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 白川郷から45km、1時間20分ほど走り、飛騨市古川町の「瀬戸川と白壁土蔵街」を見に行く。
 R360は、わが車旅には付き物の車線なしのくねくね山岳道路だ。急勾配のヘアピンカーブばかり多いのが特徴だが、この程度の幅があれば対向車があっても徐行で十分なので困ることはない。
 飛騨古川駅北口の公共無料駐車場に、16時到着。南口に出て、駅前から南西方向に進んで、壱之町界隈へと歩いて向かう。

 「起し太鼓の里飛騨古川まつり会館」。古川祭のハイビジョン4K映像、祭屋台の実物展示・からくり人形の実演があるらしく興味を惹くが、閉館間近だしここも入館料が高いので、外観のみにとどめる。
 「飛騨の匠文化館」。ここは建物だけ見ればいいだろう。飛騨の匠の業績と足跡、匠の技術、道具を展示。地元の大工たちの力を結集して造られた建物は釘やボルトを使用していない。外観は古川町の顔である瀬戸川べりの白壁土蔵街に合わせたよろい壁の蔵造り風で、屋根には大行燈が置かれている。

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(飛騨古川駅の自由通路からは、列車が入線するのが見えた)

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(起し太鼓の里飛騨古川まつり会館)

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(飛騨の匠文化館)

 天正年間につくられた町筋は、殿町、壱之町、弐之町、三之町と碁盤の目のように区画され、広い間口や太い柱、出格子の民家が多く、老舗の看板も目につく。情緒のある町並み。
 「渡辺酒造店」の建物がよさげ。岐阜県飛騨地方のNO.1の酒造メーカーで、銘柄は「蓬莱」。建物の角には司馬遼太郎書の歌碑と杜氏のブロンズ像。
 その十字路には趣のある洋風建築物もあった。

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(飛騨古川市街の一角にて)

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(渡辺酒造店)

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(杜氏のブロンズ像)

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(文化財でもなさそうだが、味がある)

 「瀬戸川と白壁土蔵街」。延長400mの白壁土蔵の町並みが、コイの泳ぐ瀬戸川に映え美しい。夜に灯籠に灯がともされ、素朴な町並が情緒を感じさせるという。


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(瀬戸川と白壁土蔵街)

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(水路がある通りっていいな)

 さて、17時近くになってきたし、この日の見て歩きは少し早いが終わりにしよう。
 この日の入浴は、R156から少し山手に入ったところにある「四十八湯温泉 しぶきの湯 湯遊館」にて。
 旅の最中は毎日の入浴が大きな楽しみの一つとなっている。ずっと運転して凝ってしまった身体や、寺社仏閣の階段上りや古い町並みの散歩などで疲れた足腰をほぐし、汗を流してさっぱりとした肌になって夜を迎えるのがいいのだ。
 大きな浴室でお互い文字どおり裸の付き合いをしているのに、遠い旅の空の下では知り合いなどいるはずもなく、自分を知る者も一人としていない。そんな大勢の中で、誰にも気を使うことなく体を伸ばすことができるのだから、そこはもう天国ではないか。
 前日に続いてここもとてもいい風呂だった。JAF割が効いて安いし、風呂の泡がぶくぶくで浴槽内にゴミらしきものは見かけないし、そもそも湯がぬるくないのがとてもよい。
 昨日の施設では置いていなかった瓶入り牛乳の販売機があったので、コーヒー牛乳を買って飲む。風呂上りは瓶じゃなきゃダメなのだ。ましてやカフェオレなんて。
 この日は合掌造りの里を3か所と、飛騨古川の町並み散策をして、けっこう歩いた。日頃あまり歩いていないので脚に来る。踵が痛い。
 18時過ぎまで寛いで、道の駅へと向かう。

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(四十八湯温泉 しぶきの湯 湯遊館)

 この日の泊地となる「道の駅アルプ飛騨古川」には、とっぷりと日が落ちた18時40分着。
 デイリーヤマザキが併設されているとの事前情報だったが、たどり着いてみると店はなく、古川方面に食料品を買いに戻る手間があったが、今夜は上がりが早い。
 コンビニコロッケで缶チューハイを飲み、締めに東海地域限定だという「玉子増量濃厚ナポリタン」を食べる。
 飲んだ後はテレビやラジオを点けて休み、そのうち眠くなってきたので、少し早いが疲れが溜まらないようにと21時前には就寝する。

 9月30日の走行距離は138km。

2020.11.01 20201031 土
 6時半起床。蓄暖は止めて眠ったので、朝のバカ暑はない。起きてからは足元が少し寒いので、電熱ヒーターを点ける。
 2つのブログの記事公開を1本ずつして、テレビ録画のセット。録画セットは毎週土曜日と決めておいたほうが、録り忘れがなくていい。

 その後は、あまり順調に進んでいない、旅の記録のブログ化の作業をする。昨日までに旅の2日目までしか終わっていず、先は長い。
 午前のうちに旅の3日目の10月1日分をまとめ終える。

 この日は父の9回目の命日でもあり、その日を期して母が施設から半日の一時帰休をする日だ。10時半過ぎには迎えに行き、あれこれと注文を聞いたり発つまでの行きつ戻りつに付き合っているうちに30分近くかかり、家への到着は11時20分頃となる。
 つれあいが準備してくれた馳走で3人での昼食をとる。息子夫婦や妹夫婦には声を掛けなかったのは、大人数でやるには時期尚早だろうという判断があってのことだ。刺身、肉じゃが、ほうれん草の胡麻和え、きんぴらごぼうで炊きあがりのごはんを食べる。母はおいしいと言いながらも、施設の食事の悪さや職員の不誠実な対応などについてばかり話すので、もっと楽しい話をするようにと注文を出さなければならなかった。何かに対する悪口を聞きながらの食事なんて、いくらおいしいものでもまずくなってしまうではないか。
 マスクをしろと言っても息苦しいのなんのとグチり、食事中も口から食べ物をこぼしながらがんがんトークはするし、コロナなんてまるで関係がないかのようだ。まあ、施設内で暮らしていれば関係ないのかもしれないが、一歩外に出たならそれなりの対応をするのが今の社会のエチケットなのだけどな。

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(もっと楽しいことを話そうよ。(okinawa-image))

 家に戻ってきてからの歩く様子などの動作を見ていると、かなり体力が落ちているようで、何をするにも介添えが必要になっている。周辺を散歩したいというが、仮にコロナがなくてもこの状況を見れば一人外出なんてすぐに転びそうで到底無理だし、もう介護なしで家に戻って暮らすのは難しいだろうと思わざるを得ない。
 自分が介護士の役をやればいいのだろうが、的確なケアや傾聴、まめな対応などを行っていたら、自分の時間などほぼなくなるだろうことは容易に想像できる。なにせ注文の多い人であり、自分はまだやれる、しゃんとしているという錯覚しか持ち合わせていない人なのだから。

 食後は、部屋にある自分の所有物から持っていくべきものを取り出す作業をつれあいに手伝わせてあれこれ物色が始まる。
 「あったはずのものがなくなっている」という妄想があって、我々はいつもそれらを処分したのではないかと疑われる。以前からそういうことがあるので、我々は彼女の所有物には一切手を触れないようにしている。だから、「こういうものがあったはずだ」と言われても、その存在すら知らないことが多い。
 この作業が悠長極まりなく、長くなることは間違いないので、つれあいに任せてニゲる。

 15時20分に荷物を携えて施設へと連れていく。だがそれでは終わらず、行った先で箪笥の後ろに落ちて行った腕時計をみつけてくれとか(その腕時計はなぜか抽斗の中からビニール袋に入って出てくる)、ベッドが硬くて眠れないのでシーツの下に毛布を入れてくれとか(これが2枚目の毛布でもこもこ)、電気毛布も敷けとか(持ってきたのは「掛け」毛布)、そんなに掛けたら暑いから今掛けている毛布をはずしてくれとか(もはや支離滅裂)、こちらがぽたぽた汗を流さなければならないほどにこき使われるのだった。
 戻って16時半。本人は喜んでいたようなのでよかったのだが、こちらとしてはなんだかぐったりとしてしまう一日だった。
 すぐに風呂を沸かして入浴。今日はこれで終わりとしてもいいだろう。

 3日連続で少なめの飲み方をして、NHKの「ブラタモリ」と「突撃!カネオくん」を連続で見るなどしてダレた夜の時間を送る。
 去年のこの日には首里城火災があった。あの時は九州を旅している最中だった。調べてみると、天草の「道の駅有明」でその事実を知って愕然としていたのだった。
 あれから1年となる今日から、NHKでは何週間かにわたって、首里城もロケ地となって撮影されたドラマ「テンペスト」(池上永一原作、ドラマ化は2011年)をアンコール放送している。これは録っておくべきだろうな。

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(2019年10月31日未明に発生した首里城火災)

 これからカキモノをする気にもなれないので、読書にニゲて、眠くなったらそのまま寝ることにしようっと。いい身分なもので、急いでやるべきこと、期限付きで義務的にやらなければならないことなどは今の自分には特にないんだもんね。この日はニゲてばかりだったな。

 読書をすれば眠くなるのはいつものことで、22時前には早々と眠りに落ちてしまう。
 「ウチナーンチュときどき日本人」(照屋寛徳著、ゆい出版、2019)を読み始めて20ページ、読みかけの「メタボラ」を30ページ。

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 6時半起床。2020年も11月に入って、残すところ2か月となった。窓を開けたまま眠ることなどできなくなり、朝晩は寒い。
 そろそろ雪が降ってくる。北国での生活は毎年冬の降雪がプレッシャーになる。雪かきなどの重労働が求められるし、防寒ウェアやスタッドレスタイヤなど南国では不要の物品を買い求めなければならない。長年暮らしていてもおいそれとは好きになれない季節だ。

 朝のうちは伊勢路を走る全日本大学駅伝の中継を見ながら、沖縄をイメージする画像を集める作業をする。旅から帰ってきてからというもの、やるべきことを差し置いていろいろやっており、どうも生活がダレている。

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(okinawa-image(沖永良部島))

 昼食は、山形駅前から北へと伸びる路地にある「らーめんぬーぼう駅前」を初訪問。以前「駅前ラーメン」があったところに2018年11月にできた店で、つまりは満2年になって初入店となった次第。
 味噌中華の大盛り830円。まあ、背脂が入っておいしい。けれども東北地方の味噌ラーメンらしいインパクトは感じず、店の言うとおりわりとやさしめな「味噌中華」に仕上がっている。長い縦切りの穂先メンマや辛味噌に合わせる青海苔などはいいのだが、なぜかスープが熱くなく、麺も細めの製麺所製を使っていて、その茹でも長めで、食べていてもあまり楽しくない。「ぬーぼう」を名乗るのであれば、食べる客をして“うまい!”と唸らせるラーメンを提供してほしいものだ。
 店の駐車場がないので、駅前に行く用事があり、この店で食べたいと思ったときにはまた寄ることにするが、そういう機会はそうざらにはないのだろうな。

 午後は、どうも体が本調子ではなく、ここはゆっくり休むべきと考えて、駅伝を点けたまま寝入ってしまう。したがって、どの大学が勝ったかは知らない。1時間ほどで目覚めるが、敢えてそのまま横になって夕方までグダグダとしていた。
 起き出してからも、録画のNFL第7週のPITスティーラーズ対TENタイタンズなどを見ながらウダウダ。いいのかな、こんな過ごし方で。

 久々に500mlの缶チューハイにグレードアップして飲んだ後は、引き続き録画視聴。9月27日放送のNHK-BSプレミアム「一億円のさようなら」の第1回、BSフジ「日本一ふつうで美味しい 植野食堂」の第2回のサバの味噌煮編を観る。前者は、妻が何十億という資産を持っていたという設定だが、そんなことはそうあるはずがなく非現実的と思える。サバ味噌って、つくるのに時間がかかって大変なのだな。
 続いて、今夜放送の「井上尚弥ラスベガス防衛戦」も録画でCMを飛ばして。WBAスーパー・IBFバンタムの世界統一王者のモンスター井上の防衛戦を観る。こういう試合を日本の選手がボクシングの聖地ラスベガスでやるなんて、夢のようではないか。ただ、無観客開催というのはどうなのかと思うが。結果は、7R右ストレートでKO勝ち。強いな、井上は。

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(井上尚弥が7RKOでジェイソン・マロニーを下す)

 というように、ビジュアル面中心の一日で、「読む」はほどほど、「書く」は全然ダメの一日となった。
 どうも調子が本当ではないので、22時の段階でパソコンをスリープにする。
 大阪市では「大阪都構想」の住民投票が行われていて、数年前の1回目と同様賛成と反対が競っているようだ。傍から見ると何をやっているのかという感じだが、投票率も低いようで、それも含めればどちらに転んだにしろ住民の十分な支持、理解は得られていないという見方もできるだろう。

 読書は「メタボラ」を80ページ。

 2020年10月1日(木)。
 外が明るくなってきた6時に起床。耳栓を取って初めて、雨が降っていることに気づく。Tシャツ1枚では寒そうなのでその上に長袖トレーナーを着て眠ったが、これは正しい判断だった。朝の外気温はおそらく13℃ぐらいだったのではなかろうか。
 2日に一回と決めている髭剃りをして、6時45分に「道の駅アルプ飛騨古川」を出発する。
 本日はまずマックで昨日分の旅のドキュメントをして、高山、下呂、郡上へと進んでいく。

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(朝の「道の駅アルプ飛騨古川」)

 7時過ぎに「マクドナルド高山駅西店」に着いて、ノマドワークを始める。ここは電源のある席が1階と2階にひとつずつしかない。1階の電源席が埋まっているので、8時からオープンするはずの2階席を早く使わせてもらって作業を始める。ログ付けに時間がかかってしまい、9時半まで長滞在することとなった。

 高山市に到着し、市営神明駐車場に停めて町歩きを始める。
 「高山市三町伝統的建造物群保存地区」は町の中心部にあり、商人の町として発達した上三之町を中心に、江戸末期から明治期に建てられた屋敷等が軒を連ねる古い町並みになっている。通りには地酒や朴葉味噌など、飛騨高山ならではの名産品を扱う店がずらりと並ぶ。
 ここには、次男が小さかった印象があるから四半世紀前ぐらいに一度訪れている。そのときは狭い通りの人混みがものすごく、一度手を離したら絶対に迷子になるだろうと心配しながら歩いたものだった。しかし今回はまったくスカスカで拍子抜けする感じだ。沿道の店も軒並みヒマそうで、半ば開店休業モードだ。この日全国地価調査の結果が発表されていて、外国人観光客が来なくなったことなどが響いて高山市の地価下落率がトップクラスになったとの報道を聞いた。1時間以上たっぷり歩く。

 駐車場からほど近い「高山市政記念館」。
 入母屋造2階建て、1895年に高山町役場として建てられ、1968年に役場機能が移転したのちは公民館として使われ、86年に行政資料を保存・展示する市政記念館として生まれ変わったのだそうだ。年中無休で無料なのはすばらしいが、展示物は見るほどのものはなかった。

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(高山市政記念館)

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(ここはその2階展示室)

 高山の町のシンボル的な橋となっている朱塗りの「中橋」を確認して、メインの「三町筋」に入り、老舗の日本酒蔵元で「山車(さんしゃ)」という銘柄の酒を造る「原田酒造場」の前などを通り、スカスカの筋道を北へと進んでいく。

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(「中橋」付近)

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(原田酒造場)

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(こちらは「原田酒造場」の向かいの「舩坂酒造店」)

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(「三町筋」を北進する。観光客はほぼゼロと言っていい)

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(「御食事処坂口屋」付近)

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(「藤井美術民芸館」前)

 その後は、宮川に架かる鍛冶橋と弥生橋の間の、東岸沿いにたつ「宮川朝市」、飛騨商家建築の典型で、家自体が民芸品のような「日下部民藝館」を見て歩く。その並びにある「吉島家住宅」は、江戸後期頃から生糸繭の売買などで栄えた商家だったという。

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(「宮川朝市」も人がいない。これでは高山も楽ではなかろう)

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(日下部民藝館)

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(吉島家住宅)

 「飛騨高山まちの博物館」。いくつかの蔵が並び、江戸幕府の天領だった飛騨高山に関する展示物が多数あった。このボリュームで入館無料はうれしい。中学生の修学旅行が入っていて、ここは賑やかだった。

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(「飛騨高山まちの博物館」は中学生でにぎわっていた)

 「高山陣屋」に戻ってくる。陣屋の前は「陣屋朝市」が立っている。高山の市の起源の植木市や花市の名残を残していて、市周辺の農家のおばさんたちが野菜・果物・漬物・生花などを販売している。
 そこからさらに足を延ばして、「高山白山神社」へ。そこの矢立杉が、カメラのファインダーに全部入りきらないほどに立派だった。樹齢推定1200年だという。

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(「高山陣屋」への入り口)

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(「陣屋朝市」も本来ならこんな客数ではないだろう)

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(「高山白山神社」。矢立杉が有名だが……)

 高山から約50km、1時間強かけて、下呂市の「下呂温泉」へ。
 下呂温泉は、千年の歴史をもつという。傷ついた一羽の白鷺が温泉の在り処を知らせたという伝説があり、江戸時代には儒学者林羅山が、有馬・草津に並ぶ「天下の三名泉」と紹介した。「美人の湯」とも呼ばれ、宿泊施設が軒を連ねている。
 まずは、下呂に来たならここを見なければと、すぐ近くの駐車場に停めて、飛騨川に架かる下呂大橋の上から「噴泉池」を眺める。飛騨川のせせらぎをバックに源泉を堪能できる名所ということで、四半世紀前に国道から見たときは大勢の裸の人々がまわりから丸見えの中で湯に浸かっていた記憶があるのだが、今はそういう人は減ったのか、着衣のまま足湯をしている人が数人いる程度だった。世も変わるもの、ということか。夜ならば暗くて裸体が見えないし、野趣があっていいかもしれない。

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(下呂温泉街)

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(下呂大橋脇の「噴泉池」は様変わりしていた)

 下呂大橋を左岸に渡って、「下呂温泉神社」。下呂温泉旅館会館の1階にあり、出羽三山の湯殿山神社の分霊を祀っているという。
 その傍には、急傾斜の川沿いにつくられた「せせらぎの小径」。おそらくわりと最近つくられたプロムナードだろう。

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(旅館会館の1階にあった「下呂温泉神社」)

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(せせらぎの小径)

 下呂温泉街を進んで、「加恵瑠神社」。「下呂(ゲロ)」にちなんだネーミングと「無事帰る」など語呂合わせのユーモア、縁起やご利益を楽しむスポットとして多くの人が訪れるという。
 賽銭を入れると、箱の下のスピーカーから女性の声で、おみくじみたいなお告げが聞こえてくるというのだが、それを失念して引かずに終わってしまった。お告げは「ケロケロ」というフレーズで終わるのだそうだ。
 加恵瑠神社の隣りには「下呂発温泉博物館」。温泉を科学と文化の両面から紹介する全国でも珍しい温泉専門博物館らしいが、外観のみチェックする。
 その奥には「醫王霊山 温泉寺」。下呂温泉に伝わる白鷺伝説の薬師如来像が祀られた寺ということだが、山の上まで続く参道の石段がプレッシャーとなり、上らずに戻る。寺の高台に駐車場があり、景色を一望できたようだった。

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(加恵瑠神社)

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(下呂発温泉博物館)

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(「醫王霊山温泉寺」は石段が長いのでパス)

 下呂での昼食は、隠れた名物料理の「鶏(けい)ちゃん」を食べたい。にんにくと醤油ベースのタレをからませた鳥モモ肉とキャベツをジンギスカン鍋で焼く料理だ。
 提供店の一番手に常に上がってくる「杉の子」を13時頃に訪問。5台程度の駐車場の1台分が空いていたので難なく入店することができた。
 「鶏ちゃん定食」は、鶏ちゃん1人前、ごはん、味噌汁、漬物、箸休めのおかずのセットで1,370円。一般的には鶏ちゃんを2人前に増やし、後半は焼きそばなどをトッピングして食べるらしいが、そうするとその後が食べられなくなるし、価格が2千円以上に跳ね上がるので、そこまではしない。岐阜県産恵那鶏もも肉だけを使っているというが、妙に柔らかくて鶏らしくない。タレは薄味。焦げっぽさが残るし、一人前では少ない。これでこの価格ならば大儲けなのではないか。個人的には味が濃くてはっきりしている「かつや」の鶏ちゃんのほうが好きだ。

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(焼き始める前の、「杉の子」の鶏ちゃん)

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(鍋とのセットはこんな感じ)

 下呂からまたもや42km、1時間近くかけて郡上市へ。
 かつて侍町だった柳町と、様々な職人が住んでいた職人町・鍛冶屋町には、2度の大火から建物に備えられた「袖壁」や軒先の「防火バケツ」に加え、湧水をいかした水路の「セギ」といった水利用施設が残り、城下町としての歴史的風致を今日に伝えているという。

 郡上市役所八幡庁舎に駐車し、そこから歩いて「郡上八幡市街地一帯」へと向かう。
 八幡小学校の脇を通って、吉田川に架かる「八幡橋」へ。山と川の眺めがよく、川では長い釣竿をもって鮎を釣る人々が見える。
 鯉の絵が描かれた看板のかかる細い道に入ると、「いがわ小径」がある。郡上八幡旧庁舎記念館のすぐ裏手にある小径で、鯉や川魚が泳ぎ自然と人の暮らしが共存している素敵な場所だ。
 「郡上八幡旧庁舎記念館」。1994年まで八幡町役場として使われていたもので国登録有形文化財。1階では郡上八幡の特産品の展示販売や軽食を提供し、2 階には郡上おどりの体験などが行われるホールを備えている。

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(「八幡橋」から見た山と川の眺めはなかなかステキだった)

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(「いがわ小径」のエントランス。この先は狭くて写真が撮りづらい)

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(「郡上八幡旧庁舎記念館」は一帯のランドマークになっている)

 「新橋」を通って古い町並みのあるほうへと進むが、この橋はたしか、郡上八幡の子供たちが夏になると橋の上から川へと飛び込む風景が見られる場所ではなかったか。橋下の深い淵に見覚えがある。
 「安養寺」という大きな寺院の前を行くと、古くて小さな家が並ぶ一角に入った。こういう人の息遣いが感じられるような現役の路地こそが素晴らしいと思う。
 その先には「郡上八幡博覧館」。まもなく15時で、この日最後の郡上おどりの実演が見られるというので入館したが、展示物が古く手間がもたず、実演も浴衣姿の女性と1対1での見学となるようで、とたんに気恥ずかしくなりそれもやめて出てしまった。シャイなんだよ、俺。

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(「新橋」の下の淵には見覚えがある)

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(大きくて立派だった「安養寺」)

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(こういう現役の路地こそが美しく素晴らしい)

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(郡上八幡博覧館)

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(「郡上八幡博覧館」内に展示されていた土人形(?)の数々)

 職人町、鍛冶屋町と、すっかりつくられてしまったような古い町並みを歩き、連歌の宗匠飯尾宗祇が文明年間、この泉のほとりに草庵を結び、この清水を愛用したところから付けられたという名水百選の「宗祇水」をチェック。
 宮ケ瀬橋を南へと渡って古い町並みを離れ、レストランなどで見かける食品サンプルを販売している「食品サンプル創作館さんぷる工房」を眺め、柳並木と大きな家屋敷が立ち並ぶ「やなか水のこみち」をチラ見する。

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(職人町の家並は整然とし過ぎてはいまいか)

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(名水百選の「宗祇水」)

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(やなか水のこみち)

 先に見た「郡上八幡旧庁舎記念館」近くに戻って「郡上八幡樂藝館」。林寮院として1904年に建てられた建物で、4棟のうち、看護婦棟と洋風外観の本館、レントゲン棟は国登録有形文化財だ。
 町を歩いていて常に山上の高いところに「郡上八幡城」の城郭が見えた。そこにも行ってみたかったが、麓から徒歩約20分かかるのでは断念するしかない。15時40分に車戻り。1時間以上たっぷり歩いて足が痛い。

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(元は林寮院だった「郡上八幡樂藝館」)

 次は、24km、35分走って、関市にある「名もなき池(通称:モネの池)」へ。
 絵画の「モネの池」のようにきれいな水の池で、ネットやテレビでは口コミで結構有名なスポットになっているらしい。北海道の「青い池」のミニチュア版的な感じなのかなと思って赴いたが、それよりもはるかに小規模だし、池のきれいさもさほどではなく、がっかりポイントだったか。

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(「名もなき池(通称:モネの池)」)

 この日の見て歩きはここまでとし、池の駐車場で風呂の場所を探し始める。ほど近いところに「関観光ホテル西の屋別館 武芸川(むげがわ)温泉」があり、口コミ情報ではわりと評判がよさそうなので、ここへ。
 湯温はそれほど高くないが、ゆったりとした露天風呂と中にあるシルク風呂が気に入って、ゆっくりと浸かる。この日の瓶入り牛乳は懐かしのフルーツ牛乳にしてみた。1時間15分の滞在で、18時15分スタート。

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(この日の風呂は「関観光ホテル西の屋別館 武芸川温泉」にて)

 ステイは、明日見る美濃市の「うだつの上がる町並み」にほど近い「道の駅美濃にわか茶屋」にする。
 18時45分に着いて、隣にあるファミリーマートまで歩いて食料を調達しに行き、冷えた缶チューハイに生ハムといなり寿司を合わせる。ここは国道沿いだが、駐車場内に入ってくる車両はそれほど多くない。山手を鉄道が走っている。
 飲み終えて20時。旅をしているとこの時間になればもう眠くなる。そろそろ寝ようかな。今夜は中秋の名月の旧8月15日だそうだが、月は満月ではない。東京株式取引所でシステムトラブルがあり、この日は終日取引ができなかったようだ。

 10月1日の走行距離は171km。

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 6時20分起床。
 起きてすぐに蓄熱暖房機を点けて、深夜電力適用の7時まで点けておく。暖房機にはタイマーが付いていて3時間で温まるシステムなのだが、温度調節のダイヤルが壊れていて最強で温めるものだから、それでやるとバカみたいに暑くなる。40分では十分に温まらないけれども、寒ければ電熱ヒーターを使うからそれでいいのだ。
 つれあいが起きてこないのでどうしたのかなと思ったら、この日は祭日なのだった。ああそうか、毎日仕事に行く必要がないとそういうことにはつい疎くなる。では今日は東証も休みだな。

 この日も旅の記録のブログ化をしっかりやって、本も読もうと思いながらスタートする。
 10時過ぎまでには10月4日分のブログ化を仕上げる。
 旅については、出発前まではネットの観光情報サイトやグーグルの地図、ストリートビューなどを使って旅のカタチをモックアップして、わりと綿密なルートを設定する。旅の最中はできるだけ歩いて感じてみることを旨としてめぐり、思ったことなどをしっかりと書き認めていく。戻ってからは写真を1枚1枚トリミングしながら、旅に持参した資料に照らし、足りない部分は改めてネットで調べて文章やブログの体裁を整えていく。
 このように、旅は事前と最中と事後の3回も楽しめる仕組みになっている。出発前には1か月ほどの準備期間が必要であり、1か月ほどかけて旅をして、それをまた1か月ほどかけて記録に残す。そうか、ひとつの旅でだいたい3か月は必要で、それだけの期間楽しみ続けることができるわけなのだな。

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(2020.10.24 岡山県津山市城東町にて)

 ところで、旅から戻って今日で8日目となるが、発熱や咳などの症状は出ていない。旅の間にはこの状況はチトまずいなと思ったことが数回あったので、もしかしたらという不安があったが、これで概ね旅の期間中のコロナ感染はなかったと考えていいのだろうか。
 なにせ時々高齢者福祉施設に立ち寄る立場だし、母が家に戻る機会があり、施設でクラスターが発生する元となってしまうことも絶対にないとは言えないので、少しは心配していたのだ。
 山形に戻ってきてからのことであれば、三密状態に身を置いたことはないし、山形県内はほぼ無菌状態に近いから大丈夫だろう。

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(この数か月、ニュースで頻繁に見せられた「新型コロナウィルス」の画像)

 昼食は、焼肉定食が食べたくなって、1年4か月ぶりに上山市石崎の「中華料理信」を再訪する。
 焼肉定食880円。ここの焼肉は、豚のバラ肉を焼肉のたれを使ってしょっぱく、ガーリックを効かせてじゅわじゅわやったオーソドックススタイルだ。タマネギは入らず肉オンリー。今の気分としてはこういうのが食べたかったのよね。生野菜も切りたてで新鮮。胡麻ドレッシングをあしらった細切りキュウリの下には、紫タマネギのスライスと手切りしたミズナ。カットレモンがなぜか2つも付いていた。
 たくさんあったメニューがある程度絞られたようだが、3桁でおいしい定食が食べられるこの店、いいと思う。

 戻ってからの午後は、10月5日分を15時前までにまとめる。これで今日は2日分やれたので、ここでしばらくパソコンから離れて読書へと移行する。本を手にするまではいいのだが、持って横になってしまうのはよくない。結果、この日もウエイトは眠るほうに行ってしまう。家の中も、休みとはいえ二人しかいないので、静かなものだ。

 このところ体重が落ちてきていて、この日の入浴後体重は74.3kgだった。食事の量が落ちているわけではないが、酒量はやや減らしている。原因はこれか? いや、数日減らした程度でこんな劇的な効果は得られないだろう。何かの病気じゃないんだろうな。
 何が原因なのかははっきりしないが、増え過ぎて困るよりもいいのではないか。身長比でいけば、通常ベースで75kg前後というこの程度がいい重さなのだと思う。いや、齢がいったからもう2~3kgぐらいは少なくてもいいのかもしれないな。
 この日の風呂上りから、アンダーシャツをノースリーブから半袖のものに替える。

 すっかり寒くなって、この日は北海道の平地で初雪。山形でも夜には冷たい雨が降った。
 日本時間で明日の朝から米大統領選挙の開票が始まる。

 読書は「メタボラ」を100ページ。
 登場人物の一人が宮古島出身のボンボンという設定で、この人物が徹底したミャークフツ(宮古口)を使う。さいが、だいず、ズミズミ、すんきゃー、だだだだなどのミャークフツオリジナルが的確に使われていて、著者の桐野夏生と宮古島の関係はいかなるものがあるのかと知りたくなる。
 おもしろくて読み耽り、就寝は24時近くとなった。

kirino 202011
(桐野夏生)