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   講談社文庫  619円+税
   2006年1月15日 第1冊
   2012年7月2日 第17刷発行

 もともと1985年に刊行された文庫本の、新装版です。
「宮本武蔵が撃つ! 柳生宗矩が斬る!
 死を賭して得た剣名、生を捨てて得た剣技、何人にも負けるわけにはいかない――。
 宮本武蔵の最後の戦い、神子上典膳の師の後継を争う決闘。柳生但馬守宗矩の野心のための斬り合い。諸岡一羽斎、愛洲移香斎など、歴史に名を残す名剣客の決闘シーンを、剣の一振り、刃光の閃きまでもリアルに描く剣客小説。」(カバー背表紙から)

 1981年から85年にかけて「小説現代」掲載された5編で、剣豪と謳われた人物たちが主人公となって次々に登場するのですから、これはもう剣客小説の最高峰と言ってもいいのではないか。
 それらは刊行順に、「二天の窟」「死闘」「夜明けの月影」「師弟剣」「飛ぶ猿」。
 以下に、磯貝勝太郎(文芸評論家)の解説文の一部を引用しておきます。

 最初に書かれた「二天の窟」を読んだとき、宮本武蔵の人物像を新解釈した異色作で、作者はこの剣豪小説によって、作家活動の歩幅をひろげ、作品世界に多様性をくわえたという印象を受けたことを今でも覚えている。
 いまさらいうまでもないことだが、藤沢周平は本格的な歴史小説や、伝奇小説、江戸の市井の人々を素材とした世話もの、捕物小説など、時代小説の各ジャンルにわたる時代ものを手がけているだけでなく、正岡子規の愛弟子であった長塚節を、時代小説とは異った手法で措いて吉川英治文学賞を受賞した長編「白き瓶 小説 長塚節」、あるいは、定年を目前にした初老の会社員の心境を措いた現代小説「早春」(「文学界」1987年)の短編にいたるまで、豊富で幅広い素材を多彩な小説作法で扱っている。
 「二天の窟」以前には、剣豪小説の第一作ともいうべき「邪剣竜尾返し」など17編の“隠し剣”シリーズの作品(「隠し剣 孤影抄」、「隠し剣 秋風抄」文芸春秋)が雑誌に掲載された。だが、“隠し剣”シリーズの作品と「二天の窟」は、いずれも剣豪小説ではあるが、内容的には異っている。前者は全作を通じて、作者の設定した藩を舞台に、こんにちのサラリーマンの日常次元の生活感情に近い藩士で無名の剣の使い手たちが、主人公として造型されており、彼等はそれぞれの明暗濃淡のちがいはあるにしても、各々の宿命図絵のなかで、九死に一生のピンチにいたった時、卓越した秘剣を使うという剣豪の生きざま、死にざまを措いた作品なので、作者によって人物造型された無名の剣の使い手たちが、各人各様の剣技を示して読者をひきつけるのである。
 これに対して、後者の主人公の宮本武蔵は、歴史上有名な人物で、吉川英治の代表作「宮本武蔵」以来、剣聖として仰がれてきた偉人だ。このような人物が藤沢周平の素材となるのは珍しい。藤沢周平の作品世界で重要な役割を演じている歴史上の有名人は、「密謀」の石田三成、「逆軍の旗」の主人公、明智光秀などの敗者である。作者が好んで描く人物は、勝者、エリートに縁のない下級武士や恵まれない庶民で、歴史上著名なエリートや剣豪を素材にすることは、これまでなかった。ところが、「二天の窟」で剣豪の宮本武蔵が主人公として登場し、作者独自の解釈がなされているので、異色作として注目に値する作品だと思ったのだ。……

(2020.5.5 読)

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