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 新居浜市に入って、四国最大級のマリンパークだという「マリンパーク新居浜」へ。
 9時頃着。公共マリーナ、キャンプ場、レストランなどがある。この数日とちがいからりと晴れたいい天気。紫外線が強く、少し歩くだけでじわりと汗が滴ってくる。この日、新居浜は33℃まで上がるという予報だ。人は少ない。平日のこの時間であればこんなものか。
 新居浜と神戸を結ぶフェリー「おれんじホープ」が停泊している。「やしの木ビーチ」は重機が入って砂浜造成中。クラブハウスと、その左には宿泊棟があった。

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マリンパーク新居浜

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新居浜~神戸航路のフェリー「おれんじホープ」が停泊していた。

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南国風を強調しているマリーナのクラブハウス

 人口10万人を超えている新居浜市の中央部にも行っておくべきだろうと、新居浜市総合文化施設の「あかがねミュージアム」を見る。2015年にオープンした新しい総合文化施設だ。
 美術館、「太鼓台ミュージアム」、別子銅山・多喜浜塩田などの歴史文化が学べる「にいはまギャラリー」、アート工房、多目的ホール「あかがね座」、カフェなどを併設した、新居浜の芸術文化の発信拠点になっているという。ここも月曜休み。
 すぐ隣りは「新居浜駅」。新居浜は都市計画がいいのか、町全体からごちゃごちゃした感じは伝わってこない。

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「あかがねミュージアム」。でかっ!

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新居浜駅の改札口

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ルートを南にとり、別子方面へと進んでいく。

 ルートを南にとり、別子方面へ進んでいく。市街地を離れて途中、月曜日が休みだとわかっていても、せっかくなので山裾にある「別子銅山記念館」に立ち寄る。
 別子銅山の意義を永く後世に伝えるため、住友グループによって建設されたもので、建物は鉱山坑内を髣髴とさせる半地下式構造で、開坑以来の歴史史料や出来事・生活・技術に関する史料が展示されている、国内でも傑出した鉱山資料館なのだそうだ。記念館の建物上部の全面に植栽が施されているユニークなもの。
 屋外には別子鉱山鉄道を走った別子一号蒸気機関車等も展示されていて、「この銅山(やま)を 神とし仰ぎ 幾代かも 掘りつぎて来し ことの畏こさ」と刻まれた碑も。また、一角には「大山積神社」があった。

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「別子銅山記念館」は、上部全面に植栽が施されているユニークなものだった。

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別子一号蒸気機関車

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「別子銅山記念館」の前庭からの眺め。

 山地に分け入って、「道の駅マイントピア別子」へ。ここは日本三大銅山のひとつだった別子銅山の産業遺跡を活かした観光施設になっている。
 「旧別子銅山産業遺跡」は、1691年に住友家によって開坑された別子銅山が、1973年の閉山まで日本の代表的銅山のひとつであり続けたもので、標高約820mの日浦登山口から1,294mの銅山越までを指す旧別子銅山または旧別子と呼ばれる一帯は、江戸・明治・大正三代の産業・文化遺跡が残されているのだという。
 鉱山鉄道が復元されていて、この鉄道で行く観光坑道では、江戸時代の採鉱風景を人形で再現されていて、別子銅山283年の歴史を学習できるのだという。ほかにも、「別子温泉天空の湯」や「あかがねキッズパーク」、「砂金採り体験パーク」などがあった。
 鉱山鉄道は1,300円。乗ってみたい気もするが、たぶん一人きりで乗ることになり、それでは気恥ずかしくて耐えられないので乗らない。こういうときだけは、観光客が少なすぎることを嘆きたくなる。
 名物の「いよかんソフト」350円も魅力的だが、鉱山鉄道利用者なら2割引と言われると、どーせオレはと食べずに終わる。歩けるところを少し歩いて退散の運びとなる。

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道の駅マイントピア別子

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鉱山鉄道のりば。自分以外に客はいない。

 さらに「別子ライン」を奥へと進んで、“東洋のマチュピチュ”といわれる「東平歴史記念館」を目指す。
 明治末期から1968年まで別子銅山の採鉱本部が置かれ、鉱山の町として栄えた標高約750mの東平に整備された観光施設で、別子銅山関係の近代化産業遺産を多数見学することができるところらしい。
 マイントピア別子から車で30分ほどかかり、細くてすれ違いが大変で、自家用車で行く際は運転に自信のある者でなければ厳しいというが、そういう道こそ自分は車旅でたくさん経験してきているのでまったく恐れるに足りない。なんたって“マチュピチュ”だかんな。行ってみなければなるまい。
 道の駅から少し進んだところで、大きなループ橋を通って進んでいく。

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道の駅から少し先で、道は大きなループ橋になっていた。

 しかし、またもや「ところが」なのである。国道から左に折れて遺跡に通じる唯一の細道に入ろうとすると、なんと通行止めの看板が。なんなんだよの通行止め! 一人で作業をしている高齢の男性がいたので進めないか尋ねたところ、道路欠損箇所があってダメだとのこと。昨日までの雨のせいなのか? どうも今回の車旅は肝心なところが諸般の事情によりたどり着けないことが多過ぎる。ついていないなぁ。世の中の観光地すべてがコロナにかこつけて、休まなくてもいいところまで休もうとしているのではないのか。そんな疑心暗鬼に陥ってしまうのだった。

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