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 5時起床。蚊の襲来は予想外でしたが、寝覚めは悪くなく、今回の車中泊で迎える初めての朝としては上々の滑り出しです。
 昨夜はパソコンをやる環境が得られなかったので、昨日のドキュメントを朝のうちに車中で書き留めます。なに、時間はたくさんあるのだ。

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道の駅奥久慈だいごの朝

 8時前に出発し、名勝「袋田の滝」へ。奥久慈のシンボルとも言えるもので、テレビなどで何度か見ていますが、滝を見るだけのためにわざわざ行ってみようという気にはなれないでいました。
 よくわからないので一番奥まで車で入ってしまいましたが、お土産屋が立ち並ぶどんづまりに突き当たります。まだ時間が早いので客は自分だけ。朝の掃除をしていたやさしいお土産屋のおばさんが、ここにタダで停めていいですよと言ってくれました。さらに高いところにある新観瀑台に行くエレベーターが動くのは9時からなので、客足はまだなのだそうです。
 滝を目の当たりにして、こんな見事な滝はそうそう他にないと思う。なんでも一度は見てみないことにはわからないものです。滝を近くから見ることができるようにするために、数百メートルある歩行者用の立派なトンネルが設えてありました。調べてみると1979年完成とのこと。あ、トンネルって有料だったのね。利用料の徴収窓口は開いていたのかな?

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窓口は閉まっています

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立派なトンネル

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滝が見えた!

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でかくて入らず

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左に見えるのが「新」ではない観瀑台

 袋田の滝から次の目的地へと移動中、常陸大子町の「小生瀬地蔵桜」の案内板が出ていたので、それにつられて寄ってみます。この集落の中心だったであろう、小高いところにある子安地蔵。しだれ桜でしたが、老木のためかまわりの桜よりも花の色がくすんでいるように感じました。

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小生瀬の子安地蔵と地蔵桜

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小生瀬地蔵桜

2019.05.01 20190501 水
 元気に6時起床。生前退位する平成天皇の在位は昨日までで、平成時代最後の日だった。新聞は「さようなら平成」の大特集記事で埋まっていた。戦争がなく比較的平和だったが、一方で、地下鉄サリン事件、阪神大震災、神戸の酒鬼薔薇聖斗事件、9.11同時多発テロ、東日本大震災と福島原発事故、最近では熊本地震や北海道胆振東部地震など、大災害が多かった30年余だった。

 今日から「令和」時代が始まる。年号が変わったといっても、自分の生活が大きく変わることはない。昭和、平成、令和と3代にわたって生きていくことになるわけで、だんだん齢をとり、相対的に古い人間になっていくのが困るところなのだが。

 ところで、この4月はずいぶん長く感じた。職場を辞してから30日だが、この間小笠原と房総に赴き、併せて16日も旅していたことになる。知らない土地に赴き、初めてやることも多く、毎日が新鮮で、明日は何が起こるのだろうかと興味津々の日々が続いたのだった。

 自分がやりたいことを、自分で考え、自分で動く。それが社会的にどのような意味があるかというと、たいしたことはほとんどないのだろう。しかし我が身にとってはそれがとても刺激的で、満足度の尺度からすれば極めて高いものとなっていた。
 自分の力ではどうにもならないことなどはこの日々にはなく、今の自分はストレスからは無縁になっているのだなぁと感じたものだった。

 人は、時間を長く感じるときが2つあるのではないか。
 一つは、嫌なことや気の進まないことをやらせられているとき。ああ、早く終わらないかなぁ……と思うようなときだ。
 もう一つは、好奇心に駆られて気分が高揚し、極めて充実している時間が続くとき。典型的なのは、中・高生ぐらいの時代に感じていた毎日の充実感だ。今日はこうした、明日はどこまで、そうすればいつまでにはこうなるだろうし、そうなりたい……といったような、一日一日の意味を自分なりに自覚しながら送る日々だ。
 この4月の自分はその後者の時間を過ごしていたのだと思う。

 今や、嫌なことに向かわせられるようなことのない立場になることができた。仕事のために貴重な時間を「浪費」することもない。
 この1か月は、やりたいことややるべきことの進み具合が、それ以前の遅々としたものとはまったく別のペースになった。それを目まぐるしいとさえ感じることもあるぐらいだ。
 小笠原に行って戻ってからまだ20日ぐらいしか経っていないのに、なんだかずいぶん前のことのような気がする。

 まあつまりは、リタイアしてからのこの1か月は極めて順調に推移したということだろう。
 このような日々をこれからも続けたいと思う。少し先までの展望を持ちながら、それを今日はここまで進めるという「今日の意義」を引き続きしっかりと自覚して生活したい。

 昨夕には、クルマのリコール修理のためディーラーへ。左ストップランプのバルブが切れているというので有料修理をして1,242円。
 これにて4月の支出は終了。支出管理簿で合計額を出したところ、28万3千円余となった。
 2回も旅をしたし、クルマの12カ月点検もあって通常月よりも使っているのだが、それでも30万円を下回った。仮にこのペースで使っていっても、1年でだいたい400万円は出ないことになる。
 まあ、普通に暮らせば300万円ぐらいで収まるだろうか。そうであれば、年金生活に入るまでは今の貯えで十分やっていけるだろう。

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 続いて、「竜神大吊橋」へと足を延ばします。この吊橋は長さが375mもあり、歩行者用吊橋としては日本最大級の長さ。地上高100mの橋上から八溝・阿武隈山系の山並みや水府の街並みを望むことができます。
 300円支払って、吊橋を歩いてみます。確かにすごい。しかし、こんな山奥のダムの両岸をつなぐためになぜこのような壮大な橋が必要だったのだろうかという疑問もあります。東北地方の財政厳しい自治体ではここまでやることができません。なんだかんだ言って、関東地方の自治体に住む人々は恵まれているのではないでしょうか。

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竜神大吊橋への入り口

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竜神大吊橋を歩く

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橋の下にダムの建物が小さく見える

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大吊橋を眺める

 常陸太田市の街なかも散策してみようと思いましたが、新旧の市街地がはっきり分かれているうえにその間の高低差が大きく、歩くよりもクルマで見たほうがいいと判断して、乗ったままグルグルと。
 そうこうするうちに時間が経っていき、水戸市にも行くつもりでしたがそれはパスして、大洗方面に進路を取りました。

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常陸太田市役所

 その途中にけっこう大きな「ひたち南ドライブイン」があったので、ここで昼食にしようか。
 そのうちの一店の「開運回天寿司 一平鮨」の店頭を見ると、一日5食限定の限鮮寿し1,500円というのがよさそうです。ちょうど11時を回って開店したばかりだったので、それにありつくことができ、大満足の昼食となりました。
 切り身が厚く、脂ものっていて、一口の充実度がすごい。愛想がよく客あしらいが抜群の店員さんが言うには、「通常3千円クラスのものを提供しているんです」とのこと。この前山形で、向こう側が透けて見えるような薄いマグロの切り身がのったマグロ丼を食べて興醒めしたばかりですが、山形でも漢気のある店はこのぐらいの厚さのものを出してみろと言いたい。
 食後は涼風の吹く外のベンチで読書。あまり旅、旅としていない、半分日常のような移動。いいな、こういうの。

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一平鮨の一日5食限定の限鮮寿し

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 第34回さきがけ文学賞で、応募総数271編の中から選ばれた入選(最高賞)作品。
 さきがけ文学賞とは、秋田県北秋田市出身の直木賞作家の故渡辺喜恵子と秋田魁新報社からの寄付金をもとに1984年に創設されたものだとのこと。歴代の受賞者を調べてみましたが、残念ながらその後に大きな名を成した作家は見当たらず、名のある大城貞俊がなぜ今頃この賞の受賞者になるのかと不思議に思います。
 選考委員の西木正明、高橋千劔破、森絵都の3氏からは「語り継ぐべきテーマに果敢に挑んだ」と高い評価を得たそうです。
 「チムグリサ」は直訳すれば「肝が苦しい」で、沖縄の言葉で相手の身になって悲嘆に暮れる意。一人称の短編6話で構成。生者と死者それぞれの視点から沖縄戦の悲惨さと平和の尊さを強く訴えています。

 沖縄タイムスに文芸評論家・平敷武蕉による書評が載っていましたので、以下に移記しておきます。

・「一九四五年 チムグリサ沖縄」 死者の声を掘り起こす 2018年2月10日
 昨年、「さきがけ文学賞」を受賞した本書には、沖縄戦の種々の体験を語る短編小説6篇が収録されている。単なる証言集ではない。本書に登場する証言者は1人を除いて、みな死者である。作者は、それら死者たちの声を掘り起こし、想像し、種々の手法で描き出している。その都度文体も違えている。ここにこの作品の斬新さがある。
 「『肝苦りさ』―闘いの原点はここにしかない」と述べたのは辺見庸であるが、本書のタイトル「一九四五年 チムグリサ沖縄」のチムグリサとは、「相手の苦難を見て、身がちぎれるほどに心が痛む」という意味である。身体的痛みをもって相手の不幸を受け止めることである。単に同情的・傍観者的な標準語の「かわいそうに思う」とはそこが違う。沖縄戦の体験談を聞いて「退屈」だとする本土教師がいたが、どんな悲惨な体験も聞く側に「チムグリサ」の心がなければ、体験は伝わらない。作者はそのチムグリサの話を伝えるために言葉を紡ぐ。沖縄戦では20万余が死没した。ということは、20万余の体験があるということだ。記録されたものもあるが、多くは今なお、埋もれたままである。まして、死者たちの声は――。
 登場する証言者は、樹上での逃避生活の果てに自決する若い兵隊であり、隔離され、差別されて死んでいったハンセン病の患者である。第6話「道」の語り手は、臨時の看護婦として駆り出されたあげく、泣き叫びながら米兵らに凌辱される女子学徒たちである。1人は首を括って自害し、「私」は「米兵の子供を妊娠する不安に苛まれる」。終戦になっても、「私と同じようなことが再び起こらないとは限らない」という少女の怯えは、73年後の今も、現実の事件となって沖縄を脅かし続けている。
 チビチリガマを荒らした犯人が沖縄の少年たちであったと言う。事件の政治性への疑念が払拭されたわけではないが、少年たちの心の荒みが心に刺さる。死者たちは2度、いや、何度も殺された。少年たちが死者の眠るガマを荒らす前に、この島の死者たちは、戦争のための軍事基地建設を進める日米両政府によって今も荒らされ、凌辱され続けている。本書は、読む読者も試されている。

 次は、「大洗海岸」。太平洋は日本海よりも波が穏やかなはずだという固定観念がありましたが、この波の状況を見るとそうではないのだなと考え直します。遥か遠くアメリカ大陸から寄せてくる波はすごく大きく、あたり全体に霞がかかっていると見えたのは、多分波の飛沫が広範囲に巻き上がっていたからなのでしょう。
 海岸沿いの公共駐車場にクルマを停めて、海を眺めながら旅館の林立する方向へと歩いていきます。
 ここに来たらこれを見なければならないと思っていた「神磯鳥居」は、波に洗われてザッパーン!状態。この鳥居の建つ岩場が神の降臨地になっているのです。

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海を眺めてここから歩く

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神磯鳥居

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ザッパーン!!

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旅館やお土産屋が並ぶ

 旅館街の近くにあった「磯前神社」。大己貴命(おおなむちのみこと)・小彦名命(すくなひこなのみこと)の2柱を祀っているのだそうです。大鳥居の大きさは関東一とのこと。ここにも外国人を含め大勢の観光客が来ていました。

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磯前神社の大鳥居

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磯前神社本殿

 大洗にある、「かねふくめんたいパーク」へ。試食や直売コーナーのほか、めんたいこの製造工程を見学することができます。入場無料とあってか人出が多いうえに、ちょうど団体さんがどっとやってきたところでした。
 めんたいこソフト350円。うまいなぁ、これ。食べると徐々にめんたいこの味がしてくるぐらいの感覚で、くどくないいいデキです。けっこう辛さがあるのだけど、この冷たさでこの辛さって、かなり強めなのかもしれません。
 ジャンボめんたいこおにぎり380円も魅力的でしたがどうしようか迷い、食べ過ぎはよくないので結局パス。

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かねふくめんたいパーク

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めんたいこソフト

 めんたいパークから大きな客船が見えたので、ついでに「大洗港フェリーターミナル」にも寄ってみます。停まっていたのは「さんふらわあ ふらの」。フェリーの旅で北海道、名古屋に行くというのもいいなぁ。

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さんふらわあ ふらの


 次は、小美玉(おみたま)市にある「タカノフーズ納豆博物館」へ。納豆の誕生の秘密から、さまざまな作り方、健康食品としての納豆についてわかりやすく紹介しているとのことだったので。「おかめ納豆」には時々お世話になっています。
 めんたいパークでは無料体験施設に気をよくしたけれども、ここはどうもあまりお呼びでない雰囲気です。と思ったら、事前予約が必要だったようでした。
 「博物館見学ですね、どうぞ」と。その博物館も展示は1室だけで、物足りなかった感じ。名簿に名前を書くように言われたので書くと、そこに書かれたこの日のフリの客欄には自分のほかもう1組しか記載されていませんでした。

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タカノフーズ納豆博物館内

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展示物の一部

 納豆博物館の近くに「茨城空港」があるので、数キロ先まで足を延ばして見に行きました。
 駐車場は車でいっぱいになっていますが、乗り入れているのはスカイマークエアラインの1社のみで、1日3往復と少ない様子。それにもかかわらずこの空港の充実度は高く、チェックインカウンターはもう1社分準備されていて、2階のレストランやおみやげ店も充実しています。こうして見ると、山形・庄内の両空港のビル内はしょぼく、もっとがんばらないとダメでしょう。

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茨城空港外観

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茨城空港内部

 この時点で16時。今日はここまでかな。では、風呂にしよう。
 最寄りの日帰り温泉は「小美玉温泉 湯~GO!」。ここでもいいやというぐらいの気持ちで行ってみたけれども、これが当たりでした。黒い湯がユニーク。時間帯もよかったのか混んでいないし、500円で風呂、休憩室とすっかり寛いでしまいました。ここで今日のここまでのログ付けをし、18時まで滞留しました。

 ここから約1時間かけて、今夜の宿泊場所の「道の駅いたこ」へと向かいます。平成30年度の重点道の駅に指定された駅です。
 走り出すと雨。観光中でなかったのが幸いです。
 夕食を食べ損なわないようにと走りながら店を探しますが、しばらく走って行方(なめかた)市というところでラーメン屋を発見。「会津喜多方ラーメン蔵太皷 茨城麻生店」。シャキシャキネギに誘われてねぎらーめん780円をセレクトしました。辣油の効いたネギと大きなぶつ切りのチャーシュー端肉がうまい。平打ちではありませんが、もちもちぷりっとした感じは喜多方ラーメンです。

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蔵太皷のねぎらーめん

 コンビニで今夜の缶チューハイを調達して、20時に「道の駅いたこ」着。すぐさま飲み始め、雨もやまないので寝る準備をして22時過ぎには就寝。

 本日の走行距離は178km。

 蚊には前夜ほど気がいかずに済んだものの、少し肌寒さを感じて5時過ぎに起床。時折風が舞いますが、雨は上がっていて今日は晴れそうです。未明に2度地震を感じました。

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道の駅いたこの朝。晴れている!

 車の中でじっとしていては始まらないので、6時45分に出発。パソコンのバッテリーが切れかけているので、「デニーズ鹿島店」に入りお願いをして、朝食がてら充電しながらパソコン作業をしました。ここはセブンイレブンのフリーwi-fiもあったのでインターネットも少々。エネルギーの残量や時間を気にせずにパソコンが打てるのは幸せなことなのでした。
 セレクトモーニングのAセット646円。ドリンクバー付きなので、コーヒーやジュースを飲みながら椅子に座って優雅にパソコンを打ちます。窮屈ではない環境を体が喜んでいるようです。

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デニーズのセレクトモーニングAセット

 本日の最初の訪問先は「鹿島神宮」です。
 「息栖神社」、「香取神社」とともに東国三神社に数えられる古社で、その中でも自分としては最も名が知れていると思っているところです。皇紀元年、ということは2700年近く前の創建と伝えられ、武の神様として古くから皇室や将軍家の崇敬を受けてきたのだそうです。
 日本三大楼門のひとつといわれる楼門、色遣いの現代的な本殿などを見てまわります。場内の森はかなり広く、小一時間ほど散策しました。いかにも古式ゆかしい神社の風情が漂っており、手入れが行き届いているいい森でした。

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鹿島神宮の大鳥居

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立派な楼門が見えてきた

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要石

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御手洗(みたらし)

 せっかく鹿島まで来たのだからと、近くの「カシマスタジアム」を見に行くことにします。
 毎日が休日のようなものなので気が付くのが遅れましたが、この日は土曜日で、J1アントラーズのホームゲームの仙台戦が開かれるのでした。そのため園内の駐車場は事前のチケット制で入れません。いったん諦めようとしたものの、メイン道路の反対側を走っていて見つけた「卜伝の郷運動公園」の駐車場に滑り込んで、そこから歩いて見に行きます。
 運動公園は人工芝のサッカー場が4面もあるなど立派で、こういうところで小さい頃からボールに親しんでいれば才能は早くから開花するのでしょう。
 近くで見るスタジアムはデカく、わが地元の競技場とはスケールが違うなと思ったところ。ジーコの像もありました。

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卜伝の郷運動公園からカシマスタジアムを望む

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カシマスタジアムはデカい

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スタジアム傍にあったジーコの像

 佐原市内に着いて、昼食は「洋食おぎ」という町の定食屋に飛び込みで入ってみます。椅子席3、座敷2卓のこぢんまりした店。座敷の1卓には、近くの合同庁舎から昼休み前に抜け出てきたような4人客が肩を寄せ合って仕事の話をしています。書類がとか誰々さんがとか、仕事を進める上でそれほど重要とは思えないようなことを真剣に話しているのが大真面目で、それが面白く思えました。
 本日のサービスメニューの中から盛り合わせ定食700円を選んで注文。チキンカツとメンチカツの盛り合わせでした。こんがりキツネ色の揚げ物は、衣が厚めでカリカリ。こういうのも庶民的でおいしいと思う。
 3種のフルーツがついてこの内容は破格。どこの町にも庶民的ないい店はあるものです。

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洋食おぎの盛り合わせ定食

 「北総の小江戸」として有名な「佐原の町並み」を見に行ったのですが、ここも観光地の駐車場は500円なので回避し、佐原駅前の地方銀行の駐車場を借りて歩いていくことにしました。
 歩いている段階からじわじわとこの町の家並みのすごさに驚くことになります。つまりこれは過疎なのでしょうか。いくつかの店は改修されずに昭和の風情を残したままで残っているのでした。

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いい感じのスーパー

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電柱の下に「佐原町道路元標」があります

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古色漂うものがあるわあるわ

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この中には現役の蕎麦屋もあります

 メインは、佐原市を縦に流れる小野川の流域で、こちらは町並み保存、景観保全の規制が効いています。利根川が物資の主な運輸網だったため、その支川の小野川周辺は河港となり旅館や商店が立ち並んでいたということで、川べりには重厚な木造建築が軒を連ね、昔の繁栄ぶりを窺うことができました。
 川沿いの対岸に屋根の落ちた古い建物があり、景観上よくないので何とかならないのかと思いましたが、それは東日本大震災で崩れた「伊能忠敬の旧家」だったようでした。

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小野川に架かる忠敬橋

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忠敬橋の袂から東へ

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佐原三菱館

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忠敬橋の袂から南へ

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忠敬橋の南にある樋橋

 小野川沿いにあった「伊能忠敬記念館」に入ってみます。50歳になってから天文観測を学び始め,日本全国の地図を実測によって作成した忠敬の業績をしのばせる測量器具などの資料が多く保存されていました。
 その後もてくてく歩いて、駅前の伊能忠敬の像などを見ました。

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すごっ!

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風格あるJR佐原駅


 その後、「道の駅水の郷さわら」に寄り道しました。営業時間内の宿泊以外での道の駅の利用は今回の旅では珍しいことになっています。干し芋とおかきを買いました。

 次に行ったのは「香取神宮」。天孫降臨のときに国譲りを話しあった経津主命(ふつぬしのかみ)を祀り、武神として崇敬が厚いのだそうです。表からではなく旧参道からアプローチして楼門脇へ。拝殿・本殿まわりをぐるりと歩きます。これらは1700年の造営で、国の重文指定を受けています。
 規模は鹿島神宮よりも劣りますが、黒い葺き屋根が立派で印象的でした。あとで表参道も見てみました。

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香取神宮楼門

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拝殿

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うしろから見た本殿。黒葺きの屋根が重厚。

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表参道はこんな感じ

 16時を回ってから、神栖(かみす)市の「息栖(いきす)神社」へ。これで東国三社を1日で一気に制覇した形となりました。もう店仕舞いの雰囲気があり、客も少なく静かなものです。その中を、大仰なジェスチャーで丁寧に拝みをする40代男性が一人。彼の動きは違和感があり、この雰囲気の中では妙に浮いていたのが印象的で、息栖神社のイメージはすっかり「大仰拝みのオジサン」になってしまうのでした。

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夕刻の息栖神社は静かなもの

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拝殿

 薄暗くなってから銚子市内に到着しました。市内を少し見ようと思いましたがそれは明日に繰り延べて、本日の見て歩きはここまでとしました。
 さらに南に進んで、「飯岡潮騒ホテル」というところで入浴。つくり立てのJAFカードを出して割引を受けようと思いましたが、残念ながらJAF割引は3月で終えたとのこと。800円。JAFカードはこの旅で日の目を見るときが来るのでしょうか。

 さて、夕食。コンビニでもいいかと思っていましたが、旭市の網戸(あじと)という交差点で定食やラーメンを出す外見のよい食堂を発見。よし、ここで食べよう。
 「チャイニーズレストラン アジド」にて、酢豚定食1,026円。大きなどんぶりのライスの量に圧倒されつつかっ込みます。どんぶりの底が深く、しかもめしがぎゅう詰めで、何らかの破壊力すら感じます。
 塩味は控えめだけれども砂糖のような甘さが際立つ酢豚。あんの固さが強めなのは好み。豚肉も多く入って満腹に。味噌汁の塩味がうれしく感じられるぐらいでした。

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アジドの酢豚定食

 今夜の逗留地は、「道の駅 季楽里あさひ」です。2015年オープンの新しい道の駅のようで、建物の後ろ側には自分と似た車旅の車が何台か停まっていました。

 本日の走行距離は115km。

 5時過ぎに起床。蚊もあまり気にならなくなりました。室内に滞留していた蚊たちを何匹か個別殺戮したことや、扉と窓の開け閉めに気を遣ったということもあるでしょう。手首や脚にできた赤い喰い跡が痒い。この斑点はしばらく残ってしまうことになるのだろうな。
 6時にスタートして、6時半から開く「ガスト旭店」でドリンクバーの朝食とともに書き物を。少しのカネはかかりますが、都市部であればこのパターンが最も時間を有効に使えるし、身体的にも楽です。

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ガストのモーニングセットA

 銚子市内まで戻って、昼過ぎ頃までいろいろと見てまわります。
 銚子漁港の近くにある「利根川川岸公園」に駐車して街歩き。まずは「銚子漁港」周辺。イワシ、サバ、サンマ、カツオ、マグロなど全国屈指の水揚量を誇り、水産、加工、流通の総合漁業基地となっています。漁港として活況を呈する時間ではないので、たくさんの漁船が停泊している様子や、利根川に架かる銚子大橋などを撮影します。

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銚子漁港

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こっちにもあっちにもたくさんの漁船

 漁港から銚子駅にかけては「銚子駅前通りシンボルロード」という幅の広い通りがあり、「銚子セレクト広場」で行われていた「銚子ミュージックフェスタ」やだだっ広い歩道にずらりと店開きしていたフリーマーケットなどを見て駅前へと進みます。
 銚子駅舎の内装は木質でとてもきれいです。こうも徹底して木材を使うからこそ、上質に見えるのでしょう。銚子市役所前を通っていったん車へと戻ります。

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銚子ミュージックフェスタ

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フリーマーケット。雨が来そうです。

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銚子駅舎の木にこだわった内装

 次はクルマで、線路の反対側にある「ヒゲ田醤油銚子工場」へ見学に行きます。1616年創業でなんと創業400年超! 銚子は黒潮の影響で一年を通じて寒暖の差が少なく適度湿度を持つため、醤油づくりが盛んになったとのこと。背景には絢爛たる食文化の華が咲く江戸があったからこそ発展したといいます。
 無料で見学できるうえに醤油のサンプルが付くというので行ってみましたが、社員の対応がコンフォータブルで、映像や展示方法、説明などにもわかりやすくする工夫が凝らされていて、とてもよかったと思いました。銚子に行ったなら醤油工場見学ははずせないでしょう。

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ヒゲ田醤油銚子工場

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見学コースの展示物の一部

 歩き回ったあとはそろそろ昼食。刺身定食が安くてすごいという「浜めし」に行ってみましたが、11時半過ぎの段階ですでに行列。それを見て今日は日曜だったよなと気がつき、あっさり諦めます。
 「ウオッセ21」という鮮魚商などが軒を連ねる水産物即売センターに向かい、この中にあった「旬の店魚座屋」という店でさしみ定食1,080円を食べました。配膳されたのは4種の刺身ですが、想像していたものよりもややぱっとしません。そこですぐに井之頭五郎のように「すみません、ミックスフライもください」と追加。衣が厚いつくりおきを揚げたものですが、海老、鰯、牡蠣2で700円。これで期待したとおりの満損な昼食となりました。なかおち丼1杯で1,680円なんていうのが相場のようなので、それほど贅沢をしたとは思いません。

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魚座屋の刺身定食

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魚座屋のミックスフライ