FC2ブログ


   集英社文庫  500円+税
   2020年5月25日 第1刷発行

 戦後占領下の沖縄。大学を中退し米軍諜報機関の翻訳作業についた私は、仕事に倦んで教師へと職を変えた。赴任先は、校舎も教科書もない高校。だが、日本の影響を受けないここで、国語ではなく“文学”を教えたい。自分の創作戯曲を生徒達に演じさせようと考える。物はないが、もう戦争はないという開放感に満ち溢れた時代の少年少女と教師を描く。著者が自分の一番輝いていた時と回想する自伝的小説。(カバー背表紙から)

 ウェブ上に森本浩平氏(ジュンク堂書店那覇店店長)による書評があったので、以下に引用させていただきます。

・沖縄初の芥川賞作家・大城立裕の青春私小説を読む
   森本浩平(ジュンク堂書店那覇店店長)
 戦前から独自の出版文化が根付き、多くの県産の書籍が発行され続ける出版王国・沖縄。その沖縄出版界を半世紀以上ものあいだ、常に先頭で牽引してきた作家・大城立裕。沖縄では知らない人はいない、沖縄初の芥川賞作家である。御年94歳になるが、今なお精力的に書き続けている。
 本作は大城氏自身がこれまでの人生の中でもっとも輝いていたと語る、1948年、22歳に宜野湾村野嵩(のだけ)高校の国語教師となってからの2年間を綴った青春自伝小説。のちに「カクテル・パーティー」で芥川賞を受賞する大城氏の、作家人生の礎ともなったのであろう、文学を通じて心を通わせた生徒たちとの交流が描かれる。
 多くの生徒たちに思いを馳せ、個々の人物像も交えながら、授業、家庭訪問、学芸会などの学校生活が回想されていく。
 実際の授業の中で使われた教え子たちのいくつかの作文が、そのまま文中にちりばめられた場面もある。それは県立図書館に大城氏より寄贈され、現在も「大城立裕文庫」として残されている貴重なもので、当時の情景をリアルに映し出す。
 学芸会では生徒たちと演劇に取り組み、自らが文芸作品を戯曲にする。その作品は石坂洋次郎の当時のベストセラー「青い山脈」。この戯曲がのちに新聞社主催のコンクールに出品され一等にもなる。またもう一つの作品、大城氏が半年間暮らした熊本市の闇市場が舞台の「望郷」は、疎開者たちの沖縄が描かれる。遠い故郷沖縄を思い暮らす沖縄人同士の絆。それは現在も変わらない。
 敗戦直後の焼け跡に建つ校舎を舞台にした物語だが、そこには暗然たるものはない。生徒たちは実に朗らかで、快活とした様子が伝わってくる。そこには大城氏が戦中派の一人として、若者には悔しい思いをさせまいとの情念が強くあったに違いない。
 70年以上前の終戦直後の沖縄が、大城氏の記憶から見事に精細に描かれた本作は、当時の沖縄を知ることができる貴重な作品とされるであろう。文学離れが進んでいく昨今、文学こそが人間教育として大事なものだという大城氏のメッセージを読み取り、本作から多くを学ぶほかない。

 その大城立裕は、2020年10月27日に逝去しました。ここに琉球新報の訃報(一部)を引用しておきます。

・大城立裕氏が死去 沖縄初の芥川賞作家 95歳
   戦後史を体現、沖縄問題の根源問い続ける  2020年10月28日
 沖縄初の芥川賞作家で長年、沖縄文学をけん引し、沖縄とは何かを問い続けた大城立裕氏が27日、老衰のため北中城村内の病院で死去した。95歳。中城村出身。大城氏は3月に体調を崩し、入退院を繰り返していた。小説、戯曲、評論、エッセーまでさまざまな分野で琉球・沖縄の通史を独自の歴史観で書き続け、沖縄の戦後史を体現した。
 今年5月に出版され、米統治下の沖縄で高校教師をした経験を基にした自伝的小説「焼け跡の高校教師」(集英社文庫)が最後の出版物となった。
 大城氏は1925年生まれ。県立二中を卒業後、中国・上海にあった東亜同文書院大学に入学した。敗戦で大学が閉鎖され同大学を中退し沖縄に帰る。
 戦後は米施政下の琉球政府職員、日本復帰後は県職員を務めた。青春の挫折と沖縄の運命とをつなげる思想的な動機で文学に関わり、職員の傍ら執筆を続けた。日本復帰前の67年、米兵による暴行事件を通して、米琉親善の欺瞞を暴いた「カクテル・パーティー」で芥川賞を受賞した。68年には沖縄問題の根源に迫った「小説琉球処分」を出版した。復帰後は県立博物館長も務めた。
 戯曲「世替りや世替りや」で紀伊國屋演劇賞特別賞。93年には戦時中の沖縄の刑務所を取り上げた小説「日の果てから」で平林たい子賞。90年に紫綬褒章、96年に勲四等旭日小綬章、98年に琉球新報賞、2000年に県功労賞を受賞した。創作意欲は衰えず、15年「レールの向こう」で川端康成文学賞。19年に井上靖記念文化賞を受賞した。
 近年は沖縄の基地問題に関し、積極的に発言した。2005年、米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古への新基地建設問題について、本紙のインタビューに答え、「第二の琉球処分だ」とし、「県民に与えられたテーマは辺野古に基地を造らせないこと」と述べた。
 11年には同問題をテーマにした短編集「普天間よ」を刊行。伝統芸能の継承発展にも取り組み、組踊の新作も執筆した。

ohshiro tatsuhiro 202010
(大城立裕)

(2020.12.12 読)

関連記事
Secret