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 旧深江町まで来て「土石流被災家屋保存公園」。
 普賢岳の噴火によって被害を受けた家屋を保存展示していて、大型テント内に3棟、屋外に8棟を見ることができる。これらは1992年8月8~14日の土石流の被害を受けたもので、平均2.8mほど土砂に埋没している。凄まじきは土石流災害。
 この公園は「道の駅みずなし本陣ふかえ」に隣接していたので、長崎で食べて印象的だった「島原納豆味噌」をゲットする。

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普賢岳噴火の土石流被害を受けた家屋1

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普賢岳噴火の土石流被害を受けた家屋2

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普賢岳噴火の土石流被害を受けた家屋3

 道の駅から山手方面へと進んで、「旧大野木場小学校被災校舎」。
 1991年9月15日の大火砕流で被災した校舎を災害当時のまま保存しているもので、災害のツメ跡が今も生々しい。凄まじきは大火砕流災害。

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旧大野木場小学校被災校舎

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旧大野木場小学校前から、至近にあった雲仙普賢岳を撮影

 16時半。入浴は少し北になるが島原市の日帰り温泉と決めて進むが、まだ明るいうちに島原市内の「浜の川湧水」を見ておこう。
 「水の街」として知られる島原市には数多くの湧水ポイントがあり、そのほとんどは1792年の雲仙岳の噴火による地震に誘発されて湧き出し始めたものといい、湧水量は一日22万tもあるのだそうだ。
 なかでも市民と関わり深いのが「浜の川」だ。そこに向かうのだが、またもやナビが狭い道に進め、突っ込めと案内してくる。紀伊半島旅ではそれに諾々として従ったばかりにえらい苦労をしていたので、ナビの案内は怪しいと判断して近くのファミレスの駐車場から歩いてアプローチする。この判断はすばらしく正しく、あの先の道路幅は1.5mもなかった。
 浜の川の湧水は、飲み水や洗い物に使われ。湧出口のすぐ下は4層に区切られ、食品の洗い場、食器のすすぎ場というように用途が決められている。想像していたのとは異なり、住宅密集地の中のすごく小さなスペースに存在していた。1985年日本名水百選に選定。

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浜の川湧水

 その隣にあった店が「銀水」。NHKの「かんざらしに恋して」を見ているだけに、気になる店なのだ。
 湧水を使って作られる島原名物の甘味「かんざらし」の元祖で、約20年前に閉店した「銀水」が復活し、地元ではあのおばあちゃんの味が帰ってきたと話題を呼んでいるという。
 白玉粉で作る小さな団子を島原の湧水で冷やしてモチモチ感を出し、それに特製の蜜をかけたものが「かんざらし」。「銀水」は1915年に入江ギンさんが始め、55年に名物おばあちゃんの2代目のハツヨシさんが引き継ぎ人気店となった。しかしハツヨシさんが亡くなり「銀水」は閉店。以来20年近く建物は空き家のまま時が経った。そんな中、島原市は「銀水」の建物と土地を取得、改修して名店の復活を目指したという。
 17時前、まだ暖簾が下がっているのでラッキーと思ったが、「かんざらしは完売」の貼り紙があり、残念ながら入店はせずに終わったのだった。

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テレビドラマ「かんざらしに恋して」の舞台となった「銀水」

 入浴は島原市中心部の「島原温泉ゆとろぎの湯」にて。
 アーケード商店街に面しているという立地だ。2日ぶりの風呂となり、気持ちよさもひとしおだ。湯は名称から想像するようなとろとろ感はない。街なかの高齢者がこぞってやってくるような雰囲気を感じる。

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「島原温泉ゆとろぎの湯」のエントランス

 この夜のステイは、一度寄った「道の駅みずなし本陣ふかえ」。
 このあたりの道の駅はここしかないのでほぼオートマチックにここになる。普賢岳の土石流発生時、この場所は土砂で埋まったところだが、今夜の噴火はないだろう。
 18時半にはこの日のドライブを終えて、飲み方を始める。始めるのが早いと飲み終えて寝るのも早くなり、22時前には就寝。

 10月26日の走行距離は150km。

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