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asia pa den

   講談社  1,500円+税
   2004年2月27日 第1刷発行

 「死にたい人の顔をしている」と、元ゲリラ兵は僕に言った。博打も下手。商売もまったくだめ。戦場カメラマンとなって、女医に託されたクリスマスプレゼントを戦下の街へ届けようとしたが……。勝手ばかりやっている男たちと、したたかな女たち。強い絆で結ばれたコンビが、徹底的に描き続けた放浪エッセイ、いよいよ完結! 転がり続けて、こんなとこまで来たけれど……ゴールは見えたか?
 タイでの情けないバクチと女の話、戦火のサラエボへタイから飛んで銃声の下、珍道中と化した撮影報告。沖縄取材のはずが泡盛に溺れて家へ帰れなくなった話など。(文庫版の内容紹介などから)

 詳しく知らなかったのだけど、著者の鴨志田穣(かもしだゆたか)は、次のような人です。
 1964年、神奈川県川崎市出身。北海道札幌市で育つ。予備校に2年通った後に大学進学を諦め上京。新宿のやきとり屋で働きながら戦場カメラマンへの憧れを募らせる。
 23歳で単身タイに渡り、アジア各国を放浪。ジャーナリストの橋田信介に出会い弟子入り。戦場カメラマンとして世界中の紛争地帯での取材活動を行う。クメール・ルージュの捕虜となり新聞に載り、この事件で初めてフリーライターとして世間に名前が出る。
 その後も世界の紛争地帯を取材し続け、目の前で人が死んで行く様、必死に銃を持つ子供たちなど、数えきれない現実の場面を目の当たりにし、極限のストレスから重度のアルコール依存症となる。アルコール断ちのため仏門に入り僧侶となる。
 96年、タイを取材中の漫画家、西原理恵子と出会う。同年、西原らのアマゾン川取材企画にビデオカメラマンとして同行。取材後、帰りの飛行機の中で西原にプロポーズし、結婚。
 自身のアジア滞在経験をもとにした西原との共著「アジアパー伝」シリーズで作家として本格デビュー。その後も西原と共に各国を巡る。
 アルコール依存症による暴言・器物損壊・家庭内暴力等で精神病棟への入退院を繰り返し、2003年に西原と離婚。しかし離婚後も西原のサポートにより、アルコール依存症からの回復の道を歩み始める。06年、癌であることを告白。西原と復縁(入籍せず、事実婚の形)し、闘病生活を共に過ごすも、07年3月、42歳で死去。

 「アジアパー伝」としての最後となるこの本を求めたのは、最後の最後に「沖縄編」があったから。
 那覇の国際通り近くで紹介されて、著者は真栄原社交街へ行こうとするも、タクシー運ちゃんからソープを進められて辻へ。ソープ嬢の身の上話を聞いた後は米兵がたむろするコザのバーで飲んでいます。で、最後は結局真栄原へ。今はもうなくなった真栄原の“ちょんの間”での出来事が儚く記されていました。
(2020.12.11 読)

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