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 新年あけましておめでとうございます。
 2019年の正月分から年賀状を書くのをやめ、2年目になりました。今年私宛に年賀状を送っていただいた方に感謝しますとともに、この場を借りて皆様に新春のお慶びを申し上げます。

 さて、2019年3月に仕事を離れて自由の身になってからこれまでの9か月間に、小笠原、房総、北陸・山陰、北海道、東海・紀伊半島、九州と6回にわたって国内を車などで旅してきましたが、この冬季間は、沖縄でロングステイをします。

 沖縄はこよなく愛する地で、これまで50回以上訪問しています。そして、沖縄に出会った四半世紀ほど前からずうっと、リタイアしたなら沖縄に移住したいと思っていました。
 しかし、これでも一応ある程度の節操、分別は持ち合わせているつもりで、何もかも打ち捨ててすぐに移住するようなことはしません。「旅する沖縄」と「暮らす沖縄」とはおそらく別物であるはずで、そのあたりはきちんと見極めて行動するべきだと思っているからです。
 そのあわいにある「滞在する沖縄」をやってみようというのが今回の目論見で、いわばこれがリタイア1年目にやりたかったことの総決算となります。

 沖縄ステイの準備は、リタイアしてすぐの春から少しずつ進めていて、ステイ先は島尻半島東海岸の与那原町。10数年前に海を埋め立ててつくられた新興住宅地の東浜(あがりはま)というところです。5月にはウィークリーマンションを予約して、1月3日から3月4日までの62日間(!)の予定で滞在します。
 仙台からのフライトは片道18,500円の激安料金で往復とも確保し、滞在中のレンタカーも手配済み。また、2019年の年末までには、この滞在が実り多いものとなるようある程度の情報収集をしました。1月初旬は「国立劇場おきなわ」をはじめとして琉球舞踊、組踊、沖縄芝居などの多くの公演が催されるようなので、まずはこれらをたっぷり味わってみたいと思っています。

 滞在の日々の一端をこのブログに書いていきたいと思っていますので、よろしかったら読んでみてください。
 では明後日、沖縄に向けて出発します。

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(首里赤田に出現したミルク(弥勒)。世ばなおれ、世ばなおれ……)

 いよいよ沖縄に向けて発つ日がやってきた。1年近く前から準備してきたことで言わば計画どおりなので気負いはないのだが、反面大きな高揚感もないのが予想外だ。まあ、数日間の「旅」とは違って、滞在して「暮らす」わけで、毎日高揚していても長続きしないだろうから、こんな気持ちのあり方でちょうどいいのかもしれない。
 着替えなどの荷物は2019年中にゆうパックで送っているので、8時半前に小さなキャリーバッグ1個を引っ張って歩いて出発。幸いにして雪や雨はなく、この季節にしては気温もそれほど低くはなく、よく晴れている。近くのバス停からバスで山形駅へと向かい、9時発の仙台空港行高速バスに乗る。

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(よく晴れた山形駅前で高速バスを待つ。今年の冬はここまで降雪がとても少ない)

 空港には10時10分着。まずは長丁場のフライトに備えて食事だ。
 空港内のレストランには大きな期待はしていないので、何か腹に入ればよろしい。エスカレーターでレストランフロアに上がり、右手にあった「MMC ORGANIC CAFE」でいいか。
 カレーライスが980円でこれがほぼ最安。それは過去に一度食べているので、最近マイブームの「昔ながらのナポリタン」1,080円にしてみた。これについてはまだ沖縄のことではないので、別途別のブログで書くことになる。

 機内では飛んでから30分ほどの段階で手元の文庫本を読み終えてしまう。あれまあ、高速バスで読みすぎたかな。別の文庫本は少し前のほうの荷物入れに入れたキャリーバッグに入っているので取ることができず、やむを得ず睡眠をとるはめになる。わりと目は冴えていたのに。時間がもったいなかったな。

 15時10分那覇空港着。すぐにレンタカーのりばに向かい、61泊62日のレンタカーを5万3千円ほどでゲット。慣れないメーカーのナビに翻弄されつつ16時半過ぎには滞在地となる与那原町東浜のウィークリーマンション着。暗唱番号により入り口ドアを開け、これまた暗唱ダイヤル式の郵便ポストの中から部屋の鍵を取り出してようやく入室となる。
 部屋は、想像していたよりも広くなく、ややチープな感じ。というよりも、紹介ページに載っていた写真がゴージャス過ぎて嘘くさかったというのが本当のところだろう。東南の角部屋で、リビングからは東浜の東側の先の未開発地域と、そのむこうには馬天あたりの海が見える。南側は与那原の旧市街と埋立地の間の水路が見え、環境は概ね想定どおりのまあまあといったところだ。
 備品は充実しており、これならば家から俎板だの包丁だの洗濯ばさみだのは持ってこなくてよかったようだ。電気水道はどう使っても定額制で事前に支払っているので、あまり節約せず生活のしやすさ優先で使ってしまおう。

 まずは買い物だ。至近にある東浜のショッピングセンターにはスーパー、100円ショップ、ディスカウントショップ、ハンバーガーのA&Wと何でも揃っているようなので、そこへ直行。
 まずは「ダイソーあがりはまSC店」で、大きい氷を作る製氷皿、その氷が入る大きなコップなどを買う。生活の中で夜の飲み方に使うココには多少こだわりたい。
 そして食料調達のため「スーパーかねひで東浜店」へ。朝用の食パン、マーガリン、牛乳。今夜のビールと缶チューハイ、アテのフーチャンプルー弁当、ごはんに合わせる板海苔や島豆腐、調理等に使う醤油とだし醤油、与那原町のごみ袋など2,100円相当を買う。

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(かねひででお買い物。夕日の時間帯になっている。)

 戻って、パソコンがネットにつながることを確認し、一段落して18時半。ここまではいいのだが、テレビを点けると、映らない。「信号を受信できません」とのこと。思わぬところに落とし穴があったという感じだ。何度か初期設定を試みるがうまくいかず、えーいとばかりに工場出荷状態に初期化してから再度試みたら、やっと映るようになった。まったく。もう19時だよ。

 しばらくパソコン作業をしてその後飲み始めたところに、20時過ぎ、山形から送ったゆうパックが到着。着替えはほぼすべてゆうパックに入れていたので、これが着かないうちは普段着に着替えることもできないのだった。
 しかし、インナーにワイシャツといった姿で部屋にいても寒くない。さすが沖縄だ。

 フーチャンプルー弁当を食べて、風呂。自宅で入るように熱い湯に長時間とはいかないような小さな風呂だが、それなりに寛げる。あったまってなかなか汗が引かず、しばらく下着姿で扇風機の風に当たるが、誰にも遠慮することがなく、これも一人暮らしのいいところだ。
 今夜は沖縄第1夜なので、風呂上がりにもう一杯。さっそくつくった大きな氷で缶チューハイを飲む。23時まで飲んで、その後に減速。
 さあ、明日から行動開始だ。

 ウィークリーマンションで迎える初めての朝。外はまだ暗いが、何時かなと思って時計を見ると6時50分。ゆっくり眠ったな。
 東浜のさらに東方の海がようやく明らんできたいわゆる「あけもどろ」の時間帯。沖縄の夜明けだ。「明け」+「もどろ」。谷川健一によれば「もどろ」は本土でつかう「しどろもどろ」の「もどろ」で、まだぼんやりしている状態を表す語だという。昔々の沖縄では、太陽はこの先にある「太陽(てぃだ)の穴」から上がってくると思われていた。神様の住まう「ニライカナイ」もこの東方海上のずっとむこうにあることになっている。
 7時25分にはようやく南城市の山手から朝日が昇ってきた。

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(部屋の窓から見えた沖縄の「あけもどろ」)

 これがやりたいと思っていた、トーストチンにマーガリンを塗って食べるゆっくりとしたコーヒータイム。備品のトースターの調子も上々だ。
 テレビのニュースを見、パソコンをしながらそれをやるのは、大きくない1LDKでの一人の朝だからできることだ。持参した保温性の高い大きめのマグカップで飲むコーヒーが香る。こんがりきつね色のトーストにはマーガリンがすごく合うが、いちごジャムでもイケそうだ。
 朝の時間を部屋でまったりと過ごす。旅でやってきたのであればこうのんびりとしているわけにはいかないが、ステイであり、しかもその第1回目の朝であれば、こういう過ごし方もいいのではないか。

 9時過ぎ、出発。まずは今月初旬から観られる組踊等のチケットを買いに、浦添勢理客(うらそえじっちゃく)の「国立劇場おきなわ」へ。10時の開館だったので少し待って、開場と同時にチケットカウンターで6つのチケットを買う。それらは、①今日の新春組踊大公演の「執心鐘入」と「花売の縁」、②明日の新春組踊大公演の「護佐丸敵討」と「万歳敵討」、③1月10日の劇団綾船「冬の夜雨」(かりゆし芸能公演)、④1月11日の「琉球舞踊公演 春夏秋冬を舞う」、⑤1月18日の組踊パロディ「企画公演 ゆらてぃく遊ば」、⑥2月22日の「組踊公演「伏山敵討」(ふしやまてきうち)」。合計16,500円だが、今日の分も含めて全部前売りの金額で買えたし、2月の公演は早割なのかさらに500円安く買えたので、よしとしておこう。

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(2か月間の相棒となるレンタカーはマツダのフレアだ)

 その後、部屋にいながらラジオで沖縄民謡を聴くのもいいかなと思い、ここでは中古品を安く売っていないかと「ハードオフ宜野湾はにんす店」まで足をのばしてみる。しかし、ラジオなどという安物はほとんど置いていないのだった。ではいずれ電気店で買うことにするかどうか、よく考えてみよう。価格によるのだろうな。
 一度与那原に戻って、冷たい酒類と今夜のあっさりしたご飯に使う明太子を買って冷蔵庫に入れ、持参した米を2合研いで炊飯の予約をセットし、13時、再度国立劇場へと向かう。

 今日の昼メシはしばらく食べていなかった沖縄そばをぜひとも食べたかったので、途中、南風原町大名の道沿いにあった「中村商店」という沖縄そば屋に飛び込んで、ゆしどうふそば(小)650円を腹に入れる。
 見た目シンプル過ぎてパッとしないけれども、これは写真を撮るときに紅生姜を添えるのを忘れたことが大きく影響している。ゆしどうふの量が少ないのが不満だが、香り高い鰹風味のダシは天下一品だ。沖縄そばのいいところはこれだよな。
 あまり時間の余裕がなく急いで食べたので、その後に汗がドバッと出て大変だった。車にタオルを1本入れておかなければいけない。

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(「中村商店」のゆしどうふそば)

 「国立劇場おきなわ」には、14時開演の10分前に到着。沖縄の地域間の移動時間の読みなり距離感はある程度身に付いている。
 今日の「新春組踊大公演」は、組踊の祖といわれる玉城朝薫の五番の中でも必ず最初に名の上がる「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」と、戦後すぐのクリスマスに捕虜収容所でも演じられたという高宮城親雲上(たかみやぐすくペーチン)作の「花売の縁(はなういぬいん)」の2本が続けて見られるという豪華版だ。
 特に「執心鐘入」については、書籍等で紹介されているのを何度も読んだりしているが、実際に観るのは沖縄通い27年目にして初めてとなる。1719年に首里城で初演されてから300年。実はつい最近、この「執心鐘入」について島尾敏雄が学生向けにわかりやすく講義したのを読んだばかりだったので、見どころやあらすじがよくわかって観られたのがよかった。
 「執心鐘入」では、中城若松役の佐辺良和と宿の女役の新垣悟がよかった。「花売の縁」では、乙樽役の大湾三瑠と森川の子役の島袋光尋。猿引の猿役をやった糸数彰馬はまだ5歳ぐらいだったのではないか。
 終演16時15分。明日の敵討ちもの2本も楽しみだ。

 那覇名物の渋滞にはまりつつ17時までには帰宅して、ここまでのドキュメントを書いて、18時半からは部屋飲みを始める。島豆腐の冷奴とダイソーで買った焼き干し芋。暖かいのでシャツ1枚になって寛ぐ。寒い北国ではいかに暖冬だとはいってもこうはいかない。今日は外では長袖シャツだけで十分で、半袖シャツ姿で歩く人もけっこういた。
 〆は炊き立てごはんに明太子を載せ、海苔でくるりと巻いて食べる。もう最高。こういうものがまずいはずがない。備品の炊飯器のごはんの炊け方もいい。ここまででは備品を含めたアメニティについて、不足感はない。

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(部屋の様子はこんな感じ)

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(もう1枚)

 21時半までには飲みと食事を終え、軽くシャワー。あとは本を読んだりして、22時半頃には就寝。

 6時15分に起きるが、まだ真っ暗。目が覚めるのでしょうがないが、日の出の遅い沖縄ではここまで早く起きることはないようだ。昨日の朝を思い出せば、7時ぐらいに起きるのが妥当だろう。それならば、夜はもう少し夜更かししてもいいのかもしれない。
 夜中はエアコンの暖房を点けたまま眠っているが、24度設定で点いたり止まったりしている。薄着に布団1枚で眠って、これでちょうどいい感じだ。暖かいことはそれだけで幸せにつながるものだ。
 今朝も、マーガリントースト2枚に熱いコーヒー。申し分なし。極めて熱く、下唇を火傷してしまった。7時20分ぐらいには外が明るくなってくる。

 昨日分の沖縄ステイのテキストに写真を付けてブログ記事としてアップロードし、天気もいいので8時前から小1時間ほど、マンション近くを散歩する。
 「与那原マリーナ」を右手に見て進み、「A&Wマリンタウン東浜店」は8時からの開店で準備中。「与那古浜公園通り」と「ゆめなり橋通り」の交差点には大型ビジョンが設置されている。18時までに入店すればにぎりと刺し盛り半額(!)になる大衆居酒屋、ステイ先の候補のひとつに挙げていたマンションなどを眺めて、「東浜野球場」の入り口にある「兄弟小(ちょーでーぐゎー)節の碑」を見る。前川朝昭作詞、屋良朝久作曲の、ウチナーンチュの心情を表わした名曲だ。2005年1月、前川本流一門会の建立で、これは2008年2月に一度見ている。あとはニュータウンらしいいい家並みを見ながら戻り足に。
 2008年に寄ったときは造成したばかりだった「与那古浜公園」。公園の一角で寒風吹きすさぶ中、小浜司、新垣小百合、赤瓦ちょーびんらと弁当を食べたのだったが、今朝は長袖シャツ1枚を腕まくりして歩いていてもまったく寒くはない。公園内にジョギング用と思われるトラックを造成中で、この1月末には完成するようだ。

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(朝日が射すA&Wマリンタウン東浜店)

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(メイン交差点には大型ビジョンがあった)

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(兄弟小節の碑)

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(沖縄の高級住宅街?)

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(与那古浜公園)

 11時に再度部屋を出て、ナビがピンポイントで行き先を示せず周辺のいい加減なところに連れていくのでかなり迷いながら、まずは昼食処へ。
 南風原町新川の「ちらー小(ぐゎー)」でてびち煮付け定食(小)800円を食べる。沖縄の家庭料理で何が一番好きかと問われれば、「煮付け」と答えるぐらいに好きな一品。かつての沖縄大衆食堂では定食は大の男でも食べきれないほどに大盛りなのが当たり前だったが、ここの場合は「小」でもあるためかそれほどでもなく、この年齢でも平易に食べることができた。量はそんな感じだが、味はまちがいなし。てびちの骨をしゃぶり尽くして満足がいく。人気店のようで、昼どきになるにつれて順番待ちの行列ができていた。いい店に出会ったと思う。

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(「ちらー小」のてびち煮付け定食(小)。紅生姜は後付けです)

 その後、南風原のイオンタウンに寄って、買い物をする。タウン内の「ベスト電器イオン南風原店」で交流電源付きのAM・FMラジオが3千円チョイで出ていたので、持参のJCB商品券を使ってゲットする。20年も前に誰かからもらって塩漬けになっていた商品券なので、ほぼタダで買ったような気になる。
 ほかに、牛革製だという幅が広めのベルトを660円で買う。今使っている愛用のベルトがやや長めなので動いているとボトムスがずり下がる傾向にある。しかしそれを短く切ってしまう気にはなれず、ダメもとでもう1本ということで。あとはスキンローションがなかったのでひとつ。

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(南風原のイオンタウンで買ったものたち)

 13時45分に「国立劇場おきなわ」に着き、今日も「新春組踊大公演」を見る。
 舞踊「かぎやで風」(かじゃでふうと読む)に続いて、組踊「護佐丸敵討」と「万歳敵討」の2本だ。
 「護佐丸敵討」は、玉城朝薫作の別名「二童敵討」のことで、第一尚氏王統時代の話。名君の護佐丸(ごさまる)を殺害した阿麻和利(あまわり)を、護佐丸の遺児の鶴松と亀千代が討つというつくりになっている。
 この組踊ではもっぱらの悪役となっている阿麻和利を演じるのは、昨日も「森川の子」役でメインを張った島袋光尋。連日がんばるなあ。
 「万歳敵討」は、1756年、田里朝直の作で、玉城朝薫の五番にはみられない口説(くどぅち)形式の音楽を使ったり、当時の旅芸人が演じていた万歳を登場させるなどの新しい面がある。節をつけて歌うように唱える「つらね」が数か所しかなく、今でいう「せりふ」が多用されているのも面白い。転用されて舞踊でもよく踊られるようになった「高平良万歳(たかでーらまんざい)」を組踊の流れの中で見ることができたのも僥倖だった。
 仇討ち役の「謝名の子」を演じた金城真次については、もう20年以上前に「沖縄三線入門Ⅰ」というCDで彼の幼い歌声に触れたことがあるが、今は組踊の立方(たちかた)として堂々としたものだ。高平良御鎖(うざし)役は、琉球芸能史に大きな足跡を残した玉城盛義の名籍を襲名した二代目玉城盛義で、彼は2011年までは大田守邦といっていた役者だ。
 本日も16時終演。いやぁ、いいものを見せてもらった。

 帰宅途中には今日もかねひでに寄って食料を調達する。
 今夜のアテは、まぐろの刺身とパック入りのサラダにして、飲み終えたあとは明太子ごはんで〆るという作戦にする。ほかに、青じそドレッシング、おろしわさび、卓上コショウ、冷凍のえだまめなども買って、1,300円ほど。
 17時に帰宅するが、外はまたまだ明るい。山形だったらとっくに暗くなっているはずだ。沖縄はずっとずっと西に位置していることがよくわかる。

 今日のログ付けがあらかた終わり、撮ってきた写真を加工して、ラジオをセットする。ラジオは我慢できる範囲の音だし、チューニングした民放からはBEGINの「三線の花」が流れてきた。
 シャワーを終えて19時。よーし、それでは飲み方開始だな。泡盛残波の黒、通称ザンクロを水で割り、大ぶりのグラスで2杯飲む。
 21時までには出来上がり、その後はラジオの民謡番組やテレビのニュースをチェックし、読書を少しして減速態勢に入る。この土日は公演を見たが、明日の月曜日からの平日はそれもなく、少しは生活が落ち着いていくことだろう。

 22時台には寝室に移動し、しばらく本を読んで、眠くなった段階でそのまま寝る。

 体内時計が正確過ぎて、今朝も6時前からもぞもぞし始め、6時15分起床。この時間では沖縄地方はまだ暗いのに。
 昨日買ったラジオでラジオ沖縄の「暁でーびる」を聴きながら食事。盛和子と吉田安盛夫婦の名コンビがウリの番組だったが、安盛は彼岸に渡って今は息子の吉田安敬との親子コンビでやっているのだった。ウチナーグチと沖縄民謡が耳に心地よい。
 いちごジャムが加わって、トーストはマーガリンと2種類で楽しむ。
 世は今日から今年の仕事が始まる人が多いだろうが、こちらはステイ4日目、初の「平日」を迎えて、ますます滞在気分が盛り上がってくる頃合いだ。

 9時に新年の東京株式市場が動くのでその状況を確認。大きく下げている。
 9時半に外出開始。島尻半島を南に進んで近場のいくつかを見てみようという考えだ。今日もいい天気で、カーラジオでは沖縄本島地方は高気圧が張り出して今日は終日晴れると言っている。

 はじめは南城市旧佐敷町の「シュガーホール」を見る。平成時代の初め頃の竣工だったと記憶しているが、国道の車中から眺めはしたことはあるものの近くまで行くことはなかったので、今回初めて行ってみた。白亜の殿堂という感じだが、なにせ周りには人がいない。自治体が合併すると、それまで各町村で維持していた同じ種類の複数の公共施設の全部に管理が行き届かなくなることがあるのだが、建設当時は鳴り物入りで出来上がったこのホールはそうはならないでほしいと願う。

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(シュガーホール(南城市、旧佐敷町))

 次は「テダ御川(うっかー)」。琉球国王が麦の初穂祭の際に久高島を参拝する途中、この地で豊かに湧きでる水を飲んで休息して海上の無事を祈ったといい、今でも「東御廻り(あがりうまーい)」の聖地になっている場所だ。ここは2度目だが、当時撮影した写真を誤って消してしまい残っていないので、再確認をしてみようということで。一度目のときは上り下りの石段をだいぶ歩いたように記憶しているので、足元をサンダルからシューズに履き替えて進んだのだが、駐車場から海岸沿いの遊歩道を400mほど歩いて簡単に着いた。あれ? 別のルートを通ったのか、それとも単に記憶が間違っているだけなのか。歩いていると終始一方から吹いてくる初夏のような浜風が気持ちいい。

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(テダ御川(南城市、旧知念村))

 次に訪れた「知念岬公園」は、風景がもっと広々としていたように思うのだが、記憶よりも開放感がない。国道からの公園入り口付近は「斎場御嶽(せーふぁーうたき)」にやって来る観光バスの駐車場と化していた。斎場御嶽はすっかり観光地化してしまい、今ではここから500mも歩いて向かうようになったの? かつてはすぐ近くまで車でアプローチできたのだけどな。

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(知念岬公園から見た「知念海洋レジャーセンター」(南城市、旧知念村))

 馬天の集落を車窓から眺めるなどして与那原へと戻り、まだ11時前だが、板良敷(いたらしき)地区にあった「たけの子食堂」が開いていたので、ここで昼食とする。与那原中心部の「いけだ食堂」が閉店してしまったこともあり、滞在中にはぜひと狙っていた食事処のひとつだ。
 「唐揚げ定食」600円。安いなあ! だが、価格は安くても質、量ともに充実度は高い。アッチッチの唐揚げ6個に千切りキャベツとポテサラと玉子焼き。具のしっかり入った味噌汁に、オレンジ2切れ。ごはんは多くないけれども今の自分には十分な適量だ。ハチミツが入っているアイスティーを好きなだけ、角のとがった新しい氷を入れて飲める点もポイントが高い。メニューも豊富だし、なにせ安いし、ここはいい食堂だ。滞在中には何度も行きたい店だ。

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(「たけの子食堂」の唐揚げ定食600円)

 腹が満たされた状態ではあるが、一人の生活なので自分で夕食の心配をしなければならない。今日も「タウンプラザかねひで東浜店」に行って買い物をする。今のところここには毎日行っているな。コンビニのような使い方になっている。
 今晩は初めて部屋で、ガス台を使って調理してみよう。野菜炒めが食べたいので、キャベツ、モヤシ、タマネギ、豚肉切り落とし。調味料類も必要になるので、サラダ油、オイスターソース、鶏がらスープの素、七味唐辛子も買う。ほかにはパン、水、海苔、コーヒーを買い足す。

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(滞在中のウィークリーマンション。建物の東側はまだ空き地だ。)

 部屋に戻って12時過ぎ。部屋の備品でまだ確認していないのが洗濯機だ。汚れ物はまだそれほどたまっているわけではないが、洗濯機が4.5kgの小さいものなので、天気もいいし試してみようか。ROKラジオの「ティサージパラダイス」を聴きながらやってみれば特に問題はなく、13時にはベランダに干し終える。量が少ないので簡単だ。

 作業を終えてからの午後の時間帯は読書をしながら、いい風があるので窓を開けて風を入れて過ごす。薄着していても全然平気だし、むしろ気持ちがいいんだものな、すごいよな、沖縄は。
 15時前には洗濯物が完全に乾いて取り込む。

 ところで、14時頃につれあいから電話があり、90歳になる母が脳梗塞で市立済生館病院に入院することになるとの報せがあった。
 大晦日、家族で年越しの夕食をとったときに、めずらしく麦焼酎を飲んだ母が気分が悪くなり、少しの間横になったりしていたのだったが、今朝居室に行くと、呂律がまわらず足がふらついて歩行困難になっていたという。この症状は大晦日のときと同じで、脳梗塞からくるものだったようだ。医者からは2~3週間入院して様子を見ると言われたとのこと。
 事の詳細はわからないが、命にかかわるようなさし迫った危機ではないようだ。しかし、最悪の場合は沖縄ステイを切り上げて帰らなければならなくなることもあるかもしれない。まだこちらに来たばかりなのだけどな。
 考えあぐねてもしょうがないので、その後の状況については連絡を取り合い、対応を考えていこう。

 16時からの1時間は、RBCラジオの「民謡で今日拝なびら」を聴き流す。

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(RBCiラジオ「民謡で今日拝なびら」のナビゲーターの面々。番組開始からもう60年近くになる長寿番組だ。)

 18時近くなったあたりで、夕食の準備に取り掛かる。つくり立て、熱々の野菜炒めを食べよう。モヤシだけではなくタマネギとキャベツも使い、豚肉を投入して肉野菜炒めにしたというのが、普段つくり慣れない自分にしては立派だ。味付けもオイスターソースや鶏ガラ出汁を奢っている。ニンジン、ピーマンを使っていないので彩り的にパッとせず、また適当な大きさの食器がないのでラーメンどんぶりというのが泣ける。このほかに冷凍の枝豆をチンしてつまみながら飲む。
 飲んだあとは〆のごはん。明太子を海苔で巻いて食べ、残った野菜炒めのつゆは捨てるに忍びなかったので少々下品だが最後にごはんにかけて食べたら、それもまたやけにうまいんだよなあ。海苔とはこういうものにも合うのだな。

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(手製の野菜炒めで泡盛ザン黒を飲む。)

 年明けの東京株式市場はアメリカとイランの間の関係が急激に悪化したのを背景に大下げとなり、持ち株評価は2%ほど下がった。この間に下げた2つの銘柄を買って小利益を狙うのだが、今後ホントに上がるのかどうかは疑問だ。

 シャワーを浴び、22時から「報道ステーション」を見て、あとは本を読みながら減速へ。23時前には寝入っていただろう。

 いったん5時に目が覚めてトイレ。本を読んだりしてみるが、まだ早いだろうと二度寝して、7時起床。まだうっすらと東雲が見えてきたぐらいの明るさだ。昨日よりも雲が多いようだが、いい天気は続いている。

 9時過ぎまで部屋作業をして、今日自分にとって最もやりたいことは何かと考え、だいぶ長くなっている髪を切りに行こうと思い立つ。髪はだいたい2か月おきぐらいに切っている。前回の散髪は11月14日でまだ2か月経っていないが、そのときの切り方がいつもよりも少なく、ずっと半端くさく感じていたのだった。沖縄で暮らすに当たって現地の理容店で頭をさっぱりするのもいいのではないか。
 南風原に安い理容店があることをキャッチして、その「こうのいけ南風原店」へ。カット・シャンプーが1,430円。手際重視のスピード仕上げだが、衣服等への小さな髪の毛のくっつきもなく、出来栄えもそれなりに納得できるものになっている。
 床屋に関しては子供の頃からずっと同じ店で切ってもらっていたが、別の店でも大きな問題はないことが、この齢にしてようやくわかった。
 10時過ぎにはもう終わって、店をあとにする。

 まっすぐ部屋に帰るのも芸がないので、車を流して行き当たりばったりに進んで、気になったものがあったら立ち止まることにする。理容店から南進し、「本部公園」というところに行ってみる。丘のてっぺんを削って公園にしていて、園内には「野菜王国チンクヮーランド」と名の付く遊具設備があり、幼稚園児の一群が遊びに来ていた。ところでチンクヮーって何? 調べてみると、ウチナーグチでかぼちゃのことのようだった。

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(本部公園の「野菜王国チンクヮーランド」)

 いくらなんでも行き当たりばったりでは何を見ていいのかわからず、ただウロウロするばかり。やはりある程度は調べた上で行動しないと、あまり意味のないことになってしまう。
 走っていてショッピングセンターを見かけたので入ってみる。「マックスバリュ南城大里店」。おお、ここには「Jimmy’s」が入っている。ここのアップルパイを食べたいのだが、ホールケーキの丸買いでは一人身には量が多い。だが、ほほう、カットしたものも置いているではないか。これならいける。今日はいいけど、近いうちに買って食べよう。

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(マックスバリュ南城大里店)

 今夜つくろうと思っているキャベツとタマネギのコンソメ煮に必要なコンソメとベーコンを買う。今日の昼食はどこかで沖縄そばにしようかと思っていたのだが、商品を眺めているうちに、卵と揚げ物の総菜を買って部屋でうどんを茹でて食べたらさぞうまいのではないかと思い立ち、そう思ったら変更した方向にまっしぐら。買って部屋で食べることにする。
 この店舗は袋入りのカット野菜とか380円の生寿司とか、一人暮らしに合うお買い得品が多いような気がする。コロッケは1個48円と安い。しかも、食べてみたらおいしい。滞在地からここまで買い出しに来たとしてもせいぜい4~5kmほどしか離れていないし、そうしてもいいかもしれない。

 で、家で食べた昼ごはん。乾麺のうどんを茹でて、生卵を落としたつゆで啜り上げる。2種のコロッケ付きだ。
 夏のような気候のなかで啜るもりうどんはたまらなくうまい。1袋160gを一気に食べ終える。残ったつけだれにお湯を注いで蕎麦湯のようにして飲むだけで、ぶわりと汗が出てくる。でもその汗は、室内を通り抜ける風が乾かしてくれる。この日、八重山地方の各地では軒並み最高気温が25度を超える夏日になったようだった。

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(夏のような日の昼メシはうどんだ)

 母の病院から、午前中のうちに電話が入っていた。何事かと折り返すと、ただの病室が変わったことの連絡だった。病院から電話は精神衛生上いいものではない。

 13時過ぎに再度外出して、与那原の旧市街を中心に1時間半ほど歩いてみる。
 旧海岸と振興埋立地の境界につくられた運河沿いを歩いて、知念高校、与那原中学校を眺め、2007年に架けられた「あがりはま橋」を渡って、国道331号の南側へ。
 古いスナックが並びノスタルジックな「オリオン通り」、役場に近い「上の森公園」脇の坂と進んで、「与那原町立軽便・与那原駅舎・展示資料館」へ。2014年に復元されたもので、ここは最近一度見に来ている。
 国道北側に戻った旧市街では、「親川(うぇーがー)」と「御殿山(うどぅんやま)」の旧跡を見る。
 東浜に戻って、途中JAが営業する「ファーマーズマーケット与那原あがりはま市場」に入って見る。野菜類がすごく安い。近く白菜鍋をつくってみたいので、その時はここで調達することにしよう。売っていたあんだんすうも欲しい。
 歩いたら暑くなってきた。部屋に戻って窓を開け、汗の滲みこんだ服を脱ぐのだが、Tシャツは持ってきたが短パンまでは必要ないと思って持ってこなかった。だって、南国とはいえ1月なのだぞ。

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(きれいに整備されたマンション沿いの運河)

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(運河の向かい側は高校と中学校)

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(軽便・与那原駅舎・展示資料館)

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(ファーマーズマーケット与那原あがりはま市場)

 その後は部屋で、炊飯の準備をして、本を読んだりラジオの民謡を聴いたり。本を読めば眠くなる習性はしっかりと身に付いてしまっているので、短時間の昼寝も。

 18時を前に再起動して、キャベツとタマネギのコンソメ煮をつくる。これは簡単。マーガリンと粗挽き胡椒を使って味をカスタマイズする。あまり煮込み過ぎないようにして食べたら、コレハウマイ。ほかに島豆腐の冷奴を加えて、缶チューハイの500mlを飲む。
 19時のNHKニュースを見たあとの〆は、炊き立てごはんに生卵をかけて、海苔で巻いて食べる。どこからどう考えてもこれがまずいはずはない。シンプルイズベスト。ごてごてしたものは何もいらないのだ。

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(夜はキャベツとタマネギのコンソメ煮をアテに缶チューハイ)

 休日よりもずっと静かな、平日の夜。東側の道路を走る車の量は少なくなるようだ。
 東京株式市場は昨日は下げたが、今日はその一部を取り戻す上げとなる。あくまでも一部であって全部もしくはそれ以上ではないのだが、昨日買った銘柄のひとつを売って、1日で1万8千円の利益を得た。仕事に邪魔されずにわりと自由に時間がとれる人間にとっては、こういうこまめな売り買いが功を奏するのではないかと思っている。

 ニュース番組を眺めて、23時頃には消灯と相成る。

 小用のため5時45分に起きて、まだ早いぞとベッドで読書。6時半に活動し始めて、「暁でーびる」の民謡を聴きながらトーストと昨晩つくったコンソメ煮で朝食。量を加減してつくっているつもりでも、足りないのでは困るという思いが働くためか、一食分ちょうどというわけにはいかない。朝に食べるのにフィットするぐらいの量が残っていた。

 外は小雨模様。ずっと晴れていた沖縄もここで初めて天気が崩れた形だ。予報では、本島南部は午前中の降水確率は50%、午後はゼロ。そういうことであれば、午前中はゆっくり部屋で過ごし、昼近くに外に出て食事をして、焼け落ちてしまった首里城界隈と、首里から先に延伸されたばかりのゆいレールの沿線付近を見に行くことにしよう。
 2日に1回と決めている髭剃りをして、時折鳴る知念高校のチャイムを聞きながらベランダごしで読書をする。冬なのに毎日日射が強かったので、たまさかの雨も部屋にいれば悪くない。まして午後には上がるというのであれば。

 なかなか太陽が顔を出してくれないのだが、11時過ぎにはドライブを開始。風が強く気温が上がらないが、冬ってそういうものだろうという気もする。
 「首里りうぼう」の駐車場に車を停めて、2lのペットボトルの水を4本買って駐車場代替わりにして、まずは首里の「ななほし食堂」へ。首里の名物食堂「あやぐ食堂」の姉妹店で、これで3回目になるだろうか。カレーライス590円にトッピングの魚フライ100円を添えて。
 スプーンをライスに差し込んだ時点で、ライスが稠密でとても多いことがわかる。ハムのように見えるひらひらの肉を使っているので特別においしいというわけではないが、たっぷりのルーにジャガイモやニンジンがころころ入っていてそれなりにイケる。標準装備のマカロニサラダとサザンドレッシングの生野菜は、「あやぐ食堂」の伝統を受け継ぐ定番の味で、ボリュームも立派。魚フライはカリッと揚げられ、自家製の硬めのタルタルソースがいっぱいつけて食べてねと囁いてくるようだ。
 納得のボリュームと味なのだが、これだけ食べてしまうと今夜は食べずに飲むだけでよさそうな雰囲気になってきた。

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(首里「ななほし食堂」のカレーライス+魚フライ)

 食後は歩いて「首里城」へ。首里城は、1992年の復元完成以来何度も訪れてきており、その都度少しずつ整備範囲が広げられていたのを確認してきたのだが、昨年10月31日未明の火災で中心となる部分が失われてしまった。その様子を見て、目に焼き付けておくことも大事だろうと思って。
 龍潭(りゅうたん)通りから県立芸術大学当蔵(とうのくら)キャンパス、弁財天堂と進んで、久慶門からエントリー。廣福門をくぐって下之御庭(しちゃぬうなー)までは行けるが、奉神門から先の正殿・南殿・北殿には入れなくなっていた。外から一部見える瓦礫と化した建物が痛々しい。それにしても、火災から2カ月半も経っているのにその後の動きが緩慢のように思えるのだが、どうなのだろう。

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(焼け落ちた首里城の一角。これは北殿だろう。)

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(正殿前、御庭(うなー)の北西側から見た北殿。ひどいものだ。)

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(火災が発生した10月31日朝の正殿周辺の様子)

 その後、今は首里中学校の敷地となっている「聞得大君御殿(ちふーじんうどぅん)跡」や、昔から首里名物の「のーまんじゅう」を売る首里久場川町の「ぎぼまんじゅう」の店を見る。まんじゅうは1個160円だが、満腹の状態では饅頭の入る余裕はしばらくなさそうなので、買うまでには至らない。首里でも「Jimmy’s」を見つけるが、同様に今ケーキを買おうとは思わない。

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(首里久場川町から、北へと伸びたレールを眺める。)

 車で移動して、新しく切られた「前田トンネル」(浦添市)の上方にある「玉城朝薫の墓」も見る。玉城家はその後「辺士名」と改姓して今に至っているとのことで、ここが現辺士名一族の門中墓となっている。曲線を多用したなかなかいい構えの、きれいに手入れされた墓だった。

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(琉球組踊の父・玉城朝薫が眠る墓)

 2019年10月をもって首里駅から先に延伸された「ゆいレール」に沿って、道を車で走ってみる。この道は過去に何度か徒歩で通り、沖縄戦の戦跡になっている「前田高地」と、高地争奪戦の中心となった「為朝岩(米軍名ニードルロック)」を探索に行ったものだ。今であればモノレールの「浦添前田駅」で降りればすぐのところとなる。
 新しい終点駅となった「てだこ浦西駅」まで行くつもりで進むが、途中から頭上のレールがなくなり、迷う。あれ?!という感じ。Uターンしてよく見ると、レールがあるところから地下に潜っていくのだった。沖縄のモノレールは地上だけでなく地下も走るようになったというわけだ。

 なんとかたどり着いた「てだこ浦西駅」は、駅はあれども周辺の開発はまだまだこれからのようだった。パーク&ライド用に大きなパーキングビルがつくられていて、そこに停めて駅周辺を視察する。ゲート付きの駐車券方式だが、短時間だったからか駐車料金は無料だった。
 そんなことで、15時前には部屋戻り。戻ってしばらくした頃にようやく陽が射してきたのだった。

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(ゆいレールの現在の終点、てだこ浦西駅)

 16時までには今日ここまでのドキュメント書きと写真の加工作業を終えて、紅茶を淹れて「民謡で今日拝なびら」を聴く。こののんびり感はステイなればこそで、旅の最中ならこうはいかない。貴重な滞在時間を有効活用しようとして、暗くなるまで、あるいは夜中までかけて、あまはいくまはいしていることだろう。

 少し早いが、18時過ぎから飲み方開始。つまみは柿ピー少々で十分だ。
 ニュースでは、うるま市の養豚場でCFS(豚コレラ)が発生し、アグー豚を含む豚1,800頭を殺処分するために県職員が防護服を着てがんばっているところが映されていた。沖縄では34年ぶりの豚コレラ発生なのだそうだ。正月早々大変なことだろう。自分がそういう立場からようやく無縁になって、こうして自由な時間を送れていることを素直にうれしく思う。
 ほかには沖縄選出の下地幹郎衆議院議員がIR(総合型リゾート施設)の収賄に絡んで立憲民主党に離党届を出したが、本日党から除名処分を受けた由。また、イランがアメリカの軍事施設にミサイルを撃ち込み、両国の確執がにわかに武力行使となって顕在化した。さらに、レバノンに逃亡したカルロスゴーン被告が今夜記者会見。――というように、いよいよ正月気分を脱して世の中が動き始めた。
 本日の株価はこのような世相を反映して年始早々大下げとなっている。下がったところを今日も2銘柄を買う。これらは現在、優良株とは言えない銘柄で、イラン情勢を鑑みれば買うのはチト早かっただろうか。長くは持たずに小利益で十分なのだぞと自分に言い聞かせる。

 テレビでやっていた「志村けんのバカ殿様」を見て薄笑いをしながら、たまごかけごはんを海苔で巻いて食べて、今夜の一人晩餐を終える。昼の「ななほし食堂」がまだ効いており、この程度でも食べ過ぎのようだ。
 あとはシャワーを浴びて、本を読みながら眠りへと進むのは通常どおりだが、ニュースを多めに見たので就寝は遅めの24時頃となる。

 「歌の旅びと ぶらり旅、お国旅〈西日本・沖縄編〉」(五木寛之著、集英社文庫、2019)を読み終える。沖縄に来てから2冊目の読了本となる。