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 11月後半に買った本は、購入順に次の7冊です。
 記載事項は、書名、著者名、出版社名、発売年月、購入価格で、「古」は古書購入であることを示しています。

1 超常識的恋愛論  小柳ルミ子 コスモの本 199208 古339
2 かりゆしの島のお迎えごはん ~神様のおもてなし、いかがですか?~  早見慎司 メディアワークス文庫 201908 古301
3 沖縄 若夏の記憶  大石芳野 岩波現代文庫 201607 古357
4 花々  原田マハ 宝島社文庫 201207 古428
5 記憶は罪ではない  大城貞俊 コールサック社 202003 古1409
6 沖縄劇映画大全  世良利和 ボーダーインク 200810 古799
7 おらおらでひとりいぐも  若竹千佐子 河出文庫 202006 693

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 7以外は古書にて購入。5が高くて、7冊で4,326円となりました。
 1は、先に観たテレビ番組「徹子の部屋」に芸能生活50周年となった小柳ルミ子が出演していたのにインスパイアされて。このたび「もう68歳と思うのか、まだ68歳と考えるのか」を上梓しているので、古書市場で安くなったらそれも読んでみたいと思っている。
 2~6は、いわゆる沖縄・奄美本。このうち6は、以前から古書で買うつもりでずっとマークしていたもので、だいぶ値ごなれしてきたのでこのたび購入することにしたもの。
 4は、奄美大島が舞台のラブストーリー。原田マハの手になるものならば、この歳になってもまだこの手のものだって読めるはずだ。
 7は、2018年の芥川賞受賞作。楽天ブックスから、楽天ポイントを使って0円。表題がいいじゃない。

 2020年10月10日(土)。
 5時45分起床。久しぶりの車中泊だった。昨夜ははじめから長袖を1枚余計に着て、窓を閉め切って眠ったところ、暑くもなく寒くもなく眠れた。ただ、この道の駅は駐車場が狭く、すぐ隣のスペースにも夫婦者がワンボックスカーでオーバーナイトしていたので、周囲が気になって、夜の間に目が覚めることが2度あった。だからといって寝足りない感覚はない。
 昨日分のログ付けは昨日のうちに9割方終えているので、今朝はわざわざ朝マックをする必要はない。スタートするまでの少しの時間、パソコンをバッテリー電源で立ち上げ、残り1割分と今朝の寝覚めの部分をまとめる。

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(5時55分の「道の駅しんぐう」)

 この日は、今いるたつの市の海岸方面の「室津」を見て、その後相生、赤穂と進み、岡山県の備前市あたりまで行けるかなと言ったところだろうか。
 7時を期して道の駅をスタートする。

 「室津」の港は摂播五泊のひとつに数えられ、古くから良港とされてきた。賑わうのは江戸時代からで、西国大名の多くが参勤交代の折の上陸地点としてここを選んだため、宿駅としての機能をもつようになった。
 室津の町は、海から屋敷ひとつを置いて内側に大通りがあり、賀茂神社の横で止まっている。この大通りに沿って主だった家が建ち並び、通りの裏や七曲がりの道からの坂の北側にも民家が密集して建てられた。近年、大通り周辺の建て替えが進行しつつあるようだが、坂下の一帯は港町特有の賑わいを残している。

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(「室津」の集落前は漁船の船溜まりになっている)

 そのうちのいくつかとして、まずは「室津海駅館」。当時の商品販売と運送業を兼ねた買積廻船問屋で、屋号は嶋屋といったようだ。朝早いので入れないが、館内では「廻船」、「参勤交代」、「江戸幕府」、「朝鮮通信使」の4テーマに分けた展示がなされているという。
 その向かい、アールの入った趣のある建物は、歴史的な背景はそれほどなさそうだが、「柏山商店」といったか。
 「室津民俗館」。参勤交代時に繁栄した豪商「魚屋」の遺構を町が買収し、修復整備したもの。現在は江戸時代の古地図や民具類を展示する資料館となっている。
 「室津診療所」は、街並みに合わせて整備されたもののようだが、現役らしい。

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(室津海駅館)

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(通りの角にあった「柏山商店」)

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(室津民俗館)

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(「室津診療所」までもがこういう建物だ)

 「姫路畔御茶屋跡」は、跡地にたつの市室津出張所や消防団が入ったビルが建っている。
 入り江の周りをぐるりと歩いた先には「賀茂神社」がある。800~900年前の建立といわれ、五社殿・回廊・唐門は桧皮葺で、極めて美しい。1180年、平清盛が厳島詣での折にこの神社へ立ち寄って海上祈願した際、古びた5~6棟の社殿が立ち並んでいたと、「高倉院厳島御幸記」に記されている。参道にはソテツの群生が見られ、これも県の天然記念物にも指定されている。
 7時40分から室津の家並み見学を始めて、約45分歩いた。

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(「姫路畔御茶屋跡」は市の出張所や消防団が入ったビルになっていた)

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(桧皮葺の屋根が美しい「賀茂神社」)

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(「賀茂神社」参道の群生ソテツ)

 室津から、海沿いを西へと向かう「はりまシーサイドロード」を走って、相生市へ。
 日中であれば、新鮮な魚を使った海鮮丼や焼き穴子丼、イクラ丼などがその場で食べられるという「とれとれ市場(魚稚相生水産物市場店)」を横目に見て、「相生ペーロン海館」の前で小休止をする。この建物は2017年のオープンで、木造のペーロン船14艇を格納している。乗艇場も併設され、入館無料の2階展望ロビーからはペーロン船と相生湾が一望できるというのだが、まだ開いていない。
 そこから少し走って、「道の駅あいおい白龍城」でトイレ休憩。ペーロンにちなんで?竜宮城のような外観の建物が目を引く道の駅になっている。産直施設への作物の搬入が始まった頃で、白龍城自体はまだ開いていず。

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(「相生ペーロン海館」前で小休止)

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(「道の駅あいおい白龍城」でトイレ休憩)

 赤穂市に入り、「赤穂市坂越(さこし)地区」の古い町並みを歩く。播磨灘に位置する天然の良港の坂越浦は、永く瀬戸内往来の重要な中継地だったという。
 駐車場のすぐ脇には、坂越湾を航行する船舶に海洋気象を知らせる施設だったという「とうろん台(=灯籠台)」が建っている。
 「旧坂越浦会所」。行政や商業などの事務を執るための村会所として1832年頃に建築され、赤穂藩の藩主専用の休憩所としても使われていた建物。2階にある部屋「観海楼」からは、坂越湾が一望できた当時の様子がうかがえるのだという。その後通りを歩いていると、その建物の管理人と思われるおばさんが自転車で通り過ぎ、一目で観光客とわかる当方を見て、「今すぐ開けますからねー!」と言って建物のほうに飛ばしていくのだった。中はべつに見なくていいですから、安全に運転してね。

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(船舶に海洋気象を知らせた「とうろん台」)

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(旧坂越浦会所)

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(坂越地区の古い町並み)

 「奥藤酒造」。慶長年間から400年続く造り酒屋で、300年以上前に建てられた酒蔵も現存している。黒い羽目板に白い塗込め窓が美しい酒蔵が、実はこの町並みの最も優れた場所だったろうか。その一角にある郷土館では、大庄屋や船手庄屋も務めた奥藤家に残る昔の酒造道具、廻船業関係の資料、生活用具などを自由に見学できるようだ。ここの銘柄の「忠臣蔵」の利き酒もできるという。
 「坂越まち並み館」。旧奥藤銀行を修景整備したもので、坂越のまち並み景観創造のための拠点となっている。

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(郷土館も備えた「奥藤酒造」)

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(旧奥藤銀行の「坂越まち並み館」)

 坂越から御崎までの7kmほどは、海岸沿いを走る「県道坂越御崎加里屋線」をドライブして、瀬戸内の風情を味わう。
 9時45分に着いたのは「赤穂温泉」。忠臣蔵で知られる赤穂の町の東方、瀬戸内海に臨む景勝の赤穂御崎に湧く温泉だ。水平線いっぱいに家島や小豆島などの島々が広がっていて、付近の海岸は瀬戸内海国立公園に指定されている。駐車場では区画の左側の奥行きがないのに気づかず、左後方をちょっとだけ擦ってしまう。この区画形状では、大概の人がぶつけてしまうだろう。小さな傷などもう気にしないからいいけれども。
 真っ先に見たのは、「伊和都比売(いわつひめ)神社」。古くから縁結びの神として信仰を集めているとのことで、もとは丘の真下の海に浮かぶ岩礁の上に祀られていたものを、浅野長矩がその上の台地に移したという歴史がある。鳥居から望む海がステキだ。
 鳥居と拝殿の間から東に伸びる道を行けば、「きらきら坂」がある。いくつかの洒落た店が並ぶその先ではなるほど、海がきらきらと輝いているのだった。
 きらきら坂を下り切って「太陽の小径」と名付けられた遊歩道には「大石名残の松」の石碑がある。赤穂開城を終えた大石内蔵助は妻子をこの港から海路大坂に送り出したという。肝心の松は枯れてしまっているのだった。
 小径を南側に進んだところにある「赤穂御崎」。小さな島が砂州でこちら側とつながっているのだが、その砂州は高々としていて、満潮でもすべて埋没することはなさそうだ。何組かの二人連れが砂州周辺で海と戯れている。

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(伊和都比売神社)

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(鳥居越しに望む海がステキだった)

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(午前10時の「きらきら坂」)

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(「大石名残の松」の石碑)

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(赤穂御崎)

 海を前にした広い公園で寛ぐのも悪くないかと、そこから少し走って行ってみた、赤穂御崎の西にある「兵庫県立赤穂海浜公園」。播磨灘に面したかつての広大な塩田跡につくられた公園なのだそうだ。だったが、園前ロータリーの行き止まりには1回500円の駐車ゲートが行くてに立ちはだかる。まずは金を払ってから入場しなさいってか。そんな構えをしていると、コロナの世では人が集まらないぞ。そう思いながら、入らないでスルーする。多くの人に利用してもらいたくて整備した公園のはずなのに、門前払いをするようないやな駐車場だ。管理者(=県)は管理することばかりではなく、利用者の利便性を考えの中心に置くべきだ。

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 外気は寒い朝なのだが、暖房の暑さが気になって、6時には起床。この時間はまだ暗い。
 一昨日の夜から、寝床で本を読むときに手が冷たくなるので、手袋をして読むようになった。
 昨日はパソコンのディスプレイで長時間「宮本武蔵」を読んだのだが、目の疲労が十分にとれていない気がする。ふつうのパソコン作業とは違い、まなじりを上げて画面を見続け、フリガナを消したりするために手はキーボードに載せたままで固まっているのが、よくないのかもしれない。自分の場合やはり読書は、目と姿勢が楽な紙ベースのほうがいい。したがって、タブレット型端末などの必要性は感じていない。
 ブログに新記事をアップして、この日も朝から「宮本武蔵」を読む。

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(山陽旅では、美作を走る智頭急行線の「宮本武蔵駅」にも立ち寄った)

 母の入居施設へ洗い物などを届けに行く。12月6日(日)に数時間の一時帰宅をする予定だったが、施設側と相談し、県内でコロナの感染者数が激増していることを踏まえて、延期することにした。母はがっかりだったが、やむを得ないだろう。別にこの日でなければならないというものではないので、不要不急の外出は避けるという原則に戻っての決定となる。

 その後は、天気もいいので東根までドライブし、神町南の「味わい処もと木(もとき食堂)」を6年5か月ぶりに再訪して昼食をとる。ねらいは、カレー味のインディアン拉麺。それに半チャーハンを添えて、700+200円にて。
 カレーライスにかけるルーを使うのではなく、ラーメンスープをカレー粉で味を調えていて、ラーメンなのにカレーのかぐわしい風味が漂うような独特のつくり。単なる変わり種の域を超えたグッドテイストなラーメンになっていると思う。
 タマネギともやしをたっぷりの豚挽肉とラードで軽く炒めたものがどどん!と載っていて、さらにその上にはフレッシュコーン。チャーシューやメンマ、刻みネギなどは入らないが、コク深いオリエンタリズムはまさに“インディアン”。麺自体も多加水系で太さのある自家製で、おいしい。
 つくりたての半チャーハンも、「うまい!」と独り言が出てしまうような中華料理店の味で、バッチリの適量だった。味がいい上に価格もリーズナブルだし、ここはいい店だと思う。

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(「味わい処もと木(もとき食堂)」のインディアン拉麺)

 この日の東京市場は大きな動きなし。その中で電通が本日のほぼ最高値圏内で売れて、小利益を得る。いいんだ、小遣い稼ぎのこの程度で。大きな利益は出ないが、持っていて下がることのリスクは回避できる。無理して持たずに早めに手放して、上がったらもっと持っていればよかったと残念がり、もし下がったらちゃっかりまた買い戻すという手法でいきたい。市場が実力よりも高値圏内にあると判断しているわけだから、それでいいんじゃないのかな。

 午後から夜にかけてはいつもとそう変わらない。
 風呂から上がるとまた母から電話があり、これも連日のこと。歯医者に行きたいと訴えるが、まずは施設の人と相談してみてくださいと伝える。そうだねと言いすぐに電話を切る母はどうも変だ。その都度こういうことを伝えているのに、まるで初めて合点がいったことのように行動する。さて、このコロナ蔓延の状況下で施設のほうはどう判断するだろうか。施設側がOKでさえあれば、こちらはいつだって連れていくが、こんなときに歯医者かよという思いは消えない。

 飲みながら「どんぶり委員長」の第4回を見る。委員長がビギナーズハンバーグに挑戦する。この番組、個人的には極めて楽しい。
 「町中華で飲ろうぜ」は、玉袋筋太郎が西川口、坂ノ上茜が中野で飲み食べる。

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(「町中華で飲ろうぜ」の玉袋筋太郎。ビールで喉を洗浄!)

 350ml1本では酔いが浅いので、飲んだ後でも文章が読める。「宮本武蔵」を読むが、A4判9ポイント2段組みで650ページあるファイルのようやく175ページまで来たところで、先はめちゃくちゃ長い。
 22時近くになってからは読み物を文庫本に替えて読む。
 「凶刃 用心棒日月抄」を160ページ余り読んで読了。
 1か月以上ほうっていた「ウチナーンチュときどき日本人」を30ページ。
 この日は「読む」日だった。

 次は、「赤穂城跡」。このあたりから晴れ始めて暑くなってくる。
 赤穂城は、浅野長直によって1648年から13年かけて築城されたもので、近世城郭史上珍しい変形輪郭式の海岸平城なのだという。二之丸門虎口の縄張は、当時の著名な軍学者山鹿素行の手が加えられたと伝えられている。「日本100名城」のひとつだが、姫路城を見てきた直後では規模が違い過ぎるのは致し方ないだろう。天守閣はなく、あった場所に間取りがわかる平面図が施されている。
 駐車場の傍にあった「赤穂市立歴史博物館」、晴れ渡った城内、大石内蔵助の大叔父に当たる大石頼母助(たのものすけ)屋敷門、本丸跡などを撮影しながら歩く。

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(「赤穂市立歴史博物館」の、これは資料庫?)

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(赤穂城跡「二之丸庭園」)

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(大石頼母助屋敷門)

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(「赤穂城址本丸公園」入口)

 城跡のすぐ近くにある「大石神社」。「仮名手本忠臣蔵」で知られる赤穂四十七義士の首領・大石良雄(通称内蔵助)が祀られている神社だという。南側の参道には赤穂四十七義士の石像が両側にずらりと並んでいるのが見ものだった。

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(「大石神社」の南参道)

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(参道には赤穂四十七義士の石像が両側にずらりと並ぶ)

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(大石神社)

 次の目的地へと移動する途中、町の中心部にあった「息継ぎ井戸」に立ち寄る。早水藤左衛門、萱野三平の両名が、早かごで主君刃傷の凶報をもって江戸より駆けつけた際、この井戸で一息ついて城内の大石内蔵助邸へ入ったといわれている。

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(町の中心部にあった「息継ぎ井戸」)

 備前市に入り、ここからは岡山県となる。とうとうやって来たぞ、今回の目的地の中国地方!
 海沿いの日生(ひなせ)という地域に入ったのだが、ここの名物は「日生のカキオコ」なのだ。岡山県はカキの生産量が全国第2位で、その中でも海と山に囲まれた小さな漁師町の日生町が最もカキの養殖が盛ん。様々な具を混ぜて焼くいわゆる関西風のお好み焼きと一緒に、たっぷりのカキを贅沢にブチ込んで食べているのだという。羨ましい限りではないか。
 日生駅まで走ってきてしまったが、名店はその手前にあることを知り、戻る。まず行ってみた「ともひろ」は臨時休業。次に行った最も有名と思われる「お好み鉄板焼きタマちゃん」はやっていたが、順番待ち。店内で客が食べているものを眺めると、なんだかそれほどでもないように見えるし、お好み焼き店特有の煙が霞のようにたなびいていて煙い。なにもこの3密と煙の中で食べることはなかろうと自主退却をして、日生駅近くの「カキオコストリート」と呼ばれるお好み焼き店が並ぶ通りに戻り、最も日生駅に近い「オレンジハウス」という店に飛び込んでみた。客は少なく、煙くもない。いいぞいいぞ。
 カキオコ(カキ増)1,200円。すごいぞこれ、小ぶりだけれどもカキが10個は入っていたぞ。お好み焼きが小さくて足りなければ2軒はしごしたっていいんだぞ、ぐらいに思っていたが、普通の量のお好み焼きにそれだけ牡蠣を入れるのだから、ボリュームはある。カキのエキスが出るためかとろりとした舌触りがあっておいしかった。先に行ったタマちゃんのカキオコの丞1,500円よりも、こちらのほうが値打ちがありそうだ。冬が旬なので冷凍物だったが、そこはやむを得ないだろうな。

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(「オレンジハウス」のカキオコ(カキ増)。紅生姜と青海苔は自分でたっぷり載せる)

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(「オレンジハウス」は名のとおりオレンジ色の屋根の、小さな店だった)

2020.12.04 20201203 木
 6時20分起床。カキモノとブログの記事公開を真っ先にやるのはいつもどおり。その後は「宮本武蔵」。

 朝から2度、母から電話があったようなのでこちらからかけると、加湿器が動かないので電話したとのことだったが、その後職員に話したらすぐ直してくれたとのことですでに解決済みだった。なぜはじめからそうしないのかと疑問だが、解決したのならそれでいい。昨晩訴えのあった歯痛については、痛み止めを飲んで我慢ができるという。これについてもその程度だったのかという思いが残る。
 要するに、とても些細な段階で、さも困り果ててどうしようもないように訴えてくるということなのだろう。そうだった。いちいち真に受けてはいけないのだった。
 その後も着信があったが、1日に何回も掛けてくるのは異常だし、これが毎日のように続くとこちらが苦しくなるので、出ないことにした。
 その後夜になってからはつれあいに電話を入れているようで、この時間にはまた歯が痛い、歯科医院に連れていけと言っているとのこと。発言がコロコロ変わり、どれを信じていいものやら。いや、発言に無責任でその都度の瞬間風速を言葉にしているだけだから、どれも信じてもいけないのだ。

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(okinawa-image(琉球ガラス))

 昼は、小雨の中を河北町に向かい、「龍横健谷地店」を初訪問。ココは2016年の夏、スナックをやっていた建物を居抜いて開店したと記憶している。
 中華そばの大盛900円。大盛りは、普通盛りの麺量250gが400gになり、200円増し。
 「龍横健」では、過去に1号店の新庄店(閉店)と鶴岡店で食べたことがあり、つくり方はそれらと大きく変わっていない。特徴を羅列すれば、濃厚魚介系スープ、極太手もみのこぶこぶ麺、豚の厚切りチャーシューに長い穂先メンマ。「ケンちゃんラーメン」各店や庄内の「飛来ラーメン」あたりと同系統のように思われる。つまりは、少し前にブレークしたトレンドを維持している店と言えるかもしれない。
 今回食べてみての感想は、スープよりも薄い味付けの穂先メンマは要改善、やはりラーメンには唐辛子よりもコショウが似合う――だった。400g食べれば十分満腹に。

 この数日と同様、午後からの過ごし方が冴えない。この日も本を手にしてみるが、ページを開く前の段階から眠気が先に立ち、横になって腹に掛け布団を乗せればもうダメで、2時間近くも眠ってしまった。
 夕方からは起き出して、NHKで中継していた「競泳日本選手権」の初日のハイライトを見る。萩野公介が数年の不調を脱して復活の兆し。女子100m平泳ぎは有力選手が多い。持ちタイム2位の渡部香生子が優勝。新進気鋭だった渡部も24歳。3位に入った鈴木聡美は29歳で頑張っている。男子100m平泳ぎは、渡辺一平が4位、小関也朱篤が5位と、実力者が下位に沈み、新鋭の佐藤翔馬が勝つ。まだ頑張っているベテランと、勝てなくなってきたベテランと。

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(鈴木聡美)

 夜、飲みながら見た録画は、「孤独のグルメSeason1」の第1回「門前仲町のやきとりと焼き飯」。数年前の再放送で、松重豊の髪が多い。番組のつくり方もその後に続くシーズンと、特に音楽の面で違っていると感じる。
 「吉田類のにっぽん百低山」の第1回、千葉県鋸山編。鋸山って、天然の造形ではなく、かつて石切り場だったからああいう地形が残っているのだな。共に歩く南果歩のガキっぽい動きや表情、話しぶりがウザい。いい歳をしてまだそういう売り方をしているのかと言えば手ひどいかもしれないが、もしこういう女性がとなりにいたなら、ガキは相手にせず静かに生きていきたい自分ならば、少しずつ距離をとっていき、いずれニゲるだろう。
 ほかには「探偵!ナイトスクープ」。

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(「吉田類のにっぽん百低山」の第1回)

 23時半まで「宮本武蔵」を読み、その後室内灯を消して本を読む態勢に入る。
 25時前には消灯するが、日中しっかり休養をとっている上に、母の最近の行動ぶりを思い出したりしているうちに神経が冴えてしまい、やっと眠りに落ちたのは3時頃だったろうか。

 「ウチナーンチュときどき日本人」を40ページ。

 食後は近くの、日生町漁協の魚市場「五味の市」に行ってみる。瀬戸内海産にこだわった季節の新鮮な魚介が格安で並ぶらしいが、広い売り場にたくさん並んでいる生け簀の半分ほどはこの日は使われていなかった。牡蠣の季節になればもっと活気があるのだろう。
 でもいいんだ、お目当ては、ここでしか味わえない名物「カキフライソフト」なのだ。ソフトクリームの上にカキフライが2つトッピングされたもので、仕上げに刺身しょうゆがかけられるという驚きの食べ物。カキフライが落ちないようはじめに1個手に取って、それとソフトをかわるがわるかぶりつく。
 カキオコとかカキフライソフトとか、日生っておもしろいところだな。

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(魚市場「五味の市」の産直ブース。本来の賑わいはこんなものではないだろう)

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(名物「カキフライソフト」とはこういうもの)

 「日生諸島」にも足を踏み入れておく。備讃瀬戸と播磨灘の境に位置していて、風光明媚な緑の10数島が並ぶが、船を使わずに行けるのは鹿久居島(かくいじま)と頭島(かしらじま)だけだ。
 2015年に開通した橋長765mの「備前日生大橋」を渡った「鹿久居島」。島の周囲が28kmと大きく、自然が多い中に古代遺跡が残るという、最大の島。野生鹿でも有名で、秋はミカン狩りでも賑わうというが、このときはひっそりしたものだった。
 「頭島」は、鹿久居島から「頭島大橋」経由。日生諸島で最も人口が多い島だが、周囲は4kmほどと小さい。南の地域にはいくつかの民宿が点在するような、いかにも島といった風情が漂っていた。
 頭島で最も高いところには「頭島たぬき山展望台」があった。高い展望施設が建てられていて、そこからは周辺の島々とともに瀬戸内の大パノラマが一望できるのだった。

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(頭島たぬき山展望台)

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(展望台からの眺めはこんな感じ)

 海辺からいったん離れ、備前市内を北上して山間部に入り、「特別史跡旧閑谷(しずたに)学校」へ。
 岡山藩主の池田光政が庶民教育の場とするため、1671年につくった学校。大きな講堂は儒学の殿堂にふさわしい様式を備えている。1701年の建築で、学校建築としては唯一の国宝になっているのだという。2015年に「近世日本の教育遺産群-学ぶ心・礼節の本源-」の構成史跡として日本遺産に認定されているとは知らなかった。

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(池田光政を祀る「閑谷神社」)

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(校門の「鶴鳴門」)

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(閑谷学校では「学問の木」と呼ばれていた「楷の木」)

 学校創設者池田光政を祀る「閑谷神社」、備前焼の瓦が独特の雰囲気を醸し出している閑谷学校の校門の「鶴鳴門」、孔子に因み官立林業試験場の初代場長が中国・曲阜の孔子墓所から種を採取した苗木を神社の前に植えたという「楷(かい)の木」、旧閑谷学校を代表する国宝の「講堂」、切り込みはぎ式と呼ばれる精巧な様式でどっしりとした約770m続く「石塀」、1905年に「私学閑谷黌本館」として建設された「資料館」などを見る。

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(旧閑谷学校のシンボル、「講堂」)

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(「講堂」の広い内部)

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(精巧でどっしりとした長い「石塀」も魅力的)

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(「私学閑谷黌本館」として建てられた「資料館」)