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 6時に起きて室内灯を点けたが、まだ早いのではないかと思い直し、「暁でーびる」を点けて7時近くまでベッドで本を読む。「六月二十三日 アイエナー沖縄」を読み終えて、「石垣牛物語 沖縄農協との闘い」(金城利憲著、グッドタイム出版、2018)を読み始める。
 名古屋や岐阜で今朝降った雪は、いずれも何十年ぶりという遅い初雪となったという。

 前日はナーファの町を歩いたし、明日の祝日はコザまで出かける予定があるので、休日の狭間となる今日はあまり活動せずに部屋でゆっくりすることにしよう。昨日の予報では晴れるといっていたがそれほどかっきりと晴れているわけではないこともあるし。
 ということで午前中は、近隣の食事処を調べて行ってみたい店を数軒ストックする。まだ他人の匂いがしている布団や枕のカバーなどを再度洗濯して、掛け布団もベランダと浴室で乾燥させてみる。
 人の体臭というものはそう簡単には消えないものだと知る。ところで、寝具カバーなどは部屋の利用者が変わるたびに交換されているのだろうか。いや、使ってみた感じではそういうことはないように思えるのだが、どうだろう。このあたりがホテルとは異なる部分なのだろうな。ホテルの洗いざらしで真っ白のぱりっとしたカバー類が羨ましい。

 昼は、午前中に仕入れた情報をもとに、南風原町新川の「環境の杜ふれあい」内にある「麺&食堂ぬーじボンボンニュータイプ」という店に行ってみる。ウェブ上の「スタミナ麻婆麺」の画像がおいしそうに見えてこれだと思って出かけたのだが、それはどうも期間限定メニューだったようで見当たらず。残念だが代わりに「塩煮干ワンタン麺」825円を所望する。ランチタイムは大盛りサービスだ。
 濃厚な煮干の香りが特徴で、厚めのチャーシューが3枚と大サービス。食べてみると、塩味ラーメンなのになぜか沖縄そばの風味があるように思う。出汁の取り方が沖縄そばに近いのだろう。麺はやや細めのストレート。
 サービングの問題として、あまり大きくないラーメンどんぶりに大盛りの麺を含めていろいろなものを入れるものだから、麺もワンタンもくっついてしまって、それらが一箸でこんもりともち上がってくるのはいただけない。麺がスープの中で泳いでいる程度の麺とスープの比率にすること正しいラーメンの配膳方法だと思う。

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(「麺&食堂ぬーじボンボンニュータイプ」の塩煮干ワンタン麺)

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(店は「環境の杜ふれあい」内にあった)

 どこかで何か催し物をっていないかネットで調べていると、今夕、沖縄国際大学で「第30回南島研セミナー「ゆいむん」の世界観-「ゆんぬ」(与論島)からの発想」という講演会があることを知る。
 興味のある内容でもあるし、無料の上に事前申し込みは不要のようだ。大学の構内に入ることなどなかなかないので、行ってみることにしよう。
 それまではしばらく読書だ。まあ、そう言っていても横になれば眠くもなって、少しうたた寝をすることになる。

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(「第30回南島研セミナー」の開催告知)

 沖国大のセミナーは、16時20分から1時間半ほどの間行われるので、洗濯物を取り込んで、15時半をメドに出発。
 セミナーは沖縄国際大学の「南島文化研究所」の主催で、13号館1階会議室で行われる。沖国大の構内に入ったことが過去に一度あり、調べてみると2004年2月、体育館にて筑紫哲也やでいご娘などが参加して行われた「沖国大校友会創立30周年記念講演・芸能の夕べ」を観て以来のことになるのだった。
 「南島文化研究所」とは、1978年4月、研究センターと資料センターの役割を併せ持つものとして設立され、琉球弧の島々を対象とする学問研究の発展に寄与することを目指しているという。
 そして「南島研セミナー」は、機会あって遠くから沖縄を訪れた著名な研究者に依頼してのセミナー形式での話を聴く機会で、1992年から始めて30回目となる。近時は年に一度ほどのペースで開かれているようだ。
 会場となった教室は大きくなく、30人程度の席数が準備されていて、聴講者は関係者も含めて20人未満でのスタートとなる。一般聴講者は70過ぎのおヒマな高齢者ばかりが目立つ。あ、自分もそうなのだったな。

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(沖縄国際大学の構内。学生駐車場から13号館方面へ向かう途中にある中庭)

 講師は、堀信行という研究者で、1943年生まれの地理学者。日本、アフリカ、南太平洋のサンゴ礁や自然景観の形成史が専門で、人間と自然の関係性を基軸に景観論や風土論の研究をしている人物だ。
 今回のセミナーの概要は次のとおりだ。
 与論島の島民は、自身の島を「ゆんぬ」と呼び、島の東部のイノー(礁湖)内の洲島を「ゆりがはま」と呼んだが、地名は「百合ガ浜」と書かれた。これらの呼称は、海の彼方からの「ゆいむん」」または「ゆりむん」、すなわち「寄り物」に由来する。
 「彼方から霊力を帯びた「モノ」が寄ってくる」ことに思いを馳せる精神性は、水平方向を基軸とする異界につながる自然への憧憬であり、畏怖であり、その世界と交流し、循環する心でもある。
 こうした霊力の循環思想の捉え方は、与論島に限らず、奄美・沖縄地域で一般的に見いだせる。さらには、日本文化の基層にある考え方のように思われる。
 これらのことを「ゆいむん」の世界観として論じてみたい。

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(講師の堀信行氏)

 堀氏の立脚点には折口信夫や谷川健一らがいるようで、話を聴いていると、谷川民俗学の書物にあることが婉曲的に引用されたり、マレビトの世界観に共通するところが散見されるようだった。与論島の地名「百合が浜」が「寄り物」に由来することは、谷川健一の論考にもある。
 「ゆいむん」に関連する地名として、与論島の「百合が浜」のほかにも与那・与那嶺・与那国なども該当するし、宮城県の「閖上」もそのひとつだという。閖上地域は東日本大震災のイメージが強いために「揺れる」が地名のもとになっているのだろうと解釈していたが、それは間違いだったようだ。
 久高島の伊敷浜に五穀の種が入った白壺が流れ着いた伝説で、再生を象徴する「白」が強調されていることも、谷川の論の引用だ。
 かつて産屋で使われていたという「寄り木」の話も谷川全集で読んでいるが、その寄り木が産屋内に柱のように立てられ、妊婦がそれに膝つきですがりながら、まさに赤子を産み「落とし」ていたということは、今回の話を聴いて初めて状況を理解することができた。

 結論としては、白壺と五穀の種子はいわば女性の子宮と生命の源となる男性の種であり、少し飛躍するけれども、海の向こうの「太陽が穴」から生まれてくる太陽も言ってみれば一つの「種」であり、それを生み出す海は大きな壺だと言っていいのではないか、という壮大なものだった。
 「ゆいむん」とは、シマに向かってくる一方向のベクトルと考えるのではなく、水が生活空間を循環するように、シマとニライカナイの両世界を循環、交流するものとして考えるべきではないか、つまりは人間自体が「ゆいむん」としての存在なのではないか――と。
 少し考え過ぎの感がないでもなく、人間たちはそのように論理的に考えなくても、生まれ持った直感のようなもので自分たちの生活環境を悟っているはずだ。それは沖縄や日本に限ったことではなく、文明が生まれた世界中のどこであっても、似たようなことが起きていることを見ればわかる。

 聴いていて興味の尽きない話で、知的好奇心をくすぐられたのはよかったが、18時半近くになってようやく終了となる。話すほうは聴き手へのサービスときちんと説明したい使命感からそうやっているのだろうが、終了予定時刻を40分もオーバーしており、聴かされる側にとってはその後の行動に影響があることをわかった上で進めてほしい。
 夜になってワイシャツ1枚ではさすがに寒く、まくっていたシャツの袖を戻し、持参のトレーナーを着て車へと戻る。シャツの上に物を羽織ったのはこのステイ中でまだ2回目だ。

 「マックスバリュ兼久店」で今夜のアテになるものを探す。冷蔵庫には早めに食べきらなければならないものがいくつかあるのでつまみ程度をと思っていたが、コロッケのほかに、12貫入った寿司が3割引きの525円+税と格安で出ていたので、それを買ってしまう。下手な総菜弁当よりもこちらのほうがお得だし、寿司は写真の写りもいいし、食べてもおいしい。

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(コロッケと値引き札の付いた寿司で飲む)

 飲み終えて、火曜が燃えるごみ、資源ごみの収集日に当たっているので、今夜食べたものの容器も含めて夜のうちにごみとアルミ缶それぞれ1袋ずつを集積所に運ぶ。あとはシャワーを浴びればやるべきことが終わる。

 しばらく前から続いているのだが、肩関節の痛みがひどくなっている。7~8年ほど前に一度肩が回りづらくなり、数か月後には改善したことがある。あれは五十肩とか言われるものだったのかもしれない。しかし、今回はそれではなく、「変形性肩関節症」というものではないだろうか。背中に手を回そうとすると届かず、関節からごそごそと音がする。まったく困ったものだ。齢を重ねると体のいろいろなところにガタがくるものだと聞いてはいたが、とうとうそれを実感するようになってしまった。

 23時を回ったのを期して、就寝態勢へ。

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