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 長野県に入って、「大妻籠」を見ようと思ったが、旧街道の狭い道には歩いて各宿を見てまわるハイカーが多く、そこを車で走るのは気が引けたので、スルーして次の「妻籠宿」へ。最も遠い第3駐車場に停めてしまい、けっこう歩く。

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第3駐車場から妻籠宿へ。車両進入禁止の標識をかなり先へと進む

 「妻籠宿」は、中山道六十九次のうち江戸から数えて42番目。中山道と伊那街道が交叉する交通の要衝として古くから賑わったという。
 妻籠宿は初めて集落単位で町並み保存に取り組んだところで、街道沿いに江戸時代の家並みを見事に保存、総面積も日本一となっている。明治に鉄道や道路が新たにつくられ、宿場としての機能を失った妻籠宿は衰退の一途をたどったが、昭和の経済成長の中、江戸時代の宿場の姿を色濃く残している町並みが見直され、ここに全国に先駆けて保存運動が起こった。妻籠の人たちは町並みを守るために家や土地を「売らない・貸さない・壊さない」という3原則をつくり、ここで生活しながら、貴重な財産を後世に伝えているのだそうだ。

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馬籠宿ほど派手さがないのは、妻籠宿が最も早く町並み保存に取り組んだところだからだろう

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このような鄙びた感じがまたいい。向こうには御嶽山がドン

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なんだ、このディスプレイは?!

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妻籠宿の町並み

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妻籠宿の町並み

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妻籠宿 高札場跡

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北から南側を撮ってみた

 実はここには、中学生時代だから50年近く前に一度家族旅行で訪れている。うっすらとした記憶だが、当時は観光バス単位でやってきた団体客が街道筋の旅籠に泊まっていたように思う。しかし今はその時よりも家族客などの小口化が進み、日帰り客が増えて、旅籠としての商売が難しくなっているように感じた。
 当時は、この妻籠宿が町並み保存の旗手として賑わっていて、今ではその上をいくほどにきれいになった馬籠宿はまだまだこれからだったように記憶している。

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