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   集英社  1,850円+税
   2018年8月30日 第1刷発行

 なかなかいい小説に出会いました。
 尼崎の小さな映画館を父親から引き継いだ安室俊介は、不動産業者から、閉館と買収の話をたびたび持ちかけられていました。座席数100余りの小さな映画館は戦後間もない時期に祖父が始めたものでしたが、収益を上げることが年々難しくなってきています。
 迷いながらも閉館するしかないだろうと考えた俊介でしたが、新聞記者からの取材には、まだ正式には決めていないと話します。しかし新聞には「年内に閉館する見通し」との記事が出てしまいます。記事の反響は大きく、マスコミからの取材が殺到しましたが、俊介はすべて断ります。
 そんなある日、俊介に創業者である祖父の名前を出した問い合わせが入ります。電話の主は台湾に住む男で、彼の祖父が俊介の祖父と知り合いだったというのです。
 俊介は祖父の前半生について、ほとんど知りませんでした。閉館にあたって映画館の歴史を調べようとしていた俊介は、男から驚くべき事実を告げられます。尼崎に生まれた祖父は若い頃、ある島で強制的に働かされていたというのです。そして、祖父たちがいた場所は、当時、脱出不可能と言われる離島の炭鉱で、その密林の中には映画館があったというのです。
 なぜ祖父はその場所に行ったのか。どのようにそこから脱出し、なぜ映画館を始めたのか。
 創業者である祖父の若かりし日々を追って、俊介はその場所に向かいます。
 ――という、歴史のうねりと個人の生が紡ぎだす、感動と興奮の長編小説になっています。

 「映画」を中心に据えたソフトタッチの小説なのだろうと思って読み始めましたが、ページの多くは俊介が台湾人の男から聞いた、祖父が若かった頃の回想話になっていて、それは戦前、西表島の密林深くにあったという炭鉱での熾烈な日々なのでした。
 西表島あった炭鉱については、これまでに何冊かのドキュメンタリーや炭鉱を題材とした創作を読んできているので、ある程度は当時の状況はつかんでいるつもりです。また、西表島での逃避行の困難さについても、つい最近読んだ「西表島探検-亜熱帯の森をゆく」(安間繁樹著、あっぷる出版社、2017)に描かれているような状況が次々に俊介を襲いますが、主要参考文献にはこの本も載っていて、著者はこの著書を大いに参考にして書いたことが読んで取れます。

 著者の増山実は1958年大阪府生まれで同志社大学法学部卒ですが、沖縄のことについてもよく調べ、破綻なく記していると思います。2012年に「いつの日か来た道」で松本清張賞最終候補となり、それを改題した「勇者たちへの伝言」で2013年にデビュー。他著に「空の走者たち」(2014)、「風よ僕らに海の歌を」(2017)があるとのことです。

 以下に、産経新聞に掲載された書評をピックアップしておきます。

・(書評)小説家・秋山香乃が読む「波の上のキネマ」
 いったい何が人を救うのか (2018.10.7)
 希望など何一つないと思える苦しい現実の中、いったい何が人を救うのか。この問いに真正面から取り組んだのが本作だ。
 タイトルからわかる通り、この小説の中心には「映画」がある。物語は、小さな個人経営の映画館が幕を閉じかけているところから始まる。かつては「疲れた心を癒すもの」として、「みんなが希望を求めて、映画館に押し寄せた」。だが、今となっては抗いようがないと思える時代の大波が、容赦なく安室俊介の経営する映画館「波の上キネマ」をのみ込もうとしている。俊介も彼の映画館も、運命に流されかけていた。
 その瀬戸際で俊介は、祖父・俊英が昭和24年に尼崎市に作った波の上キネマが、「この地に産声を上げた歴史」を知りたいと願う。そして、リュウ・ツァイホンという男に導かれ、ジャングルへと足を踏み入れる。日本にジャングルが存在したことにも驚く俊介だが、もっと信じがたいのは、かつてこの地に映画館があったということだ。さらに、前代未聞のジャングル・キネマができるきっかけを、俊英が作ったというではないか。戦前にここで、いったい何があったというのか。
 この作品は、「日本の近代化の「犠牲」になった」労働者たちの物語でもある。男たちは、過酷な労働と抜け出せぬ生き地獄の日々を強いられる。生と死は常に紙一重で、劣悪な環境下、簡単に次々と人が死んでいく。この話の中には、どんな過酷な運命も跳ね飛ばす、英雄の如き強い人間は出てこない。みな、ぎりぎりの精神状態の中、絶望と背中合わせに生きている。それでも、心が折れそうで折れぬ者と、そうでない者とに分かれるのだ。この差は、いったいどこで生まれるのか。答えは本書の中にはっきりと書いてある。
 俊英が、運命とは流されるものではないと気付いたとき、仕方がないと思い込んでいた八方塞がりの人生が動き始める。作者は、人の持つ生きる力を強く信じながら、「道なき道」に道を作るかのように、この物語を書いたに違いない。深く心に残る一作だ。
(2019.11.30 読)

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