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 笹寿司2個では足らんのだよなと思いつつ、県内第2の都市高岡へと移動。目ぼしい食事処が見つからないまま市内に入ってしまい、こうなったら見どころのほうを優先させるしかあるまい。
 まずは「高岡古城公園」へ。車で公園の外周を走ってみてこれは手強いぞと直感。アプローチした道すがらに「高岡大仏」を発見。大仏のほうから見ることにして、ここの駐車場に車を停めさせてもらって古城公園にアタックをかけよう。

 日本3大仏に数えられる「高岡大仏」。なのだが、総高16m未満、つまりビルでいえば4階建てぐらいの高さで、聳え立つ大仏を想像していると拍子抜けするぐらいだ。1933年建立の青銅製。伝統産業高岡銅器の粋を集めて30年の歳月をかけて完成したという。境内にある時鐘も古いもので市指定文化財なのだそうだ。

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それほどBIGではない

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後ろ姿もいいんじゃない

 またもかなりの距離を歩くこととなった「高岡古城公園」。加賀前田家第2代当主の前田利長の築城で、「富山城址公園」とは趣を異にして野性味たっぷりの城だ。城内には護国神社、「忠魂永存の碑」、相撲場、市民会館、射水神社、「前田利長公の像」、動物園、市立博物館などが点在していた。

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公園へのエントランス。朱塗りの橋が印象的

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射水神社

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前田利長公の像

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富山城とは異なる落ち着きが

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お濠だって沼のようだ

 土蔵造りの町並みが保存されている「山町筋」を歩く。かつての北陸道に残る土蔵造りの家は、1900年の大火後の明治から昭和にかけて建造された優れた防火建築物となっている。
 高岡郵便局側から北へと歩みを進める。南から北に進んだときの写真は順光できれいに撮れる。
 高岡御車山会館、赤レンガの銀行(富山銀行本店)、井波屋仏壇店、志甫商店、筏井家住宅、室崎琴月生誕の家、重要文化財の菅野家住宅、山町ヴァレー、土蔵造りのまち資料館などを見て写真に撮っていく。

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こんな感じで山町筋が始まります

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赤レンガの銀行

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交差点にあったこのビルだって趣きがある

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筏井家住宅

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これは何だったか

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菅野家住宅

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山町ヴァレー

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このように特徴ある建物が連続している

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いいですなあ。つい撮り過ぎた。

 さらには鳳鳴橋を渡り、千本格子の家並みが続く「金屋町」を見る。こちらは北から南へ。高岡の鋳物発祥の地で、千本格子の家並と銅片の敷き込まれた石畳が美しい。家のつくりが独特で、ここまで軒並み保存をかけるのはさぞかし大変だっただろう。人工的なにおいもしないではないが、街づくり、家並づくりというのはここまで徹底してやらないと特徴が際立たないのだろう。地域が一枚岩になって覚悟を決めて進めなければ、こうはならない。
 旧南部鋳造所キューポラと煙突なども見る。このあたり、「金森」「鍛冶」といった名字の家が多い。

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鳳鳴橋

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さっそく千本格子の家

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旧南部鋳造所の煙突

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ここも千本格子

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この軒のつくりが北陸風

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振り返ればこんな街並みが

 ああもう、腰がぎくしゃくしている。でももう少し。
 「高岡市美術館」の2階にある「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」。藤子不二雄の作品では「ドラえもん」よりも「パーマン」あたりを読んだ世代だが、作者のことはほとんど知らない。彼は高岡の出身だということも初めて知った。500円。

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高岡市美術館の玄関付近

 もうやめたいが、さらにもうひとつ、国宝だという「瑞龍寺」に行ってみる。しかし、16時半で閉館していて、門前にいるのはまたしてもペラペーラと大声で喋りまくっているチャイニーズ。ごめんごめん、退散します。

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closed

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門前にあったボンネットバス

 その門前からずいーっと続く「八丁道」。写真を撮るも、このずっと先に「前田利長の墓所」があるというのが気にかかる。ということで車で行ってみるが、地図とナビに不突合があり苦慮。さらには、濠を巡らした立派なものではあるけれども、あまり見て面白いものではなかった。

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八丁道のスタート地点

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かなり長いぞ

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前田利長の墓所

 ああ終わりにしよう。こんなことを続けていたら体がもたない。ここからはいつにも輪をかけたリラックスタイムにしよう。
 今夜の泊りは市内江尻にあるネットカフェ。そこから歩いてすぐのところに「陽だまりの湯」というスーパー銭湯があるので、ネカフェに駐車して、そこの銭湯内で飲んでしまおう。

 その前に空腹を片付けよう。これもまたネカフェからそう遠くないところで見つけた「氷見回転寿し 粋鮨」という地元系の回転寿司屋で軽く食べたい。
 「氷見づくし盛り」は、朝どれの8貫で1,080円。実は昼、「とやマルシェ」内の回転寿司屋によっぽど入ろうかと悩んだのだ。しかしやはり7~8貫で1,500円ほどだったので、指をくわえて自重。なにもいちばん地価の高いところで食べている必要はないだろうと自分に言い聞かせて。
 うまいなあ。もっと食べたいが、そうなると飲みたくなるしなあ。

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「氷見回転寿し 粋鮨」の「氷見づくし盛り」

 「陽だまりの湯」はかなりいいスーパー銭湯で620円。とりわけ露天が広くていい。湯船でたっぷり汗をかいて、火照った体は外の夜風で冷ます。
 20時近くになってから、豆腐サラダと中生。ああ、もっと飲みたい。あとはネカフェでだな。

 ところがネカフェがよくない。注文は、静かな中を電話でもしもしと静かな中で声を出してすることになる。これではなあ。フラットの部屋も狭いしプライバシーも限定的。歩くとギシギシと音が出てうるさいし、2つ隣の客はずっと咳のしどおしだし、一日の最後がよくない。

 今日は疲れた。20時半頃の入店だったから、12時間パックで明朝はゆっくりしよう。
 旧職場の某氏から6月初旬に飲み会を設定したい旨の連絡をもらうが、このペースで行くと初旬に山形に戻れるかどうか。なのでわがままを言い、6月は難しいことを伝える。

 5月15日の走行距離は、87km。

 6時15分まで眠って、旅の情報収集をするなどして8時過ぎまでネカフェで粘る。
 疲れてしまうほどに日程をぎゅう詰めにするのは本意ではない。時には足取りを緩めながら、前だけではなくあたりを見渡しながら、時間だけはたっぷりあるリタイア組にふさわしい旅をしたい。

 旅のドキュメントは日々書きなぐりだけは続けているが、書いている内容の確認や裏付け取り、写真の処理などは手つかずになっている。少し立ち止まって、ブログにアップできるようにするまとまった作業がしたい。
 それにはWi-fiと電源が取れる環境が必要だが、「電源問題」のハードルが高い。どこかいいところはないものか。こういう人種をノマドワーカーというらしい。カフェ? おお、マクドナルドがあったか。

 今日は高岡の伏木地区、氷見、七尾から能登半島方面へと進んでいく。
 伏木は五木寛之が「隠された日本 博多・沖縄 わが引揚港からニライカナイへ」で書いていたのを読んで、行ってみようと思っていた場所。なにを書いていたかはまったく思い出せないのだが。
 ナビに従って「伏木万葉ふ頭緑地」に行ってみる。ここは港湾ヤード地帯で、なんだか場違いなところに来てしまったなあという感じ。車がたくさん停まっているところがあっておっと思ったが、バイクを含むそれらは輸出される中古車だった。去ろうとした段階で広場を見つけたので、車を下りて少し歩いてみる。今日もいい天気で、少し霞が入っているけれども雲一つない。


駐車場ではありません

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ちょっとした広場もあった

 伏木の町の中に入り込んで歴史的なものをいくつか見る。
 「越中国守館跡」は大伴家持が住んだ国守館があったところとされ、今は「伏木気象資料館」になっている庭の中に石碑があった。明治時代の実業家の藤井雄三という人が私費でつくった測候所だったそうだ。
 名勝「勝興寺」の中にあるらしい「海ゆかばの碑」は、寺が改修中のため見ることができず。
 「氷見昭和館」は休館日のため見ることができず。うーむ。

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「越中国守館跡」の碑

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伏木気象資料館

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藤井雄三の胸像

 「高岡市伏木北前船資料館(旧秋元家住宅)」は、入館料210円のところJAF会員証を出して160円。この時間帯の入館者は自分だけで、管理している男性が懇切に説明しながら案内してくれた。中規模の廻船問屋が経営していた旅籠をそのまま見られるもので、昔ながらのものすごく急な階段を恐る恐る登った望楼が印象深かった。

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高岡市伏木北前船資料館(旧秋元家住宅)

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古風な入口

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望楼からの眺め

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これが望楼。外から見ると高くない

 続いて氷見へ。
 漫画家藤子不二雄が氷見市出身ということで、氷見市の比美町、中央町の商店街は通称「まんがロード」になっている。忍者ハットリ君や喪黒福造などがいる。歩く人が少なく、全体として静かな町だという印象。氷見は日中は他の市や町に流出する人口のほうが多いところなのではなかろうか。
 あるお寺は、藤子の実家だそうで、境内には石造のキャラクターが並んでいる。
 また、市街地中心部の「中の橋」に隣接して「忍者ハットリくんカラクリ時計」があった。毎正時に忍者ハットリくんら7体が楽しい4分間のショーを繰り広げるようなのだが、タイミングが合わずそれは見られなかった。

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忍者ハットリくんがお出迎え

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ここにも

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プロゴルファー猿ポケットパーク

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喪黒福造さんも「ダァーン!」

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お寺の境内に勢ぞろい

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カラクリ時計は動かないとワカラン

 昼食は、「氷見魚市場食堂」の海鮮丼にしようかとも思ったが、刺身てんこ盛りの海鮮丼にはどうも食指が動かない。自分はそれほど刺身には惹かれないタイプなのかもしれない。それよりも、氷見に来たなら氷見うどんでしょと思ってしまう。
 ということで、氷見漁港近くの「ひみ家」に入ってざるうどん720円にしてみた。稲庭うどんと同じようなつるつるシコシコで、たれに摺った生姜を落として食べるもの。日頃山形で大量の田舎蕎麦を食べている身としては、5~6箸では少ない。
 そこから500mほどのところにある「氷見番屋街」に場所を移して、氷見牛肉コロッケ110円を追加して腹に入れる。スパイシーでうまい。

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氷見うどんの「ざる」

 七尾・和倉温泉方面へ。途中道沿いで30分ほど昼寝休憩をとる。
 七尾駅の無料駐車帯を使い、構内の観光案内窓口で情報収集をして、街へと歩き出す。駅前のつくりは大きな建物が並んでいて一見繁栄しているように思えたが、その建物の内部に入ってみるとテナントは半分もなく空洞化が歴然。ここでも地域活性化には苦労しているようだ。
 七尾市役所や、駅前の「長谷川等伯の像」などを見る。等伯は「画聖」なのだそうで、京を目指そうとしているこの像を見て長谷川等伯の人となりに興味が湧く。

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七尾駅前でたたずんでいた長谷川等伯氏

 「花嫁のれん館」に移動して車を停め、そこからすぐの「小丸山城址公園」へ。前田利家が海辺に近いこの台地に新しく築いた小丸山城の城跡を整備して作られた公園だとのこと。七尾城下を見守るようにして「利家とまつ」の像が建っていた。

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NHK大河ドラマ効果の一つ、「利家とまつ」

 そこからすぐの「一本杉通り」は国指定有形登録文化財が建ち並ぶ歴史街道で、北前船の寄港地として栄えた町の雰囲気があり、醤油や昆布、造り酒屋、和ろうそく、仏壇店など昔ながらの名店も多い。しかし街並みとしての美観はそれほどでもないような気がした。

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昆布海産物店「しら井」

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高橋勇吉商店の見事な古看板

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北島屋茶店

 駐車させてもらった恩義もあるので「花嫁のれん館」にも入館料を払って入ってみる。
 花嫁のれんは、幕末から明治時代から伝わる加賀藩の能登・加賀・越中で始まった婚礼の風習の一つで、嫁入りの時に嫁ぎ先の仏間に掛けられ、花嫁がくぐるのれん。花嫁のれんを常時見られるようにと2016年春に開館したとのこと。明治から平成までの花嫁のれんを見ることができた。

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きれいなものです

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もういっちょう

 七尾市街の最後は、「石川県七尾美術館」。入館料800円(JAF割引で700円)と高めだが、長谷川等伯展をやっていたのでじっくりと観る。能登地域唯一の総合美術館で、七尾出身の絵師・長谷川等伯の世界が常設となる。画家の画風、作風というものは年齢によって大きく変わるものだと知る。

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石川県七尾美術館のエントランス

 和倉温泉も見ておきたい。ここには去年、出張時に泊まっているのだが、その時はどこかの温泉旅館内で滞留していただけでほとんど見ていないので。
 「和倉温泉総湯」の佇まいを見るにとどまったが、施設がきれいだし、地域のインフォメーション機能もしっかり果たしている。高温で湧出する温泉を熱交換器を使って加水せずに利用している。ろ過器を使うが、浴槽のお湯は毎日閉館時に全て入れ替えるのだそうだ。

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和倉温泉総湯館

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総湯館の内部は観光情報も豊富

 この日の夜は島で迎える。能登島だ。七尾湾の沈降によってできた島で、海岸線はとても複雑。水族館やガラス美術館、ゴルフ場など観光・レク施設が多く、年間100万人が訪れる観光地なのだという。
 全長1,050mの「能登島大橋」を渡ってしまえば、コンビニは1軒だけだしファストフード店もなく、しっかりと島時間が流れているようだ。

 島内の「ひょっこり温泉島の湯」で、まずは19時閉店だという併設の食堂でとんかつ定食980円を食べる。三元豚を使っているそうで、確かに肉質がいい。もっとごはんが欲しくなるおいしさだった。

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三元豚のとんかつ定食

 食後は、ゆっくりと風呂。施設は22時までやっているので、入浴後は大広間の休憩室でパソコン作業をして、今日の出来事をあらかたまとめることができた。21時半まで滞留。

 今夜の泊地は「道の駅のとじま」。島で滞在できると思うとそれだけでリラックスできるような気がするのはなぜだろう。

 5月16日の走行距離は、92km。

 「道の駅のとじま」で夜を明かした車旅組は、自分を含めてたったの4台。どんづまりの施設なのでほかに車も通らない。耳栓いらずで、今日の朝は鳥のさえずりと朝日で目が覚める。島はいいなあ。
 いつもよりもゆっくり眠って、6時15分起床の7時半出発。

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道の駅の向かいは「能登島ガラス美術館」だった

 まずは能登島をくるりと走ってみる。とは言ってもけっこう大きな島で、海岸線が複雑なこともあり、あまり立ち止まらずに走っても1時間以上はかかる。長崎、鰀目(えのめ)、八ヶ崎、祖母ケ浦などの集落を通って、「のとじま臨海公園」、「のとじま水族館」の前を通るが、まだ開園していないのでこれ幸いと入らずに写真だけにとどめる。
 さらに百万石、久木、田尻などの集落を抜け、「ツインブリッジのと」を通って能登半島に戻る。この橋は全長620m。七尾湾に浮かぶ周辺の島々を望みながら鼻唄気分で走る。海に架かる長大橋は空へと続く滑走路のようなファンタジックな感覚があり走っていて楽しい。

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能登島の海。海がこのように見えるのが不思議

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のとじま水族館

 七尾市中島町の「能登演劇堂」に寄る。「無名塾」を率いる仲代達矢が旧中島町を気に入り、彼の専門的なアドバイスを受けて建設されたものだ。演劇専用ホールがないと嘆く仲代の話を聞いて、当時の中島町長が「じゃあウチにつくりましょう」と乗ったことが発端のようだ。だが、エントランス付近の芝などを見るにつけ文化予算は削減されているようで、公演回数も多くなく、苦戦を強いられているようだった。合併した小自治体の悲哀だろうか。

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能登演劇堂

 穴水町。建設会社の創業者が私財を投じて建立したという「能登長寿大仏」にちょい寄りして、その後はひたすら東海岸沿いの狭い道を進んでいく。海は凪いでいるというよりも、富山湾の中の七尾湾のさらにその入り江なので、波なんていつもないのかもしれない。南国の海と同じエメラルドグリーンのところもあり、海水も澄んでいる。ときどき小さな漁村が現れては消えていく。板壁に黒瓦の屋根の家々が能登地方の定番のようだ。
 途中で一休みした「寄り道パーキングかなみ(鹿波)」。めったに車が来ず、波の音もなく、ここもまた聞こえるのは鳥のさえずりだけだ。

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高岡大仏よりも確実にデカい

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「寄り道パーキングかなみ」の極上空間

 能登町に入り、主邑小木を通過。「小木漁港」は町から海へと突き当たるT字路にあって、大型のイカ釣り船がどどんとT字路の突き当りに停泊中だった。

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漁船がドーン!

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湖のような海

 小木の集落からほど近い「九十九湾」。大小の入江からなるリアス海岸で日本百景の一つだというのだが、観光船の乗り場近くで海を眺めるにとどめる。本来ならば遊歩道を歩くべきだが、もう歩くのがいやなのだ。

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ここからだけで十分?!

 それに比べて次に行った「恋路海岸」には見るものが多くあった。恋路海岸には恋人の伝説があり、その伝説の2人が寄り添う銅像や、沖に浮かぶ島などがあった。

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恋路物語の主人公は助三郎と鍋乃

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海岸の北側の岩は陽を浴びて白く見える

 「見付海岸」。能登のシンボルだという「見附島」(別名軍艦島)が眼前に迫る。海を前にしてはしゃぐ多くの観光客がいた。

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見附島と鐘。なぜ海岸に鐘?

 珠洲市に入って13時。遅い昼飯は、あまり考えずに能登地域名物の「のと丼」が食べられるところがいいだろうと、「レストラン浜中」という店へ。のと丼のイメージは海鮮丼で、そういうものが供されるのだろうと決めつけていたが、この店は能登牛のローストビーフ丼だった。1,620円。
 その後は珠洲市役所とその前の通りの家並を眺める。

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レストラン浜中の「のと丼」

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珠洲市役所

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市役所前の整備された街並み

 「珠洲岬(聖域の岬)」。出雲の国引きの神話にも登場する能登半島最先端の地で、日本三大パワースポットの一つにも数えられて観光客から人気だという。「青の洞窟」への遊歩道は有料だし、閉塞感の漂うところには積極的には近づかない主義なので、景色を眺めるにとどめる。その眺めだけでも十分に価値があると思う。

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珠洲岬の展望台は有料エリアのため近づけず

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岬の真下には多分高級な旅館があった

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こんなにグラッシーな施設で寛ぎたい

 珠洲市狼煙(のろし)町というすごい地名のところにある「禄剛崎(ろっこうざき)」。海岸段丘の岬で能登半島の最先端だ。「道の駅狼煙」から歩くにはきつい傾斜のついた遊歩道を歩いて「禄剛埼灯台」にたどり着く。
 「日本の灯台50選」に選ばれたという白亜の灯台。晴れているし、実にいい眺めだ。

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道の駅狼煙

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灯台までの急坂はこんな景色を見てこらえる

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上ってきた甲斐がある清々しさ

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なんも言えねぇ

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こんなに端っこなのにここが「日本の中心」とは

 輪島市へ。直接海に流れ落ちる珍しい滝だという「垂水の滝」。そして、冬の荒波に打たれるうちに真ん中に大きな窓のような穴が開いた「窓岩」。いずれも逆光となり写真がよくない。

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「珠洲 真浦海岸」と書かれた先に「垂水の滝」

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「窓岩」。窓なのね

 「白米(しろよね)千枚田」。ここは去年出張で輪島に来たときに見たいと思ったが見られなかったところ。山裾の急斜面をモザイクのように切り開いた小さな水田群。耕運機が使えず、すべて手作業だという。海岸沿い、しかも北向きの斜面に田を切り開いているのだが、ここでいいコメができるのだろうか。

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並の千枚田ではありません。輪島のもっと先だけれどもここは無理してでも行くべき。

 この日の見学はここまで。去年も来た「道の駅わじま」で17時。しばし考えて、近くの「ホテルメルカート輪島」の大浴場「長山の湯」で入浴。この旅で利用してきた風呂の中では高いほうでかつ設備の貧弱なほう。露天風呂もないし、750円は高いぞ。みっちり汗をかいたあとは冷水を浴びて急冷し、なんとか風呂上がりの汗まみれを逃れた。
 元を取るべく、ホテルのロビーを借りて本日のログ付けを19時まで。

 こうなると泊まりはおのずと「道の駅わじま」しかなくなる。街なかを流して夕食処を探すが、店自体が少なく、しかも集積しているところが見つからない。それではコンビニめしでいいかと、スパゲティナポリタンと缶チューハイを買って、車内で食べる。
 出来上がって、21時過ぎに就寝。そろそろ疲れがたまってきている。

 5月17日の走行距離は、216km。

 6時半に起床。昨夜のうちに調達していたいなり寿司と野菜ジュースの朝食をとって、7時半に出発。今日は、輪島市内のポイントをいくつか見て、その後能登半島の西海岸を進み、能登金剛の見学する予定だ。

 ハコモノはどこも開いていない朝の時間帯なので、はじめは「海士町(あままち)」へと行ってみる。住民のほとんどが漁業に従事する町で、シーズンには舳倉島へ集団渡島して漁を行うのだそうだ。
 石川県漁協の支所があり、その岸壁にはたくさんの漁船が並ぶ。このようにたくさんの漁船がひしめく姿を、かつて壱岐の島の勝本漁港で眺めたことを思い出す。場所柄か、家の前には海鳥や猫が多くいて、人間と同居しているようだ。

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漁船の停泊数たるやすごいもの

 「輪島キリコ会館」。数年前に輪島市がマリンタウンに建設した立派な建物で、能登半島の各地で行われるキリコまつりの松明がたくさん展示されている。とてもきれいで見応えがあった。JAFカードで100円割引。窓口の男性も「きれいですよ」と展示物に自信満々なのが気持ちいい。

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これがキリコ。能登半島の各地で行われる行事なのだそう。

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もういっちょう

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ついでにという感じで、能登の仮面来訪神「アマメハギ」も展示されていた。

 「輪島朝市」は毎月第2・第4水曜日に開かれると聞いていたので、場所だけ確認していこうと行ってみたところ、やっている。土曜日とあってか観光客も大勢出ていた。鮮魚を扱う店が一番多く、珍しい魚も。

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開催日ではないが、客がいれば店は開かれる

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のどぐろはおいしいものだが、ずいぶん高くなった

 朝市会場となる通りに「永井豪記念館」があったので、ここにも入ってみる。漫画家・永井豪は輪島の出身で、6歳頃まで住んでいたが父の仕事の関係で上京。その後輪島には30数年間帰ったことはなかったが、久しぶりに戻ったときの「おかえり」という雰囲気がジンと来たそうだ。
 「デビルマン」、「キューティーハニー」、「マジンガーZ」などで知られる漫画家だが、自分にとっては「ハレンチ学園」の作家のイメージが強い。9分の1スケールのマジンガーZや貴重な原画などが展示されていた。

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ここまでは撮影オッケーです

 ほかに、輪島市鳳至町(ふげしまち)にある市指定文化財の「住吉神社」、朝市会場至近の「輪島ドラマ記念館」を見る。

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輪島住吉神社

 輪島の中心部を離れて走り出す。
 途中、今は輪島市だが合併前は門前町だったところにある「總持寺祖院」に立ち寄る。拝観料を徴する上に、遠くに見える中の建物は修復中なので、入らず。門前には輪島市の地域庁舎と、總持寺通り商店街の町並みを写真に収めて次へ。

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總持寺祖院

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總持寺通り商店街はこの先に続く

 「天領黒島」の重要伝統的建造物群保存地区。江戸時代に幕府の天領となり、北前船の船主や船頭の居住地として江戸時代後期から明治時代中期かけて栄えたところ。黒い屋根瓦に板壁の伝統的な家屋が特徴的だ。佐渡島の「宿根木(しゅくねぎ)地区」もこんなだったなあと思い出したが、そこともまた別の風情があった。

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雰囲気が独特。建物はあるけれどもそこに住む人間の匂いがしないような気がする。

 その後は海岸沿いに浜や奇岩を眺めながら走ることになる。
 「琴ヶ浜(泣き砂の浜)」。乾いた砂の上を歩くと「キュッ、キュッ」と音を出すことから、昔のお小夜・重蔵の悲恋物語に結び付けて「泣き砂の浜」とも呼ばれる。固い石英の粒が擦れ合い空気の作用で音が出るとのこと。浜の中ほどに「お小夜岩」があり、その左側の砂浜は手でこすると音が出る砂なのだそう。

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琴ケ浜。しこ名ではありません

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問題なく走ってくれているわがフォレスター

 志賀町に入って、「ヤセの断崖」へ。ここは松本清張「ゼロの焦点」の舞台となった断崖絶壁。名前の由来は、土地が痩せていて作物が作れないとの説や、その先端に立って海面を見下ろすと身も痩せる思いがするという説があるようだ。
 展望地点まで行ってみるが、その迫力が伝わってこないのは、陸地からのいいビューポイントがないからだろう。

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どこが断崖なの? だからここの下。

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ビューポイントから左手を望んでも断崖はなし

 そこから遊歩道で300mほどのところにある「義経の舟隠し」。ここは前者に反してすごい景色だ。兄頼朝の厳しい追手から逃れる義経と弁慶らが奥州へ下る途中、おりからの荒波を避けるため、入江に船を隠したと伝えられている岩場。細く奥に長い入江で沖から見えにくく、48隻も船を隠したといわれる。

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なぜこんな場所ができたのか不思議

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すごいので2枚掲載!

 「増穂浦(ますほがうら)海岸」。日本の水浴場55選に選ばれ、日本の小貝三名所のひとつ。そういう3名所もあるのか。砂浜に少し草が生えかかっているのはどうかと思うが、広々としたテラスに設えられたベンチには自分一人。ああ、くなくな。土曜日の真昼なのになぁ。

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これは世界一のベンチではありません

 「道の駅とぎ海街道」の至近にある「世界一長いベンチ」。増穂浦海岸にある全長461mのとても長いベンチだ。たしかに長いのだが、こういうものが誘客に効果があるということを、他の関係者は学ぶべきかもしれない。
 写真を撮ろうと構えた頃になって、たくさんのツーリング野郎たちがやってきてベンチを占拠。ほかに「岸壁の母の碑」があった。

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ほほーっ

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みんな、右足組んで、こっち向いて、はいチーズ!

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岸壁の母の碑。ここは舞鶴港ではないのだけど

 さて、メシ。「富来(とぎ)」という小さい集落内にあった「八幡屋」という地元密着系の店に入り、ピカ丼セット(ラーメン)950円を食べる。
 ピカ丼とは初めて聞いたが、天かすとネギをたっぷりの卵でとじたものだった。どんつゆのデキがいい。中華そばは、山形のものとよく似たやや太もっちりの麺に甘みを帯びたスープ。麺は少量というか、ラーメンどんぶりが山形地域のものよりも小さい。

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「八幡屋」のピカ丼セット

 ここからは「能登金剛」。海岸線が朝鮮半島の金剛海岸のように美しいところからそう呼ばれる、能登を代表する景勝地だとのこと。福浦港から関野鼻までの約29kmの海岸線を指し、奇岩、奇勝、断崖が連なる。
 まずは「機具(はたご)岩」。昔能登の地に織物の業を広めた鹿島郡能登比め神社の祭神が、織機を背負って山越えの折、途中で山賊に遭い、思わず織機を海中に投げたところ忽然としてそれが岩に変じたという。2つの岩がしめ縄で結ばれた神聖な佇まいがある。
 「巌門」地帯にはいくつかの見どころがある。「雲たれてひとりたけれる荒波を恋しと思えり能登の初旅」と刻された「松本清張歌碑」。松本清張作「ゼロの焦点」の影響を受けて能登金剛に身を投じた女性を哀悼するために建てられたものだ。
 「千畳敷岩」。畳のような平らな岩が重なり合い広い平地を形成するのだが、スケール的にはたいしたものではないと感じる。
 メインの「巌門」。老松が生い茂る岩にぽっかりと空いた穴が特徴。日本海の荒波によって浸食されたもので、能登金剛の代表的な存在なのだそうだ。しかし、これも言うなれば穴の開いたただの岩であって、どうということはないんじゃないのと思ってしまった。
 遊覧船に乗って海上から眺める奇岩は圧巻らしいのでそうするべきなのだろうが、20分で1,100円ではねえ。

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機具岩

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松本清張歌碑

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千畳敷岩

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巌門

 日本一古い木造の灯台「旧福浦灯台」。北前船の寄港地にふさわしい白くて小さいかわいい灯台なのだが、印象的だったのはそこに行きつくまでの道。狭い集落内の極細の、しかもものすごく勾配のきつい道を上ってようやくたどり着いたときには、4WDよありがとうという感謝の念、そしてよく車に傷をつけずに済んだものだという安堵感があった。
 3台分ほどの狭い駐車エリアには、「史跡 福良津」の碑と「福浦いづも節」の歌詞、「福浦よいとこ入船出船 波に黄金の花が咲く」の歌碑があった。それと、「神戸三次郎の像」。福浦の出身で、ながく上級船員として活躍し、その後日本水産で船員の指導養成にあたった人物だという。
 戻るときにも細心の注意を払い、びくびくしながらよちよち進む。

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駐車スペースにあった3つのモニュメント

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同所にあった「神戸三次郎の像」

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日本一古い木造灯台「旧福浦灯台」

 海岸線から内陸部に入って「松尾神社」。建立年代は室町時代末期と推定されており、本殿が国指定文化財、拝殿が県文化財。中世にさかのぼる建築例は県内ではここだけなのだそう。その貴重さ、すごさはあまり伝わってこなかったが。

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松尾神社の拝殿は茅葺きの田舎家風だった

 ようやく町の主邑の志賀(しか)地区まで下りてきたところに「道の駅ころ柿の里しか」があったので、ここで休憩。昼寝をしたら起きたのは1時間半後。少し疲れ気味だったので、このぐらい休んでもいいだろう。
 車から出てころ柿ソフトクリームを食べながらあたりを観察すると、ここは22時までやっているプール付きの温泉や食事処があり、こんな整った設備が目の前にあるのであれば今日はもうここで切り上げようという気になる。
 ゆっくり風呂に浸かり、19時過ぎまで休憩室でログ付け。となりにある食事処が混んでいたため、家族連れなどの大騒ぎ客が引いた20時を過ぎたあたりでようやく飲み方はじめ。
 ビール、ハイボールに冷奴とほたるいかの酢味噌和えを合わせ、〆にカレーそば。

 今夜の車旅滞在者はずいぶん多い。場所柄なのか、それとも土曜日だと多いのか。
 パソコンのバッテリーが切れそうで心配していたが、道の駅の休憩施設の電源が使えたので、拝借して充電。この間、読書。
 22時過ぎには車に戻って寝る態勢へ。

 5月18日の走行距離は89km。

 6時起床の6時40分発。
 羽咋市内に入って、コインランドリーで洗濯をする。だいたい1週間ぐらいで着るものがなくなってくるようだ。真っ先にパンツが足りなくなる。7枚しか持ってきていず、もっと必要だ。
 洗いながら、途中で買ったサンドイッチと牛乳で朝食。9時近くまでここで滞留。

 今日あたりからはいよいよ未知の領域がたくさん出てくる。
 4kmほど道を戻ってまずは羽咋市寺家町の「気多大社」を見る。能登国の一宮。巫女たちが朝の庭掃除をしている中を参拝する。
 大社内の一角には「折口父子の歌碑」もある。折口信夫(歌人釈迢空)は大阪府出身の生涯独身者。門弟で羽咋出身の藤井春洋を養子に迎えたが、春洋は硫黄島で戦死。今は羽咋市一ノ宮の墓に二人で眠っている。博士の没後、春洋の生家に近い気多大社境内に、ともに歌人であった父子の歌碑が建てられた。
 「入らずの森」という社叢は国の天然記念物だ。
 その後クルマで移動して、ほど近くにあった「折口信夫父子の墓」も見る。

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朝の気多大社

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折口父子の歌碑

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ここから先は「入らずの森」

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折口信夫父子の墓(中央)

 写真を撮っていると、ミラーレス一眼もバッテリーの残量が少なくなっていることに気づく。困ったなあ。
 ではと、ここで早くも今日の休憩として、羽咋市内のマクドナルドでドリンクを飲みつつカメラとパソコンのバッテリーの充電をする。
 その間、少しだけ旅のドキュメントをして、あとは読書。まあ、旅の間にはこういう時間も必要なのだ。今日は日曜日だし。

 次は、「千里浜なぎさドライブウェイ」。ここは去年、すぐ脇の高速を使って能登半島方面へと移動し、通ることができなかったところで、今回はぜひ走ってみたいと思っていた。
 日本で唯一、約8kmにわたって砂浜を車で走ることができるドライブウェイ。このたびは天候もばっちりで、極めて爽快だった。砂浜を走るのでもしかしたらタイヤがスタックしてハンドルを取られるようなことがあるのではないかと思っていたが、海のすぐ脇の砂浜なのにけっこう締まっていてそういうことはなし。馬鹿みたいにスピードを出して走る車はなく、みんな時速40~50kmほどでクルージングを楽しんでいる。こういうところ、近くにあるといいのだが。

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なぎさドライブウェイ入り口にあった砂の像

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観光バス運転手が空バスを走らせたのが発端

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はい、スタート!

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こういう写真はなかなか取れないので

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すげえなあ!

 かほく市に入って、「石川県西田幾多郎記念哲学館」を見る。哲学なんてちんぷんかんぷんであまり興味はないが、なんたって西田幾多郎だかんな。
 西田は現かほく市の出身。博士の業績やゆかりの品を紹介し、哲学を身近にわかりやすく学べる施設になっている。中身もさることながら、ここは建物が立派過ぎ。傾斜地に趣向を凝らして建っている。安藤忠雄の設計で、打ちっ放しコンクリートにガラス張りの建物、大きな階段庭園などは、思索体験の場にふさわしい雰囲気を醸し出している。ホールまで備えているのだが、効率的に使われているのだろうか。

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どーだどーだの立派な外観

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哲学とは言葉遊びであると見つけたり(違)

 昼メシは、哲学館近くの「すしべん白尾インター店」でミニ丼セット750円を食べる。「すしべん」は石川県を走っていてあちこちで見かける店。セットは天ぷらうどん・そばと数種類のミニ丼からチョイスするもので、うどんと明太子丼をセレクトしてみた。天ぷらはエビにたっぷりの衣をまとわせたもので、衣がちでうまい。弁当や寿司、総菜のテイクアウトもやっていて、いずれも格安で食指が動くものばかり。ここの弁当も食べてみたくなった。

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「すしべん」の充実のセットメニュー

 かほく市を離れて小松方面へと進む途中でまたもや急に眠気が襲ってくる。メシを腹に入れると条件反射的にこうなるようだ。このまま走っていると絶対に居眠り運転になるぞ。
 もう駄目だと沿道のコンビニ駐車場に停めて1時間ほど昼寝。エンジンを停めると窓を開けていてもバカ暑なのだけれども、それでも眠ってしまう。

 「内灘町総合公園」まで戦線を延ばして、これからどう進むかについて考える。順当にいけば金沢市内へと突入することになるが、金沢は見るべきものが多すぎて、じっくりいけば3、4日は必要になる。そうなると停滞感はますます深まってしまうので、金沢は別途見る機会を設けることにして、金沢をスルーして先に進むことにする。

 能美市(旧根上町)は松井秀喜の出身地。ここに「松井秀喜ベースボールミュージアム」がある。館内には松井秀喜に関する資料や、記念品が多数展示されていて、プロ入り第1号ホームランのバットとボールや、本塁打王・打点王など多数の盾、トロフィーのほか、少年野球、中学野球、高校野球時代の写真などが、所狭しと並んでいる。
 こうしてみると松井は偉大だ。NYヤンキースで長い間プレーし、ワールドシリーズでも大活躍しているのだから。

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エントランスとアメリカン風(?)の建物

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松井のインパクトはやはり「星稜」がいちばんだと思う

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振り返れば実に偉大な選手だったと感じた

 小松駅周辺にも行ってみる。
 駅至近には「サイエンスヒルズこまつ ひととものづくり科学館」があるが、日曜で子供が多い上に有料なので、無料ゾーンに入ってみただけにとどめ、「こまつの杜」を眺める。こちらは無料。世界的建機メーカー「コマツ」の小松工場跡地にオープンした施設で、世界最大級のダンプトラック「コマツ930E」が展示されていた。

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サイエンスヒルズこまつひととものづくり科学館

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こまつの杜の「コマツ930E」

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JR小松駅

 17時近くとなり、今日もお疲れ気味なのでこのあたりで切り上げて、24時間営業のスーパー銭湯「加賀ゆめのゆ」に避難する。明るいうちに風呂に浸かり、風呂上がりにはビールを飲む。
 大量客で大賑わいの時間をカウンター席でハイボールを飲んでしのぐ。これでいいかと期待もせずに注文した厚揚げ焼は大当たりで、居酒屋でこれほど充実した厚揚げにお目にかかれることはそうあるものではない。ほかにたこわさでも頼もうかと思っていたけれども酒の友は厚揚げだけで十分だ。しばらく本を読んだりして寛ぐ。
 フィニッシュは、インド人の調理人が腕を振るっているポークカレーセット。ナンがうまいのなんの。だが、量も多いのなんの。ナンなの。
 21時を回って少し静かになった頃合いに、マックで充電を済ませたパソコンで今日のログ付け。
 あとは休憩室で本を読んで、リクライニングシートを確保して眠りに落ちるという算段だ。

 5月19日の走行距離は124km。

 「加賀ゆめのゆ」のリクライニング室は狭いけれども、昨晩はうまく端っこの席を確保して、耳栓をして眠りに落ちた。音がシャットアウトされているうえに薄暗い部屋なので、体時計に身を任せていたら目覚めがなんと8時半になってしまった。やはり疲れているのだろうな。
 大浴場でシャワーを浴び、髭を剃ってスタンバイ。制限時間の10時までほぼこの施設を使い倒して退店。

 今日は小松市から県境を越えて福井市へと向かう。
 小松市では、まず「日本自動車博物館」。洋風赤レンガ建築風の格調ある建物。入って圧倒されるのは車の台数で、1階から3階まで、歴史の1ページを飾った国内外の走行可能車両が約500台というのにはびっくり。特に懐かしかったのはAE86スプリンタートレノ、ギャランGTO、スバルアルシオーネ、いすず117クーペやピアッツァ、コスモ、赤いファミリアXG、ギャランΛ(ラムダ)、日産レパードなど。当時乗ってみたくて俎上に上げるも価格が高すぎるなどで乗れなかったものばかりがいちばん懐かしい。
 館内を巡っていた昔の走り屋だったであろう70がらみのおじさんグループはタガがはずれたかのようにはしゃいでいるのだが、それを見ているほうが気恥ずかしくなるのだった。

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洋風赤レンガの風格ある建物

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AE86トレノ。ツインカム16の名エンジン

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「未来の国からやってきた」セリカ

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クレスタスーパールーセントは直6ツインカム24

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ロールスロイスも撮っておこうか

 続いて「那谷寺(なたでら)」。真言宗の別格本山で、奈良時代に泰澄法師なる人物によって開かれた寺院で、広い境内には奇岩が集まった岩窟や霊石などがあり、山水画のような美しい景色が広がっている。また、本堂、三重塔、護摩堂ほか重要文化財が多数残っている。
 ここでも何人かの若者が大声で動画を撮っている様子が見られる。ここは宗教上の聖地だぞ、バカ騒ぎはするな、中国人かと思われるぞ。……これは差別的発言というのだろうか。でも、思ったことなのだからしょうがない。

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那谷寺のエントランス

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奇岩がお出迎え

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上りが辛いんだけど

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大悲閣(本殿)でしょうか

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展望台から改めて奇岩遊仙境を眺める

 ここで昼メシ。北陸を走っていてよく見かけてきた「ラーメン世界」の加賀店で、らーめん+半チャン890円を食べる。
 醤油とんこつ味で、低加水のもさもさした麺。生醤油に近い煮汁でつくったしょっぱい三枚肉チャーシュー、2人に1人が注文するというぱらぱらチャーハンに特徴が感じられた。

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「ラーメン世界」でも食べてみなきゃ