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 南魚沼では「三国街道塩沢宿 牧之通り」を見る。
 南魚沼の塩沢地区はかつて三国街道の宿場町として雪国の歴史と文化を育んだところ。その雪国の歴史と伝統だった雁木のある風格ある佇まいの町並みを再現しているのだった。再現ではあるが、雁木がずらりと並ぶさまは壮観だ。

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「三国街道塩沢宿 牧之通り」

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ちょっと出来過ぎかも

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雁木がずらりと並ぶさまは壮観だった

 浦佐駅では「田中角栄立像」を見る。
 台座が高くて顔が高いところにあるのであの独特の風貌はよく見えないが、郷土の人々1万2千人の寄付をもとにつくられたといい、評価は分かれる立志伝中の人物だが地元民からは深く愛されていたことがよくわかる。

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「田中角栄立像」

 浦佐を16時過ぎに出発。ここから有料道路を使わずノンストップで走っても到着まで5時間半ほどかかりそうだ。うひゃあ、ノンストップでも着くのは21時半かぁ。
 どこかでもう1泊してもいいのだけれど、もう頭の中では氷の入った冷たいチューハイを椅子に座ってグラスで飲んでいる自分を想像してしまっている。今日中に帰れるのなら帰ってしまおう。
 ルートは国道17号を途中から252号に入って田子倉ダム沿いのくねくね道を走り、会津若松、喜多方を経由して121号大峠道路で山形へと入る。なんとか暗くなる前に只見の山道を下り終えて会津若松まではたどり着きたい。

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「会越の窓開く 六十里越峠開道記念碑」。1973年9月、田中角栄の揮毫だった

 南魚沼から3時間15分ぶっとおしで運転し、喜多方へと入って、ここで夕食を食べていこう。時間はあまりかけたくない。
 「喜多方ラーメン来夢喜多方本店」に入って正油ラーメンの大盛り、540+100+税=691円。手もみ縮れの太麺はもっちりとして食べ応えがあり、こういう底力のあるのが東北地方のラーメンなのだよなと溜飲が下がる思いだ。刻んだ白ネギは単なる彩りにとどまらずしっかりねぎの味が伝わってくる。喜多方特有のとろりとしたチャーシューもうまい。
 食べ終えて20時。さあ、もうひとっ走りだ。

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「喜多方ラーメン来夢喜多方本店」の正油ラーメン

 山形に入ってしまえばもう勝手知ったる道。すんなり走って21時半には無事帰宅と相成った。
 9月17日の走行距離は410kmと、一般道をよく走った。
 旅中の総走行距離は、3,656kmだった。

 タイヤを交換して出発した旅だったので、新タイヤでの走行安定性が実感できたし、途中オイル交換もしたのでエンジンにも心配をしなくて済んだことはよかった。
 紀伊半島の海岸沿いを潮風を浴びながらがんばって走ってくれたので、今日安中で給油ついでに洗車もやった。

 洗濯物や身の回り品を家に運び入れて、寝具などの搬入は明日やることにする。
 太陽が沈めば静かに暗くなっていく日々を過ごしてきたわけだが、自室に入って灯りを点けると夜なのにすごく明るい。これが文化的生活というものだろうか。思わず久々にテレビを点けて、録画番組を見入る。ゆっくりテレビを見ることなどなかったからなあ。

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