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 さて、北海道旅。
 北海道を純粋に旅するのは大学時代の1979年に、男女の友人たち8名で道東方面を10日間ほどドライブして以来のことになる。もう40年も前のことで、当時の記憶と現在との間にはいかほどのギャップがあるのだろうか。今思えばそのメンバーから2組の夫婦が誕生するという記念すべき旅で、その夫婦は今も地元山形で仲睦まじくやっている。

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野付半島にて(1979年8月)

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小清水原生花園にて(1979年8月)

 その後仕事では、1993年に取引先関係者10数名を引き連れるツアコン業務で道東を回ったほか、何度か札幌周辺で開かれる会議等に出向いたことがあった。しかしそれらは業務上のことなので、あまり楽しい印象として残ってはいない。仕事で行くのは根本的に目的が違うので、純粋な旅とはどうしても別物になってしまう。
 したがって今回は事実上まるまる40年ぶりの北海道旅となる。

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釧路湿原細岡展望台にて(1993年9月)

 一筆書きでおよそ北海道を一周するルートを考えて、その先々の観光情報を集めたので、前回の北陸・山陰旅よりは途中でどうしようかと立ち止まるようなことは少なくなると思う。
 北海道の場合、本州よりも都市間、観光地間の移動が長く、退屈なものになるかもしれない。いわば「線状」というよりも「点をつなぐ」形のものになるのだろう。その分都市や観光地では濃密な時間を得たいと思っている。

 そんなわけで今回は、都市で何をするかがポイントになるのではないか。次から次に観光地を見てまわるのは疲れるし、北海道は人のいる地域や場所の様子を見たいという思いもある。
 宿泊地点、入浴場所、都市の起点となる駅(または駅跡)なども忘れずに、いや、できるだけかな、写真を撮ってきたいと思う。

 太平洋フェリーで仙台から苫小牧に上陸し、復路もこのフェリーを利用する。フェリーは予約済みで、往路は6月26日、復路は7月23日発、24日着の便を押さえてある。
 出発日が6月26日となったのは、旅の準備が整うまでの時間を考慮し、できるだけ早い日がこの日だったため。復路は、7月25日以降は混雑期となり運賃もぐっと上がるのでパスし、24日の二等客室がすでにキャンセル待ちになっていたので、ほぼ自動的にこの日となった。大きな事情変更がなければ、全行程29日の旅となる。

 道内での大まかなルーティングは、ざっと次のようなものだ。一筆書きで北海道をほぼ一周する形になっている。
 どこでステイするか、どこにどの程度の時間を充てるかなどは行き当たりばったりとなる。進み具合によっては一部割愛せざるを得ないこともあるかもしれない。

苫小牧 ~ 厚真(北海道胆振東部地震被災現場) ~ 安平 ~
追分 ~ 新夕張 ~ 夕張(旧炭鉱都市の現状) ~ 栗山 ~
岩見沢 ~ 三笠 ~ 美唄 ~ 砂川 ~ 滝川 ~ 江部乙 ~
赤平 ~ 歌志内 ~ 芦別 ~ 富良野 ~ 中富良野 ~
上富良野 ~ 美瑛 ~ 旭川(北海道第2の都市) ~ 層雲峡 ~
旭川 ~ 深川 ~ 沼田 ~ 留萌(道北の東海岸地域) ~
増毛 ~ 留萌 ~ 小平(おびら) ~ 苫前 ~ 羽幌 ~
苫前 ~ 幌加内 ~ 士別 ~ 名寄 ~ 美深 ~ 音威子府 ~
中川 ~ 幌延 ~ 豊富 ~ 稚内(最北の都市) ~
宗谷岬(最北端) ~ 猿払(オホーツク海沿岸) ~ 浜頓別 ~
枝幸 ~ 雄武 ~ 興部 ~ 紋別 ~ 湧別 ~ 遠軽 ~
サロマ湖 ~ 常呂 ~ 女満別 ~ 網走 ~ 小清水 ~
斜里(知床半島) ~ 羅臼 ~ 標津 ~ 中標津 ~
根室(最東端) ~ 浜中(霧多布) ~ 厚岸 ~ 釧路 ~
阿寒湖 ~ 標茶(多和平) ~ 摩周湖 ~ 川湯温泉 ~
屈斜路湖 ~ 美幌 ~ 北見 ~ 訓子府 ~ 陸別 ~
足寄 ~ 本別 ~ 池田 ~ 帯広 ~ 広尾 ~ 襟裳岬 ~
えりも ~ 様似 ~ 浦河 ~ 新ひだか(静内) ~ 新冠 ~
日高 ~ むかわ ~ 千歳(道央を北上) ~ 恵庭 ~
北広島 ~ 江別(札幌は通過) ~ 石狩 ~ 小樽 ~ 余市 ~
積丹 ~ 岩内 ~ 共和 ~ 倶知安(くっちゃん) ~ 京極 ~
ニセコ ~ 蘭越(らんこし) ~ 寿都(すっつ) ~ 島牧 ~
瀬棚 ~ 八雲 ~ 乙部(おとべ) ~ 江差 ~ 松前 ~
福島 ~ 木古内 ~ 北斗 ~ 函館 ~ 七飯(ななえ) ~
大沼 ~ 長万部 ~ 豊浦 ~ 洞爺湖 ~ 壮瞥 ~ 伊達 ~
室蘭 ~ 登別 ~白老 ~ 支笏湖 ~ 苫小牧

 2019年6月26日(水)。
 15時過ぎに山形発。2時間余り運転して仙台港の近くまできて、早めの夕食を多賀城の「大衆食堂半田屋多賀城店」で食べる。かつ丼とサラダで526円。実質的で素晴らしい店だ。

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大衆食堂半田屋多賀城店のかつ丼とサラダ

 仙台港の太平洋フェリーターミナルに着き、18時前には出航手続を済ませ、車内で待機。この日の船は「きそ」だ。
 19時前には乗船。カーキ色の車両とともに乗り込んできた自衛隊員の団体などもあってけっこう混んでいて、2等客室はほぼ満員。苫小牧航路ってこんなに混むんだな。客室に荷物を置いて、6階にOAコーナーがあるのを見つけ、さっそくそこに陣取ってビールを飲みながらパソコン作業をしたり本を読んだり。
 19時40分、定刻に出航。このフネには外甲板はないようで、室内から見た仙台港はこの時間だともう灯りも多くなく、寂しい出航風景となる。

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仙台港フェリーターミナル

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フェリーきその雄姿

 21時半頃には切り上げて、早めに寝る態勢に入る。二等和室は一人置きでも十分ぐらいの客数なのだが、なぜか隣席にも客がいてすでに横になっている。このフネの場合、隣りの客との距離がものすごく近く、互いに少し寝返りを打っただけで身体が接触する。だがまあ、耳栓とアイマスクがあればどこだって安眠できるからそれも苦にならないのだった。

 6月26日の走行距離は82km。持参の本を110ページほど読む。
 読んだ本には帯広の豚丼、根室のエスカロップ、芦別のがたたんスープなどが出ていた。この旅ではこれらをぜひ食べてみたいと思う。

 2019年6月27日(木)。
 横向きで寝ると船の振動が妙に体に伝わってきて、それほど熟睡したとは言えないが、6時過ぎまで眠る。
 母からもらってきたお菓子と笹かまを朝食代わりにして、昨晩も使ったOAコーナーで海を眺めながらパソコン作業。北海道内での電子機器の充電対策には不安を抱いており、コンセントが使える今のうちはありがたく使わせてもらう。

 フェリーには大浴場があり、到着30分前まで入浴できるので、8時頃から朝風呂。とは言っても軽く汗を流す程度だ。浴槽の湯が少なくて肩まで浸かれないのが難点だが、洗い場の湯の出はよく、それなりに寛げる。

 あとはやることもないので読書。写真の多い文庫本を読了。船室に持ち込んだ2冊を読み終えて、読むものがなくなる。
 客室では旅のおじさんたち数名がわいわいと話をしているのについていけず、というか賑やかに過ぎるので、10時前には荷物を持って共有スペースのソファへと退散。

 11時、苫小牧西港フェリーターミナル着。下船作業にさらに15分ほどを費やす。

 まずは北海道メシだ。苫小牧公設地方卸売市場にあるホッキカレーで有名な「マルトマ食堂」を訪ねると、なんと行列が60人はいただろうか。まあ旅のはじめだし、急ぐ旅でもあるまいしと悠長に構えて並んではみたものの、たっぷり1時間半は待っただろうか。

 ホッキカレー、味噌汁付きで1,000円。待った甲斐あってうまい。ホッキのコキコキとした食感がよいのに加えてカレーが本格的なのだった。
 ここにも中国系の団体が多く進出していた。混んでいる中でますます大声でしゃべるし、食事のマナーが異なるし、他の日本人客はシラケ顔。こういうのを見ていると、観光立国を目指すという政府の方針は果たして正しかったのかと疑いたくもなる。

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ようやくありつけたマルトマ食堂のホッキカレー

 復路も同じフェリーを使うので苫小牧は最後に見ることにして、苫小牧駅前の観光案内所でパンフレットをもらう程度にとどめる。

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JR苫小牧駅

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苫小牧駅の新しい複合ビル

 再開発を施して市民が港に親しめる空間として生まれかわった「キラキラ公園」を眺めて、その後はさっそくドライブに移行する。
 いやはや、早速だが北海道は道が広い。苫小牧の市内から港周辺は片側4車線もある上に、路肩が広い。本州の道路みたいにせせこましくないんだよな。

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キラキラ公園からは大きな船が見える

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公園内にあったユニークな遊具

 はじめに北海道胆振東部地震で甚大な被害が生じた現場である「厚真町吉野地区」を見に行く。
 最大震度7を観測し、災害関連死を含め42人が犠牲となった胆振東部地震は2018年9月。あれから9カ月が過ぎ、少しは落ち着いただろうかと心配しながら向かったのだが、今まさに災害復旧の真っ最中で、むき出しになった山肌は応急措置こそされているものの、白々とした風景は当時のままで、倒木がそのまま放置されているところもあった。
 道路はいまだに波打っているところが多く、アスファルトの亀裂を修復しきれないでいるところもあった。
 吉野地区では住民34人のうち19人が亡くなったという。つい10日ほど前には山形県鶴岡市でも震度6弱の地震被害があったばかりだが、こちらは死者は出てないのが幸いで、いかに北海道胆振東部地震のダメージが大きかったかがわかる。

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ニュースによく出ていた場所はまだ復旧が進んでいない

 安平町を経由して夕張市に入り、「北海道企業局滝の上発電所」を見る。「滝の上公園」内にある建物で、1925年に炭鉱の自家用発電施設とし建設されたが、炭鉱の閉山により道営の発電所として稼働している。保存状態がよく、立派だ。
 その近くには「千鳥ケ滝(夕張滝)」。赤い橋の上から眺めた滝は勇壮で美しい。観光資源としてもっと活用してもいいのではないかと思う。

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滝の上発電所

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千鳥ケ滝(夕張滝)

 「清水沢のズリ山」。夕張地区で石炭採掘をしていた北炭清水沢炭鉱の円錐型のズリ山だ。
 ズリ山よりも、当時その周辺に建てられた炭鉱労働者用の古い住宅地が放置されたようにずらりと遺っているところがすごい。昭和40年代前半に建てられたものだろうか。多くが空家のようだが、まだ人が住んでいる気配もある。その近くには新しい公営住宅が建っていて、そのコントラストの大きさが印象的だった。

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清水沢のズリ山

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古い集合住宅が並んでいる

 「旧北炭化成工業所の大煙突」が遺構として遺っている。「ゆうばり温泉ユーパロの湯」の隣に立っているというので、今夜はそこの風呂に浸かろうかと思ったが、閉鎖されてしばらく経っている模様だった。大煙突のほうは昭和35年に作られたもの。

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旧北炭化成工業所の大煙突

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閉鎖されていたゆうばり温泉ユーパロの湯

 ここで、今夜の泊地を新夕張(紅葉山)の「道の駅メロード夕張」と定めて、来た道を戻る。
 その前に、夕張に来たなら夕張名物カレーそばを食べようと、新夕張の「栗下食堂」へ。カレーそば750円。おいしいけれども、豚バラ肉と薄切りのタマネギが入ったごく一般的なもので、山形で食べられているカレーそばと大きく変わるところがないように思われた。
 そういうことも実食してみないとわからないので悔いはないけれども、今日食べた食事はいずれもカレーになってしまったことに食べていて気付く。

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新夕張栗下食堂のカレーそば

 「道の駅メロード夕張」なのだが、地震の影響で24時間トイレが使えないということで、ここはどうやらダメのよう。なんだよ。第1夜からやってくれるんじゃない。
 ここだダメとなると、最寄りの道の駅は安平町の「道の駅あびらD51ステージ」だ。しょうあんめい、そこまで戻ろうか。

 風呂も安平町の「安平ぬくもりの湯」で済ませる。入浴客は少なく、500円でゆったりでき、ここはいい風呂だった。
 「道の駅あびらD51ステージ」は今年3月にオープンした新しい道の駅。さて、久しぶりの車内泊、北海度の第一夜はどんな夜になるだろうか。

 6月27日の走行距離は157km。
 昼食の行列時などで読書は進み、90ページほど読む。

 2019年6月28日(金)。
 6時前起床。「道の駅あびらD51ステージ」では、駐車場内の建物から離れたところ、つまり道路に近いところに駐車したが、通る車の台数は少ないけれども大型車比率が極めて高く、けっこうにぎやかだった。
 6時半過ぎ発。どんよりとした曇り空だが、雨が降らないだけよしとして出発しよう。

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朝の道の駅あびらD51ステージ

 栗山町の「坂本九思い出記念館」を通ったが、開館時間前で入れず。
 今日は夕張市に舞い戻って、昨日の続きからスタートする。

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坂本九思い出記念館

 「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」。山田洋次監督の名作「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地となった炭鉱住宅が保存されていて、それが2017年にリニューアルオープンしたという。この映画には本当に泣かされたものだ。高倉健と倍賞千恵子。
 エゾシカがお出迎えだったのにはびっくり。ここも9時からでまだ開いていないが、失敬して入らせてもらう。
 セットの前に立てば、刑期を終えて健さんが足を引きずりながら戻ってきたのはここだったよなと、とても懐かしく思う。そして、洗濯物を干しに出てきた賠償と眼が合うシーンを思い出してジンとくるのだった。

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エゾシカだ!

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黄色いハンカチは出ていず

 そこから戻る途中、JR夕張線の線路を撮る。2019年3月に廃止になったというからつい数か月まで使われていた夕張線は今、こうなっている。

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柵と看板がまだ新しい

 「夕張鹿鳴館」。夕張で炭鉱業を行っていたいわゆる「北炭」、北海道炭鉱汽船株式会社が、貴賓の接客や幹部社員の交流の場「北炭鹿の谷倶楽部」として1913年に建てたものだ。
 見どころは天皇陛下の間・大会議場・ステンドグラス・広大な庭等だというのだが、ここも開館前で駐車場の前にもロープが張られている。そのロープを跨いで進み、建物の外観を撮影するにとどまる。

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夕張鹿鳴館

 「日本基督教会夕張教会」。鹿の谷地区の小高い丘の上にある教会で、赤い屋根に黒塗りの壁が印象的。現役の教会だというのがいい。

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日本基督教会夕張教会

 「夕張駅舎」。廃止になった夕張線の終着駅。後ろのホテルと比べると極めて小さいおとぎの国のそれのようだ。駅舎内には夕張の観光案内所が入っている。自分と似たような末端駅マニアの男性がうろついていたが、その人はかつての職場にいたある先輩社員ととてもよく似ていた。もしかして当人? いや、いくらなんでもそんな偶然はないよな。

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JR夕張駅舎

 ついでにと「夕張市役所」を見に行ったが、市役所の隣に建っている「夕張市民会館」は放置状態で、危険なのではないかと思えるほどだった。
 市役所もかなり老朽化しているが、中に人がいるので市民会館よりは多少は元気だ。かつては行政機関等が並んでいたであろう周辺は、今では北海道新聞の支局とハローワークぐらいしか残っていない。映画看板をあちらこちらに掲げてまちおこしをしたようだが、それらもずいぶん色褪せてしまっていた。

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夕張市民会館1 山川草木転荒涼

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夕張市民会館2

 「夕張市石炭博物館」。おそらくここが夕張観光のメインではなかろうかと思って行ってみたのだが、ここも開館前。というか、ホントにやってるの?という感じ。
 内部のどこかに問題がありしばらく閉めていたようで、この6月8日から今季の営業を開始したらしく、「模擬坑道」は見学出来ないようだった。ここも前で写真を撮るだけとなる。
 夕張は全体としてこのようなことで、大丈夫か?というのと、「ガンバレ」と応援したいのと。

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夕張市石炭博物館

 栗山に戻って、「北の錦記念館」。小樽の銀行をモデルに設計され1944年に完成した旧本社事務所があり、95年から一般公開されている。酒器や什器等を展示するほか、酒蔵見学、酒の販売・試飲もやっているらしいのだが、ここも開館前。

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北の錦記念館の旧本社事務所

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北の錦記念館の酒蔵

 「岩見沢駅」。3階建ての駅舎は市役所の窓口もあり市民には便利そうだ。郵便局、消防署、道支庁などが撤退してそれら跡地が多くなっているようで、駅前は繁華というよりもぱらりとした印象を受けた。

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岩見沢駅

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駅前もいい感じ

 三笠市の「クロフォード公園」。明治初期に北海道開拓史顧問として石炭輸送をする幌内鉄道の建設を指導し、北海道にアメリカの鉄道技術を伝えた「ジョセフ・ユリー・クロフォード」にちなんで名づけられた公園。
 旧三笠駅の周辺を利用してつくられている。芝の敷き詰められた園内には当時の面影を再現した幌内太駅舎(後の三笠駅)や跨線橋が残されている。かつてのキハ型の特急車両があった。長い編成車両として残されていてすごいのだが、いかんせん痛みが激しい。

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クロフォード公園の駅舎

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編成車両として残されているのは貴重

 「旧奔別炭鉱立坑櫓」。技術の粋を集めた施設として知られており、当時は東洋一の立坑と呼ばれていたという。現存する国内最大の立坑で、1971年まで操業していたそうだ。立ち入り禁止なので、敷地外から外観を撮影する。

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旧奔別炭鉱立坑櫓

 国道12号で美唄へと移動し、美唄市光珠内(こうしゅない)町から滝川市新町までの29.2㎞が一直線だという「日本一の直線道路」を走る。どこまで進んでもまっすぐで、走っていても景色がちっとも変わらないのがめずらしくておもしろい。

 途中、「安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄」に寄り道。イタリア語で「芸術広場」のことで、炭鉱閉山で廃校になった旧栄小学校を活用して、世界的彫刻家で美唄市出身の安田侃の作品約40点を常設展示している。旧体育館がギャラリーとして使われている。
 すばらしい環境で入場無料なのだけれども、芝生で遊んでいるのは2~3パーティー程度と、もったいない。

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アルテピアッツァ美唄

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モニュメントのある場所は旧グラウンド、奥が旧校舎

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旧小学校体育館を使った安田侃彫刻美術館

 昼を過ぎたので、滝川駅近くの「食堂高田屋」で食べる。
 この店イチオシのチャップ丼800円。豚バラ肉を甘辛いタレで焼き、半熟目玉焼きを乗せたもの。味が濃くて脂がちなので、ごはんが進む。つくりが家庭料理のレベルという気がしないでもないが、きっとクセになるのだろうな。
 ついでにそこからすぐの滝川駅も眺める。

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滝川駅近くの「食堂高田屋」

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高田屋イチオシのチャップ丼

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JR滝川駅

 滝川では江部乙(えべおつ)にある「屯田兵屋」にも寄ってみる。南江部乙屯田兵村の2棟を骨格に、内部主要財を北滝川兵村の1棟を使い、当時の材料を概ねそのまま利用しているものだという。屯田兵制度って1904年まで続いていたものだったの?
 あとで調べてみると屯田兵制度は、明治政府が北海道の開拓と北方警備を主な目的として、兵農両面を担う人員を北海道の各地に組織的・計画的に移住・配備していくことを内容とした制度で、黒田清隆の建議によって1873年12月に制度化されたそうだ。
 この制度に基づき、7,337名の屯田兵が37の兵村を形成し、農業や自治の面で北海道発展の礎を築く。 人口増加を背景にした北海道における徴兵制の実施や第七師団の創設によって、屯田兵制度は1904年9月に廃止されたという。

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江部乙の屯田兵屋

 「赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設」。2018年7月開館で、まだ新しい。かつて赤平市で操業していた住友赤平炭鉱の残存施設を活用し、炭鉱について学ぶ施設になっている。
 炭鉱の立坑櫓などの見学はガイド付きで1日2回行われるが、行った時間はそれには合わず、資料館のみの見学となる。炭鉱の地図や採掘用の機械、鉱員が使用していた機材などが展示されていた。

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赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設

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資料館内部はこんな感じ

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旧住友赤平炭鉱の残存施設は1日2回のガイド付きコースとなる

 芦別へと移動して、「星の降る里百年記念館」を見る。「道の駅スタープラザ芦別」に隣接。芦別の歴史や文学、自然を紹介していて、それについてはどこにでもある民俗資料館レベルだが、炭鉱長屋の暮らしを映像システムで再現したマジックビジョン小劇場は秀逸。これを見ただけで入館料200円の元を取った気がした。ミニプラネタリウムや星座観測ができる「スタードーム」もよかった。

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星の降る里百年記念館のエントランス

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記念館内部の展示物の一部

 芦別に行ったのは、芦別名物の「がたたんスープ」を賞味するため。小麦粉の団子が入った具だくさんでとろみのついた塩味スープで、「きんたろう」が有名だというので行ってみたが、残念ながら準備中。
 それではとさっき寄った道の駅のレストランで「ガタタンラーメン」があったのを見つけていたので、そちらに戻ってガタタンラーメン920円を食べる。本来はスープのものをラーメンにアレンジしたもので、団子がラーメンになったということのよう。
 北海道らしい太めで黄色い玉子麺が美味。魚介系も入っているので、とろみのある海鮮ちゃんぽん塩味といったところか。

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芦別のガタタンラーメン

 17時近くになったので見学はここまででとどめ、今日の泊地を歌志内の「道の駅うたしないチロルの湯」とし、風呂もそこで入ることにする。本当なら富良野方面へと進みたいところだが、富良野近辺には道の駅がないので、少し戻った形になった。
 チロルの湯はつるつるとした温泉。たっぷり汗をかいて、休憩室で20時過ぎまでログ付けをさせてもらう。Wifiが使えるので、山陰旅や外食ブログのアップロードもやることができた。

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歌志内チロルの湯

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その下には道の駅うたしないチロルの湯

 歌志内のセイコマまで缶チューハイを買いに行き、道の駅ではそれを飲んで、22時前には就寝。
 6月28日の走行距離は242km。

 2019年6月29日(土)。
 朝6時、歌志内の「チロルの湯」は熊でも出るのではないかというぐらいに静かな朝と言ったら大袈裟だろうか。ここで夜を明かした車の台数は一桁だった。
 この日は歌志内から再度芦別を経由して、富良野、中富良野、上富良野、美瑛と巡って旭川に抜けるルートをとることにする。6時50分にはスタート。

 まだ開いていない歌志内の「郷土館ゆめつむぎ」をチラ見。歌志内の郷土資料館的なもののようだ。道内屈指の炭鉱の町として栄えた当時の様子が立体映像などで見ることができるということだったが、見ることができず残念。建物の建っていたところは広さのある場所になっていたが、おそらく旧歌志内駅があった場所なのではなかったか。

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入って見たかった、郷土館ゆめつむぎ

 富良野へと移動して、「北海道中心標(北海道中央経緯度観測標)」を見る。富良野小学校の校庭にでんと聳える大きな石碑。ここが北海道の中央にあたる地点で、1914年、ここに地球重力の測定・天文観測・経緯度測定のため機械を据え付けられ、「北海道のへそ」として全国に知られるようになったのだという。小学校の児童たちにも誇りとなっていることだろう。

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北海道中心標(北海道中央経緯度観測標)

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富良野小学校の敷地内には「へそ」を示す手づくりの人形も

 「富良野駅」。歩いているのは観光客ばかりで、それも多くが異国の人間たちだというのが不思議だ。
 富良野の町は再開発が進んで街並みがきれいで、これまで見てきた多くの町にはない活気が感じられる。空家や放置家屋なども少ないようだ。観光で潤っているのだろうか。だとすれば駅前の異様さも我慢しなければならないのかもしれないな。
 富良野で食べようと思っていた「唯我独尊」の富良野オムカレーは、時間帯が合わず店を眺めるだけにしてスルー。

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富良野駅

 中富良野へと進んで、「なかふらのフラワーパーク」へ。ここは町営なのかな? ラベンダーをはじめ四季折々の花が楽しめる「花と緑」の憩いの公園なのだが、花の数は少ないし、いわゆる造成された「公園」だ。ラベンダーの季節は7月中旬以降らしく、まだ少し早いのかもしれない。
 フラワーパークと並んでいる「中富良野町営ラベンダー園」。観光リフトで北星山の頂上をめざす途中にある花畑や、頂上から眺める十勝岳連邦の大パノラマがいいらしいのだが、そのリフトがまだ動いていないので、ここも下から見るだけにとどまった。

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なかふらのフラワーパークは、花はそこそこ

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富良野盆地と山なみ

 すごかったのはその後に行った「ファーム富田」。民営だとこうなるのかというぐらいに花壇の見せ方やさりげない儲け方が上手だ。従業員も多くいて、花がきれいに管理されている。
 8時半の入場だったが、すでにアジア系の大勢の観光客が来ていてピーチクパーチクとやっている。彼らは朝から元気なのだった。これ以上の騒ぎになるとこちらはもはやニゲるしかなく、この時間に来たのは正解だったと一人ほくそ笑む。農場内の様子は写真で。

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うわーい、きれい

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手入れが行き届いているなー

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うっひょー、一面ラベンダーだ

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小物が置かれていて、見せ方もうまい

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眺めもいいぞ。

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外国人の記念写真組を入れずに撮影するの、案外大変。

 上富良野にも様々なポイントがある。「ジェットコースターの路」。原野に切られた一直線の道路がアップダウンするさまは北海道特有の風景とスケールで、道内屈指のドライブポイントになっている。丘のピークから見る道とともに、そこから眺められる風景も雄大だ。

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ジェットコースターの路

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反対側からも

 「深山峠アートパーク」。十勝岳連邦を一望できる深山峠に、「トリックアート美術館」、「十勝岳アートビュー(観覧車)」、「みやま物産館」などがある。
 「トリックアート美術館」には興味が湧くのだが、入館料1,300円と高額。トリックアートを標榜するところはほかにもたくさんあるので、またいつか別の機会に見ることにする。経営者は料金を半額にして2倍の客を手に入れるようなことを考えはしないのだろうか。

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トリックアート美術館の外観はすべて壁に「描いた」もの

 「かんのファーム」。ここも花畑を売りにする農園で、「ファーム富田」よりもぐっと小規模ではあるけれども、あまり商売っ気がないことがむしろ好印象。幹線道路沿いにあるのと、外国人観光客が少ないのが落ち着くのだった。

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ここもラベンダー。人が少ないので落ち着く

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もうじききれいに咲くでしょう

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販売部門はいかにも小規模

 美瑛へと歩を進めて、「四季彩の丘」。雄大な大雪算連峰と丘の景色を背景に7haの花畑が広がり、眺望抜群。ここは花がとてもきれいだし、パッチワーク状の農地も見ることができるのだけれども、ぐっと観光化さていて、バスツアーの団体客を入れて、中国系、韓国系観光客でにぎやかだ。したがって日本人一人客はお呼びでないネと、写真を撮るだけ撮ってそそくさと退散する。

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こうしてみると四季彩の丘の花壇は他よりもきれいだ

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そしてボリュームもある

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畑のパッチワークも見える

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四季彩の丘では男爵イモコロッケ(130円)を食べたのだった

 人気らしい「青い池」を見る。
 美瑛の白金温泉から車で約5分のところにある。神秘的な感じは言葉では言い表せないので、写真で。なぜこんな色なのか、詳しく知りたいところだ。

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青い池

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なんて色なんだ!

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狭い遊歩道では大撮影会が繰り広げられていた

 白金温泉内の「白ひげの滝」にも行ってみる。美瑛川の本流に、数十条の細い糸を引いて落水する地下水の滝なのだそうだ。ブルーリバー橋から見た滝には感服。北海道の滝はどれもスケールが大きい。ここも水の色は青い。なにか鉱泉質のものがそうさせるのだろうか。

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ブルーリバー橋

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みごと!白ひげの滝

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滝の上は普通に建物が建っている

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白金温泉入口にあったモニュメント

 後の調べでは、「青い池」の水が青いのは、白金温泉街にある「白ひげの滝」などからアルミニウムを含んだ水が流れ出ていて、この滝の水が美瑛川の水と混ざると目に見えないコロイド状の粒子が生成され、それが太陽の光をまんべんなく散乱させているからなのだそうだ。そう言われてもまだよくわからないのだけれども。

 「美瑛駅」に立ち寄ってから、「北西の丘展望公園」へ。5haの広さを持つ展望公園。なかなかインパクトのあるピラミッド型の展望台があり、そこからは丘陵地帯の全景や大雪山連峰が見渡せ、園内にはラベンダーをはじめ色とりどりの花々を見ることができるはず、だった。
 曇り空のため残念ながら十勝岳連峰は見えず。ここは外国人観光客の大音声が飛び交う地、というイメージだけが残った。

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美瑛駅

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北西の丘の展望台

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十勝連峰が望めないので展望台からその手前を撮影

 「パッチワークの路」。美瑛町で見られる丘陵はヨーロッパの田園のような風景だというのだが、今の季節はまだ色彩的にパッチワークになっていない。だが、この風景は日本では美瑛ならではのオンリーワンだと思う。

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パッチワークの路から。なだらかな畑は北海道らしいと思う

 美瑛の丘では「セブンスターの木」や「ケンとメリーの木」もビュースポットになっている。
 若い頃にずいぶんお世話になった「セブンスター」だが、丘の上に立っている一本の「かしわの木」がパッケージにデザインされていたことはよく覚えていない。したがって、見当違いの木を撮っていたような気がする。
 画像はグーグルマップから拝借したものだが、セブンスターの木は右手の1本のもの。そうと知らないチャイナたちは見栄えのよい左側の並木ばかりを見ていたので、自分もそちらのほうばかり撮っていたのだった。

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右側がセブンスターの木(google map)

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並木のほうばかりを撮影してしまった

 「ケンとメリーの木」は、ポプラの木が「ケンメリ」といわれ一世を風靡したスカイラインのCMに使われたというが、このCMの映像も覚えていない。CMの曲のほうはよく覚えているのだけれども。こちらは間違いようがなく、ちゃんと撮影。(笑)
 いずれにしてもそれらがこれほどのビュースポットになるのだから、観光シーズはアピール次第だという気にもなる。

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ケンとメリーの木

 たまたま通りかかった「ぜるぶの丘」もチラ見。

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ぜるぶの丘の入口

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花ばかりで見飽きた感じも

 これにて第一次産業的な見どころを切り上げて、次は「旭川空港」へ。
 旭川空港は国際線ターミナルも整備されている。気候的な課題が多いことだろうが、就航率99.5%を目指すと宣言するポスターが貼られていた。実現すればすごいことだ。この秋には新しい飲食フロアができるようで、右片上がりを感じさせる空港だった。

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旭川空港。こちらは国際線ターミナル

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ターミナル内部

 旭川の市街地に入る。
 この日の滞在先をどうしようかと考える。いったん「道の駅あさひかわ」に行ってみるが、ここは都市型の道の駅で駐車場が混雑している上に、キャンピングカーなど玄人仕様の車が多い。では24時間銭湯はどうかと調べてみると、新旭川の「旭川健康ランド」があり、評判もよさそうだ。3千円近くと料金が高いなと思ったが、「ニフティ温泉」で850円引き+ソフトドリンク券のクーポンを見つけたので、ここに決める。

 温泉にしけこむ前に、道の駅の向かいに「旭川市博物館」があったので入る。
 旭川市開基100年記念施設として1993年に現在地に新築移転。民俗・郷土・文化・歴史等々の展示とハイビジョンによる大雪の自然を映像で楽しめる。アイヌ関係の資料が充実していた。

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旭川市博物館

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旭川市博物館の展示物

 「旭川健康ランド」には16時前に入店して、時間に余裕があるのでじっくりと湯に浸かる。似たような形の四角い浴槽が並んでいるので、なんだか栽培漁業センターの魚になったような気分がしないでもないが、湯自体はいい気持ち。リラックスルームもそれほど混雑しているようでもなく、電源も充電に使うことができて申し分ない。

 17時半からは施設内の食事処で飲み始める。この日は昼食抜きだった。というか、それほど食べたい気にはならなかったのだ。美瑛で入ろうとしたラーメン屋は満員で食べられなかったし、この日は昼は食べるなということだったようだ。
 なので夜は腹にも余裕があり、ゆっくり飲ませてもらう。生ビールは高いので避けて、瓶ビールに冷奴、塩ホルモン焼きと、野菜が不足気味なのでラーメンサラダをいく。冷奴は予想のほぼ倍の量で300円台、塩ホルモンは490円なのにぐっとしょぼめ、ラーメンサラダは普通のラーメンの1食分はあったのではないか。そののち北海道なのだからとジンギスカンを追加し、クーポンでりんごジュースを飲んで締める。これで2,680円。

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ラーメンサラダ、冷奴、塩ホルモンでビール

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〆にジンギスカンとりんごジュース

 リクライニング室もいいつくりなのだが、テレビがやたらとうるさい。身体を真横にできる仮眠室があるので、21時過ぎにはそちらに移動して、早めに眠りに落ちる。

 6月29日の走行距離は180km。