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 2019年9月1日から、この4月以来5度目の旅に出ました。これまで小笠原諸島、房総半島、北陸・山陰、北海道をめぐってきて、今回は東海・紀伊半島です。
 日程は概ね2週間程度を見込み、できれば9月20日までは戻ってきたいというぐらいの気持ちで、特に終わりを決めないで出発しました。結果として帰形は9月17日となり、17日間の旅となりました。

 出発前の想定ルートは次のとおり。これらを2週間程度でまわるのははじめから至難の業だと思っていて、結果として途中いくつか省略した立ち寄り予定地がありました。

 山形発
 埼玉県  熊谷 秩父
 山梨県  甲州 山梨 笛吹 甲府 甲斐 南アルプス 中央 身延
 静岡県  焼津 藤枝 島田 菊川 掛川 袋井 岩田 浜松
      湖西 田原 伊良湖岬 豊橋 新城 蒲郡 岡崎 安城
      刈谷 高浜 碧南 半田 知多半島 常滑 知多 東海
 三重県  桑名 四日市 鈴鹿 亀山 津 松坂 伊勢 鳥羽 志摩
      尾鷲 熊野
 和歌山県 新宮 紀伊勝浦 太地 古座 串本 すさみ 白浜 田辺
      御坊 有田 海南 和歌山 岩出 紀の川 橋本 高野山
 奈良県  五條 御所 葛城 大和高田 橿原 桜井 宇陀
 三重県  名張 伊賀
 滋賀県  甲賀 東近江 多賀 彦根 米原 長浜
 岐阜県  関ケ原 大垣 岐阜 各務原 美濃加茂 可児 多治見
      土岐 瑞浪 恵那 中津川
 長野県  南木曽 飯田 駒ヶ根 伊那 塩尻 岡谷 諏訪 茅野 佐久
 群馬県  富岡 安中 渋川 草津温泉 沼田
 新潟県  南魚沼 魚沼
 福島県  只見 金山 喜多方
 山形着

 三重県津市から先、和歌山県和歌山市までの紀伊半島の大部分が、人生で初めてめぐる地となります。それ以外のルートでも、渥美半島や知多半島を攻めるのは初めてだし、東海道や中山道の宿場町を歩くのも妻籠宿以外は初めてとなります。静岡以西の東海地方は通過することはあってもめぐることはこれまでにはないことでした。

 はじめのうちは台風の影響などによる雨と蒸し暑さ、そして中盤は厳しい残暑に見舞われましたが、後半にはかなり秋めいてきて、夜の寝苦しさもそれほどではなくなりました。
 人びとの生活からかけ離れた景色しか見えない高速道路(有料道路)は使わず時間のかかる一般道を淡々と走り、お金をかけず一人静かに車内で寝起きするという「車旅」のスタイルも、ある程度定着してきました。
 今回は24時間銭湯やインターネットカフェなどの箱もの施設で眠ることは一度もせず、すべて「道の駅」を利用しました。これが最も気楽でぐっすり眠れるようになっています。

 それでは、旅の間に綴ってきた記録と写真をもとに、日々の状況を備忘録的にまとめていきます。


2019年9月17日午前5時53分、「道の駅しもにだ」の朝焼け

 2019年9月1日(日)。
 楽しいことがあると早く目が覚めるもので、5時15分起床。
 さあ、今日からまた旅が始まる。動作確認のため、自室のデスクトップパソコンではなく旅に持参するモバイルパソコンのほうで、いつもの朝作業をする。特に動作に問題はないようだ。
 デスクトップパソコンをシャットダウンして、寝起きの母に出発を告げて、7時に出発する。

 できるだけ各地の景色を眺めていきたいので、高速を使うのは目的にそぐわないしそこに資金を投入するのはもったいない。ナビの設定を「有料回避」にして、目的地として埼玉県の熊谷を設定すると、運転し続けてもおよそ8時間かかるという。着いて15時だ。有料を回避したために3時間ほど余計にかかるが、それで5桁の金額を浮かせることができるのであれば、仕事をリタイアして時間のあるこれからならばいつだってそうする。
 旅は始まったばかりなので、福島県の大玉村(二本松の南)、栃木県の矢板、小山市内の「道の駅思川」とコンスタントに休憩を入れながら優等生的なドライブで進む。

 最初の立ち寄り地は、群馬県太田市の名物になっている「黒焼きそば」を食べるために、その有名店「岩崎屋」とする。途中の白河や佐野でラーメンを食べるのをぐっと我慢して、14時前に到着。
 「太田黒焼きそば」は、太麺に各店自慢の独自のブレンドソースが絡み合い、それにキャベツの味が絶妙に調和して、焼そばに深みとうまみを出していて、安くてボリューム がありクセになるのだという。
 「岩崎屋」は、この時間なのでそれほど混雑していず車もすんなりと停められ、着席の待ち時間も5分ほど。注文した焼そばの「大」はほどなく着丼。うーむ、確かに黒い。だが食べてみればそのわりには極端な濃厚さは感じない。ソースの甘辛さがたまらなくうまい。量は適量。これで440円はいかにも安い。ダブルが880円、トリプルが1,320円だから、「大」が標準ということなのだろう。空腹ではあったけれども、自分としては「大」が適量だっただろうか。

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群馬太田名物、岩崎屋の「太田黒焼きそば」

 この日の目的地は秩父だが、その途中に何か所か寄り道をしていく。
 熊谷市妻沼の「妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)歓喜院」。
 本殿「聖天堂」は1760年の再建。日光東照宮を彷彿とさせる本格的装飾建築で、その精巧さゆえに「埼玉日光」と称されているという、2003年から約7年間の歳月をかけて「平成の大修理」が行われ、2011年6月から一般公開されている。日本三大聖天の一つだというが、他の2つはどこ?
 駐車場の近くにあった歓喜院の「本坊」を見て、押しボタン式の信号を渡って「聖天堂」へ。普通の寺院のように思えるが、寺院の彫り物がすばらしい。だが、有名な彫刻部分を見るには関所があり、拝観料700円を払う必要があるのでパス。
 こういうことは帰ってから調べる。聖天(しょうでん、しょうてん)とは、仏教の守護神の歓喜天(かんぎてん=歓喜自在天)のことで、四天王、帝釈天、吉祥天、弁財天、鬼子母神、大黒天などと同様に天部の神のひとつであると。そして、それを祀る日本三大聖天は、この妻沼聖天(歓喜院)と、東京都台東区の待乳山聖天(本龍院)、奈県生駒市の生駒聖天(宝山寺)の3か所を数えるが一般的なのだそうだ。

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妻沼聖天山歓喜院本坊

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妻沼聖天山歓喜院聖天堂

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聖天堂の彫刻が見応えあり

 深谷市に入ると名産のネギ畑が目立つようになり、ネギの香りも強くしてくる。市内下手計の「渋沢栄一記念館・八基公民館」。無料なので立ち寄ってみる。
 渋沢栄一は現深谷氏の生まれで、この記念館は渋沢の命日である1995年11月11日に開館。渋沢に関する資料や肉声テープなどがあったが、展示物の中身はイマイチよくわからないし、館内の写真撮影が禁止だった。体育館の中を横切った外には、赤城山をはるかに望むでっかい栄一翁の銅像があった。頭が特にでかく、5頭身ぐらいになっているのではないか。
 渋沢は、後に寄った「富岡製糸場」でも、製糸場の設置主任に任命され設立に向けて計画や調整に尽力した人物として登場するのだった。

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渋沢栄一記念館・八基公民館

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頭が大きく足が短い渋沢栄一翁の銅像

 50分ほど走って秩父郡長瀞町に至り、「宝登山(ほどさん)神社」を見る。
 神武天皇、山の神、火の神を本社に祀り、境内には日本武尊をはじめとした5社を祀っている。古来開運厄除け火防の信仰で関東一帯から講中の参拝で賑わうのだそうだ。

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宝登山神社

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ここの拝殿装飾も立派だ

 その近くにあった「旧新井家住宅」は、200年以上を経た民家を現在地に移築したもの。行ってみたけれども管理事務所の建物が邪魔をして見えない。ここに入場料を払うのはわずか200円でも惜しい。

 長瀞のメインであろう「長瀞岩畳」。
 秩父鉄道長瀞駅からすぐのところにあるのだが、周辺の有料駐車場を避け、上流の広くなった道路脇に停めて散歩がてら歩いて行く。
 荒川中流にあり、さまざまな形の巨岩のある淵瀬や高さ数10mの秩父赤壁といわれる岩壁をなしている。岩畳と岩壁は大規模な地殻変動によるもので、長瀞の巨岩の典型なのだという。いい眺めだ。

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これぞ長瀞の風景

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岩畳はこんな感じ

 そろそろ日が暮れてくる時間となったので、本日の見て歩きはここまで。
 秩父市街に入る前にその隣町の小鹿野(おがの)というところに寄って、秩父名物のわらじかつ丼を食べることにする。この町、「歌舞伎の町」として地域おこしをしているようだ。
 「東大門」という、この地域で焼肉と仕出しからスタートしたが、近時はわらじかつ丼で名を馳せている店に入る。
 わらじかつ丼850円。ご飯にたれをかけて表面積の大きなとんかつをそのたれに浸してのっけましたというつくり。シンプルだが、そのたれが甘じょっぱくてとてもおいしい。とんかつも厚いわけではないが食感がよく独特だ。わざわざここまで寄り道した甲斐があったと思う。

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秩父名物、東大門の「わらじかつ丼」

 19時頃、本日の入浴処とした「秩父武甲温泉」へ。ナビに住所を入力して向かったら川の対岸に連れていかれ、狭い道に迷い込んで難儀をしてからようやく到着。ナビは過信せず、現地に着いたら自分の目のほうを信じるほうがよい。
 北海道の温泉を巡ってからこちらに来ると、日帰り入浴施設は全体的に一回り料金が高い。格別立派とは思えないのに、入浴料は800円もする。JAF割引があるようなので尋ねれば、300円の貸しタオルが200円になるのだと。タオル持参なのでそんな割引はいらない。脱衣所のロッカーは100円戻らず有料。まいったな。でも、露天風呂が大きくていい気持ち。露天に洗い場がある施設は初めて見た。

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秩父武甲温泉で入浴

 途中500mlの缶チューハイを1本買って20時過ぎ、この日ステイする「道の駅ちちぶ」に到着。秩父の市街地にある都市型の道の駅で、周辺には商業施設が多く、夜になってもスケートボードで遊んでいる若者がいるようなところ。キャンピングカーは1台のみで、北海道のようにたくさんの車旅者がいるわけではない。
 北海道と最も違うところは、夜になっても気温が下がらず蒸し暑いことだ。幸い蚊をはじめとした虫がいないので、窓を大きく開けて缶チューハイを飲む。
 ぼんやりする時間を過ごして、22時前にはウィンドウにネットをかけて風が入るようにして就寝。

 第1日目の運転、お疲れ様。9月1日の走行距離は428km。

 2019年9月2日(月)。
 窓を開けて眠ると翌朝は少し涼しいのだなと感じながら、6時20分起床。家にいるよりも体を動かすので内臓の調子がいいのか、便通もよい。

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朝の「道の駅ちちぶ」

 道の駅のすぐそばにあるマックが7時に開くので、ほぼ開店と同時に入店して朝マック。Wifiを使ってパソコンの朝ルーチンをして、昨日のログ付けをする。こういう日々がまた始まったのだなと思う。
 この日は秩父市内を見て、その後山越えをして山梨県へと進む計画だ。晴れてはいないが悪い天候ではない。

 まずは、秩父三社のひとつに数えられる歴史ある神社である「秩父神社」を見る。
 旧市街の中心部に位置しているようで、朝から散歩する人々が鳥居の前で一礼し、拝殿で手を叩いてく姿が見られる。
 現在の本殿は徳川家康が再建したものを1970年に解体復元したもので、名工といわれた左甚五郎作の「子育ての虎」、「つなぎの龍」をはじめとする絢爛豪華な彫刻が周囲を飾っている。残念ながら4面のうちの2面は修復中だった。

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秩父市民の信仰センターとなっている、秩父神社

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絢爛豪華な彫刻が拝殿の周囲を飾る

 その足で旧市街をめぐってみる。「ほっとすぽっと秩父館」を眺めて秩父神社の後ろ側を回っていくとそこには「秩父鉄道秩父駅」。
 神社の駐車場に戻って、その向かいにある「秩父まつり会館」は、「秩父夜祭」をいつでも見られるようにと屋台・笠鉾の展示、映写コーナー、夜祭資料の展示コーナーがあるらしいが、春・秋の観光シーズンの祝祭日に行われる秩父屋台囃子の実演がなければ入館料500円はチト惜しいので、外観だけ眺めて、車に戻る。

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秩父鉄道秩父駅には秩父の地場産業センターも入っている

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秩父まつり会館

 その後、秩父市役所に車を停めて、こんどは西武鉄道の秩父駅周辺を歩く。駅の隣にある「祭の湯」が派手で目立っているのだった。

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西武秩父駅

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赤くて派手だった「祭の湯」

 少し郊外に出て、「羊山(ひつじやま)公園」。秩父市街が眼下に見える小高い丘にあって、園内の北側には「武甲山資料館」や「やまとーあーとみゅーじあむ」があった。街と反対の方角には武甲山がどんと聳えているのだった。

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羊山公園から秩父市街を見下ろす

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武甲山が聳えている

 さらに郊外の隣町の横瀬町にある「寺坂棚田」。昨晩行った「武甲温泉」の沢一つ違うところにあったが、この程度の棚田ならわが地元の中山間地に行けばどこにでもあるぐらいのものだった。ここから見た武甲山がいちばん堂々としていた。

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寺坂棚田

 くねくねした山道をどんどん上ってたどり着いた「三峯神社」。
 西暦111 年、日本武尊が東征の折に造営したと伝えられている。山伏の修行道場として栄え、現在も三峰講の信神となっているとのことで、参道には信徒たちの寄進した証しとなる石碑がずらりと並んで壮観だ。
 「三峰ビジターセンター」で地図をもらい、「三峯神領民家」の周りをくるりと回って、「三つ柱の山門」をくぐり、掌が極端に大きい「日本武尊銅像」、荘厳な「随身門」、ちょっぴり派手な「拝殿」、手を当てて木の気を感じている人がいる「御神木」、灰色モノトーンで格調の高い「神楽殿」などを見てまわる。12時20分発。

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三峰ビジターセンター

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三峯神領民家

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三つ柱の山門

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参道には寄進の内容を示す石碑が連なる

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掌が馬鹿でかい「日本武尊銅像」

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なぜかここに「大山倍達之顕彰碑」があった

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神々しい随身門

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拝殿と御神木。御神木はみんなに触られてすり減っている

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渋い佇まいの神楽殿。これがいちばんよかった

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拝殿を横から見たところ。けっこう派手なのです

 ここから深い山を越えて山梨県へと向かう。通った道は国道140号の旧道で、極端に道が狭く、一部に細々とした集落が張り付いている。この状況がいつまで続くのかと心配していたら、途中から新道に合流したので一安心。ところがその先は新しくつくった素晴らしく長いトンネルで、これを山梨県の道路公社が有料道路として管理している。通行料金730円を要したが、これだけ立派なトンネルを山間部につくってしまったら有料道路にするしかなかろう。

 山梨県の甲州市に入って14時近く。腹ごしらえをしようと「おいしいほうとう」で近くの店を調べると、塩山赤尾にある「完熟屋」がヒットしたのでそこへ。繁忙のピークは過ぎており、すんなり着席して「野菜ほうとう」1,382円を食す。
 大きくカットしたかぼちゃをはじめ、白菜、ニンジン、大根、椎茸、その他のきのこ類などの具材がたっぷり。きしめん状のうどんは一人前なのだろうが、具が多いのでかなりの量になる。自慢の自家製熟成味噌がとてもよい味だ。が、少ししょっぱいかな。卓上の「秘伝のすりだね」を加えればピリリと辛く、これもよい。ほうとうは初体験で、田舎料理だが贅沢でうまいものだと知る。

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山梨名物、完熟屋の「野菜ほうとう」は想像以上においしかった

 甲州市塩山では、塩山駅のすぐそばにある「甘草屋敷」に寄ってみる。江戸中期の庄屋屋敷で、国の重文の民家。漢方薬の原料である甘草を栽培していた者の家であることからそう呼ばれているそうだ。
 静かな塩山駅前を歩くと、そこには「武田信玄公の像」があった。甲府駅前にあるものよりもぐっと小型だ。

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甘草屋敷

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塩山駅前の武田信玄公の像

 ぶどうのたわわに実った観光ぶどう園がずらりと立ち並ぶ通りを通って、「石和温泉郷」へ。
 ぶどう畑の中から突然温泉が湧き出したちまち新興温泉郷として全国に知られるようになったという石和温泉。「石和温泉公衆浴場」や「石和源泉足湯ひろば」を見ようと思ったが、温泉に入らずに見るだけというのもなんだかかったるくなって、石和温泉駅前まで行ってはみたもののその周辺を歩いただけで温泉街には行かないことにした。もう16時近くになっているし、このあたりで色々見ていたら今日のステイは甲府あたりがいいところで、目的地の紀伊半島にはなかなかたどり着くことはできない。

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JR石和温泉駅

 ここでしばし考えて、今回の旅では甲府及びその周辺はパスして、少しでも前進することに力点を置くことにした。甲府は新宿から特急ですぐだから、東京に用があった時ついでに足を延ばすというのがいいだろう。
 方角を見延方面に据えて、気がのらないときには早い時間帯に切り上げるにしかずと、市川三郷町まで下って17時、「六郷つむぎの湯」で入浴と今日のここまでの分のログ付けをする。夕方のうちにログ付けを進めることで、明日は朝から移動することができるというわけだ。

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六郷つむぎの湯

 19時にはリスタート。またしばらく走って距離を稼ぐが、暗いところを走っていても景色が見えず、ちっとも楽しくないのだった。
 19時半に南部町の「道の駅なんぶ」に着き、ここをステイ先とする。去年できたばかりの新しい道の駅で、まだ知られていないのか、2つある駐車場のうち奥のほうの利用者は自分だけだ。
 途中で調達してきた海藻サラダと海苔弁当で350mlの缶チューハイを2本。けっこう酔ってしまった。眠いのを我慢してなんとか歯を磨き、リアの窓を全開にしてネットをかけて睡眠へ。

 9月2日の走行距離は169km。

 2019年9月3日(火)。
 できてそう年月が経っていない「道の駅なんぶ」は人が少なくトイレもきれいで快適なのだが、夜はかなり蒸したためによく眠れなかった。窓を開けても風がなく、明けた窓に着けた防虫ネットが外気をよく通さないため室内の気温が上がり、汗がじわりと滲んでくるのだった。こういう夜が続くと先が辛いぞ。ようやく暑さが収まりかけた深夜にはどうにか眠れたが。

 朝日が射してきてまたバカ暑くなってきたぞと目を覚ましたのはなんと7時50分! これは寝過ぎたしくじった。あたりにはぼちぼち道の駅の利用客が歩き始めている。そんな中を洗面用具を持ってトイレへと向かうのはなんだか気恥ずかしいのだった。
 パンと牛乳を口に入れて、8時40分発。

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道の駅なんぶ。もう日が高い

 寄っていくはずだった身延山をカットして、静岡県焼津方面へと進んでいく。
 10時15分、「焼津さかなセンター」着。市場の雰囲気を味わって楽しめる水産地総合市場だ。9時開店で水曜が臨時営業となるとの事前情報だったのだが、行ってみれば駐車場の入口の多くが閉ざされていて閑散とした雰囲気。どうやら臨時休業らしい。なんなんだよ。

 天気が晴れたのはいいのだが、暑さがタダナラナイ。こういうときは冷房の効いたハコモノにニゲこむにしかずだ。
 「焼津市歴史民俗資料館」と「焼津小泉八雲記念館」はいずれも焼津市の文化センター内にあり、いずれも無料と太っ腹だ。
 「焼津市歴史民俗資料館」では郷土の歴史、風土を探る展示のほか、第五福竜丸事件を題材とした展示が興味を惹いた。
 「焼津小泉八雲記念館」は、明治の文豪小泉八雲を顕彰し、八雲が愛してやまなかった焼津における足跡や地域の人々との交流やふれあい、創作活動などを伝えている。小泉については松江でも記念館も見てきたので、人となりや経歴などはある程度わかる。アイルランド人の父、ギリシャ人の母、親の離婚で母方の大祖母のもとで育つが裕福な家は事業の倒産で瓦解、アメリカに渡り、日本に感化されて来日、松江、熊本、神戸、東京と居を移し、晩年の夏を焼津で過ごしたという。

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焼津市歴史民俗資料館。焼津小泉八雲記念館もこの建物に入っている

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焼津市歴史民俗資料館内の展示物

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焼津小泉八雲記念館内の展示物

 11時半、昼食は島田で。静岡に入ってよく見かける「五味八珍」という店の島田店に入り、昼の週替わりランチ745円をいく。地元で愛されている浜松餃子のチェーン店だったようだ。
 柔らかい鶏肉のチリソースとラーメンのセット、ライスはおかわり自由。選べるラーメンは味噌にしてみたが、中京圏が近くなってきたことを感じさせる赤味噌仕立てだった。

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「五味八珍島田店」の鶏肉のチリソースとラーメンのセット

 島田市では、「蓬莱橋」に行ってみる。
 全長 897.4m(厄なし、と読めるのだそう。麻雀なら役なしでリーチしかないのに)、幅2.4mの木橋で、1997年に「世界一長い木造歩道橋」としてギネス認定を受けている。橋詰にはなぜか勝海舟の像があった。
 100円を支払って渡り切った先には茶店を管理するおじさんがいて暑いねとか言って話しかけてくるので、勝海舟との関わりについて尋ねてみた。それが運の尽きで、しばらくご高説を拝聴することになってしまった。でもまあ、よく聴けばためになることが多い。
 この橋は明治時代につくられた農道橋で今も組合が管理していること、橋のこちら側は茶業に適した土壌でここが静岡茶業の発祥地といってもよいこと、当時橋の造営はご法度だったが勝の口利きで架橋することができたこと、などなど。
 話を聴いた少し先を上ったところには展望場所があり、蓬莱橋がきれいに見えた。

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世界一長い木造歩道橋の蓬莱橋

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蓬莱橋の袂に勝海舟が立っているのはなぜ?

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対岸の高みから眺めた蓬莱橋

 もうひとつ、「大井川川越遺跡」を見に行く。
 「島田市博物館」の後ろ側あたりがかつて渡船で栄えた場所で、川会所を復元するなどしているのだが、観光地としてはまだまだといった印象を受けた。

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大井川川越遺跡の町並み

 牧之原台地に広がる茶畑を左右に見ながら、「御前崎」へ。
 岬なら灯台だろうと「御前埼灯台」。1874年、イギリス人技師の監督のもとに誕生した白亜の洋式灯台。灯台内部は200円。上らなくてもいいや、下から見るだけで。
 少し離れたところにある「ねずみ塚広場」というところからも灯台と太平洋を眺めてみた。晴れていい景色だ。

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御前埼灯台

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ねずみ塚広場から灯台と太平洋を眺める

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ねずみ塚広場

 掛川へと進み、「横須賀城下の町並み」を見る。
 切妻・平入・2階建の商家や仕舞屋が軒を連ね、かつての町人町の姿をよく残しているというので行ってみたのだが、車でひととおり通りを走ってみたが、ややしょぼめ。まだ現役で営業している「割烹旅館八百甚」が立派だったので、ここだけは車から降りて撮影してみた。

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横須賀城下の町並みで営業中の「割烹旅館八百甚」

 掛川では「つま恋リゾート彩の郷」、「資生堂アートハウス・企業資料館」、磐田では「ヤマハ発動機株式会社コミュニケーションプラザ」、「ヤマハスタジアム」、「磐田市香りの博物館」などに寄ろうと考えていたが割愛し、浜松へ。

 浜松もいくつかの都市的施設や「浜松城」など見るべきものはあるのだが、ここもまた来る機会は別にあるだろうと大幅に割愛して、「浜松餃子」だけは食べていくことにする。
 浜松餃子というと、円形に焼かれた餃子の真ん中に茹でモヤシを添えたものをイメージするが、定義は「3年以上浜松市に在住し、市内で製造されていること」(浜松餃子学会)、これだけ。つまり、つくり方や焼き方は店によりさまざまなのだという。
 数ある店の中から浜松市中区の「福みつ」をチョイス。お品書きは明快で、餃子の5ケ、10ケ、15ケ、20ケ……と個数で記載され、それにごはんと味噌汁が付く定食ぐらいのもの。
 「15個で」と注文して840円。やってくる客も3人で「35個」とか団体なら「80個」などと注文するのだった。
 焼いて蒸すのが餃子だと思っていたけれども、ここの餃子は厚めの皮は揚げられたようになっていて、サクサクとした口当たり。ニンニクは入っていないようだ。円盤でもモヤシ付きでもないが、独特な食感に感心したのだった。

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浜松市「福みつ」の餃子

 ここからも先を急ぐ。なんといっても今回の旅は愛知から先、紀伊半島がメインなのだから。
 浜名湖や湖西地域もスルーして、渥美半島方面に歩を進める。伊良湖崎のような先っちょにはこういう機会でもないとなかなか行けないので。

 ということで18時、渥美半島の太平洋を向いた「百々海岸」に行った段階で、本日はここまで。釣り、サーフィン、磯遊びに好適な浜だというのだが、それほどきれいというわけでもなく、絶景のはずの海岸線も見えない。「ながらみ獲るな」の看板だけが印象に残る。

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夕暮れの百々海岸

 さて風呂。田原市の小高いところにある「田原湯の里」にて。
 福祉施設の建物内にあり、間違って福祉施設の玄関に入ってしまった。「お風呂でしたら向こうの入り口になります」と教えられる。
 小さな風呂だが、施設自体新しいし利用者が少ないのでまあ快適。湯の張りが低く循環が弱いのがネックだろうが、400円でシャンプー付きならやむを得ないだろう。スバヤク入り、ロビー周辺は冷房が効いて汗が引いたので、冷水を小カップに2杯飲んで退出。

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田原湯の里

 ステイ先は、渥美半島の先っちょにある「道の駅伊良湖クリスタルポルト」。フェリーターミナルの建物だ。
 建物内にコンビニが入っていることをチェックして向かい、そこで冷えた飲み物を調達して……と考えていたが、なんと閉っているではないか。くっそー。やむなく走ってきた道を8km近くも戻って調達。これで30分は損をしているぞ。
 ということがあって、20時半再到着。半島の縁まで来て泊まろうとする者は多くないだろうとの予想どおり、車が少ないのがいい。虫もいないようなので、リアはネットをかけて全開にし、フロントは半開きにして風を通して、飲酒開始。モヒート味の缶チューハイは初めて飲んだ。それなりにうまいが、メロンソーダ味のほうがよかっただろうか。昼のセットメニューと夕刻の餃子で腹は満たされているので、アテはコロッケ1個だ。
 疲れているのか、500mlの缶チューハイ1本で酔ってしまい、運転席で沈没してしまう。これではイカンと目を覚ましたのは23時過ぎ。そこから準備をして正しい眠りへ。

 9月3日の走行距離は282km。

 2019年9月4日(水)。
 まだ日が高くならない5時45分には起床。夜中の気温がバカ高くなかったので、昨日よりもずっとさわやかに起きることができた。
 「道の駅伊良湖クリスタルポルト」の1階にある「やしの実博物館」は7時40分開館なので残念ながら見ることはできず、6時半出発。

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道の駅伊良湖クリスタルポルト

 早朝の「伊良湖岬」へ。
 「恋路ケ浜」の駐車場に停めて散策を開始。駐車場近辺には、「日本の100選記念モニュメント」がある。この地は白砂青松、道、音風景、渚の4つの100選に選定されているのだそうだ。それってずいぶん欲張りな話ではないか。
 「願いがかなう鍵」も。こういうモニュメントって多いけれども、わざわざこれを鳴らしにやってくる人間はいないだろう。誰もが「ついでに」鳴らすか見るかしていく。そのすぐそばには「柳田國男と椰子の実」の石碑。この恋路ケ浜こそが、椰子の実から始まる柳田の思想のスタート地点というわけだ。

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日本の100選記念モニュメント

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願いがかなう鍵

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「柳田國男と椰子の実」の石碑

 そこから海岸沿いの遊歩道を500mほど歩いて「伊良湖崎灯台」へ。太平洋側から三河湾へと回り込んだところに唐突に表れた灯台は朝日を浴びて真っ白くて神々しい。
 灯台から先は、配置された石に多くの歌がはめ込まれている「磯丸歌碑の道(祈りの磯道)」になっている。歩いて行くとフナムシが一斉にぞわぞわと逃げていくのは見ていて気持ちのいいものではない。

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伊良湖崎灯台

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磯丸歌碑の道(祈りの磯道)

 渥美半島の太平洋岸を東へと進んで、「日出の石門」を見に行く。
 太平洋の怒涛に削られて中央部が空洞になったもので、沖の石門、岸の石門の2つがあるのだが、高いところを走る道路から海岸付近までものすごく階段を下りていかなければならず、戻るときの第発汗を思い途中で断念する。
 その途中に「椰子の実記念碑」があったので、それらを撮って茶を濁す。碑は2つあり、海側の五線譜が刻された新しいものは1996年、山側の古いものは1979年の建立だった。
 そこからさらに東に進んだところにあった自転車道入り口のある駐車場からは「日出の石門」を遠望することができた。

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こんなところから海岸線まで下りれば、帰りが地獄になるのは必定だ

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2つあった「椰子の実記念碑」の新しいほう

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「日出の石門」なのだけど、この位置からは空洞が見えない