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 北へとだいぶ歩いて、「津山高等学校旧本館」。
 学校が休みなので門扉が閉ざされているが、その先の通用門は開いていた。明治の洋風建築で、ドラマのロケなどにも度々使われるという。風格を感じる学校でわざわざ見に来た甲斐がある。門前には斬新なエントランスをもつ百周年記念ホールもあった。

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(津山高等学校旧本館)

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(こちらは津山高等学校の現在の校舎)

 市街中心部の外周を大きく反時計回りに歩く形となり、西部の「津山城下町歴史館」。
 江戸時代の武家屋敷の旧田淵邸を活用し、県重要有形民俗文化財のだんじりの展示棟など3棟からなる施設だった。
 そのさらに西側の「城西浪漫館(中島病院旧本館)」。
 1917年建築の木造2階建で正面にドームを配し、屋根や窓の細かい装飾が特徴になっている。部屋ごとに異なる材質の大理石を使った暖炉があるのだという。個人病院の現役施設として使われている国の登録文化財だ。

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(「津山城下町歴史館」の一部)

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(今も現役の「城西浪漫館(中島病院旧本館)」)

 まだ歩くのかといった感じで「作州民芸館」。
 大正ロマンを感じさせるルネサンス調のデザインで、厳格な左右対称が特徴の建物。1920年に土居銀行として建立され、その後中国銀行、日本塩回送会社、吉井川漁業組合等に所有権が移ったが、92年に津山市が取得し、民芸館として活用されるようなったという。前の通りは旧出雲街道筋に当たり、ここにも「翁橋」と名の付く古い橋があった。

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(作州民芸館)

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(前の通りは旧出雲街道筋に当たる)

 南下して、「知新館(旧平沼騏一郎別邸)」。
 「西欧の事情は複雑怪奇」として内閣総辞職をしたことで有名な第35代内閣総理大臣平沼騏一郎の別邸として建てられたもの。津山市へ寄贈され、市立津山郷土館として開館し、1989年には名称を「知新館」と改称し、市民の文化・芸術活動の場として再活用されている。
 吉井川に架かる「今井橋」を渡り、なまこ壁を模したつくりの「津山駅」を見て、「今津屋橋」を北上して空き店舗とシャッターが目立つ今津屋通りを進んで津山観光センターへと戻る。
 歩けば長い距離になるだろうと予測はしていたが、ここを歩いて回ったのは失敗だったかもしれず、もっと車を使えばよかったようだ。観光センターでは駐車料代わりに津山ホルモンうどんを土産に買う。

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(知新館(旧平沼騏一郎別邸))

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(吉井川に架かる「今井橋」から津山市街方向を望む)

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(JR津山駅)

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(JR津山駅前には、箕作阮甫の銅像とSL機関車があった)

 そう考えたので、「津山まなびの鉄道館」には津山駅のそばではあったが車で向かう。朝は車のエアコンは暖房だったのに、この頃からじわじわと暑くなり、同じ温度設定でも冷房が入るようになってきた。
 「旧津山扇形機関車庫」にずらりと車両が展示されている場所で、その扇形機関車庫は日本に現存するもの中で2番目の規模なのだそうだ。収蔵車両を中心とする展示と憩いの施設で構成されていて、休日のこの日は小さな子供を連れた家族や鉄道マニアなどが多く訪れていた。

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(「津山まなびの鉄道館」へ)

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(「旧津山扇形機関車庫」にずらりと並んだ車両たち)

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(転車台も残っていた)

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