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 6時覚醒の7時起床。日曜日だが今日は何をしようか。天気がよくなさそうなので、夕刻に嘉手納町で行われる「紫」のライブまでは自室でゆっくりしていようか。
 前日分のドキュメンテーションと朝のパソコンルーチンを終えて、9時過ぎからは、クイックルワイパーでフローリングの掃除をするなどしながら、「第28回おきなわマラソン」のテレビ中継を見る。県総合運動公園から勝連城跡、安慶名十字路、栄野比、知花交差点から嘉手納基地内を通って、北谷の山内交差点、北中城村ライカム、沖縄市の石平交差点を経由して運動公園へと戻るルートだ。沖縄中部では主要道路となっている、自分もよく通る道で、この時間は渋滞していることだろう。それにしても、髪の毛とはどうしてこんなに抜けるものなのだろう。
 レースは嘉手納基地に入ったあたりから強い雨と風へと急変する。解説者は晴れよりはずっと走りやすいと言っているが、こんな激変でもそうなのか。しばらくすると与那原でも強いにわか雨が降り出した。

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(「第28回おきなわマラソン」の募集告知)

 昼食は、雨が続いていて外に出るのも面倒なので、部屋でうどんを茹でて食べる。つゆに生卵を落とし、脇にたくあんと、この蒸し暑さにふさわしい脂気のない食事となった。2月も中旬を過ぎて沖縄ステイもあと2週間余りとなったので、ぼちぼち食料の在庫調整を念頭に置かなければならない。余ってはいけないわけで、足りなければ近くのスーパーやコンビニ、食事処、弁当屋などに走ればいいだけのことだ。
 食後はしばらく情報収集と読書をする。

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(昼食は「讃岐ざるうどん」と漬物であっさりといく)

 夕刻からは、嘉手納で行われる「紫結成50周年記念スペシャルライブ MURASAKI Live IN KADENA」を観に行く。「沖縄さわやか介護連絡会」を中心とした実行委員会の主催なので「音楽のある人生」というサブタイトルが付いている。
 14時半過ぎに発ち、途中「おきなわマラソン」の余波で石平交差点付近で渋滞にはまったが、それでも1時間程度で着き、嘉手納警察署に隣接する有料駐車場に車を停めて、風雨の中を「かでな文化センター」へ赴く。傘をさして会場に向かうのは、沖縄ステイ中これが2度目になる。沖縄の文化施設の多くは入場経験があるが、嘉手納は初めてとなる。
 役場庁舎とつながっているホール前は大混雑。それは入場時に新型コロナウィルスに向けたしっかりした態勢を敷いているためで、マスクをしていない者にはマスクが配られ、全員が手のアルコール消毒を促されているからなのだった。
 前日と同じくこのイベントも写真撮影はフリーのようだ。護得久栄昇が「沖縄には著作権なんてないんだよ」と言って笑いをとっていたのを思い出す。多くのゲスト出演者が登場する長いイベントになりそうだ。

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(雨の「かでな文化センター」)

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(入り口は新型肺炎対策のため混み合う。みんながマスクをしている)

 自称「沖縄カルチャーの広告塔」の幸田悟の司会で幕が開き、真っ先にステージを賑やかにしたのは「Lino.」。沖縄市出身のロックシンガーで、ライブハウス「KENTOS沖縄」などで活躍してきた女性だという。細身で小柄ながらパワフルな歌い口で3曲。3曲目は早くもジョージ紫がキーボードで参加する。

 次は「Conjunto Alegria(コンフントアレグリア)」。2011年結成のインストゥルメンタルユニットで、バイオリンが入る落ち着いた展開となり、ロックから急旋回といった感じだ。地元嘉手納中学校の校歌を4種類にアレンジして演奏し分けたり、沖縄のわらべ唄の「じんじん」を独自のストーリーを持たせて組曲風にしたりと、とてもユニークだ。
 バイオリンのくによしさちこ、ピアノ白川ミナ、パーカッション玉城チコの3人グループで、白川と玉城はディアマンテスに参加していたことがある。玉城チコについては、2012年の琉フェス東京でのことだったと思うが、司会のゴリにイジラレて笑いをとっていたことを思い出す。確かこのときが、誠グヮーが出演した最後の琉フェスになったのではなかっただろうか。

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(「Conjunto Alegria」のくによしさちこ(左)と玉城チコ)

 続いては「チアキ(しゃかり)」。チアキも出自はディアマンテスであることを思うと、今の沖縄ミュージックシーンにディアマンテスが大きな役割を果たしていることがわかる。
 目がよくないのか、暗いステージでは人の腕にすがって歩いているのが気になる。目がきれいな人は往々にして目が悪いということがあるからね。
 「命のお祝い」、「逢えてよかった」、「命どぅ宝ぬ島唄」などをうたって、泡盛「まさひろ」のCMでやっているように頭上に一升瓶を載せて踊るのだった。

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(チアキの一升瓶踊りを見ることができた)

 「大井学」には初めてお目にかかるが、今帰仁村生まれの声楽家で79歳。短躯だがまだまだ元気な好々爺といった感じの人だ。「ラ・セレナーデ」をうたい、その後ジョージがロック調にアレンジした宮良長包作の「泊り舟」と「えんどうの花」をうたう。音楽のジャンルを問わず、80近くになってもロッカーたちとセッションできるクラシック歌手なんて、なかなかステキではないか。最後は「モルダウ」。この曲は中学時代にクラス対抗の合唱大会に向けて何度もうたった思い出の曲だ。

 続いては「ジョニー宜野湾」。20世紀の世紀末に「うりひゃあでぇじなとん」でブレークしてからもう20年も経つのだな。人を喰ったようなところがあるが、洒落の利いたなかなかいい男ではないか。日頃はウクレレでうたうのだが、沖国大のロック同好会から「ハートビーツ」でデビューした人物なだけに、ギターテクニックもバッチリなのだった。
 彼のライブは初めて見るのだが、♪線香花火買って来てね 今日は父ちゃんの給料日……という歌詞のバラードはよかった。こういう曲は大好きなのだ。
 ジョニー宜野湾は、紫とは3~4年前にバンドで一緒にやってからの付き合いだと言っていた。なお、今回のパーカッションは大学後輩の仲宗根達也(太陽風オーケストラ)だった。リーダーの上間勝吉は元気だろうか?

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(ジョニー宜野湾)

 「アルベルト城間」。二十歳でペルーから沖縄にやって来てもう34年になるという。城間は「夜のカメリア」、「勝利のうた」の2曲だけ。「勝利のうた」は懐かしい。彼らが全盛期だった2000年前後の琉フェス東京では、ディアマンテスの旗が会場のあちこちに立ち並び、熱狂した観客たちがタオルを回しながら共にうたうのだった。今の琉フェスではパーシャクラブが盛り上がるが、それと肩を並べるぐらいだったと記憶している。

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(アルベルト城間)

 「古謝美佐子」。「浦波節~ナークニー~カイサレー」の3曲連続の唄三線には痺れる。ますます髪が長くなり、白くなったようだが、相変わらず元気そうだ。
 美佐子は嘉手納が地元となるが、かでな文化ホールが改修されて大型ビジョンがあるとは知らなかったようで、ここでうたうのは久しぶりということになると言っていた。最後にチアキとともに「童神」をうたう。

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(「童神」をうたう古謝美佐子とチアキ)

 そしてようやく「紫」の登場だ。
 復習しておくと「紫」は、リーダーのジョージ紫(Key)を中心に1970年に結成。その後何度かのメンバー・チェンジを経て75年、ジョージ紫、城間俊雄(B)、城間正男(Vo)、下地行男[GG](Gt)、宮永英一[Chibi](Dr、Vo)、比嘉清正[清正](Gt)、の6人編成で本格的な活動に入る。76年リリースの1stアルバム「MURASAKI」は4万枚のセールスを記録した。しかし人気絶頂の78年、ジョージ紫、Chibi、清正の3人が脱退し、「紫」は81年に解散する。
 99年には、ジョージ紫、Chibi、清正、ジョージ紫の長男のRAY(B)、次男のLEON(Dr)のメンバーで新生「紫」を結成。
 そして2007年、ジョージ紫、Chibi、清正、GGの全盛期メンバーにJJ(Vo)とChris(B)を迎え、「紫」は再結成される。

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(現在の「紫」。左からChris、GG、Chibi、JJ、ジョージ紫、清正)

 そのステージングだが、左奥で静かにキーボードを操るジョージ紫の姿は、70年代ロックシーンで例えれば、EL&P(エマーソン、レイク&パーマー)のキース・エマーソン、ディープパープルのジョン・ロード、イエスのリック・ウェイクマンらを彷彿とされるものがある。用いるシンセサイザーの音色もまさに70年代に流行ったもので、サングラスで目元が見えないあたりはジョン・ロードそのもののように聴こえ、見える。
 はじめのうちはGGと清正のツインリードギターがカッコイイなぁと思って聴いていたのだが、途中からGGのアンプに不具合が生じ、いい音が出なくなってしまった。それはやむを得ないことと諦めるにしても、そのあとのGGの態度がよくない。後ろのアンプを気にし始めて演奏どころではなくなり、ほかの5人のパフォーマンスから一人遊離して、ステージのほぼ真ん中で観衆に背を向けて徘徊老人のようになってしまったのだった。何やってんだよ!とJJが励ますが、それにも上の空。挙句は次の曲の前奏を別の曲に間違えて弾き始めるので、JJも「年を取ると曲順も曲名も忘れてしまう」と困り顔だった。
 一方、ドラムのChibiは、69歳になりそれでも古参メンバー4人の中ではいちばん若いと話しながら、実にパワフルな撥さばきを見せる。すごいなあ、テンポに狂いがないし、スピード感も満点だ。このヒト本当に69歳なの?

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(「紫」のパフォーマンス。GG(右)はまだ大丈夫な時間帯だ)

 最後はディープパープルの「ハイウェイスター」を。ああタマランなあ、このドライブ感は体が覚えているもので、体が自然に動いてくるしね歌詞も甦る。幾度となく聴いたものなあ、あの時代。
 そしてアンコールは2曲。「琉神マブヤーのテーマ」で今日のゲストたちがステージに出てきて、アルベルト城間がうたい、紫たちが演奏する。
 最後はコレ、これもディープパープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」だ。カッコよすぎでしょコレ。やらせの感がないでもないが何人かがステージ近くに走り寄って両手をかざして踊りはじめるのだった。

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(フィナーレ)

 終演20時35分。なんと4時間35分の一大絵巻だった。プログラムは19時45分で終わるような書きぶりだったのだけどな。
 これだけ長い公演を観ることはそうあるものではなく、自分の経験ではこういうことは「琉球フェスティバル」をおいてほかにはなかったように思う。見応え十分で、これが2,500円とはすごく安い。

 部屋戻りは21時45分。途中どこかで夕食を食べて帰ることも考えたが、遅くなってからしっかり食べると体にいいことがないのを身をもって理解しているのでそれはせず、家で残りご飯を茶漬けにして食べる。まあ、言い方を変えれば、冷蔵庫の食物を早めに処分する必要があるということでもある。

 これから書く気にもなれないので、この日のドキュメントは明日にキャリーオーバーとなる。明日の予定は特にないので、それでいいだろう。
 食後にはシャワーを使った後はしっかり飲んで、24時に消灯。

 「沖縄オバァの小さな偽証 さえこ照ラス」(友井羊著、光文社、2018)を読み始める。

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