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 筑後草野駅には14時10分頃着。戻りの便を確認すると、15時05分があり、その次だと16時台になってしまう。では、15時05分で帰ることにして、わずか50分少々で見て来よう。こうなると、「ひろせ食堂」でのタイムロスが響いてくる。

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(1両編成の下りディーゼル車両は筑後草野駅を発っていった)

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(筑後草野駅)

 草野地区は、中世の豪族・草野氏の城下町として発展してきたところで、旧日田街道・草野宿として栄えた往時の姿を今に残しており、枡形の道路が町並みを特徴づけ、江戸末期から明治にかけての町屋や古社寺が並んでいる。また、明治・大正時代に建てられた和洋折衷の建物も多く残る。
 時間が気になるので、いくつかのポイントのうち駅から最も離れている西方の「山辺道(やまのべのみち)文化館」まで行き、そこから漸次東へと取って返して、筑後草野駅に戻るルートをとろう。

 「山辺道文化館」。大正初期に完成した木造2階建ての洋風建築物。もともと病院として久留米市花畑にあったものを草野町に移設している。地域の祭りや町並みを紹介する部屋を設けている。国登録文化財。
 「鹿毛(かげ)家住宅」。江戸時代から醤油醸造や櫨鑞製造のほか質屋などを経営してきた家系で、盛時には数十棟の蔵が並んでいたというが、現在は、表門、蔵3棟、井戸小屋が残っている。大型町屋で、平入りの大屋根の上に低い妻入りの2階をのせ、座敷が直角に張り出すなど、複雑な屋根構成がおもしろい。

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(山辺道文化館)

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(文化館の脇道にもいい味があった)

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(鹿毛家住宅)

 「草野歴史資料館」。1910年に草野銀行本店として建築されたもので、国登録文化財。館内では、当地方の豪族草野氏ゆかりの縁起絵や古文書等が展示されているという。この建物の色が、いわば草野のイメージカラーなのだろうな。

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(草野歴史資料館)

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(資料館の裏手にはこんな道も)

 「須佐能袁(すさのお)神社」。えらく急な太鼓橋を渡っていくと、彫刻の立派な本殿、拝殿、楼門などがあり、これらは県指定文化財。大きくはないが、鳥居、太鼓橋、楼門、拝殿としっかり揃っている。
 「上野邸」。見どころとしてあまり名前の挙がってこないものだが、現地の案内板によれば、主屋は幕末頃に建築されたもので、2階建ての入母屋平入で横に長い屋敷構えは町屋としては珍しかったという。

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(「須佐能袁神社」のエントランス。拝殿には急な太鼓橋を渡っていく)

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(山門を見れば「須佐能袁神社」の格式の高さがわかる)

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(上野邸)

 無事に15時05分発の便に乗ることができて久留米着。さらに15時49分の便で博多に戻る。
 この日もたくさん鉄道を利用した。今回のステイはずいぶんローカル鉄道を利用したが、これでこのステイ中のローカル線利用は最後になるだろう。

 この日は博多駅周辺でウロウロせず、まっすぐ筑紫口からホテル方面へと進む。実は、すっかり気に入ってしまったフードショップ「レガネットキュート」が、ホテルから100mほどのところにもあることを、昨夜知ったのだ。
 「レガネットキュートテラソ店」。寿司コーナーにご自由にドウゾのさしみ醬油の小袋があったので、今夜は豆腐を買って部屋で冷奴だ。こういうのをつまみにしたかったので、ついつい一人でニンマリする。ほかにはサクサク揚げ餃子3個とビールで722円。毎晩部屋で盛大に飲んでいても、こういう良店を使っている限り、一晩にかかる費用は1,500円までいかないで済む。毎晩飲むなら安く上げなきゃ。

 17時前にホテル帰着。今日は早上がりするつもりだったのだが、なかなかそうはいかない。この日は1万8千歩。
 シャワーでスッキリして、缶ビールをプハーとやって一息ついてご満悦。もうすぐ博多ステイも終わってしまうのだなぁ。

 いやにならないうちに今日のドキュメントをやり、真面目に書いて20時過ぎに出来。
 ふう、それではここから飲み直しだ。豆腐だ豆腐だ。
 ということで、今夜も深まっていくのであった。

 飲んだ後はテレビを見るなどして、22時過ぎにベッドへ。

2022.06.25 20220624 金
 5時45分起床。この日の予想最高気温は33℃と、厳しい暑さとなりそうだ。
 朝ルーチン終了後は、頭がフレッシュで涼しいうちにと「民族の世界史6 東南アジアの民族と歴史」を読み始める。まずは難解なものから。

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(okinawa-image(勝連の旧正月))

 午前中の外出は、はじめにホームセンターへ。1階浴室のシャワーが、使用中にホースとヘッドのつなぎ目から湯が多く漏れるため、ホース部分を取り外して接合部分がこれと同じものを探しに行ったのだが、店員に尋ねれば、メーカーによって合わない場合があるとのこと。メーカーまでは確認しないで来たので、出直しとなる。戻って調べてみると、旧MTM(喜多村合金製作所)製で、今はKVKという会社に吸収されているらしい。
 ついでに自宅と実家で用いる除草剤を仕入れてくる。

 次はスーパーに寄って、果物やカットフルーツを仕入れ、母の施設へ。定期訪問は土曜の明日なのだが、施設職員の中で最も遠慮のないTさんから昨日連絡を受けていて、母が間断なく目薬を点してくれと要求し、そのストックが今にも切れそうなので、すぐにでも調達して持ってきてほしいとのことだった。1日繰り上げて持参したが、これってもう少し早く言ってくれるか、明日までの1日を何とかするかでしのげそうなものなのだが、どうなのか。あの施設にはわがままでヒステリックな関係者が母のほかにもう一人いる――と思えてしまう。

 続いては昼食。何種類かある平日ランチが食べられる、小白川町の「ダイニングヘリアン」を初訪問。開店直後に訪うと、店内にはアンダーシャツ姿の恰幅のいい高齢男性が一人。ははあ、このヒトがオーナー兼シェフだな。おもむろに厨房用の調理服を羽織って、エアコンスイッチオン。少し遅刻ですね。
 ホワイトボードに記された「平日用」のランチの中から、エビフライタルタルソースをチョイス。ライスかパン、スープ、サラダが付いて800円。開いた小さな海老が5尾。ソースには小海老などがまぶしてある。フライの下に敷いてある白菜を炒めたようなものが白眉。白菜仕様のザウアークラウトといったところだろうか。あとで運ばれてきたサラダは、パプリカや香草を使った凝ったもので、トッピングの揚げ玉葱がいいアクセントになっていた。
 なかなかおいしかった。グレード感のある内容での腹八分目というのが、わが身の健康にはいいのかもしれない。

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(「ダイニングヘリアン」のエビフライタルタルソース)

 最後には、改めてスーパーで我が家用の生鮮食品の買い物をする。つれあいのものを買う姿勢は旺盛で力強く、たちまち籠が満杯になる。何度も買いに来る手間を省略したい気持ちはわからないでもないが、買ったものは賞味期限内に誰かが食べなければならないことになり、そのあわただしさを一身に受ける当方としては、食品の買い過ぎは望むところではない。彼女が商品を前にして考え込んでいるときにはこちらは早めにそこから離れるようにしたり、カートを運ぶ歩調をさりげなく早めたりして、できるだけ買えないようにするのだった。
 また、たくさんの商品を買うと、セルフレジが大変なことがわかる。バーコードが包装のどこに付いているかを素早く見極めることがポイントのようだ。そして、機械はどのようにして判断しているのか、商品を袋に入れろとか、何々をしろとか、様々なことを矢継ぎ早に要求してきて、まったくやかましい。つれあいさんよ、多品種をたくさん買った時は、少しぐらい並んでも、熟練されたレジ担当にやってもらったほうがいいようですよ。

 ということで、13時前帰宅。
 午後は、主として読書。株式関係は、1売り、2買いで終了。あとは何をしたのだったか。

 胃がもたれ気味なので、今夜は自主的に飲酒を抜いてみることにした。行いがよいのではなく、あまり飲みたいという気が起こらないためだ。毎晩の飲酒を楽しみにして生きてきたのに、それすらも身体が欲していないのであれば、これは由々しき問題なのではないか。あとで振り返ると、ああ、あのときが我が人生における、ひとつの大きな転機だったのだな――ということになるのかもしれない。いや、ならないだろうな、きっと。
 今夜は飲まないから夜はごはんを少しだけ食べるよと、前もってつれあいに伝えていたところ、彼女が食べたいと思っていたというカレーをつくった。それはいいのだが、危惧したとおり、大皿にたっぷりと盛り付けてくれる。今夜は飲まずに軽くいきたいというこちらの意図が、十分にというかほとんど理解されていないのだった。

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(金沢・ひがし茶屋街)

 19時前に食事が済んで、あとはいつもよりも長いフリータイムだ。頭もまだ使える状態なので、この余裕時間を旅の情報収集に使う。今夜は石川県金沢。
 北陸方面はひととおり巡ってきたが、そのときは車旅であった関係上、金沢はいずれじっくり訪れるつもりでスルーしている。それ以前には、兼六園を見たことがあるが、金沢はその程度なのだ。
 調べてみると、移動日を除いて3~4日程度あれば主要なところは見て来くることができるのではないかと。夏休みの観光シーズンがやってくる前にちゃちゃっと見てくることは可能だろう。どうするかは、もう少し検討してから結論を出そう。
 やはり、旅の動機というか旅の始まりは、調べて興味を持つことから徐々に進んでいくものなのだな。

 読書は、「民族の世界史6 東南アジアの民族と歴史」を40ページと、「街道をゆく37 本郷界隈」を30ページ。ページ数は少ないが、専門書を読めているので、許容範囲か。

 新潟県の十日町市で37.1℃(!)を記録したほか、35℃を超えたところが多くあったようだ。
 今夜からベッドに寝茣蓙を敷いて寝始める。

 「久留米シティプラザ」付近へとたどり着く。ここは2016年にオープンした新施設で、コンサートやライブ、芝居等様々のイベントが開催される。「六角堂広場」があった。
 その近くにあった「くるめりあ六ツ門」というビルは、かつて百貨店が入っていた建物をリノベーションしたものであることが一目瞭然。2005年までは「ダイエー六ツ門店」だったという。
 その1本南の東西にのびる通りはアーケードの「久留米ほとめき通り商店街」になっている。ここも“ほとめき”だが、いずこも同じでここも苦戦しているかな。

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(百貨店ビルをリノベしたことが明らかな「くるめりあ六ツ門」)

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(久留米ほとめき通り商店街)

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(「久留米シティプラザ」の「六角堂広場」)

 久留米シティプラザとほぼ並んで建っていた「久留米カトリック教会」。国道沿いにあり、大きくて立派な現役の教会だ。縦に長い教会を撮るときの常だが、横フレームで尖塔部分までファインダーに入れようとすると、かなり引かなければならず、横フレーム愛好者泣かせだ。そういう場合はナナメ撮りするんだもん。国道の向こう側に立ち位置を移してなんとか撮影する。

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(「久留米カトリック教会」の礼拝堂内部)

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(国道の向こう側に移ってなんとかナナメ撮り)

 日吉町交差点を挟んで、教会の対角線上にあるのが「日吉神社」。小さい神社で、寄るまでもなかったかもしれない。
 明治通りの東の先に、「西鉄久留米駅」があった。

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(日吉神社)

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(西鉄久留米駅)

 西鉄久留米駅から天神大牟田線に乗って、2駅南の「試験場前」まで行き、そこから北西のJR久留米駅方面へと町歩きを再開する。何の試験場があるのかと思って歩いていたが、あとで調べてみると、かつては県の工業試験場があったのだが、現在は移転してもうないようだった。
 てくてく行くと、「手延うどん人力屋」があった。福岡県と佐賀県に10数店舗を展開するうどんチェーンで、1987年オープンのここが1号店だ。セットメニューがいいようできわめて魅力的だが、スマンがこのたびは別の店が目標なので……。

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(西鉄天神大牟田線「試験場前」駅)

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(「手延うどん人力屋」の1号店があった)

 「雪の聖母聖堂」を見る。聖マリア病院の敷地内の一角にある。1984年まで福岡市にあった「大名町カトリック教会旧聖堂」を復元移築したものであるとのこと。現役の教会で、建物の隣にはルルドの洞窟とマリア像もあった。中からオルガンの音色が聴こえたのでミサ中かとそっとドアを開けると、集う人はいず。一人の人がパイプオルガンの練習をしているのだった。なんだかわざわざ自分のために弾いてくれていたようにも受け取れ、ありがたいのだった。アーメン。

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(雪の聖母聖堂)

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(内部ではパイプオルガンが荘厳に響いていたのだった)

 さて、本日2回目の久留米ラーメンは、「ひろせ食堂」にて。時間はちょうど12時で、行列は長い。でもまあ、調理時間のかからないラーメンだからすぐに回ってくるだろうと並んだのが運の尽きだった。この店はデカ盛りのやきめしも有名なので、その調理にたっぷりの時間がかかるのだった。
 40分ほど外で直射日光を浴びながら並んで待ってようやく注文の運びとなり、ラーメン750円を。残念ながらもうやきめしは入らないのだ。ふむふむ、店の匂いは「沖食堂」のほうがいいな。
 丼が大きく、スープが多いし、麺も多い。大ラーメンにしなくてもけっこう量がある。スープが独特で、東北人にとっては初めての味だ。溶けた海苔が入っていて、はじめから磯風味も感じられる。スープが多くて見えないけれども、輪切りのゆで卵も下のほうに入っている。チャーシューも枚数が多く、ネギの量のだいぶありと、いいことずくめだ。
 よーし、これで久留米三大食堂の現役2店を制覇したぞ。ここもうまかったなぁ。正味1時間を要してしまったのは痛かったが。

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(「ひろせ食堂」のラーメン)

 膨れた腹をさすりつつ、次は「青木繁旧居」へ。青木が多感な少年時代を過ごし、類希な芸術の才能を育んだふるさとの家を、市民の財産として復元整備さたものだ。住宅地の一角にあり、所有者が6回も変わったがきちんと残っていたため、補修して無料で展示している。庭の一角には青木の代表作「海の幸」のブロンズレリーフがあった。

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(青木繁旧居)

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(庭には「海の幸」のブロンズレリーフがあった)

 これでだいたい久留米市街にあるポイントをひととおり押さえた格好だが、これからどうするか考える。今からJR久留米駅に戻れば、13時49分発の久大本線の下りに乗れる。これならば、ホテル帰着が多少遅くなるが、草野の町並みを見に行けるのではないか。
 そう決めて、行動開始。

2022.06.24 20220623 木
 前々夜の眠りが浅かったためか、前夜はぐっすり眠れて、6時前起床。夜の気温と湿度が適正なことも、よい眠りに作用していると思う。本日、戦後77年目の沖縄慰霊の日。
 朝食にトーストを齧っていて、砂を噛んだようにジャリッとしたので、何か異物でも入っていたかと焼いたパンの表面を確認するなどしたのだが、問題は自分のほうにあって、虫歯になっていた右上の犬歯のとなりの歯が少し欠けたようだった。虫歯か、いやだな。歯医者通いをしなければならないのだろうか。

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(今日、沖縄慰霊の日)

 家の15年点検のため、ハウスメーカーの人が10時にやってくる。しかし、つれから聞いていた話とは違い、今日は外まわりの点検だけですぐに終わるとのことだった。また、蓄熱暖房の修理は今日ではなく27日だそうで、これも聞いたような気がするが失念していた。
 特に問題はないということで、無事終了。だが、20年点検の際には屋根や外壁の補修を薦めており、その場合は200万円ぐらいかかるかもしれないと予告される。また、シロアリの防虫対策の保証期間が切れているが、延長・再処理をする場合は30万円ぐらいですと見積書を置いて行った。うーむ……。

 点検が終われば11時を過ぎていて、外出するのが面倒なので、昼食は家で冷やし中華をつくってもらって食べる。量は控えめにとお願いして。
 空いた時間で、大谷が先発していた大リーグ中継を観る。大リーグ進出以来最多の8回を投げ、自己最多の13三振を奪い、失点ゼロで6勝目と、上々の結果だった。打つほうは、3打数1内野安打と2三振、2四球。

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(大谷翔平 2022.6.22)

 午後からは読書。それほど暑くないのでアカデミックなものでもある程度は眠くならずに読めるだろうと、久しぶりに読みかけになっていた「民族の世界史6 東南アジアの民族と歴史」(大林太良編、山川出版社、1984)をデスクに広げて読む。アンコール帝国の社会情勢や、ジャワ・マレー世界の歴史展開の部分を40ページ。
 この日の読書はほかに、「天ぷらにソースをかけますか?」を100ページと、眠る前に「街道をゆく37 本郷界隈」を30ページ。

 この数日は、読書ライフとしてはわりと充実した日々になっていて、あと2冊読めば今年に入って60冊の読了となり、なんとか年間120冊のペースを維持している形となっている。このペースが自分にとって標準ラップであって、ここから気を緩めるとたちまち年間100冊の目標達成も危うくなることもあると思っている。マラソンだって、後半にペースが落ちるのが常ではないか。
 でもまあ、今日もきちんとノルマ以上に読んでペースアップが図られたので、むこうしばらくは時間の一部は別の方面に充ててもかまわないかもしれない。

 夜は、開きではなく3枚におろした冷凍のアジフライを肴に飲酒。アジフライは開きじゃないとどうも雰囲気が出ない。それと、フライドポテト、舞茸の煮物、生野菜。昼食が普通の量だったので、前夜のような食欲のなさは、今夜はないのが幸いだ。

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(アジフライはこんなルックスがいい)

 24時近くになって消灯。

 2022年5月28日(土)。
 外が明るくなり始めた5時45分起床。今日も予想最高気温は30℃を超えていて、暑い日になりそうだ。明太子おにぎりと牛乳パックの軽食で腹ごしらえをする。
 ステイの日々も残り少なくなった週末。この日は少し軽めのスケジュールとなるが、一昨日、雨のために行くのを断念した久留米を巡ろう。それをメインにして、余力があれば、24日以来となる久大本線に乗って筑後草野駅周辺の町並みを見に行こう。久大本線の各駅停車は1時間に1本程度の便がある。今日も“汽車旅”となる。
 土曜日なので、朝の通勤ラッシュはないだろうから、早めに動いて早めにホテルに戻り、あとは部屋で身体を休める時間にしようか。

 8時30分に部屋を出て、博多発8時56分の列車に乗り、9時半頃にJR久留米駅に着く。
 JR久留米駅の自由通路の「ほとめき広場」を通って東側の「まちなか口」に出る。あとで知ったところによれば、「ほとめき」とは筑後方言で「おもてなし」の意味だそうで、「うちに来たなら、ほとめくばい」というふうに使われるらしい。

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(JR久留米駅の自由通路「ほとめき広場」)

 駅前には大きなからくり時計があって目立っていた。江戸後期から明治にかけての発明家で郷土の偉人「からくり儀右衛門」こと「田中久重」の生誕200年ほかを記念して、1999年に設置されたもの。芝浦製作所(後の東芝の重電部門)の創業者だった人なのだそうだ。
 その隣りには巨大なゴムタイヤのモニュメントがある。直径4m、重量5tのデカさだ。それを見てピンときたが、久留米はもともとブリヂストンの企業城下町だったのだろう。「ゴム産業発祥の地」とあった。
 また、小さいけれども「とんこつラーメン発祥の地」のモニュメントも発見する。華奢なつくりで、血の気の多そうな酔客なんかがいたずらしないかと心配なのだが、どうなのだろうか。
 さらに、久留米出身の青木繁が1904年に描いた名画「海の幸」も一角に掲げられ、目を惹いていた。

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(JR久留米駅には大きな「からくり時計」と…)

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(巨大なゴムタイヤのモニュメントがあった)

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(「とんこつラーメン発祥の地」のモニュメント)

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(青木繁の名画「海の幸」も使われている)

 さて。とんこつラーメン発祥の久留米に来たならまずはその久留米ラーメンを食べなければ始まらないのではないか。
 「久留米ラーメン」についてここでまとめておくと、次のとおり。
 1937年、西鉄久留米駅前に屋台「南京千両」が開店し、長崎島原出身の創業者が、横浜市南京町などで流行していた「支那そば」と、地元長崎ちゃんぽんの「豚骨スープ」をヒントに考案。この頃の豚骨スープは透明感を残したものだった。
 その10年後に屋台「三九」が久留米に開業。この店の店主がある日、母親に仕込みを任せて外出したところ、手違いでスープは強く炊かれて煮立ち白濁。ところが、失敗と思われたこのスープを飲んだところ意外に美味で、現在の久留米ラーメンの主流の「白濁豚骨スープ」が誕生した。その後店主や弟子たちは各地に散り、玉名、熊本、佐賀など九州各地の豚骨ラーメンの元となったといわれる。
 久留米ラーメンの特徴は、麺はストレートの固めで、博多ラーメンよりやや太め。博多ラーメン以上に濃厚で骨髄の匂いが強いスープ、具材はキクラゲ・チャーシュー・ワケギで博多と共通。海苔をのせる店が多い。熊本ラーメンと異なり、焦がしニンニクやニンニクチップは入らない。ゆで玉子を入れる場合も多いが、他地域よりも生玉子を入れることが多い――など。またスープは、博多ラーメンでは一般的な取り切り製法だが、久留米は継ぎ足し製法で、鰻蒲焼のタレなどと同じなのだそうだ。

 久留米三大食堂(沖食堂、ひろせ食堂、松尾食堂←閉店)といわれる店のひとつ「沖食堂」が10時開店だというので、久留米巡りはそこからにしよう。1955年創業の老舗でもある。
 明善高校向い。店前に10人ほどの客が並んでいたが、直後の開店となり、1巡目に食べることができた。
 この日は久留米ラーメンをはしごするつもりなので、ラーメンの普通盛り600円を注文したのだが、周囲のほぼ全員がやきめしも注文しているのを見て、おばさんにお願いして、ラーメンやきめしセット950円に変更。ごはんが中華鍋の表面を擦る“焼きめしサウンド”を聴きながらできあがりを待つのもなかなかオツなものだ。
 両方に紅生姜をたっぷり添えて、ラーメンからいくが、スープがうまっ! 博多より太めとはいっても、基本極細。キクラゲは入らず。やきめしは、茶色く色がついていてシンプルだが、どこのものにも負けないうまさがある。すでにこの店で腹が満たされてしまったが、このラーメン・やきめしはベストマッチで、やきめし追加は大正解だった。これでもう、久留米に来た甲斐があったと言ってもいいぐらいだ。

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(「沖食堂」の一風変わった店内。この左側はほぼ満席)

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(「沖食堂」のラーメンやきめしセット)

 医大通りを市役所西交差点で東に折れて昭和通りを歩き、大きな「久留米市役所」の庁舎を仰ぎ見る。久留米は人口30万人ほどの福岡県第3の都市だが、博多や天神などよりもこのぐらいの大きさのほうが町歩きをするには適していると思う。高層ビルが林立しているような場所では歩くのはちょっと辛いし、それほど楽しいものではない。

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(久留米市役所の庁舎を北(裏)側から撮影)

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(こんどは南東側から。右隣は「両替町公園」だ)

 市役所東交差点を南に折れて三本松通り、明治通りを東進していく。

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(明治通りを東進して…)

2022.06.23 20220622 水
 前夜にしっかり出さないまま眠ってしまったため、尿意で目が覚めたのはなんと2時半。ちょっと早いんじゃないか。入浴をしてしっかり汗をかけば、朝まで一度も起き出さずに眠れるのだが、この数日それを怠っているため、水分は尿となって出ていくしかなくなっているようだ。
 その後も眠りが浅く、3時前に新聞配達がバイクでやってきてポストに放り込む音を聞き、3時半過ぎから始まった鳥の鳴き声鑑賞をする。いずれも聞きたくはないのだけど。

 ……という具合で、きちんと起き上がったのは5時45分だった。
 パソコンを立ち上げて、3連休明けのNYの株式市況をチェック。おお、600ドル以上も上げている。
 結果としては、開場早々にドン上げしている三菱自動車を放出したが、ちょっと売り急いでしまった感じ。後場までホールドしていればもっとガッツリいけた。

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(okinawa-image(小浜島))

 株式投資の仕込みをしたあとは、朝の涼しいうちに部屋掃除をする。明日、ハウスメーカーの15年点検が入り、その際に自室の蓄熱暖房機のツマミ部分の不調も診てもらうことになっている。製造から15年以上が経過して近々サポートが切れる機種なのだそうだが、本体の機能には問題がなく、単なる調整装置部分の不具合だ。これをどこぞの給湯機メーカーのように全部交換などとヌカそうものなら、その業者を鼻で嗤ってやろうと思っている。
 掃除機とクイックルワイパーのダブル攻撃で綿ごみを撤去。ついでに浴室脱衣所の壁まわりや小窓の網戸も掃除する。壁の高いところはこれまであまり触ったことがなく、ブラシを当てると湿気と乾燥の繰り返しのために壁紙に付着していた細かい埃が舞い上がる。網戸もすごく、使ったブラシが一発でダメになりそうだった。

 10時を過ぎたあたりからは読書へ。夜にかけて「野武士、西へ 二年間の散歩」を110ページほど読んで読了する。
 東京から大阪までを散歩するという破天荒な企画本。QUSUMIは腸の具合があまり安定していないようで、長い距離を何時間も歩いていると急に催すことがある。もうすぐ岡崎というあたりまできた夜、居酒屋で冷えた体の空きっ腹にビール2本も入れたせいか便意が盛り上がり、堪えきれずに空き地で野糞(!)をしているのだった。
 また、三重県の関西本線柘植駅から大和街道を歩き始めた久住は、奈良県へと続く伊賀方面へと進む計画だったが道に迷い、滋賀県の甲賀に出てしまう。結果、3時間も無駄足をして元の柘植駅へと戻って来るのだった。歩く身の立場になって考えれば、これがどれほど壮大な無駄だったかがよくわかろうというものだ。
 最後のほうでは、生駒山の頂上を越えて大阪に入るルートをとっている。頂上で、目下に広がる大阪平野の大パノラマを前にして、ちょっと演出しすぎだろうと、じっとしていられないほど感動しているのだった。
 「歩いて行くうち、ゆっくりと、しかし刻々と変わっていく風景は、無言でいろいろなことを教えてくれた。観光ルートを辿らなくても、現地の特産品を食べずとも、ボクはかけがえのない体験をたくさんした。風に触れ、雨の匂いに包まれ、鳥のさえずりを聴いた。闇に戦き、太陽に喘いだ。赤ん坊がベビーカーで眠り、老人たちが道端で笑い、少年たちが家路を急いでいた。車は行き交い、電車は乗客を運び、どこでも人は働いていた。どんな道にも、どんな景色にも、年表に載らない歴史があった。それらはすぐに形にして出力できないけど、きっとボクの血肉になっている。デジタルなデータ化が不可能な入力こそが、ボクが得た宝物だ。歩いて本当に、本当によかった。」――久住の「あとがき」の一文である。

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(「炭火焼肉ミートミート」の石焼牛スジ煮込みラーメン)

 昼食は、つれとともにみはらしの丘にある「炭火焼肉ミートミート(meat meet)」を初訪問。開店時刻をめがけてひきを切らずにやってくる車の多さが、人気店であることを示している。
 豊富なランチメニューから、石焼牛スジ煮込みラーメン(小ライスつき)980円をチョイス。ほかのメニューはどれも肉満載なのできついかなというのが、これを選んだ理由。ところが……。(苦笑)
 運ばれてきたものを見て意外だった点が2つあり、その一つは、牛スジの量がものすごく多かったこと。ほかのラーメン店なら肉類はチャーシューが2枚程度で、その大きさや厚みで若干の差がつく程度だが、ここは焼肉店だけあって、大きくカットしてよく煮込んだ牛スジが山ほど。これ、麺量よりも多くないか?(爆)
 2点目は、肉の量によって大盛り並みになったラーメンのほかに、小ライスが付いたこと。これ、運ばれてくるまで知らなかった。で、その飯量は昨日食べた「三宝亭」の半ライスの3倍ほど。(苦)
 いやはや、予想を超えて大満腹。食べていて思ったのは、これだけ肉が多いと煮込みに入っている大根がやたらとおいしく感じられる(笑)、煮込みにはラーメンよりもやっぱりごはんが合う――だった。

 夕刻になってから、妹とその娘、つまり姪のSちゃんが連れだってやって来る。姪が宝飾会社に転職するに当たって、これまでと同様に身元保証人になってくれとのことで、その承諾書に記名捺印を求められていた。
 Sちゃんはいつの間にかすっかり大人の社会人になっていて、これまでの会社で培ってきた顧客相手のビジネストークが板に付いている。幼い頃はいつも母親の後ろで恥ずかしそうにしていたものだが、いまや見違えるような堂々とした立ち居振る舞いで、新しい仕事が楽しみだと笑顔で語る。こういうのを見ると、人間とは社会がつくってくれるものなのだなと改めて思わせられる。来週から仙台の繁華街にある店で勤務することになるそうだが、これまでどおり明るく、健康な女性でいてほしいと願う。

 夜になっても、昼に食べた煮込みラーメンが胃に残っている感覚があり、腹具合が芳しくない。夕食は食べなくてもいいぐらいの気持ちになっている。
 それなのに、夜は冷奴だけでいいからねと昼の段階から告げているにもかかわらず、つれあいは冷奴のほかに餃子と野菜サラダを用意している。バランスよく、野菜を多くという思想には同感するが、その場合、単なる足し算をしてどんどん量が増えていくことには同意できない。まずは全体の量を念頭に置くべきなのではないか。

nobushi nishie  tenpurani.jpg (今日読んだ2冊)

 夜の読書は、「天ぷらにソースをかけますか? ニッポン食文化の境界線」(野瀬泰申著、新潮文庫、2009)を読み始めて50ページ。
 22時半、消灯して就寝。