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 2019年3月末をもって仕事人間でいることに終止符を打って、4月には小笠原諸島への離島旅と房総方面への車旅を敢行しました。
 そして、令和記念の10連休のGWが一段落して生産年齢の方々のお祭りが沈静化してきた頃合いの5月12日、リタイア後3度目の旅に出ることにしました。
 北陸までは車で何度か行っているので、今回の車旅はその先の日本海側、北京都、北兵庫、鳥取、島根方面を目指します。
 いつまでの間に、どこまで行くのか、ということについては極めて曖昧。概ねそっち方面に行って、いやになったら帰る、ぐらいのアバウトな計画です。
 仕事などの社会的制約を持っている人ならば、旅は何日間と決めて、その間に見られるものは見て、時間がなければ一部を割愛する、というものが普通でしょうが、そのようなしがらみがなくなってしまえば、見たいものはいつまでも見て、どこも飛ばさずにむしろ現地で興味を引くものがあればどんどん加えて旅の期間を延ばしていく、ということが可能なのです。

 6時起床。天気もいい。日常的にやるべきことを終えてから荷物をまとめ始め、積み込みをして、9時半に出発。このあたりの手はずも2度目となれば淡々としたものです。
 途中小国町の「金ちゃんラーメン小国店」で醤油らーめんを食べて新潟県入り。高速は使わないという旅のポリシーに沿って、ずっと下道を運転して燕市へ。
 ドラッグストアでストロング系の虫よけスプレーを買う。前回の車旅では蚊から手ひどいダメージを受けており、手首などにはいまだに喰い跡が醜く残っている。今回は同じ轍は踏むまいと考えて、周到に。

 燕では、地場産業振興センター内にある「メッセピア」の物産館に赴いてみる。燕市や三条市は作業工具・刃物・金属洋食器などを産出する金属製品の町。このセンターは、そんな地場産業の人・技術・情報の交流、商品・技術開発の中核機能となるもので、観光の拠点ともなっている。燕の鋏や金物系の食器などがずらりと並んだ珍しい物産館だった。
 すぐそばにイオンタウンがあり、へぎそばの雄「小嶋屋総本店」の支店があるのを確認するも、あとで別のところで食べればいいやといったんはスルーする。

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メッセピア並びの三条商工会議所ビル

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メッセピア内の物産館へ

 目論見よりも移動が遅く推移していることはあまり気にせず、次は弥彦山方面へ。
 山形県の羽黒山のそれよりも大きいと見た弥彦神社の大鳥居をくぐり、弥彦駅前の駐車場に車を停めて、弥彦界隈を散策する。弥彦公園の「横綱羽黒山の顕彰碑」を見て、「おもてなし広場」の向かいにあった観光案内所で情報収集し、途中「親鸞聖人清水」、「住吉神社の蛸欅」、「明治天皇行在所」を見て、「弥彦神社」へ。越後国の一宮として県内外の信仰を集めてきた神社だ。

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弥彦神社の大鳥居が見えてきた

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弥彦線弥彦駅舎

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横綱羽黒山の顕彰碑

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親鸞聖人清水

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明治天皇行在所

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境内入口

 神社内では、神様が渡られる橋だという「玉の橋」、なぜか敷地内に立派に整備されている相撲場と弓道場を見て、随神門をくぐり拝殿へ。先に見た成田山新勝寺よりもコンパクトだけれども、なんだか落ち着くちょうどよい大きさと清潔感がある社だった。

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玉の橋

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弓道場では弓を射る者あり

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随神門

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拝殿

 弥彦神社の社叢は杉の木がとても立派。ロープウェイ乗り場行きの無料シャトルバスの客引きの声を聞きながら移動する。「弥彦公園」を回って弥彦駅へと戻るが、公園は広く、紅葉の季節にはきっと素晴らしい景色になるのだろうと思った。

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弥彦公園の歩道トンネル

 ロープウェイよりも経済的と考えて無料の「弥彦山スカイライン」を使って弥彦山の山頂へと向かうが、けっこう遠回りの長いくねくね道だった。1970年開通で、全長16.8kmもあったとは、後で知ったこと。
 着いた地点は標高634m。東京スカイツリーと同じ高さ? そこからは360度の大パノラマが楽しめるはずだったのだが、それは料金を支払って展望台まで行かなければ望めないようになっていたのは残念。無料の駐車場からは、西に傾く太陽と海に横たわる佐渡島方面だけは見えた。陸側はいいや、べつに見えなくても。

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弥彦山の山頂付近

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この眺めは小笠原か

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展望公園行きクライミングカー乗り場

 この段階で17時を回ってしまい、その後に予定していた寺泊はこれから行ってももう遅いだろう。
 ここらで今日の行動は終わりにするが、だとしたら夕メシはぜひともへぎそばにしたい。そう思ってしまい、いったん燕へと取って返し、先にチェックした「小嶋屋総本店県央店」へと戻る。
 刻み海苔をまぶしたいわゆるざるそばの「花へぎ」864円。
 これが極めて美味。きりりとした細打ちの蕎麦に擂り胡麻付き。ネギは別添えになっていて好きなだけ使ってよく、山葵はちょいづけでも鼻が痛くなるぐらいのしっかりした効き。さらにとろりとした蕎麦湯もたっぷりで絶品で、これにもネギを投入して2杯いただく。
 こういうのを一流のもてなしって言うんでしょ。山形の蕎麦はおいしいけれども、これほどのもてなしはないと思う。負けないでがんばらないと。

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へぎそば

 ということで、またもや弥彦方面に戻って、今夜の泊地は「道の駅国上(くがみ)」とする。すぐそばには日帰り温泉「てまりの湯」があり、19時頃に入ったところ、タオル付きで夜間料金300円とは安い。これじゃ儲けはないでしょう。
 風呂から上がってから近くのコンビニまでひとっ走りしてビールと缶チューハイを調達し、車内で一人宴会を開催。
 今夜は燕でネットカフェでもいいかと思ったけれども、日曜なので料金が高く、最安ゼロ円の車内泊にした。今日のドキュメントもランタンを使って車内で。
 22時頃に眠る準備をして、今日はここまで。晴れのいい一日だったな。おやすみなさい。

 5月12日の走行距離 257km。

 5時起床。昨晩は半袖のままで後席の窓にネットをかけ、半開きにして眠ったのだが、夜には気温が下がったようで、寒くてよく眠れなかった。途中で長袖を羽織り、後席から身体を延ばしてコクピットの電源ボタンを押してウインドウの開きを絞ったのだが、それでも寒くてちぢこまって寝ていた。蚊の影響がないのがせめてもの救いだ。
 朝日を浴びながらパソコン作業をして、7時20分発。

 この日は寺泊から。
 「寺泊海浜公園」へ。駐車場周辺は砂丘地になっていて格別のものはないのだが、「平和の礎」の像なんていうものがあり、名前だけ聞けばここは沖縄糸満摩文仁の丘かという感じ。
 そのすぐ近くの道路沿いが「寺泊魚の市場通り(魚のアメ横)」になっており、鮮魚店がずらり。駐車場も巨大で、週末ともなればは買い物客でさぞかし賑わうのだろうと想像できる。しかし、平日朝のこの時間帯ではその片鱗もない。

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新潟版「平和の礎」

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「魚のアメ横」は鮮魚店がずらり

 寺泊の集落内に分け入って、平安時代から近世まで栄えていた豪族、南屋五十嵐家の邸宅跡だという「聚感園」を見る。旧邸部分が公園になっている。

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聚感園

 「寺泊港」は、佐渡汽船の発着港にもなっているところ。その近くには歌人馬場あき子らが平成17年にこの地で詠んだという短歌などを刻した碑やモニュメントがあった。周囲の風景は、漁船、青空、弥彦山と、とても清々しいのだった。

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佐渡汽船のりば

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寺泊港のモニュメント群

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こんな漁船が目の前に停泊中

 寺泊から少し走って、「信濃川大河津資料館」へ。1909年の着工から約20年かけてつくられた分水路だったが、2011年11月に新たな可動堰が通水し、その役割を終えた。この資料館では、これらの工事や歴史が学べる。
 9時の開館なのに8時40分には着いてしまったので、資料館の外観や旧分水路などを見て時間をつぶす。まだかなと入り口に行ってみると、アレマ、今日は月曜で休館日なのだった。あっちゃあ。……ということは、これから行くつもりのいくつかの記念館なども休みなのか?!

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これは新しいほうの可動堰だろうか

 連続休館地獄の不安に駆られつつ、長岡方面へと転戦。
 JR長岡駅前の「アオーレ長岡」の駐車場にクルマを入れる。長岡市役所とアリーナ等が一体となった複合施設になっている。ここはもともと長岡城があった由緒ある場所のようで、その一角に「長岡城址」であることを示すささやかなモニュメントがあった。そのすぐ脇は今や絶滅危惧種となりつつある喫煙所。この場所にその設備はないだろうという感じだ。

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「アオーレ長岡」のむエントランス

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「長岡城址」を示すモニュメント

 そこから歩いて向かった「長岡戦災資料館」はやはり休館。1945年の長岡大空襲を語り継ぐ資料館だというから興味深く思っていたのに残念。大真面目に現場まで足を運んでいるけれども、調べてから行くべきだ。でも、休みであれば入館料という出費がかさまないというメリット?もあるのだが。
 ダメもとでもう1軒、「山本五十六記念館」に行くが、幸いここはやっていた。初めて知ったが山本五十六は長岡が生んだ偉人だったのだ。記念館の説明論調を信じれば、彼の人となりは実に素晴らしい。

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「長岡戦災資料館」は休館

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「山本五十六記念館」は開館していた

 ここで昼メシ。昨日は麺類の連荘だったので、ごはんものにしよう。道沿いにある最初のごはんものの飲食店で食べようというギャンブルをして、まさに最初の「からやま」という店に入る。山形にはない唐揚げ専門のチェーン店。オープンキッチンやフロア担当はすべて女性で、男性調理人もいたようだが彼の担当はバックヤードで、表に出てこない仕組みのようだ。
 昆布からあげ定食、702円。唐揚げ粉に昆布が入っているのかな。昆布の風味はあまり感じられず、これだったら割安の普通ものでもよかったかも。サービスのごはん大盛りは自重。鶏肉はブロイラーが市場を席巻して原価が安いので、けっこう儲かっているんじゃないのかな。

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昆布からあげ定食

 長岡市内から少し離れた「新潟県立歴史博物館」へ行くも、出たっ、ここも月曜休館! 新潟県の歴史、文化を紹介する広大な博物館で、「新潟県のあゆみ」・「雪とくらし」・「米づくり」などのコーナーがあり、雪国の雁木通りや縄文人の暮らしの実物大のジオラマは必見――ということだったのだが。
 こうなると、長岡はもう一度改めて訪れる必要がありそうだ。
 長岡ではもう1か所、薬用酒「サフラン酒」で財を成した長岡の傑物吉沢仁太郎の屋敷の蔵が東洋のフレスコ画ともよばれる“鏝絵”で飾られているという「サフラン酒の鏝絵」を見るつもりだったが、それも失念してしまっていたし。

 12時過ぎ、長岡を離れて柏崎方面へ。柏崎の市内はスルーして、巨大な間口をもつ鮮魚センター「日本海フィッシャーマンズケープ」が青海川にあるというので行ってみたが、あまり自分には関係なし。
 その奥というか海岸のほうにあった「鴎が鼻展望台(恋人岬)」からの景色は絶景。ここはいい。のではあるが、ここは恋愛成就スポットとして多くのカップルが訪れるところでもあり、カップルが下げていった愛を誓った言葉が書かれたプレートが無数にある。それらのうちのいくつかを読んでみたが、これがなかなか気恥ずかしくて笑える。思うに、女性が積極的にここに来たがり、男性はしょうがなく付き合ってついてきているのではないか。というか、男性が率先して来た事例があればもっと笑えるかもしれない。

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鴎が鼻展望台

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展望台の左手には二人で鳴らす鐘が。(恥)

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恋人岬。眺めは素晴らしい。

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赤く見えるのが愛を誓ったプレート。(恥)

 柏崎はこの程度として、次は上越。
 上越に来たならぜひとも「春日山城跡」を見たい。名将・上杉謙信の居城で、自然の地形を利用した堅固な城塞のため難攻不落の名城といわれているという。
 どこからどう攻めればいいのかわからなかったので、とりあえず「春日山城史跡広場」の駐車場に車を停めて、そこから歩いて春日山城を目指すことにする。
 広場はだだっ広いだけで人工的なにおいがするのでほぼスルー。そこから「春日神社」に向かうが社殿改装工事中で見られず。うーむ。

 次は「林泉寺」。上杉謙信の祖父・長尾能景が、父・重景の菩提を弔うため建立した寺院で、謙信はここで7~14歳までを過ごす。上杉氏から替った堀氏も菩提とし、のちに高田藩主も厚く保護している。興味深いのだが、中は有料。まったくもう。なので、春日山城から移築したといわれる惣門のみを眺めて次へ。

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林泉寺へのアプローチ。杉の木立がスバラシイ

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林泉寺惣門

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林泉寺から春日山城への田園風景がいい

 春日山神社と謙信の銅像があるところまでは行きたいと思い上っていったのだが、ここからがえらい山道で、本当にこの先にあるのかと不安になりながらぜえぜえと息をして進む。と、ありました、謙信の像。像の後ろ側が本格的な山城になっていて、遠くに三の丸、二の丸、本丸などが見える。うっそ、こんなところに城を構えて、誰も攻めてこないのは間違いないとしても、自分たちの補給や日々の生活は大変だぞ。まったくの山だよ、ここは。

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上杉謙信像

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手前から、三の丸、二の丸、本丸。冗談でしょ。

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謙信像をうしろからも

 せっかく来たのだけれどもこの先まで上っていく気にはなれず、退却方向へ。
 退路には「春日山神社」。米沢市の上杉神社より分霊され、謙信公を祭神に祀った神社。何枚か写真を撮り、帰り道の長さを思いながら戻る。
 歩き疲れたし、もう夕刻だ。「上越教育大学」の様子をささっと眺めて、次は上越高田へ。旧直江津と高田は近い。

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春日山神社へと進む道

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春日山神社

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「春日山城史跡広場」に復元された監物堀

 高田では「高田公園」を見る。かなりの資金を投入して整備したと思われる立派な城址公園。ここも休館だった「上越市立歴史博物館」の駐車場に停めて、外堀を眺め、かつては高田師団が駐屯し、今は上越教育大学付属中学がある本丸付近、復元された三重櫓(有料)などを見て歩く。今日は歩いたなあ。

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休館だった上越市立歴史博物館

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城跡を取り囲む濠と遊歩道

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城郭内にあった噴水

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再び外濠

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本丸跡。向こう側は中学校のテニスコート

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三重櫓へのエントランス

 今日の見学の最後は、「旧師団長官舎」。1910年に旧日本陸軍高田第13師団長、長岡外史中将によって建てられたもので、市内に残る数少ない明治期の洋風木造建築物。1991年までは自衛隊高田駐屯地の幹部宿舎として使われていたとのこと。……なんとまあ、80年間も現役で。

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旧師団長官舎

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師団長、長岡外史中将像

 近くにパッとした道の駅がないように思えた一方で、ネットカフェがあったため、今夜の泊地は「自遊空間上越高田店」にする。
 その前にメシと風呂。
 夕食は、石川県で食べようと思っていた「ゴーゴーカレー」の店を今夜泊まるネットカフェの近くに見つけたので、そこでロースかつカレーのエコノミー(普通盛り)780円を食べる。
 こってりとした一度食べたらクセになりそうなカレーと千切りキャベツをフォークを使って食べるのが流儀。福神漬け食べ放題というのがいい。使っている米は自分が普段食べているものと炊き上がりが別物。パサついているというかなんというか。カレーに合わせてカスタマイズしているのだろうか。
 食後のアイスバー付き。北陸地域で人気なのがわかります。

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ゴーゴーカレーのロースかつカレー

 風呂は、直江津に戻って「門前の湯」というところ。420円で寛ぐ。
 19時半にネットカフェ入り。「自遊空間」を使うのは初めてなので、会員登録をする。21時半過ぎまでみっちり旅のドキュメントをして、そこから飲酒開始。生ビール1杯とフライドポテト。
 23時消灯。

 5月13日の走行距離は153km。

 4時半覚醒の、5時半起床。耳栓が効果的で、音をほぼシャットアウトしている。ネットカフェはフラットなところで眠れるうれしさがある。パソコンの排出熱のためか睡眠時は暖かかったが、深夜は備え付けのブランケット1枚では不足。もっとも、半袖のままで眠っているわけなので。荷物になるけど持参のタオルケットが威力を発揮する。

 6時台にネカフェを退店。昨日の夜のうちに「ガスト上越店」が7時から開いているのをチェックしていて、そこへ。ピザトーストとサラダにドリンク・スープバーで538円。旅人にうれしい読売新聞付き。
 飲み物をたっぷりとりながら考え、昨日行けなかった高田の「前島密記念館」は、また高田に戻るのも面倒だし、休館だった「上越市立歴史博物館」とセットで可能であれば帰路に寄ることにして、糸魚川方面へと進むことにする。

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ガスト上越店のモーニングセット新聞付き

 糸魚川は上越からけっこう離れていることを知る。ドリンクを飲み過ぎて、「うみてらす名立」にて早くもトイレ休憩。
 「フォッサマグナミュージアム」。6つの常設展示室によって、糸魚川を代表する「ヒスイ」や「フォッサマグナ」などについて詳しく解説。鉱物にはほとんど興味がないが、展示物が面白いので1時間余り滞留してしまう。入館料500円の価値はある。

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フォッサマグナミュージアム

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展示室内

 糸魚川ではもう一つ、2016年12月に発生した糸魚川大火の現場の復興状況を見てみたい。国道8号に隣接している「糸魚川地区公民館」に車を停めて、140軒以上が延焼したという現場を横切るようにして糸魚川駅方面へと歩く。
 ここまでが燃えてここから先は大丈夫だったということが、建物や道路の形状などからはっきりわかる。延焼地域は新しい家々と空き地とが混在していて、きれいにはなったけれどもまだ元気とまでは言えないようだった。

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糸魚川駅前

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被災しなかった通り

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再開発が進む被災エリア

 正午前だけどここで昼食。駅前を歩いていてたまたま見つけて入った「あおい食堂」は大当たり。バラ焼定食950円は豚バラ肉とタマネギをラードの入ったたれで炒めたもの。どんぶりめしは我が家の茶椀3杯分はあり、漬物と2つの小皿のおかず、熱々のわかめの味噌汁との組み合わせ。
 奥のほうに長い厨房では4人の女性が三角巾を頭につけて元気に働いている。井之頭五郎のように、いい食堂を見つける嗅覚のようなものが身についてきている。

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あおい食堂のバラ焼定食

 新潟県の最後の見学ポイントは「親不知」。小学校時代に地図帳でその名前は聞いたことがあるけれども行ったことはないなあと思って。北アルプスが日本海に急激に落ち込む絶壁で、昔の旅人は波打ち際を歩き、命がけで往来したという天下の嶮だ。
 R8沿いにある駐車場から「親不知コミュニティロード」という遊歩道があり、ここからはこれま展示室でに使われてきた4世代にわたる道を一望することができる。眼下の波打ち際が、親不知・子不知の由来となった旧北陸道で、コミュニティロードは旧国道の2代目。3代目は現在の国道8号、そして4世代目が北陸自動車道だ。
 遊歩道を少し行くとすぐに展望台が現れる。その脇に、日本近代登山の父といわれるウエストンの像。さらにその先の道路上方の岩盤には「如砥如矢」。2代目の道路完成を記念して刻まれたもので、「(この道路は)砥石のように平らで、矢のように真っ直ぐだ」と賞賛したものとのこと。
 遊歩道からずっと下のほうにある初代の「親不知レンガトンネル」は、また上がってくるのが難儀なのでパス。だって、すんごく下の方なんだもの。

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親不知コミュニティロードを歩いて展望台へ

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ウエストンの像

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展望台から東方向を望む

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こちらは西方向

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「如砥如矢」と刻まれている

 いよいよ富山県へと突入。しかし、昼飯の充実度が祟ったのかどうにも眠くなって、沿線の店の駐車場で1時間近くの睡眠タイム。この間、雷鳴を伴う雨が降り出す。
 走り出したが、入善町あたりでは一時さらにひどくなってきた。期待していた立山連峰の景色は全く見えず。これでは今日は「外」関係の見学ポイントは全滅だろう。

 富山の1か所目は、黒部市の「YKKセンターパーク」。ファスナーや窓の仕組みを中心に、YKKグループのものづくりの技術や歴史、創業者吉田忠雄の経営理念や人生についてわかりやすく紹介する施設。雨の時にはうってつけだし、なにせ無料なのだ。吉田忠雄という人はかなりユニークな人だった模様で、興味深く見る。

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キッズエリアのここだけ撮影OKとのこと。

 魚津市で見るつもりだった「蜃気楼展望の丘」、「魚津おさかなランド」、「米騒動発祥の地」、「万灯台」などの「外」はことごとくパス。雨が降らなければ明日、降ったなら帰路に、見ることにしよう。

 ハコモノ限定の状況で次に訪れたのは、滑川市の「ほたるいかミュージアム」。春になると宴会の料理によく出るようになるおいしいホタルイカの生態などはどうなっておるのか、そこのところを知りたいと思って。
 エントランスまで傘をさして行く。入館料800円は自分が入るものとしては大盤振る舞いのバカ高。展示物の内容も他と比べれば精彩を欠いている。しかし、3~5月だけ行われる「ほたるいかの発光ショー」は、朝獲ってきた活ほたるいかを使うとのことで、それならば高いのもやむを得ないかもしれない。

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「ほたるいかミュージアム」のエントランス

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中の展示も撮っておかないと

 閉館時刻の17時となり、本日の活動はここまで。旅をする際には雨にはかなわないことを身をもって知った。
 さて、お楽しみの風呂。「ほたるいかミュージアム」の隣は道の駅になっていて、今夜はここ「ウェーブパークなめりかわ」で寝ることになる。ここには入浴施設もあるのだが、17時まで。なのでいったん魚津まで戻って、「スーパー銭湯満天の湯魚津店」でじっくり入浴して寛ぐ。23時まで営業なので、長風呂をして汗をかき、薄着のまま食事処のテーブルでソフトクリームを舐めながら本日のドキュメントをする。いやぁ、休まるなぁ。ソフト込みで1,000円は惜しくない。

 21時頃に「満天の湯」を出て、夕食は道すがら見つけていた「8番ラーメン早月店」にて。冷めん799円。今シーズン初めて冷やし中華を食べる。風呂上がりにまた汗をかくのを避けたというわけ。ハチカマと呼ばれる「8」の字のナルトがのっていて、細めのわりには弾力のあるいい麺だった。

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ハチカマののった冷めん(冷やし中華)

 コンビニで調達したハイボールを飲んで、少し本を読む余裕をかまして、23時就寝。
 5月14日の走行距離は131km。

 朝日の眩しさで5時半起床。よし、今日は晴れているぞ!
 コンビニ調達のあんパンを食べて6時40分スタート。まずは悪天候のため昨日は飛ばした魚津市内のポイントをいくつか巡る。

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朝の「道の駅ウェーブパークなめりかわ」

 「米騒動発祥の地」。海岸沿いの公園にモニュメントがあり、その50mほど西側に今も農協の倉庫になっている建物があり、米騒動はそこで起こった出来事だとのこと。

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「米騒動発祥の地」のモニュメント

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ここが発火点

 「万灯台」。江戸末期に町奉行が加賀藩に灯台の設置を願い出て、魚津港最初の燈台として建立したもの。これまでに3度の移転を経て今ここにあるということなのだけど、現代の灯台と比較するといかにも小さい。

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よほど注意して探さないと見落とします

 「蜃気楼 展望の丘」。この地が蜃気楼の見える地点だと言われると、単細胞にもそう感じてしまう。「風の地平線 蜃気楼」のモニュメントが立派だ。富山の天気予報では蜃気楼発生確率も予報される。この季節の気温の高い日に見られるようで、明日の発生確率は40%だとニュースで告げていた。

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今日蜃気楼が見えてもおかしくない天候

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「風の地平線 蜃気楼」のモニュメント

 「魚津おさかなランド」。展望の丘のすぐ傍だが、朝のこの時間では何も起きていない。JF魚津の魚市場なのだろう。

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この日は立山連峰が見えた

 その後魚津駅、魚津市役所などを眺めて、富山へと歩を進める。

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JR魚津駅

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魚津市役所

 10時前、富山市役所の駐車場に車を入れて、「富山城址公園」へ。街の真ん中にあり、手入れが行き届いた広い公園になっている。この地の豪族水野勝重が1543年頃に築城。1580年、佐々成政が越中守護職を任じて入城して大改築を行なう。豊臣秀吉の世になってからは加賀・前田利家の領有となり、前田利次から明治まで13代続いたという。
 場内にある「千歳桜の碑石」、庭園、売薬を根付かせた殿様「前田正甫(まさとし)公の像」、「殉職警防団員の碑」、郷土博物館などを一つひとつ見ていくと、けっこう時間がかかる。

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富山市役所

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千歳桜の碑石

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庭園

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前田正甫公の像

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郷土博物館

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公園の外濠から天守閣を望む

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整い過ぎている城壁と入り口の門

 そこからしばらく歩いて「日枝神社」へ。富山城主神保、佐々累世の産土神として尊敬を集めた神社だというので街並みを見がてら行ってみたところ。
 こう歩くとそろそろ腰が痛くなってきたぞ。だが、もう一度来ることがままならないので、くじけないで歩く。

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日枝神社の一の鳥居

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同、二の鳥居と拝殿

 市役所に戻って、無料の展望塔へ。富山平野をぐるりと見渡せる絶好の場所で、この日は立山連峰も一望できた。
 こういう高いところに来ると必ずいるのが中国系旅行者。例にもれず大声を出しながら我が物顔で展望台を席巻している。大人しい日本人は早々に写真を撮って撤退する。

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富山市役所展望塔からの眺めその1

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同、その2

 市役所近くにある、歴史的建造物の範疇に入る「富山県庁舎」を見て、富山駅まで足を延ばしてみる。おお、ここは4年前に仕事で来てずいぶん歩いたところで、土地勘がある。「ますのすし」を食べたいのだが一人前972円ほどは必要ない。そこで、駅構内の「きときと市場とやマルシェ」で一口サイズの笹寿司(ますと焼サバ、各190円)を買って昼食代わりとする。

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富山県庁

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県庁の前にあった公園で一休み

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JR富山駅

 駐車場から車を出して、富山市内でもう1件、「廣貫堂資料館」を見に行く。
 現在でも家庭配置薬として馴染み深い富山の置き薬。以前我が家でも使っていて、大きな背負い荷物とともにやってきたやさしそうなおじさんが、紙風船やゴム風船でつくった蛸などをくれるので、子供時分は来るのがうれしかったものだ。
 1876年に昔の売薬さんたちが共同出資して設立したのが廣貫堂で、工場の敷地内にある資料館ではその300年の歴史を垣間見ることができるというわけ。
 無料と聞いたので来てみたのだが、受付でキンキンに冷えた栄養ドリンクがサービスされ、散々歩いた体に染みわたる。
 置き薬のパッケージ、製薬道具、薬が詰められた柳行李、得意先に配っていたおまけの紙風船など、懐かしさ溢れる品々がいっぱいだった。

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展示内容はこんな感じ


 笹寿司2個では足らんのだよなと思いつつ、県内第2の都市高岡へと移動。目ぼしい食事処が見つからないまま市内に入ってしまい、こうなったら見どころのほうを優先させるしかあるまい。
 まずは「高岡古城公園」へ。車で公園の外周を走ってみてこれは手強いぞと直感。アプローチした道すがらに「高岡大仏」を発見。大仏のほうから見ることにして、ここの駐車場に車を停めさせてもらって古城公園にアタックをかけよう。

 日本3大仏に数えられる「高岡大仏」。なのだが、総高16m未満、つまりビルでいえば4階建てぐらいの高さで、聳え立つ大仏を想像していると拍子抜けするぐらいだ。1933年建立の青銅製。伝統産業高岡銅器の粋を集めて30年の歳月をかけて完成したという。境内にある時鐘も古いもので市指定文化財なのだそうだ。

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それほどBIGではない

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後ろ姿もいいんじゃない

 またもかなりの距離を歩くこととなった「高岡古城公園」。加賀前田家第2代当主の前田利長の築城で、「富山城址公園」とは趣を異にして野性味たっぷりの城だ。城内には護国神社、「忠魂永存の碑」、相撲場、市民会館、射水神社、「前田利長公の像」、動物園、市立博物館などが点在していた。

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公園へのエントランス。朱塗りの橋が印象的

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射水神社

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前田利長公の像

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富山城とは異なる落ち着きが

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お濠だって沼のようだ

 土蔵造りの町並みが保存されている「山町筋」を歩く。かつての北陸道に残る土蔵造りの家は、1900年の大火後の明治から昭和にかけて建造された優れた防火建築物となっている。
 高岡郵便局側から北へと歩みを進める。南から北に進んだときの写真は順光できれいに撮れる。
 高岡御車山会館、赤レンガの銀行(富山銀行本店)、井波屋仏壇店、志甫商店、筏井家住宅、室崎琴月生誕の家、重要文化財の菅野家住宅、山町ヴァレー、土蔵造りのまち資料館などを見て写真に撮っていく。

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こんな感じで山町筋が始まります

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赤レンガの銀行

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交差点にあったこのビルだって趣きがある

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筏井家住宅

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これは何だったか

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菅野家住宅

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山町ヴァレー

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このように特徴ある建物が連続している

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いいですなあ。つい撮り過ぎた。

 さらには鳳鳴橋を渡り、千本格子の家並みが続く「金屋町」を見る。こちらは北から南へ。高岡の鋳物発祥の地で、千本格子の家並と銅片の敷き込まれた石畳が美しい。家のつくりが独特で、ここまで軒並み保存をかけるのはさぞかし大変だっただろう。人工的なにおいもしないではないが、街づくり、家並づくりというのはここまで徹底してやらないと特徴が際立たないのだろう。地域が一枚岩になって覚悟を決めて進めなければ、こうはならない。
 旧南部鋳造所キューポラと煙突なども見る。このあたり、「金森」「鍛冶」といった名字の家が多い。

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鳳鳴橋

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さっそく千本格子の家

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旧南部鋳造所の煙突

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ここも千本格子

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この軒のつくりが北陸風

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振り返ればこんな街並みが

 ああもう、腰がぎくしゃくしている。でももう少し。
 「高岡市美術館」の2階にある「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」。藤子不二雄の作品では「ドラえもん」よりも「パーマン」あたりを読んだ世代だが、作者のことはほとんど知らない。彼は高岡の出身だということも初めて知った。500円。

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高岡市美術館の玄関付近

 もうやめたいが、さらにもうひとつ、国宝だという「瑞龍寺」に行ってみる。しかし、16時半で閉館していて、門前にいるのはまたしてもペラペーラと大声で喋りまくっているチャイニーズ。ごめんごめん、退散します。

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closed

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門前にあったボンネットバス

 その門前からずいーっと続く「八丁道」。写真を撮るも、このずっと先に「前田利長の墓所」があるというのが気にかかる。ということで車で行ってみるが、地図とナビに不突合があり苦慮。さらには、濠を巡らした立派なものではあるけれども、あまり見て面白いものではなかった。

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八丁道のスタート地点

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かなり長いぞ

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前田利長の墓所

 ああ終わりにしよう。こんなことを続けていたら体がもたない。ここからはいつにも輪をかけたリラックスタイムにしよう。
 今夜の泊りは市内江尻にあるネットカフェ。そこから歩いてすぐのところに「陽だまりの湯」というスーパー銭湯があるので、ネカフェに駐車して、そこの銭湯内で飲んでしまおう。

 その前に空腹を片付けよう。これもまたネカフェからそう遠くないところで見つけた「氷見回転寿し 粋鮨」という地元系の回転寿司屋で軽く食べたい。
 「氷見づくし盛り」は、朝どれの8貫で1,080円。実は昼、「とやマルシェ」内の回転寿司屋によっぽど入ろうかと悩んだのだ。しかしやはり7~8貫で1,500円ほどだったので、指をくわえて自重。なにもいちばん地価の高いところで食べている必要はないだろうと自分に言い聞かせて。
 うまいなあ。もっと食べたいが、そうなると飲みたくなるしなあ。

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「氷見回転寿し 粋鮨」の「氷見づくし盛り」

 「陽だまりの湯」はかなりいいスーパー銭湯で620円。とりわけ露天が広くていい。湯船でたっぷり汗をかいて、火照った体は外の夜風で冷ます。
 20時近くになってから、豆腐サラダと中生。ああ、もっと飲みたい。あとはネカフェでだな。

 ところがネカフェがよくない。注文は、静かな中を電話でもしもしと静かな中で声を出してすることになる。これではなあ。フラットの部屋も狭いしプライバシーも限定的。歩くとギシギシと音が出てうるさいし、2つ隣の客はずっと咳のしどおしだし、一日の最後がよくない。

 今日は疲れた。20時半頃の入店だったから、12時間パックで明朝はゆっくりしよう。
 旧職場の某氏から6月初旬に飲み会を設定したい旨の連絡をもらうが、このペースで行くと初旬に山形に戻れるかどうか。なのでわがままを言い、6月は難しいことを伝える。

 5月15日の走行距離は、87km。

 6時15分まで眠って、旅の情報収集をするなどして8時過ぎまでネカフェで粘る。
 疲れてしまうほどに日程をぎゅう詰めにするのは本意ではない。時には足取りを緩めながら、前だけではなくあたりを見渡しながら、時間だけはたっぷりあるリタイア組にふさわしい旅をしたい。

 旅のドキュメントは日々書きなぐりだけは続けているが、書いている内容の確認や裏付け取り、写真の処理などは手つかずになっている。少し立ち止まって、ブログにアップできるようにするまとまった作業がしたい。
 それにはWi-fiと電源が取れる環境が必要だが、「電源問題」のハードルが高い。どこかいいところはないものか。こういう人種をノマドワーカーというらしい。カフェ? おお、マクドナルドがあったか。

 今日は高岡の伏木地区、氷見、七尾から能登半島方面へと進んでいく。
 伏木は五木寛之が「隠された日本 博多・沖縄 わが引揚港からニライカナイへ」で書いていたのを読んで、行ってみようと思っていた場所。なにを書いていたかはまったく思い出せないのだが。
 ナビに従って「伏木万葉ふ頭緑地」に行ってみる。ここは港湾ヤード地帯で、なんだか場違いなところに来てしまったなあという感じ。車がたくさん停まっているところがあっておっと思ったが、バイクを含むそれらは輸出される中古車だった。去ろうとした段階で広場を見つけたので、車を下りて少し歩いてみる。今日もいい天気で、少し霞が入っているけれども雲一つない。


駐車場ではありません

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ちょっとした広場もあった

 伏木の町の中に入り込んで歴史的なものをいくつか見る。
 「越中国守館跡」は大伴家持が住んだ国守館があったところとされ、今は「伏木気象資料館」になっている庭の中に石碑があった。明治時代の実業家の藤井雄三という人が私費でつくった測候所だったそうだ。
 名勝「勝興寺」の中にあるらしい「海ゆかばの碑」は、寺が改修中のため見ることができず。
 「氷見昭和館」は休館日のため見ることができず。うーむ。

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「越中国守館跡」の碑

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伏木気象資料館

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藤井雄三の胸像

 「高岡市伏木北前船資料館(旧秋元家住宅)」は、入館料210円のところJAF会員証を出して160円。この時間帯の入館者は自分だけで、管理している男性が懇切に説明しながら案内してくれた。中規模の廻船問屋が経営していた旅籠をそのまま見られるもので、昔ながらのものすごく急な階段を恐る恐る登った望楼が印象深かった。

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高岡市伏木北前船資料館(旧秋元家住宅)

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古風な入口

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望楼からの眺め

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これが望楼。外から見ると高くない

 続いて氷見へ。
 漫画家藤子不二雄が氷見市出身ということで、氷見市の比美町、中央町の商店街は通称「まんがロード」になっている。忍者ハットリ君や喪黒福造などがいる。歩く人が少なく、全体として静かな町だという印象。氷見は日中は他の市や町に流出する人口のほうが多いところなのではなかろうか。
 あるお寺は、藤子の実家だそうで、境内には石造のキャラクターが並んでいる。
 また、市街地中心部の「中の橋」に隣接して「忍者ハットリくんカラクリ時計」があった。毎正時に忍者ハットリくんら7体が楽しい4分間のショーを繰り広げるようなのだが、タイミングが合わずそれは見られなかった。

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忍者ハットリくんがお出迎え

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ここにも

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プロゴルファー猿ポケットパーク

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喪黒福造さんも「ダァーン!」

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お寺の境内に勢ぞろい

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カラクリ時計は動かないとワカラン

 昼食は、「氷見魚市場食堂」の海鮮丼にしようかとも思ったが、刺身てんこ盛りの海鮮丼にはどうも食指が動かない。自分はそれほど刺身には惹かれないタイプなのかもしれない。それよりも、氷見に来たなら氷見うどんでしょと思ってしまう。
 ということで、氷見漁港近くの「ひみ家」に入ってざるうどん720円にしてみた。稲庭うどんと同じようなつるつるシコシコで、たれに摺った生姜を落として食べるもの。日頃山形で大量の田舎蕎麦を食べている身としては、5~6箸では少ない。
 そこから500mほどのところにある「氷見番屋街」に場所を移して、氷見牛肉コロッケ110円を追加して腹に入れる。スパイシーでうまい。

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氷見うどんの「ざる」

 七尾・和倉温泉方面へ。途中道沿いで30分ほど昼寝休憩をとる。
 七尾駅の無料駐車帯を使い、構内の観光案内窓口で情報収集をして、街へと歩き出す。駅前のつくりは大きな建物が並んでいて一見繁栄しているように思えたが、その建物の内部に入ってみるとテナントは半分もなく空洞化が歴然。ここでも地域活性化には苦労しているようだ。
 七尾市役所や、駅前の「長谷川等伯の像」などを見る。等伯は「画聖」なのだそうで、京を目指そうとしているこの像を見て長谷川等伯の人となりに興味が湧く。

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七尾駅前でたたずんでいた長谷川等伯氏

 「花嫁のれん館」に移動して車を停め、そこからすぐの「小丸山城址公園」へ。前田利家が海辺に近いこの台地に新しく築いた小丸山城の城跡を整備して作られた公園だとのこと。七尾城下を見守るようにして「利家とまつ」の像が建っていた。

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NHK大河ドラマ効果の一つ、「利家とまつ」

 そこからすぐの「一本杉通り」は国指定有形登録文化財が建ち並ぶ歴史街道で、北前船の寄港地として栄えた町の雰囲気があり、醤油や昆布、造り酒屋、和ろうそく、仏壇店など昔ながらの名店も多い。しかし街並みとしての美観はそれほどでもないような気がした。

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昆布海産物店「しら井」

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高橋勇吉商店の見事な古看板

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北島屋茶店

 駐車させてもらった恩義もあるので「花嫁のれん館」にも入館料を払って入ってみる。
 花嫁のれんは、幕末から明治時代から伝わる加賀藩の能登・加賀・越中で始まった婚礼の風習の一つで、嫁入りの時に嫁ぎ先の仏間に掛けられ、花嫁がくぐるのれん。花嫁のれんを常時見られるようにと2016年春に開館したとのこと。明治から平成までの花嫁のれんを見ることができた。

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きれいなものです

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もういっちょう

 七尾市街の最後は、「石川県七尾美術館」。入館料800円(JAF割引で700円)と高めだが、長谷川等伯展をやっていたのでじっくりと観る。能登地域唯一の総合美術館で、七尾出身の絵師・長谷川等伯の世界が常設となる。画家の画風、作風というものは年齢によって大きく変わるものだと知る。

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石川県七尾美術館のエントランス

 和倉温泉も見ておきたい。ここには去年、出張時に泊まっているのだが、その時はどこかの温泉旅館内で滞留していただけでほとんど見ていないので。
 「和倉温泉総湯」の佇まいを見るにとどまったが、施設がきれいだし、地域のインフォメーション機能もしっかり果たしている。高温で湧出する温泉を熱交換器を使って加水せずに利用している。ろ過器を使うが、浴槽のお湯は毎日閉館時に全て入れ替えるのだそうだ。

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和倉温泉総湯館

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総湯館の内部は観光情報も豊富

 この日の夜は島で迎える。能登島だ。七尾湾の沈降によってできた島で、海岸線はとても複雑。水族館やガラス美術館、ゴルフ場など観光・レク施設が多く、年間100万人が訪れる観光地なのだという。
 全長1,050mの「能登島大橋」を渡ってしまえば、コンビニは1軒だけだしファストフード店もなく、しっかりと島時間が流れているようだ。

 島内の「ひょっこり温泉島の湯」で、まずは19時閉店だという併設の食堂でとんかつ定食980円を食べる。三元豚を使っているそうで、確かに肉質がいい。もっとごはんが欲しくなるおいしさだった。

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三元豚のとんかつ定食

 食後は、ゆっくりと風呂。施設は22時までやっているので、入浴後は大広間の休憩室でパソコン作業をして、今日の出来事をあらかたまとめることができた。21時半まで滞留。

 今夜の泊地は「道の駅のとじま」。島で滞在できると思うとそれだけでリラックスできるような気がするのはなぜだろう。

 5月16日の走行距離は、92km。

 「道の駅のとじま」で夜を明かした車旅組は、自分を含めてたったの4台。どんづまりの施設なのでほかに車も通らない。耳栓いらずで、今日の朝は鳥のさえずりと朝日で目が覚める。島はいいなあ。
 いつもよりもゆっくり眠って、6時15分起床の7時半出発。

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道の駅の向かいは「能登島ガラス美術館」だった

 まずは能登島をくるりと走ってみる。とは言ってもけっこう大きな島で、海岸線が複雑なこともあり、あまり立ち止まらずに走っても1時間以上はかかる。長崎、鰀目(えのめ)、八ヶ崎、祖母ケ浦などの集落を通って、「のとじま臨海公園」、「のとじま水族館」の前を通るが、まだ開園していないのでこれ幸いと入らずに写真だけにとどめる。
 さらに百万石、久木、田尻などの集落を抜け、「ツインブリッジのと」を通って能登半島に戻る。この橋は全長620m。七尾湾に浮かぶ周辺の島々を望みながら鼻唄気分で走る。海に架かる長大橋は空へと続く滑走路のようなファンタジックな感覚があり走っていて楽しい。

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能登島の海。海がこのように見えるのが不思議

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のとじま水族館

 七尾市中島町の「能登演劇堂」に寄る。「無名塾」を率いる仲代達矢が旧中島町を気に入り、彼の専門的なアドバイスを受けて建設されたものだ。演劇専用ホールがないと嘆く仲代の話を聞いて、当時の中島町長が「じゃあウチにつくりましょう」と乗ったことが発端のようだ。だが、エントランス付近の芝などを見るにつけ文化予算は削減されているようで、公演回数も多くなく、苦戦を強いられているようだった。合併した小自治体の悲哀だろうか。

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能登演劇堂

 穴水町。建設会社の創業者が私財を投じて建立したという「能登長寿大仏」にちょい寄りして、その後はひたすら東海岸沿いの狭い道を進んでいく。海は凪いでいるというよりも、富山湾の中の七尾湾のさらにその入り江なので、波なんていつもないのかもしれない。南国の海と同じエメラルドグリーンのところもあり、海水も澄んでいる。ときどき小さな漁村が現れては消えていく。板壁に黒瓦の屋根の家々が能登地方の定番のようだ。
 途中で一休みした「寄り道パーキングかなみ(鹿波)」。めったに車が来ず、波の音もなく、ここもまた聞こえるのは鳥のさえずりだけだ。

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高岡大仏よりも確実にデカい

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「寄り道パーキングかなみ」の極上空間

 能登町に入り、主邑小木を通過。「小木漁港」は町から海へと突き当たるT字路にあって、大型のイカ釣り船がどどんとT字路の突き当りに停泊中だった。

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漁船がドーン!

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湖のような海

 小木の集落からほど近い「九十九湾」。大小の入江からなるリアス海岸で日本百景の一つだというのだが、観光船の乗り場近くで海を眺めるにとどめる。本来ならば遊歩道を歩くべきだが、もう歩くのがいやなのだ。

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ここからだけで十分?!

 それに比べて次に行った「恋路海岸」には見るものが多くあった。恋路海岸には恋人の伝説があり、その伝説の2人が寄り添う銅像や、沖に浮かぶ島などがあった。

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恋路物語の主人公は助三郎と鍋乃

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海岸の北側の岩は陽を浴びて白く見える

 「見付海岸」。能登のシンボルだという「見附島」(別名軍艦島)が眼前に迫る。海を前にしてはしゃぐ多くの観光客がいた。

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見附島と鐘。なぜ海岸に鐘?

 珠洲市に入って13時。遅い昼飯は、あまり考えずに能登地域名物の「のと丼」が食べられるところがいいだろうと、「レストラン浜中」という店へ。のと丼のイメージは海鮮丼で、そういうものが供されるのだろうと決めつけていたが、この店は能登牛のローストビーフ丼だった。1,620円。
 その後は珠洲市役所とその前の通りの家並を眺める。

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レストラン浜中の「のと丼」

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珠洲市役所

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市役所前の整備された街並み

 「珠洲岬(聖域の岬)」。出雲の国引きの神話にも登場する能登半島最先端の地で、日本三大パワースポットの一つにも数えられて観光客から人気だという。「青の洞窟」への遊歩道は有料だし、閉塞感の漂うところには積極的には近づかない主義なので、景色を眺めるにとどめる。その眺めだけでも十分に価値があると思う。

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珠洲岬の展望台は有料エリアのため近づけず

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岬の真下には多分高級な旅館があった

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こんなにグラッシーな施設で寛ぎたい

 珠洲市狼煙(のろし)町というすごい地名のところにある「禄剛崎(ろっこうざき)」。海岸段丘の岬で能登半島の最先端だ。「道の駅狼煙」から歩くにはきつい傾斜のついた遊歩道を歩いて「禄剛埼灯台」にたどり着く。
 「日本の灯台50選」に選ばれたという白亜の灯台。晴れているし、実にいい眺めだ。

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道の駅狼煙

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灯台までの急坂はこんな景色を見てこらえる

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上ってきた甲斐がある清々しさ

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なんも言えねぇ

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こんなに端っこなのにここが「日本の中心」とは

 輪島市へ。直接海に流れ落ちる珍しい滝だという「垂水の滝」。そして、冬の荒波に打たれるうちに真ん中に大きな窓のような穴が開いた「窓岩」。いずれも逆光となり写真がよくない。

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「珠洲 真浦海岸」と書かれた先に「垂水の滝」

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「窓岩」。窓なのね

 「白米(しろよね)千枚田」。ここは去年出張で輪島に来たときに見たいと思ったが見られなかったところ。山裾の急斜面をモザイクのように切り開いた小さな水田群。耕運機が使えず、すべて手作業だという。海岸沿い、しかも北向きの斜面に田を切り開いているのだが、ここでいいコメができるのだろうか。

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並の千枚田ではありません。輪島のもっと先だけれどもここは無理してでも行くべき。

 この日の見学はここまで。去年も来た「道の駅わじま」で17時。しばし考えて、近くの「ホテルメルカート輪島」の大浴場「長山の湯」で入浴。この旅で利用してきた風呂の中では高いほうでかつ設備の貧弱なほう。露天風呂もないし、750円は高いぞ。みっちり汗をかいたあとは冷水を浴びて急冷し、なんとか風呂上がりの汗まみれを逃れた。
 元を取るべく、ホテルのロビーを借りて本日のログ付けを19時まで。

 こうなると泊まりはおのずと「道の駅わじま」しかなくなる。街なかを流して夕食処を探すが、店自体が少なく、しかも集積しているところが見つからない。それではコンビニめしでいいかと、スパゲティナポリタンと缶チューハイを買って、車内で食べる。
 出来上がって、21時過ぎに就寝。そろそろ疲れがたまってきている。

 5月17日の走行距離は、216km。