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 2019年4月、37年間務めた職場をリタイアします。
 思えば長い道のりであり、年月でした。月数にすれば444か月です。

 組織内で徐々に職位が上がるにつれて、この職場特有の仕事の進め方や自分の職務内容などに疑問を抱き始め、いつの頃からか、定年年齢に達したなら再就職などはせず、自分のやりたいことをやって生きようと考えるようになりました。
 一度しかない人生だもの、残された心身が健康なうちの時間を無駄にはしたくはありません。

 しばらくの間は無収入となりますが、幸いにして子供たちは成長して自立し、つれあいには職があり、わが手元にはつつましく生きていく程度の貯えはあるので、なんとかなるだろうと考えています。

 仕事があるために、やりたくてもやれなかったこと。
 仕事にかまけて、やるべきなのにやらないできたこと。
 リタイアは、たくさんあったそれらを実行し、実現する絶好のチャンスの到来だと捉えています。

 実現できるかどうかはまったくの自分次第。進むべき道を阻害するものは自分の軟弱な意志しかありません。
 護送船団方式にはない、独り立つ「自己責任」のヒリヒリ感があります。
 でも、自分で決めた目標に向かって進むだけなので、理不尽なやらされ感や不快なストレスはありません。
 羅針盤が定まっていないところがあるので、これからどんな方向に進んでいくのか、自分でも楽しみです。

 そういうわけで、人生のセカンドステージが幕を下ろすこの機会に、過去にしたためてきたいくつかのブログを廃し、こちらのあたらしいブログでこれからの日々を書き綴っていくことにします。



 1958年、山形市生まれ。37年間の社会人生活を終え、2019年3月退職、自由人に。

 1993年から沖縄などの「琉球弧」をめぐり始め、訪問すること50回以上、訪問した有人島約50島。南西諸島に広がる歌謡、舞踊、芸能などの文化に数多く触れる。
 また、琉球弧に関する文献にも触れ、読後の感想をブログに書いていて、その数は900冊を超える。

 一方で、B級グルメの食べ歩きも。山形県内の飲食店を中心とした感想を2006年からブログに書き溜めている。

 リタイア後には、社会人時代にはできなかった離島への旅や、自家用車での長期旅行などにより、たくさんの「まだ見たことのない日本」を体験したいと考えています。
 読書量も増やしたいな。

 ハンドルネームは、沖縄民謡界の不朽の唄者、嘉手苅林昌(1999年逝去)の愛称を拝借しています。



 ブログタイトルは、りんけんバンドの1曲「織りなす日々」からいただきました。
 沖縄の歌姫、天上の歌声といわれ一世を風靡した上原知子がうたう、「織りなす日々」を紹介します。

織りなす日々
  作詞 名嘉睦念   作曲 照屋林賢
(歌詞)                 (対訳)
変わりゆく日々よ             変わりゆく日々よ
淀み無んむぬや              淀み無いものは
流りゆる川路ぬ              流れる川の
水ぬ うぬ事に              水のように
時間や何時までぃん            時は永遠に
切りるためし無さみ            途切れることはない

雨降やい野山に              山に雨が降り
川作てぃ海原に              川ができ海原へと注ぎ
海や雲しだち育く             海は雲を育み
雨はらみ また雲ぬ            雨をはらみまた雲が
山かめてぃ下いゆし            山へと向かい雨を降らせる
あまねく たゆまねく           あまねく たゆむことなく

さら さら さら さら さら さら    さら さら さら ・・・

流りゆる時間よ              流れる時間よ
ちゅらぢゅら ちゅらぢゅらぢゅら     清く 美しく
織りなす日々よ              織りなす日々よ


 ずっと聴いてきた「りんけんバンド」の名曲のひとつ。
 人生のひとつの節目を迎えた今の心境に、きりきりと響いてきます。

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CD「織りなす日々」(りんけんレコード 2001)

 2019年3月末をもって、仕事からリタイアします。
 年度業務日の最終日となる3月29日(金)、退職辞令を手にし、永年勤続者表彰式、同祝賀会と例年お定まりのセレモニーが続き、上司、同僚に見送られて職場を後にしました。
 この本社ビルには37年間の勤務のうち32年にわたって通い詰め、思い出深い場所となりました。入社当時は築後数年のハイテクビルだと思っていましたが、今となっては老朽化が目立ってきています。なんだか齢を重ねた自分を見るようでもあります。

 さて、いよいよお楽しみの時間の到来です。この日が来るのをずっとずっと、待ち焦がれていました。
 アメリカ映画でブルーカラーの労働者たちが、「俺はあと○年でこの仕事ともおさらばなのさ」と、リタイアを指折り数えて待ち望んでいるシーンを見て、そうそう、そうだよなと思っていたものです。

 しかし、現実はそれほど甘くありません。安心して暮らせるほどの年金は現代では得られず、支給年齢も年々遅くなり、周りを見れば若者が少なく同年代以上ばかりが多い高齢社会となるなど、芳しからざる状況が日々加速しているようです。

 そのような環境下でリタイアする今の心境はどうかというと。
 まずは仕事の重圧から解放されてほっとしているのがいちばん。いいこともたくさんあったけれども、あまり理に叶っていないことに忍従することには最後まで馴染めませんでした。
 しかし、60歳という現代では早期と言っていいリタイアでは、この先経済面などで大丈夫なのだろうか、齢を重ねての健康は維持できるのだろうかなどの漠然とした不安がないと言ったら嘘になります。

 寄って立つ組織などないこれからの日々は、環境ががらりと変わるだろうと思っており、今までの常識や心の持ち方、行動パターンなどを踏襲していては通用しないはず。
 このことにきちんと対応できる「暮らし方」の切り替えこそが、充実したセカンドステージを送る上で最も重要になるのではないかと思っています。

 仕事という拘束時間から自由の身になったなら、自分は何をしようと思っていたのか。それは山ほど考えていたことがありました。
 それらをひとつひとつ実現させながら、納得のいく日々を歩みたいと考えています。

hanataba 201903

 このブログのほかにも管理しているHP、ブログがございます。
 こちらのほうもご覧ください。

「沖縄病TOBIの琉球弧探訪」  2000年10月~現在運用中
 2000年10月に立ち上げた、沖縄関係ホームページです。
 旅行記、「琉球フェスティバル」を主とした音楽鑑賞記、島唄解説、琉球弧関連書籍の書評、DVDなどの映像メディア紹介、唯我独尊的な琉球論、琉球弧に関する名文などを網羅。
 いずれも「自分」というフィルターを通して書いたり選んだりしています。

「外食ログ@山形アーカイブズ」  2006年6月~現在運用中
 2006年6月に立ち上げた外食に特化したブログを2度リニューアルして、現在の姿になっています。
 山形県内のできるだけ多くの店で外食し、それを記録するというコンセプトのブログです。


「沖縄・琉球弧ヲ想フ」  2006年5月から2019年3月まで
 2006年5月に立ち上げた「TOBIsブログ カカテヤポ」から、沖縄・琉球弧関係部分をスピンアウトさせたブログです。
 日々こちらに書いたものを、カテゴリー別にHTML化して「沖縄病TOBIの琉球弧探訪」でアーカイブ化する、という形をとっています。
 掲載記事数は1,500件超。

「迷える日々inヤマガタ」  2006年5月から2019年3月まで
 2006年5月に立ち上げた「TOBIsブログ カカテヤポ」から、沖縄・琉球弧関係以外の部分をスピンアウトさせたブログです。
 日々の山形生活での思いや、山形県内の名所・旧跡めぐり、加えてベトナム、佐渡、壱岐・対馬への旅の様子も書いています。
 掲載記事数は500件超。


2019.03.30 20190330 土
 リタイアしても生理的なものはすぐには変わらないようで、5時台には目が覚めて本を読み、6時に起床。手にした地方紙朝刊は、これまで最も注目していた政治・行政のページはほとんどスルー。

 さて。
 これまではやらなければならないことが自分の外側から次々とやってきたものですが、これからはやるべきことを、自分の意思に従って自らつくっていくことになります。言い方を変えれば、内側からやることが湧き出てこなければ、やることがなくなり、もたもたしているうちにどんどん年老いていく。
 なぜ収入源を断ってまでこの道を選んだかといえば、端的に言えば「やりたいことをやるため」。この「初心」を肝に銘じて、常に好奇心のアンテナを高くして暮らしていきたいと思っています。

 そのためには、やるべきことを日々きちんと認識することが大切で、次に、スケジュール感を持って計画的に着実に前へと進める必要があります。
 自分の場合、数か月、数年先までといった長めの計画を構想することはそれほど苦手ではなく、日常の中で考えをまとめ、それを規範として行動することができると思っています。しかし一方で、それを実現するために毎日というショートレンジをどう有効に使うかについては、外的要因があったり、長年の間に身についてしまった怠け心や行き当たりばったりの行動性向などがあったりするために、うまくいっているとは言えません。これからはこのあたりを意識しながら自分でしっかりとマネジメントしていく必要があります。

 なので、これからは毎朝、その日にやるべきことを紙に書き、それらを順序よく効率的に進めるためにどうすべきかを考えてから、1日をスタートすることにしましょう。
 今日については、ここにはいちいち記しませんが、思いついて書いただけで11項目もありました。この段階ですでに全部やるのは無理だと悟りますが、やるべきことが整理されていれば、今日が無理でも明日にはと、実行に踏み出しやすいはずです。

 管理している4つのブログのうち、「沖縄・琉球ヲ想フ」と「迷える日々inヤマガタ」の2ブログに更新終了の記事を掲載。14年にわたって管理してきた愛着たっぷりの2つのブログに終止符を打ち、少しぐっときました。37年間の勤務を終えるよりも、思い入れという面では感慨は大きかったかもしれません。

 今後はもう着ないだろうと思われるビジネス用の衣類を大量処分しました。古いコート、礼服をはじめとして、スーツは4~5着、ネクタイは3~4割、紺や黒の靴下も半分はアバンダン。不要と思われるものはもっとありますが、クローゼットが広く使えるようになったので、今回はこの程度としましょう。
 併せて、箪笥の肥しになっているめったに着ない衣類もかなり処分しました。
 捨てることができずに残っていた保証書、郵便物、カタログ、不定形の不燃物、メディアデータなども一定程度廃棄します。

 先日買い求めた新しいカジュアル類を着て、10時半に外出。病院に赴いて母の1か月分の薬をゲットし、ラーメン店でランチ。
 これから行う掃除、衣類整理、旅に備えて、100円ショップで隙間掃除用の小モップ、はたき、防虫剤、旅用メッシュケースのM・Sセットの4点を購入。

 午後は、一定の読書量を確保して、少し昼寝。職場で使っていたサンダルを洗って再生させます。

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 市内に住む長男夫婦、午後に首都圏から帰ってきた次男、それに母と我々夫婦の計6人で、18時から、半年ほど前にできた近くの中華料理店で夕食会。
 長男夫婦から花束をもらい、それを手に食後に記念撮影。撮影してくれた店のスタッフからは旦那様の表情が硬いと二度ダメ出しを食いました。食事代金は長男が持つとのことで、とうとう頼もしい息子からパトロンの座を奪われたようです。
 母からも、退職の祝金をもらいました。

 ということで、無職びととしての第1目が暮れていく。
 朝に設定した11項目のうち9項目をクリアすることができました。まあ、上々の滑り出しと言っていいのではないのかな。

 3月のある日の送別会。取引先から「退職予定者、1曲歌え!」とそそのかされ、久しぶりに人前で歌ったのは、石原裕次郎の「わが人生に悔いなし」でした。

 石原裕次郎は、1987年7月17日、52歳で逝去。
 「わが人生に悔いなし」は、同年4月21日の発売で、石原裕次郎の生前にリリースされた最後のシングルとなりました。

 夢だろうと、うつつだろうと、わが人生に 悔いはないのだ。
 ――と、粋がって歌ってはみましたが、そう思ったり口に出したりするのはすなわち、いろいろと悔いを感じているからなのです。悔いのない人生なんて、あるわけがない。

wagajinsei 201903

・わが人生に悔いなし   作詞 なかにし礼  作曲 加藤登紀子

 鏡に映る わが顔に
 グラスをあげて 乾杯を
 たった一つの 星をたよりに
 はるばる遠くへ 来たもんだ
 長かろうと 短かかろうと
 わが人生に 悔いはない

 この世に歌が あればこそ
 こらえた涙 いくたびか
 親にもらった 体一つで
 戦い続けた 気持ちよさ
 右だろうと 左だろうと
 わが人生に 悔いはない

 桜の花の 下で見る
 夢にも似てる 人生さ
 純で行こうぜ 愛で行こうぜ
 生きてるかぎりは 青春だ
 夢だろうと うつつだろうと
 わが人生に 悔いはない

 わが人生に 悔いはない

2019.03.31 20190331 日
 5時前覚醒の5時半起床。たんと飲んだ夜は風呂で汗をかかないと、尿意で目覚めることとなるのでした。
 本日も、現役時代に積み残してきた各種パソコン作業が中心ですが、やるべきことは多いです。

 髭を剃っていて思いましたが、これからは会合などで人前に出るようなときを除けば、2日に1回ぐらいのペースで剃ればいいのかなぁ。
 もう日常的にシェービングフォームを使って剃刀で剃るほどのことはないかもしれません。電気髭剃りを買い、何十年ぶりかでそれで剃ってみようか。旅に出ているときなどはそれでいいのではないのかな。

 18時過ぎから飲み始め、風呂から上がって22時過ぎ。もうひと仕事したいところですが、今夜はここまででよしとしましょう。
 夜半もみぞれのような雨がけっこう激しく降りましたが、緊急連絡用の携帯電話はもう手元にないし、業務としてやっていた危機管理はやらなくてもいいでしょう。なんと精神衛生にやさしいことか。
 とうとう今夜の24時を以て年度が替わり、名実ともに完全にフリーの立場となります。