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 豊川に至って、「豊川稲荷」を見る。
 日本三大稲荷の一つで、商売人をはじめとして一般にも人気があるところ。本殿は一段高いところにあり、大きい。総門、本殿、狐塚、奥の院、最祥殿を見てまわる。
 お稲荷様自体は無料なのだが、例によって周辺には観光客向けの駐車場が1回500円で客を引いている。それらは避けて豊川商店街の時間貸し駐車場に停め、時間もあまりかけなかったので200円で済んだ。
 土産店が並ぶ門前では油揚げがバンズ代わりなった「おきつねバーガー」を食べてみたかったが、どの店も売っているのはおいなりさんばかり。見つけられなかったがまあいいか。

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豊川稲荷の山門

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参道には参拝者の願い事が書かれた「千本のぼり」がずらりと並ぶ

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「霊狐塚」にはおよそ一千体のお狐さんが祀られている

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豊川稲荷の門前はこんな感じ

 次は蒲郡。「竹島」という三河湾に浮かぶ小島に渡ってみる。
 陸から387mの竹島橋を渡ると、「八百富神社」の大鳥居が迎えてくれる。島全体が社叢になっていて、島をくるりと回れる遊歩道があったので、お参りをした後はそこを歩いて橋へと戻る。

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竹島橋と竹島

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橋を渡って「八百富神社」へ

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島の最南部(龍神岬)付近の遊歩道

 本州側の橋詰近くには「海辺の文学記念館」があり、無料なので入ってみる。
 川端康成をはじめ、大正・昭和初期の日本の文人達に愛された料亭旅館「常磐館」の趣を再現した文学歴史記念館になっていて、蒲郡が登場する文学作品が多数取り揃えられていた。冷房がしっかり効いているのがうれしく、ほほう、その本も読んでみようか、などと考えながら、島を歩いてきた体をクールダウンする。

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海辺の文学記念館

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記念館内部

 次は岡崎だが、途中通った国道473号は峠道が続く。愛知県中部は平らなのだろうとばかり思っていたので意外だ。一部道は細く、途中には大型車が来るとほぼ止まらなければならないほどの素掘りのトンネルがあったりした。
 「カクキュー八丁味噌の郷」へと赴くが、夕刻が近くなっていたためか訪問客は少なく、無料の工場見学も終わっている雰囲気だった。八丁味噌って、生産地が岡崎城から八丁(870m)離れていた八丁村から名がついたのだと知る。八丁味噌蔵の並ぶ狭い路地は、昔の風情が残っている。
 その裏手は「八丁蔵通り」。味噌蔵の続く町並みは道幅が狭く、ビューポイントを見つけづらいのが惜しいところだ。NHKの朝の連続ドラマ小説「純情きらり」の撮影にも使われた場所ということで、通りの角には主演の宮崎あおいの手形があった。

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本日の営業終了間近の「カクキュー八丁味噌の郷」

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「純情きらり」のロケ地にもなった「㈱まるや八丁味噌」

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左手が味噌蔵の続く「八丁蔵通り」。電柱の右には宮崎あおいの手形

 愛知県民が愛してやまない八丁味噌は岡崎市の名産。この八丁味噌の新たな楽しみ方が「岡崎まぜ麺」なのだという。
 まぜ麺は、①八丁味噌を使う、②なたね油赤水を使う、③汁なし、④麺料理である、⑤ちゃんとまぜる、⑥自分オリジナルの食べ方を見つける、⑦まぜめんを食べ歩こう、⑧まぜ友を増やそう――などと定義されている。
 その雄と目される八丁蔵通りの近くにある「大正庵釜春」はこの日は週休みなので、その支店の「大正庵釜春南支店」は開いているのでそちらに向かう。
 しかし入店してメニューも見ずにまぜめんを注文すると、「ウチではやっていないのですよ」とのこと。支店ならあるだろうと疑わないでいた自分が悪い。でも中京圏は独特の食べ物が豊富なのでそれほど困らない。味噌煮込みうどん1,188円を所望して、しつこくてしょっぱい味噌味を堪能する。ごはんが標準装備になっている。もちろんうどんもおいしいけれども、ごはんにうどんの出汁を適量かけてかっ込むのがなかなかに美味だった。
 図らずもこの日の2食はうどんになってしまったが、それぞれがおいしかったので苦にはならない。

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「大正庵釜春南支店」の味噌煮込みうどん。しょっぱいつゆにはごはんがよく合う

 うどんを食べる前、店が開くまでに若干時間があったので、道すがらに見つけた「イエローハット岡崎店」でエンジンオイルを換えることにする。
 エンジンオイルはこの4月に交換しているのだが、その後房総、山陰、北海道と巡ってきたので軽く1万km以上は走っていて、ずっと気になっていたのだ。
 今回の旅の直前にイエローでタイヤ交換をしたときのポイントがあったので、それを使って思いのほか安く換えることができた。よし、取り替えた新品タイヤも安定感があるし、これでさらに安心だ。

 そろそろ減速の時間帯になってきた。この近辺で風呂に入って、今夜中にもう少し三重県寄りに歩を進めたい。
 風呂は、岡崎市内の「スーパー銭湯ふろ屋」にて。500円とリーズナブル。

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「スーパー銭湯ふろ屋」(岡崎市)

 銭湯を19時に発って、約1時間渋滞に遭いつつ走り、この日のステイは「道の駅にしお岡ノ山」にする。幹線道路の途中にあり、大型トラックが頻繁に出入りする騒々しい道の駅だ。
 ここまで来る途中から時折雨がパラついたが、道の駅に着いてからは稲妻が走り始め、21時には本降りの雨になった。三重県方面はもっと強い雨が降っているとニュースが告げている。
 耳栓をしっかり装着して22時に就寝。

 9月4日の走行距離136km。

 2019年9月5日(木)。
 6時半起床。夜じゅうずっと雨が降っていた。雨のために窓を大きく開けられないので蒸し暑くなるかと心配したが、雨とともに気温も下がったようでそれほど気にならなかった。
 この雨だと今日はあまり期待できない。これから進んでいく三重県はもっと降っているようで、桑名市の一部では警戒レベル4の避難勧告が出され、JR参宮線は運転を見合わせているという。
 この日は知多半島の先端まで行って日間賀島に渡るつもりだったが、渡島は断念しよう。まずは半田まで進んで、傘がいらなければ市内の運河や蔵の街を見て、その先へと進むかどうかはその段階で考えることにしよう。ダメなら一気に三重県入りという方法もあるが、三重県北部には大雨警報が出ており、飛んで火に入る夏の虫となるかもしれない。

 7時40分に発って、大渋滞の中を移動する。中京圏の渋滞は半端でなく、たいした距離を移動するわけでもないのに時間だけはたっぷりかかる。すいすいいける北海道とはまるで違うのだった。
 8時20分、「マクドナルド247塩浜店」で朝のログ付け。どこを走っていてもそう遠くないところにマックがあるのも、北海道とは違うところだ。

 まずは碧南の「大浜陣屋広場」に寄ってみる。
 1768年に水野忠友が1万3三千石の領地をもらい大浜に陣屋を構えたのがこの地の始まりで、江戸中期以降水野家が大浜陣屋を拠点にして、碧南はもとより安城、岡崎、豊田、刈谷、西尾、吉良を加えた三河地域を管轄し、行政の中心を担っていたという。
 そんな情報を得て行ってみたのだが、跡地の一角が広場として整備されている程度で、あまりのシンプルさに声も出ず。これは観光地というよりも地元民の憩いの場という感じだろうか。

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大浜陣屋広場のエントランス

 半田に至って、「半田赤レンガ建物」。
 1898年にカブトビールが製造工場を置いたところで、明治時代に建てられたレンガ建造物としては日本で5指に入る規模なのだそうだ。

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「半田赤レンガ建物」はビール工場の跡らしい

 そこから少しだけ移動して、半田運河沿いにある「國盛酒の文化館」へ。
 “知多の半田は蔵のまち。酒蔵、酢の蔵、木綿蔵”とうたわれたという半田市。300余年の歴史を誇る銘醸地で、「国盛」は約1世紀半続く酒蔵だ。
 運河周辺を「半六庭園」や「萬三商店」などを眺めながら歩く。ミツカンの酢づくりの歴史などが学べる体験型博物館の「MIZKAN MUSEUM」もあった。
 時々小雨が降るが、晴れ間も出てきた。むしろ暑すぎないのでちょうどいい塩梅だと解釈しよう。知多半島の先端までは行くことにしよう。

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國盛酒の文化館

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半田運河

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國盛酒の文化館並びの「半六庭園」

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萬三商店

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MIZKAN MUSEUMとミツカン本社ビル

 途中に寄った半島の中ほどにある「えびせんべいの里」は、えびせんべいを試食しながら購入でき、製造工程の見学もできるというのだが、来客なく入り口がどこか判然としないのでスルー。

 半島突端の集落「師崎(もろざき)」は、伊勢湾と三河湾の新鮮な海の幸が水揚される地で、昼どきとあってか海鮮定食やランチを出す店が多く店を開けている。風があり時折通り雨もあるので、島歩きには不適と判断して日間賀島には渡らず。ヒマカに行くほどヒマではない? 日間賀島は「孤独のグルメ」にも登場していたのでぜひ行ってみたかったのだけどな。
 一応日間賀島へのフェリーが出る「師崎港観光センター」まで行って、写真を撮っておく。

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師崎漁港

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日間賀島へのフェリーターミナル、「師崎港観光センター」

 知多半島に行ったなら昼食はココと思っていた「まるは食堂旅館」へ。
 伊勢湾近海の新鮮な魚貝類を自社仕入れで、どこよりも早くお値打ちで提供している――というではないか。ほぼ正午の時間帯に赴いたので、整理券を持たされて15分ほど待ってから着席。
 スタンダードといえばカッコいいがほぼ最安メニューの2,160円のお膳コースを注文。先付のシャコ、お造り2種、煮魚、特大エビフライ、赤だしの味噌汁、ごはんは同料金で多めにしてもらうことができ、超豪華。内陸在住者としての感覚では3,500円は下らないと思えるものだった。エビフリャーなんて衣は厚くなくほとんどが「身」なんだもの。

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「まるは食堂旅館」のお膳はすごかった

 知多半島からの帰り足は西海岸沿いを北上。
 東海地区最大の海水浴場だという「内海海水浴場」。メインの千鳥ケ浜は「日本の渚百選」に選ばれている。南国風に椰子の木が整然と植えられているのがいい。ただ天気が悪いので、海は暗めだ。

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内海海水浴場

 美浜町のシンボル的存在で夕陽がきれいに見えるスポットだという「野間埼灯台」。
 海岸沿いに従えるものなくすっと立つ姿が凛々しいが、その向かいの柵も何もないただの空き地は駐車料金300円だという。アホかいな。そこの端っこに停めるが、なんだかんだ言われるのが嫌なので、急いで写真を撮って退散。雨も降ってきたしね。

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野間埼灯台

 次は常滑。
 伊勢湾に面する焼き物の町で、常滑焼は瀬戸・信楽・越前・丹波・備前とともに日本6古窯の一つに数えられるのだそうだ。伝統産業としての古い歴史を背負う町並みはユニークで、市の中央部にレンガ造りの煙突、土管や陶器の瓶が埋め込まれた坂道、窯場や登窯など、狭くて曲りくねった小径があるという。これは面白そうではないか。あいにく雨なのだが、傘をさしてでも見る価値はありそうだ。
 常滑駅の観光案内所で街歩きのマップをゲット。それによれば、「常滑市陶磁器会館」を出発点として散策するのがよさそうだ。平日は駐車場が無料だし。
 陶磁器会館の展示物見学をそこそこに終え、傘をさして歩き始める。御利益招き猫や本物そっくりの猫数10体が設置されているという「とこなめ招き猫通り」のシンボルとなっている「とこにゃん」、幕末期の廻船問屋瀧田家、土管坂、登窯などを眺める。荷車も通れないような細くてアップダウンのある小径がこの現代まで遺っていること自体が不思議なぐらいだ。

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常滑市陶磁器会館

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陶磁器どころらしい風景が続く

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大きな「とこにゃん」が通りを見下ろす

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廻船問屋瀧田家

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土管坂がいちばんの見どころか

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いくつかの窯元が棟を寄せている

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登窯を見るのは、那覇市壺屋のものを見て以来だ

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雨の中をずいぶん歩いた

 少し間が空いてしまいましたが、3連休の最終日の9月23日、琉球フェスティバルを観るため、日帰りで上京しました。
 日比谷野音を会場に毎年開かれている琉球フェスティバルにはいつも当日券で参加します。今年も台風が関東地方を直撃する可能性があったので前日までどうしようか迷いました。

 6時前に起きて東京地方の気象と新幹線の運行状況を調べると、東京は午前中はそれほどよくないが急速に回復して18時以降は降水確率0%、新幹線も問題なし。となれば、琉フェスには行くしかありません。ちゃちゃっと準備をして、9時の新幹線で東京へ行くことに。

 琉フェス以外には特にイベントを持たないまま上京してしまったので、開場する夕刻近くまでは街歩きをします。気温31度の予報のもとで歩くのは体力づくり的な意味ぐらいしかありませんが、時間はつぶさなければなりません。

 正午過ぎ、浜松町駅で降りて歩き始め、芝大門、増上寺を見学し、そのまま有楽町へ。

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増上寺と東京タワー

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徳川家霊廟へと続く道沿いにはたくさんのお地蔵様があった

 暑くて汗が猛然と噴出したため、新橋ガード下にあった「日高屋」にしけこんで、昼食がわりにビール中瓶に餃子とつまみ3種盛りを合わせて昼飲みをしました。ここでもうひと飲みして〆に何か食べてもいいのですが、せっかくならば別のところで食べようといったん退出。

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たくさん汗をかいたので、昼からビール

 烏森神社を参拝するなどして腹ごなしをして、ニュー新橋ビル内の名物店「むさしや」でオムライス750円を食べました。

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烏森神社。ちっちぇー

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ニュー新橋ビル内名物、「むさしや」のオムライス

 カウンター席が通路と境なく並んでいて、その席が空くまで通路で並んで待っているというシステムがおもしろい。3人の後ろに並んでほどなく席が空いて着席。オムにスパゲティと生野菜が付いて見たところなかなかのサービス感があるが、味わいはまあ普通。
 ニュー新橋ビルで食べるのは「新橋岡むら屋」以来2軒目。2階はずらり中国・韓国マッサージ店が並んでいてそこだけ不思議な空間になっていました。

 琉フェスが終わったのは19時45分。そこから地下鉄で東京駅へと向かい、すぐには入場せず連絡通路を使って八重洲口側に回り、まもなく店仕舞いのため値引き販売が行われている大丸百貨店の総菜売り場で1,080円のおかずが800円になっているのを手持ちのデパート商品券で手に入れて乗り場へ。
 大汗をかいて乗り込んだものの、発車直前に車内販売はないとのアナウンス。は?
 買ったおかずでビールやチューハイを飲もうと思っていたがそれは叶わなかったかと、大宮を過ぎるあたりまでにおかずはあらかた食べてしまいました。
 しかしその後の放送では、車内販売は「やまびこ」はないが「つばさ」はあるとのこと。なんだよ、そう早く言ってくれれば食べないで待っていたのに。
 そう思ったところであとの祭り。宇都宮近くになってようやくやってきた車内販売であまり冷たくないビールとチューハイを買ってようやく留飲を下げたのでした。

 列車は遅れて23時半をだいぶ過ぎてから山形駅に到着。
 駅から歩いて帰宅し、家には24時半前に着。ここから風呂に入って、心と体の興奮が収まるのを待って、2時頃にやっと消灯。
 今日1日でおそらく2万歩以上は歩いたと思う。がんばった自分におつかれさまと心の中で呟いて眠りへ。

 けっこう歩いて足が痛い。履物は3種用意していて、それらは①いぼ付きの健康サンダル、②ビーサン、③ウォーキングシューズだが、①で歩き続けるといぼいぼが足裏を刺激し過ぎ、②は鼻緒が指の間の皮を剥けさせ、③は履くのが面倒で足が蒸れるという欠点があり、どれもしっくりこないものばかりなのだ。
 いずれにしても足を引きずり、傘をさし、濡れながらよく歩いたが、これから行く熊野古道が雨ならばこの程度では済まないだろう。

 ここで今後どうするかを考え、愛知県はここまでとして、ここから三重県へと向かうことにする。まずは桑名を目指すのだが、有料道路を回避すれば名古屋を経由することになり、2時間近くかかるという。まいったなあ。

 桑名に入って17時。「しぐれ肉巻おにぎり」を買って夕食にしようと思い、駅前の「瑞宝しぐれ茶屋」が週休みなので、開いている「瑞宝しぐれ外堀店」のほうへ行く。店のおじさんに尋ねれば「売り切れてしまった」とのこと。そして残念がる当方に、「わざわざ山形から来たのにわるいね」と、売り物のサンドイッチをタダでくれた。
 諦めきれずに近くにあった「伊勢しぐれ」という別の店にも行ってみたが、そこではしぐれと呼ばれる佃煮?がメインで、おにぎりはやっていないとのこと。せっかくなので「あさりしぐれ」を土産に買う。これは帰ってから母に渡し、喜ばれた。

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桑名市街を走っていてみかけた古い菓子舗

 風呂は、朝日町の「アソビックスあさひ」にて。内風呂のメインとなる浴槽にはごみが浮いていて嫌だなぁと思い、そこは早く切り上げて外にある風呂を使う。上がる頃には内風呂の湯を抜いて掃除を始めていたが、おそらく誰かからクレームがあったのだろう。小1時間滞在して、またもや渋滞の中を移動。暗いし、ちっとも風景が変わらないし、こうなると運転がちっとも楽しくない。

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風呂は朝日町の「アソビックスあさひ」で

 この日のステイ先は、明日に桑名を見るので桑名に最も近い道の駅ということで選択した「道の駅菰野(こもの)」。町の中にあることはどうかと思うが大型車両ねらいの駅ではなさそうなのでよろしかろうと。
 20時前に到着すれば、利用者は少なく狙ったとおり。途中で調達してきたサラダでクリームソーダ味の缶チューハイを飲み、しぐれ店のおじさんにもらったサンドイッチで腹を抑える。

 22時、就寝。
 9月5日の走行距離は178km。

 23時、耳栓をしていてもびんびんに伝わってくる雨音で目が覚める。開けていたリアの窓から大量の雨が吹き込み、布団までやられている。こんなにずぶ濡れになるまで気づかずに眠っていた自分にあきれる。窓をかすかに開けて寝なおすのだが、そこからも吹き込んでくるのには辟易する。
 再度眠ったが、深夜1時台に菰野町のナントカ川が氾濫し、菰野地区を警戒レベル5としたとのエリアメールで起こされる。その直後、またもや爆発的な雨。こんな手ひどい降り方はあまり経験したことがない。自分の身は自分で守らなければならないので、運転席に移動し、エンジンをかけて周囲の状況に注意を払う。
 2時過ぎの臨時ニュースでは、菰野で1時間に120mmの雨量と報じる。
 小康を呈してきたのでもう一度横になって眠りへ。

 2019年9月6日(金)。
 その後雨は徐々に弱くなり、6時の起床時には土砂降りが嘘だったかのように静かな朝となる。この道の駅のトイレの大は洋式が1台だけで、シャワー機能は付いていない。洗面台には鏡がなく、手探りで髭を剃ったために顔を1か所切ってしまう。環境としてはひどいものだった。
 三重県北部はいまだに大雨警報発令中のまま。2日続けて豪雨に襲われ、地盤はかなり弱くなっていることだろう。

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朝の道の駅菰野

 6時半には道の駅を発って、最寄りの「マクドナルド477菰野店」で朝食とログ付け。モバイルパソコンに更新プログラムのサインが出たのでそれに従ったら、完了するまでにえらく時間がかかってしまう。
 さらに、更新後にデスクトップに置いていた旅のインプレを書いたWORDファイルのアイコンが表示されなかったのでいじっていたら、最新ファイルを古いものに置き換えるというヘマをやらかしてしまった。それを復旧するためにまたもや大きなロスタイム。結局3時間以上の滞在時間となってしまった。

 この日は桑名に戻って少し見るつもりでいたが、もう一度桑名に戻ればそれだけこの先がきつくなってしまうのでそれはやめることにして、四日市市内へと進出する。
 まずは昼食までの時間調整といった形で「四日市港ポートビル」に行ってみる。14階の展望展示室では高さ100mからの大パノラマが楽しめるというのだが有料だし、上らなくてもいいや。空は青空。明け方までの雨がウソのようなピーカンになっている。

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四日市港ポートビル。昨夜の大雨がウソのようだ

 四日市の一点ねらいは、四日市名物の豚肉ステーキ(=とんてき)なのだ。
 ウスターソースなどを使って作った黒みを帯びたソースを分厚く切った豚肉のソテーにからめたスタミナ料理。豚肉を食べやすくするため手のひらの形に切れ込みを入れていることからグローブ焼またはグローブと呼ばれることもある。
 「四日市のとんてき」の定義は、①黒っぽい濃い味のソース、②厚切りの豚ロース肉を使用、③ニンニクが添えられる、④千切りキャベツの付け合わせ――とのこと。
 その発祥とされる中華料理店「来来憲(らいらいけん)」の流れをくむ「まつもとの来来憲」にて、大とんてき定食1,725円を食べる。使われるのは250gの極上肩ロース。これを「切らずに」と注文して、グローブ状の形を目で味わう。このところ肉類は食べなくてもよくなっているので、肉にがっつくのは久しぶりのことだ。
 肉は極上というほどではないけれども、タレが極上で肉をぐっと引き立てている。このタレを吸ったキャベツが最高にうまく、これだけでご飯1膳は軽くいけそうだ。キャベツ、めし、味噌汁はおかわり自由だが、ほかにも食べたいものがあるのでやめておく。
 赤だしの豚汁というのはおそらく初めて食べたが、味噌がくどいのだった。他所の地から赴任してきた人が連日の赤だしにうんざりして早々に異動希望を出したという話を聞いたことがあるが、それもわかるような気がする。赤だしはキライじゃないのだけど、こう続くとね。

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「まつもとの来来憲」の大とんてき定食

 次は亀山の「亀山城跡」へ。
 1590年、岡本宗憲がそれまであった関一政の居城を廃して新たに築城したもの。平山城で3層の天守を構えたがのちに廃され、本多俊次の時その天守跡に多門櫓が建てられた。城主は目まぐるしく交替したが、現在の石垣は岡本氏時代のものなのだという。
 現在、外堀と野面石で築いた石垣の一部と多門櫓が残る程度で、あとは公園・神社・学校などになっている。

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亀山城跡の多門櫓

 亀山では、「関宿」が見応えがあった。
 古くから交通の要衝で、日本三関の一つ「鈴鹿関」が置かれ、江戸時代には東海道五十三次47番の宿場町として参勤交代や伊勢参りの人々で賑わったという。ちなみに日本三関は、伊勢国の「鈴鹿関」、美濃国の「不破関」、越前国の「愛発関(あらちのせき)」だが、これは設置された当初のことで、平安時代中期には愛発関が三関から外れ、近江国の「逢坂関」を入れて三関となったとのこと。
 江戸時代から明治時代に建てられた古い町家が延々1.8kmにわたって200軒余も残っており、往時の姿を色濃く残していることから、東海道の宿場町としては唯一、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
 無料駐車場に停めてたっぷり散策をする。関地蔵、その前にある現役食堂、いい感じの店名看板、今は郵便局になっている関宿高札場、旅館玉屋、起り屋根の民家、関まちなみ資料館の建物、御馳走場跡、川北本陣跡、百六里庭(ちょうかんてい)などを見る。
 売り、空き、管理などの物件がないではないが、商品が売られ、エアコンのファンが静かに稼働している様子を見て、現役の商店や民家が多いのだなという印象を受けた。

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関地蔵

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現役の蕎麦屋

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いい感じの店看板

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風情のあるいい通りだ

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今は郵便局になっている関宿高札場

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旅人宿石垣屋。これで素泊まり2,500円は魅力的だ

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起り屋根の民家

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現役の商店や民家が多いのがここの特徴かもしれない

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この食事・喫茶処もそうだ

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御馳走場跡

 亀山市街に戻り14時半。昼前に肉を食べてちっとも腹が減っていないのだが、亀山では赤味噌ベースの濃厚なみそだれをからめて食べる「亀山みそ焼きうどん」か、もしくはご当地ラーメンの「亀山ラーメン」を食したい。
 先ほど昼どきに亀山を走っていて、「白熊ラーメン」という店に車が続々と入っていく様子を見かけたが、その店こそ亀山ラーメンの旗手的存在だということがわかり、そこに行くことにする。
 ちなみに亀山ラーメンとは、市商工会議所と三重県が企画し、市内の亀山ラーメン会が開発したもので、スープには牛骨エキスに赤・豆・麦の3種の味噌を使うこと、麺は三重県産小麦「ニシノカオリ」を原料とすること、三重県産きのこ3種を使っていることが条件なのだそうだ。

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「白熊ラーメン亀山本店」の亀山ラーメン

 「白熊ラーメン亀山本店」の亀山ラーメン、821円。
 「牛骨エキス」に期待したがそれほどモーモーしていず、3種ブレンドについても「これがウチの味噌」と言われればそうだねと思える程度の味噌味。
 県産小麦の麺はぼそぼそとした低加水系で独特だが、これも歴然とした差別化はできていないようだ。
 また、きのこはいいサキサキとしていい口当たりだがメンマの代役になっていて、ラーメン古典派としてはメンマを切ってまで投入するのはいかがなものかと思ったところ。
 辛口批評だが、つまりは満腹時にツッコミで食べてもいい結果は得られないということデスネ。

 津でも何かを見ていこうと考えて、「津城跡」に寄ってみる。
 国の合同庁舎に駐車して徒歩でアプローチ。織田信長の弟の信包が安濃津城を修築して1580年、5層の天守を構える。しかし、関ケ原の戦の前哨戦で城は陥落。1608年に築城の名手藤堂高虎が伊勢・伊賀22万石を領して入封するに及んで、石垣を高くして堀を広げる改築が行われた。現在城内には日本庭園と西洋庭園が造られている。藤堂高虎の騎馬像があった。

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津城跡の外堀

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藤堂高虎の騎馬像があった