるっと彫刻公園」になっている。湖畔に「生の賛歌」をテーマとした58基の彫刻群があるのだそうだ。

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動く城のような遊覧船は趣味がいいとは言えない

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湖畔には花が植えられている

 湖畔通りから温泉街に戻って、9時に開いた「北海道洞爺湖サミット記念館」へ。他に誰もいない展示室には洞爺湖サミットで使われた大テーブルや当時集った元首たちの写真などがあった。サミットが開かれたのは洞爺湖畔の某ホテルだったと記憶しているが、そこからここへと持ってきて展示しているということなのだろう。展示物を見て洞爺湖でサミットが開かれたのは2008年7月7~9日だったということを確認したが、その時のホスト役は当時の福田康夫首相だった。とすると、先に見た「サミット宣言の地」とは何を意味していたのだろうか。
 調べてみると、「宣言の地」のほうは、サミット開催の1年余り前に、安倍前首相がサミットの名称や開催時期を発表した場所なのだとのこと。それだけで碑ができるの? うーむ……これはかなり政治的な匂いを感じる。あまりいい匂いとは言えないぞ。

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北海道洞爺湖サミット記念館

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洞爺湖サミットで使われた大テーブル

 「洞爺湖ビジターセンター・火山科学館」。無料部分のビジターセンターでは、洞爺湖の自然や動植物に関する展示物があった。有料エリアとなる火山科学館では、噴火の歴史や実際に被災した線路や軽トラックを展示し、巨大な3面スクリーンで噴火当時の様子を大迫力で体験できるようなのだが、600円なので割愛。
 洞爺湖の最後には「わかさいも本舗」に寄り、洞爺湖温泉土産として有名な銘菓「わかさいも」を買う。旅も最終盤に差し掛かり、土産についても考えなければならなくなってきた。

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洞爺湖ビジターセンター・火山科学館

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洞爺湖ビジターセンターの内部

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わかさいも本舗