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   朝日文庫  660円+税
   2008年12月30日 新装版第1刷発行

 島原の乱(1637年)を大きなテーマにして書いています。2019年秋に長崎から島原半島を反時計回りに一周し、天草諸島も一通り回ってきているので、その記憶とともに読みました。

 はじめに、徳川家康に気に入られ抜擢されて、大和から転じて島原の領主になった松倉重政という大名の、今でいえばヤクザのような、領民に対する厳しい収奪の状況について述べています。身分不相応な島原城の建設や南蛮渡来の武器購入のため、領民は絞り殺すほどの勢いで絞られ、島原の乱の民衆蜂起が起こるのは必然だったと述べています。
 そして、50ページを過ぎてから、ようやく須田画伯とともに、諫早から島原へと向かい始めています。

 旅で見てきた島原の武家屋敷群の様子が詳細に書かれています。通りの中央に溝が切られていて、それがかつて、両側の家の生活用水になっていたことが思い出されました。
 雲仙・普賢岳が噴火した1991年に島原市長をしていた鐘ヶ江管一氏も、当時の県教育委員長として登場しています。著者らは鐘ヶ江氏の営業する旅館に泊まっています。

 天草四郎の乱で切支丹側の立て籠もりの地になった原城跡を経由して、口之津へ。口之津は、ポルトガル船が入港していた16世紀後半に華の時代を迎え、禁教後にはいったんはさびれましたが、明治初期からは三池炭鉱の石炭の輸出港として再び息を吹き返した歴史があります。
 旅で見てきた口之津の旧税関の建物についての記述もありました。司馬はこの古めかしい建物を、口之津の歴史を集めた博物館にすればどうかと提案しており、現在はその提案どおりに整備されているのでした。

 一行は、島原半島の口之津港から、天草下島の鬼池(おんのいけ)港に船で渡っています。また、天草の主邑の本渡では、「天草キリシタン館」にも足を運んで、切支丹は天草に何を遺したのかを考えていました。
 天草下島苓北(れいほく)町の富岡城跡についての記述も。1637年の晩秋、肥前唐津城主寺沢氏の飛地の治所となっていた富岡城を農民一揆が攻め、島原半島で島原城を攻めている農民決起に呼応した場所です。天草は公称4万2千石だが実力的にはその半分もなかったらしく、厳しい取り立てに疲弊しきった領民たちは立ち上がるしか道はなかったといいます。

 天草下島西海岸の高浜を経由して、大江教会と崎津教会を見たところで記述が終わります。これらの教会は、明治なってから欧米諸国の抗議で切支丹禁制が解除されて以降、フランス人宣教師の尽力によって建てられたものなのでした。
 南の端の牛深まで足を延ばしていないのが惜しいところです。
(2021.3.20 読)

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   講談社文庫  820円+税
   2016年2月13日 第1刷発行

 新商品センベイの草の根宣伝のため、東京下町でのボランティア活動に精を出す坂田には、ひそかな楽しみがあった。言葉は悪く化粧気はないが、老人たちにはとても優しいサッコこと小川咲子が気になって仕方ないのだ。
 祖父仕込みの将棋と自然体な配慮で男を上げつつあった坂田に、健康枕販売のセールス指導のバイトが持ちかけられる。サッコの冷たい視線が気になりつつも、打合せのために会場に出向いてみると、そこには死体が……。さらに巻き込まれつづけ事態はひどくなりつづけ、それでも抜けられなくなっていく。(単行本版の内容紹介から)

 「走らなあかん、夜明けまで」「涙はふくな、凍るまで」に続く、大沢在昌の“不運なサラリーマンの坂田シリーズ”の3作目です。
 大阪のヤクザやロシアのマフィアが相手だったこれまでと違って、今回の立ち上がりに坂田は詐欺師に言い寄られます。過去2回のような、殴られたり銃を突き付けられたりというものではないのでしょうか。そうすると、大沢お得意のバイオレンスの筆致が楽しめなくなるということなのですが。
 しかしやはり、後半からはヤクザが登場。でも、ただのサラリーマンでしかなかった主人公の坂田はこれで修羅場を踏むのは3度目とあって、ヤクザにすごまれても相手から目をそらさずに堂々と渡り合える度胸が身についてきています。相手のヤクザも「お前、リーマンにしておくのはもったいねえな、見直したぜ」と舌を巻いていました。
(2021.3.15 読)

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   文春文庫  448円+税
   1997年6月10日 第1刷
   2007年5月15日 第10刷発行

 「自分の過去が、書きのこすに値いするほどのものかといえば、とてもそんなふうには思えない」という含蓄の作家が初めて綴った、貴重かつ魅力的な自叙伝。郷里山形、生家と家族、教師と級友、戦中と戦後、そして闘病。藤沢文学の源泉をあかす稀有なる記録ともなっている。巻末に詳細な年譜も付した、伝記の決定版。(カバー背表紙から)

 藤沢周平の研究者にとっては欠かすことのできない書であろうもので、これは本人のエッセーであり、小説ではありません。
 「半生の記」と「わが思い出の山形」の2本立てで、初出は、前者が「藤沢周平全集」月報(1992~94)、後者が「やまがた散歩」(1990~92)。これが1994年に文藝春秋社から、新たに年譜(この文庫本で50ページ近くある)を加えて単行本で発行されたものとなっています。
 なお、「やまがた散歩」とは、1972年8月から2001年1月までの間、「やまがた散歩社」が月間誌として全339冊を発行したものであるとのこと。

 管理人は、山形県内陸地方の生まれで、日本海側の庄内地方とはそれほど深い関係にはありませんが、5年ほど前に2年間、庄内地方に単身赴任していた時期があり、その際には意識的にこの地方のわりと隅々まで巡り歩いたことを思い出します。藤沢周平に関係する場所も、映画のロケ地などを中心に見てまわりましたが、高坂地区にある肝心の「藤沢周平生誕の地」は未訪になっていることに気がつきました。いずれ行ってみないと。まあ、この本を読んで、氏の生まれ故郷の当時のありさまをよく知ってから現場に立てることを、むしろ幸いなことだったと考えることにしましょう。

 また、小菅留治君(藤沢周平の本名)は旧山形師範学校に進学して山形市で3年間生活していますが、彼がはじめに入った学校の寮である「北辰寮」は、かつてわが実家のすぐ近くにあり、自分が子どもの頃の格好の遊び場になっていて、寮の中に入って寮生にちょっかいを出し、かまってもらうこともたびたびありました。
 当時の寮の南側は、コンクリート塀を隔てて、旧師範学校だったところが女子高である山形北高の敷地になっていて、藤沢が書いているように古いプールがあり、その隣の校舎からは音楽科の生徒が弾くピアノの音が流れているのでした。それらはもう取り壊されて、今はなくなっています。
 本には、氏がその後に下宿した「善龍寺」という寺がある寺町界隈や、七日町の映画館街、薬師町の県営グラウンドなどが登場し、当時の様子が語られていて、まことに興味深い内容なのでした。
(2021.3.9 読)

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   メディアワークス文庫  630円+税
   2019年8月24日 第1刷発行

 不安も悩みもほろりと崩れる、のんびりおいしい日々をどうぞ。――という書下ろしの文庫本。
 沖縄の南西外れにある小さな島、嘉例吉島にひっそりと佇む民宿「カリー!」。
 どこか変わった雰囲気を醸し出すそのお宿では、宿を預かる不思議な女主人・金魚さんが、愛情を込めた美味しい沖縄郷土料理のおもてなしでお客様の心も身体も優しく解きほぐしていく。
 人情薫る沖縄料理とやさしい気持ちが、人とあやかしの縁を結ぶ――。(カバー背表紙から)

 近時はこういう「あやかしもの」のライトノベルが多数発刊されているのですね。文章の大部分がカギカッコつきの科白で埋められています。

 著者は、早見慎司と言われてもピンときませんでしたが、「あとがき」によれば元の名前は早見裕司ということで、そうであれば少しはわかります。「裕司」名義で書かれた「となりのウチナーンチュ」(理論社、2007)は、ウチナーグチのイントネーションまでが読み手に伝わってきそうな、不思議と温かさがいっぱい詰まった「ゆるみ系ホラー」小説で、なかなかよかった覚えがあります。
 1961年生まれの青森県出身で、浦添市在住。「夏街道[サマーロード]」でデビュー。日本推理作家協会会員・本格ミステリ作家クラブ会員。アニメ「吸血姫美夕」シリーズの脚本をはじめとして、その仕事は多岐にわたり、近年は在住している沖縄を舞台にした作品も多く手掛けている――とのこと。
 「あしたも、友だち となりのウチナーンチュ」(角川文庫、2016)という著作もあることを知り、ウェブ古書店から即買い。届いたなら読んでみようと思います。
(2021.3.6 読)

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   彩流社  1,300円+税
   2019年12月11日 第1刷発行

 日本全国津々浦々を自分の足で歩く著者が、笑いと怒り満載のムカつく体験を集めた!というもの。
 「チョー癒される~」「ヤッバーイ」……はぁ!? 勘違い、図々しい、非常識、バカップル……冗談じゃない!どうしてくれるんだ、俺の旅!

 ムカつきの多くが、沖縄方面への旅のことのようです。「島の達人」として呼んでおきながらちっとも意見を取り入れずに番組づくりをするテレビ番組制作クルー、旅先に対する理解皆無丸出しの派手派手若者、自己チューで周囲が見えていない婦人二人連れ、傍若無人でやかましい中・韓・台からの団体客など、旅をしていてよく見かける“あるある”に対して、吉田サンが怒っている。よーくわかるぞ、その気持ち。みんなが口に出さずにぐっとこらえて思っていることを、よくぞ文章にして発表してクダサイマシタ。

 78もの腹立ち、ムカつきがずらりと並べられていますが、ここまで並ぶというのは、吉田氏が単にこういうことに敏感なだけではなく、ムカつくようなことを身の回りで起こす何らかのパワーがあるのかもしれません。自分も多く旅をしていますが、腹を立てることはここまで多くはありません。ましてや、居酒屋でたまたま一緒になった人と口論やケンカなどをしたことはありません。(笑)
 その目次からいくつかを拾ってみると……。
 空港で時間ギリギリの女たち、バーでポケモンを探す男、「俺は長男だぞ!」だからどーした?、癒しのカフェテラスに前代未聞のバカップル、フンぞりかえる夫!、荷物棚占領オヤジ、ホッケ島の真実、北の空港のボンクラおまわり、キラキラネームのガキとその親、厚化粧女社長と秘書、新幹線乗り換えと中国人・京都編、トンカツ屋でキャベツを全残し!、ドトールでテーブル占領ジジイ、肉を口から出す女、ゆりかもめ行列オタクに怒鳴られる、スーパーで吟味する女、人出が足りない居酒屋……などなど。

 「旅に出るたびに思う。日本はどうなっちゃうのかなーって」と、著者は心配しています。
 みんなが自分の権利を主張して、他人に迷惑をかけても自分を押し通して。一方で向き合うべき物事の本質を、気持ち悪いきれいごとで誤魔化して。それが次世代に伝搬して。そんなこと続けてたら、この国なくなっちゃうんじゃないかな。俺は日本に滅びてほしくないんだけどなー――と。
(2021.3.4 読)

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   小学館  1,300円+税
   2012年7月15日 第1刷発行

 「インバウンド」と言うと、外国人観光客を連想しますが、ここでは「コールセンターなどで電話を受けて色々な対応をする仕事」を指しているようです。コールセンターの仕事って、よく知らないけど大変なのだろうな。

 東京の商社をリストラされた理美(さとみ。ニックネームはりーみー)は、沖縄に帰る。しかし、働き口はコールセンターしかなかった。いやいや面接に行ったものの、コールセンターの近代的な設備に圧倒され、働くことを決意する。
 研修がはじまった。役を演じろ、ウイスキーの顔を作れ!など、初めて聞かされることばかりに戸惑う理美たち。
 そして、実務につく日がやって来た。クレーマーにおせっかいおばちゃん、かまってちゃんなど、トラブルにてんやわんや。そんな理美が、会社の代表として「電話応対コンクール」に出場することになる! 手に汗握るコンクールの結末は? 果たして理美は、日本一になれるのか?
 知られざるコールセンター業務をディティールたっぷりに描く、クレーマーにも負けないお仕事小説の登場です!(ウェブの商品内容紹介から)

 舞台は沖縄コザ。米兵が出入りするパブスナックのマスターは、「兵隊とは友達にならない」と言った。彼らとは親しくなっても、戦場に行けば戻らなかったり、期間が過ぎれば本国へと帰ってしまったりするからでしょう。コールセンターでオペレーターをしている主人公の理美も、何度も辞めていく同僚たちを送り出し、そのことにそれほどの感慨を持たなくなっていきます。
 必ず別れがやってくる相手とは深く付き合わず、別れの寂しさを味わわないようにしようとする二人の気持ちがとてもよくわかり、なんだか切なくなりました。けれども、仕事を通して生きることへの充実感を得ていく主人公の姿が凛々しく、最後はなかなかいい終わり方で、そこに沖縄の風景が重なり、読後感はとても爽やかでした。著者のグッドジョブだったと思います。送料込み290円でたっぷり楽しめた喜びがあります。

 その著者は、1954年東京都生まれ。東京大学在学中に野田秀樹らと劇団「夢の遊眠社」を設立。企業のエンジニアを経て、シリコンバレーのベンチャー設立に参加。99年「天使の漂流」でサントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞。2005年「覇権の標的」でダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞し、小説家デビューしたという人です。
(2021.3.3 読)

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   集英社文庫  520円
   1992年7月25日 第1刷発行

 名古屋弁のシャワーを浴びてみたくなって調達した本。
 1582年。山崎の戦いの直後、羽柴秀吉に嫡子・秀正が誕生したという空想的な設定で、物語は進んでいく。1600年、その秀正と徳川家康の連合軍が、大坂城の異母弟・秀頼を擁する石田三成軍を関ヶ原に破る。そして1603年、家康ではなく秀正が征夷大将軍となって、なんと、名古屋に幕府を開く。そうなると、日本の公用語は名古屋弁となる。
 江戸ならぬ名古屋で花開く文化は、政治は、経済は……。泰平と狂乱の「名古屋時代」260年。
 ――という、日本史を縦横無尽にパスティッシュした長編歴史小説。

 著者は「あとがき」で、「本当は私は、名古屋は洗練された大都会であり、東京、京都、大坂などに比肩する豊かな文化を持った地だと思っている。日本の都になったことがないというのも、たまたまそういうめぐり合わせだっただけで、都になって不都合なことは何もない。江戸時代なんてなくて、それが泰平の名古屋時代だっていいのだ。むしろそうなっていたほうが、豊かで楽しい時代だったかもしれない」と述べています。「名古屋は洗練された大都会」だということについては敬意を込めつつ賛同するものですが、それを時代小説のパロディという形で面白おかしくでっち上げた著者には、よくぞここまでやっ(てしまっ)たものだと苦笑してしまいます。

 そして名古屋弁。
 「みんながやってできーせんかったことだが、わしにはできるがや。こうやったりゃそんなもんあっという間だでかんわ。まかいといてちょ」と秀吉。こういうのが公用語で、江戸弁なんてもう、どえりゃあ田舎くっさあてかんわと。(笑)

 じつはワタクシ、名古屋弁には以前からどえりゃあ興味を持っていて、高校時代には深夜の東海ラジオにチューニングを合わせ、微かな電波をキャッチして宮地佑紀生の「ミッドナイト東海」(1968~83)を聴くのを楽しみにしていたのだった。ミッドナイト東海ではまだ売れていない若き日の森本レオもパーソナリティをしていたっけ。
 今になって調べてみると宮地佑紀生は、名古屋市中区大須生まれの生粋の名古屋っ子で、25歳の時にラジオパーソナリティとなったラジオ全盛期の申し子だった。だが、2016年にラジオのオンエア中、共演者に暴行して刑事告訴を受け、傷害容疑で逮捕されたりしている。彼はもう72歳になっているのだな。
 名古屋弁は今になってもそのみゃあみゃあとした語感が耳に心地よく、ぜひ本場に身を置いて、訛りなつかしと、そを聞きに行ってみたいものデアル。
(2021.3.1 読)