fc2ブログ
kaidouoyuku30.jpg

   朝日文庫  515円+税
   1993年7月1日 第1刷発行

 アイルランドにあるのは、無気力、空元気、天才的な幻想、雄弁。また、家々や谷々にいる妖精──。ロンドン、リヴァプールを経て、アイルランドの首都ダブリンへ。隣国イギリスとの長く苦い関係からヨーロッパ文明の光と影を探る。(「honto」の商品説明から)
 人口は少ないが、アイルランドは堂々たる「文学大国」。ジョナサン・スウィフトやオスカー・ワイルド、W・B・イェイツ、ジェイムズ・ジョイスなどを生んだ。隣のイギリスとは、政治的にも宗教的にも長く戦ってきた歴史をもつ。ロンドンで漱石を想い、リヴァプールでビートルズを感じ、ダブリンへ。ケルトの魂に触れつつ、躍動感のある旅がはじまった。(「BOOK」データベースより)

 読み始めて100ページ以上読んでも著者はまだロンドンにいて、アイルランドに足を踏み入れていません。(笑) 司馬は、アイルランドに行くにはまず英国という光を多少なりとも感じてから、影であるアイルランドに入りたいと考えているようです。何につけ、物事には自分なりの手順が重要ということでしょう。
 リヴァプールで著者は、ビートルズのことにも思いを馳せながら、互いに競合するようにして威容を競っている英国国教会(アングリカンチャーチ)の大聖堂と、ローマ・カトリック教会のメトロポリタン大聖堂を見に行っています。ちなみに、アイルランド人の多くはカトリック信者なのだそうです。
 やっとこさダブリン入りしたのは176ページめで、270ページあるこの本の3分の2近くがイギリス関連となっているのでした。

 アイルランドでは、ダブリン郊外にある「マーテロー塔」という短円筒状の砲台跡を見に行っています。19世紀はじめのナポレオン戦争の時代、イギリス帝国が各地に築いた小さな防御砦のひとつで、ジェームス・ジョイスという人物の書いた「ユリシーズ」という長編小説の舞台になっているところなのだそうです。
 それを見て司馬氏は、「どこか、幕末の“洋学者”兵法が残した珍物で、どうみてもチャチな、神戸の和田岬砲台に似ている」と、おもしろい感想を漏らしています。和田岬砲台とは1864年、幕命を受けた勝海舟が設計してつくられた、神戸市兵庫区にある国指定の史跡です。ここのほかにもう1か所現存している西宮市の「御前浜公園」にある「西宮砲台」を見たことがありますが、アイルランドの砲台はたしかにそれらとよく似ているのでした。

 司馬によれば、「ダブリン市民」などの著書がある作家J・ジョイスは、「予は何人にも仕えず」という不屈なものを感じさせる容貌をもち、神にも仕えない代わりに、熱狂的な民族主義大衆の下僕になることもせず、アイルランドの文芸復興運動にも冷淡で、しなやかながら孤立していたようです。彼はおそらく自分の想念のなかに閉じこもっているだけで十分退屈することがなかったのだろうと、司馬は述べています。
 そんなところを読んでいて、数年前、誰かに仕えて生きるのはもうぼちぼちやめていいのではないか――と考えて職を辞した当方は、彼と似ているところがあるのかもしれないなと思ったところです。

 さて、2021年はこの本が最後の読了本となりました。この1年間で、歴代最高となる124冊を読破したことになりました。
(2021.12.27 読)

nihon tanken23

   角川文庫  417円+税
   1994年3月25日 第1刷
   1995年4月20日 第5刷発行

 この9月に関川夏央の「汽車旅放浪記」を読んだところ、それは、何十年か前に宮脇俊三が鉄道旅を始めた頃の各シーンと、著者が21世紀になってから自ら行っている旅とのふたつを、時間軸を越えてクロスオーバーさせる展開になっていて、独特で不思議な読み応えがありました。
 こうなると、その元となった宮脇俊三のほうも読みたくなるのが読書マニアの常というもの。宮脇にはどのような著作があるのかを調べ、そのうちから目ぼしいものを何冊か購入し、宮脇の第1冊目として読んだのが、この「日本探見二泊三日」です。
 1991年の初出。日本ノンフィクション賞を受賞して人気を博した1作目の「時刻表2万キロ」(1978年)からだいぶ経ってからのものになります。

 遠くへ行くばかりが旅ではない、遠近に関係なく「旅」は可能だ――。
 国内の鉄道路線を乗りこなし、世界の鉄道を旅した著者が、2泊3日ほどの日程で、おおげさな気負いもなく、ふるさと日本「探見」の旅に出かけた先は……。
 団体客が押し寄せるような有名観光地ではなく、訪れる人はその数十分の一、まだ荒らされずに日本のよさが残り、しみじみと静かな旅にひたることができる、そんな土地の数々。熊野古道、親不知、日豊海岸の浦々、南淡路、五島列島、名張、お遍路の道、ちほく高原鉄道など、旅本来のもつ味わいに充ちた日本ふるさと紀行。(「BOOK」データベースより)

 上記には記載されていませんが、ほかに「秋田のかまくらいろいろ」「阿武隈山地は三春と霊山」「鵜飼と南無阿弥陀仏(広島県三次)」「マツタケと石の蛭川村(岐阜県)」「五能線の秘境列車」があり、全13編となっています。
 こういう旅モノを読んでいて思うのは、地理に対する理解が極めて大事であることです。位置関係などがわからないままに読んでいると、面白さそのものまでが失われてしまいます。今回に関して言えば、五島列島の島々が南からどのような順番で並んでいるかがわからなければ、字面だけの世界になってしまいます。また、夕張の章では、室蘭、苫小牧、夕張の位置関係すら自分にとっては曖昧なところがあり、グーグルマップで確認しながら読みました。
 一昨年の北海道旅で夕張はじっくり見てきたつもりだったのですが、今になってみるとすでに曖昧なところがあるので、これも地図で確認しながら読みます。しかし夕張に関しては、著者が歩いた1990年頃からは大きく変貌していて、当時のJR夕張線は廃線となり、炭住のたたずまいが残っているところはだいぶ減り、著者が泊まっていたできたてのホテルや自転車で巡った観光施設などの多くは閉業してしまっているのでした。
 だいぶ前の著作ですが、しっかりと楽しめました。
(2021.12.24 読)

kaidouoyuku35.jpg

   朝日文庫  600円+税
   1994年12月1日 第1刷
   2007年10月10日 第19刷発行

 ときあたかも1980年代末の土地バブルに踊る日本をあとに、「国民が国土を創造した」オランダを訪ねる。鎖国時代の日本にとって、暗箱にあいた針穴から射しこむほどのかすかな外光がオランダだったと著者はいい、プロテスタント精神の発露たる商業活動が育てた自律的、合理的な国民性をゆく先々で実感する。さらに、レンブラントやゴッホの絵画への著者の深い理解が共感を呼ぶ。(「BOOK」データベースの商品解説から)

 さすがに司馬遼は、この直前に読んだ2冊(久住昌之と清水義範。これらはこれで、娯楽本としては一流)よりも、文字の後ろにある世界はずっと広大で、しっかりとした読み応えがあります。著者のひらめきや含蓄から話題は各方面へとどんどん広がっていくのですが、それらの多くからはへぇーそうなんだ的な歴史や、物事の道理、それらの脈絡などが連鎖していくような実感が得られ、一種の知的充実感が味わえます。

 司馬氏らは、オランダのマーストリヒトからグロンスフェルト(オランダ語で緑野の意)、ムヘール(湖の意)、ノールベーク(ノルマン人の川の意)といった町を通って、オランダ・ドイツ・ベルギーの国境になっている「三国点展望台」へとドライブしています。
 その後、ドイツのアーヘンとベルギーのリエージュを見てまわるのですが、地図で確認すると、これらの都市間は山形と仙台ぐらいの距離しか離れていず、国境の検問もなく、ただの隣りの都市といった雰囲気で行き来しているのでした。大陸における国境とは何なのか、島国育ちにはどうもピンと来ないのですが、こういうことを知るにつけ、西ヨーロッパはひとつでいいのだという考え方もよくわかるような気がします。

 また、ベルギーのアントウェルペン(アントワープ)では、中央駅西側の一角にあるユダヤ人街を歩いています。グーグルマップのストリートビューでその場所を見ながら読むのですが、そのペリカーン通りには彼らが生業とする宝石店がずらりと並び、一本裏に入ったホーフェニールス通りに至っては、ユダヤ教のシナゴーグが存在しているのに加えて、ユダヤ人独特の黒い帽子、黒い服姿の男性が多数写り込んでいるのには、今でもそうなのかと驚いてしまいました。
 司馬氏がここを歩いたのは1990年のことでしょうが、「立話をしている人も、ビルから出てくる人もみなユダヤ人で、それらのなかで異教徒として歩いているのは、私どもだけなのである」「歩きながら、私は自分の呼吸量がすくなくなっていることに気づいた」と記しています。その状況は今に至っても続いているというわけです。
(2021.12.23 読)

dainagoyagojiten.jpg

   角川文庫  514円+税
   1998年3月25日 第1刷発行

 異郷人としてはある程度は名古屋弁に親しんでいる人間だと思っていますが、まだまだ名古屋は知らにゃあ言葉が多いもんでかんわ。
 ということで、愛読している清水義範の著作物でお勉強を。

 「その特殊性を指摘されて久しい“名古屋”。他の地域とは、大きく異なる文化をもつ。生活、思想も独自の道を歩み、独立国であるかのようだ。この辞典は、その点を踏まえ、名古屋独特の言葉、行事、食べ物、その他あらゆる領域を取り上げている。
 などと書いていると、とっても真面目な辞典のようだが、漫画、写真が並び、ギャグもふんだんに入ります。楽しくて面白くてためになる。名古屋を知るためには、必携の一冊。
 これであなたも名古屋通!?」(カバー背表紙から)――とのことです。

 五十音順にキーワードがずらりと並びます。例を挙げれば、あつたさん、あのよう、あらけにゃあ、いこまい、いっつか、いんちゃん、おそがい、おつとめひん、おぶう、オリエンタルカレー、菓子撒き、きがずつない、けなるい、こぎる、こわける、しこる、寿がきや、だだくさ、つれ、どて煮・どて焼き、ナナちゃん、なぶる、はば、ひずがない……などなど。わかります?(笑)
 その合間には、2ページほどの分量の「名古屋エッセー」が8本。そして巻末には「付録」として、音便・音韻脱落・アクセントなどをまとめた「名古屋語について」と、名古屋語に翻訳してみたってちょーせ、さあ、できるきゃーも……という「名古屋語テスト」があり、さらに「共通語→名古屋語索引」、「あとがき」が3本、国立国語研究所の杉戸清樹氏による「解説」とつづく、名古屋を愛する者にとってはたまらない超充実版です。
 名古屋を知る上では、言語生活研究なり社会言語学の観点からなかなかいい勉強になりました。
(2021.12.19 読)

senrotsumami.jpg

   カンゼン  1,600円+税
   2018年5月28日 第1刷発行

 QUSUMI作品を読むのは、「食い意地クン」(2004)、「ひとり飲み飯 肴かな」(2015)、「ちゃっかり温泉」(2012)、「昼のセント酒」(2011)、「ひとり家飲み通い呑み」(2012)に次いで6冊目かな。
 一方、「ふらっと朝湯酒」(2014)、「ニッポン線路つたい歩き」(2017)、「面(ジャケ)食い」(2020)、「麦ソーダの東京絵日記」(2021)あたりも買おうと狙っているのだけど、古書としてまだ値ごなれしていないので、もう少し待つことにしています。

 「孤独のグルメ」の久住昌之氏がガイドブックやスマホに頼ることなく、観光名所を調べるわけでもなく、ただ線路をつたって歩く自由な散歩紀行。
 旅先での思いがけない美しい風景や人、メシ&酒&風呂との出会い……。心がほっこりする小さな感動を久住節で味わい深く綴っていく。
 久住氏が撮った独特の写真も満載で、思わずささやかな旅に出かけたくなる、大人の独り旅エッセイ。(内容紹介から)

 これといった目的地を持たず鉄路に沿って散歩をしてその様子を書いていくというもので、それ自体それほどワクワクするような企画ではないと思うのですが、読んでみれば、肩の力を抜いてQUSUMIらしい視線と筆致で感じたままを書いているところが素朴に感じられてとてもいい。

 歩いた線路17か所の内容は、次のとおり。
 「蒸気機関車に乗って、つたい歩き! 真岡鐵道」「秋晴れの弥彦線の1本のイチョウの木」「晩秋に枯れ葉舞い流山線に日が暮れる」「跨線橋に心揺さぶられた武豊線」「つたい間違えた! 海の中道線」「峠を越えて宇野線と港町へ」「のんびり1両車で花のいすみ鉄道へ」「食堂にフラれ続けて上信電鉄」「カーテン付きのディーゼル車 フルーツライン左沢線」「せせらぎの聞こえる富士の裾野・身延線」「1日3往復しか走らない小野田線の終着駅へ」「ナローゲージの四日市あすなろう鉄道」「線路脇にリンゴが実る弘南鉄道大鰐線」「知られざる東海道本線? 美濃赤坂線」「日本最短のローカル私鉄 紀州鉄道」「三角線で秘境駅に迷う」「潮風に吹かれ、温泉で締めた日豊本線」。

 QUSUMIと一緒につたい歩きした気分になれて、自室にいても退屈しないトリップ感が得られました。この感覚を味わうには、多少時間はかかっても、グーグルの地図とストリートビューを見ながら読むのがキモです!
 なお、「ニッポン線路つたい歩き」はこの前作に当たるもの。両作は、本を買わなくても、交通新聞社のウェブサイト「トレたび」でも読めるようです。
(2021.12.19 読)

kaidouoyuku23.jpg

   朝日文庫  420円+税
   1988年11月20日 第1刷
   2005年1月30日 第15刷発行

 ポルトガルは、大西洋の水蒸気を運んでくる海風のおかげで雨が多く、また、海水の温度が寒暖の差をすくなくし、いわば常夏といっていい。太陽が存分に照っているという点でも、ヨーロッパでもっとも恵まれている。人間が穏やかで秩序的であり、スペイン的な激情は見られない。(本文より)

 「南蛮のみちⅠ」で巡ったバスク地方から首都マドリードへ移動して、最終的にはポルトガルに向かう行程の部分。
 司馬は、プラド美術館の近くで偶然見つけた「サン・ヘロニモ・エル・レアル教会」を気に入って眺めています。マドリードに唯一残るゴシック様式の教会なのだそうです。
 また、タホ川のほとりの古都トレドに足を運び、この街で最も美しい門と言われる「太陽の門(プェルタ・デル・ソル)」を見ています。12世紀につくられたアラビア人の好む焼き煉瓦造りで、レコンキスタ(国土再征服運動)でキリスト教になって早々のものです。
 さらに、マドリード郊外にある、スペイン黄金時代の王フェリーペ2世が異常な執念をもって造営したという「王立サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアル修道院」にも赴いています。1563年から84年にかけて造営されたものです。

 その後は、リスボン特急に乗車して、リスボンに向かっています。現在はどうなっているのかわかりませんが、司馬氏が乗車した1980年代半ばのリスボン特急は、国際列車のイメージからはほど遠く、単線を2両編成の列車が走る田舎のローカル線のようなものだったようです。
 当方も1983年に、パリ~マドリード間を夜行列車で往復しているはずなのですが、その区間はこれほど貧相なものではなかったような気がします。その特急の名称は“プェルタ・デル・ソル”とか“マリー・ゴールド”とかいったように記憶していますが、間違っているかもしれません。
 リスボンは当方にとって未踏の地ですが、見どころが多そうだし、本場のファドも聴いてみたいし、興味を持って読みました。
 リスボンの海洋博物館で海軍大佐の副館長から説明を受け、河口の遊覧船に乗って海側からリスボンの市街を眺め、夜にはファドの店で食事をし、大陸の最西南端となるサグレス岬へと向かうのでした。

 本はただ早く読めばいいというものではなく、読んで場所を確かめたくなればネットで地図を見、人名・地名に関して調べ、文章に登場した音楽の雰囲気を味わいたければ動画や音楽をチェックして聴きながら読めば、ぐっとその内容が濃くなります。グーグルマップで現地の画像を見ながら、また、アマリア・ロドリゲスのファドを聴きながら読めば、一人で街道を歩き、リスボンの居酒屋に身を置いているような気になれるのはいいのですが、時々視線を遠くに泳がせながらそうしているとたちまち時間が過ぎていき、ページ数自体はあまり進まないのでした。
 社会に出て仕事をする日々は、学ぶことも確かに多かったですが、職を辞してこうして本を読み、知らない世界に触れていくことによって、自分がどれほど世の中に関して無知であったか、基本知識に乏しい人間であったかが、痛いほどに自覚させられています。今からではやや遅い気もしますが、そうでもあるまいと都合よく考えて、書籍の中や初めて行く土地でより多くのことを体験し、新しい気づきや感銘を増やしていきたいと思っています。
(2021.12. 読)

kaidouoyuku22.jpg

   朝日文庫  560円+税
   1988年10月20日 第1刷
   2005年1月30日 第16刷発行

 バスクは浮世の国ではない。常世の、本質的な国であるような感じがする。ここはバスクだという標識はないかと期待していたのだが、ついにそれがバスの前面に近づいてきた。道が丘と畑のなかの三叉路に近づいたとき、銹(さび)の吹き出た鋳物製のような造形が、ずっしりと立てられていた。──日本史のなかでもっとも印象的だった「南蛮人」の代表、宣教師フランシスコ・ザビエルの痕跡を求め、パリからザビエルの生地であるバスク地方へと訪ね歩く。(カバー背表紙などから)

 フランシスコ・ザビエルやイグナティウス・ロヨラといった、日本に関係のあるバスク地方出身者を念頭におき、パリからフランス側のバスク地方の都市バイヨンヌに向かった一行。司馬は、バイヨンヌは歴としたバスク地域の町だが、町のどこを歩いてもバスク文化というような得意なものは見当たらず、面としてだけでなく点としてもすべてフランス文化であるように思われるとし、この点について、アイヌとその文化にあこがれて函館か小樽にやってくるようなものだろうかと感想を述べています。

 その後一行は、アルネギーという集落のあるロンスヴォー峠からピレネー山脈を越えてスペイン領内へと入り、バスクの町パンプローナをいったん通過して、サングエサ近郊、F・ザビエルの出生地であるハビエール(ザビエル)の、日の暮れかけた時間帯のザビエル城を訪れ、感動まじりに眺めています。このあたりのことについてはグーグルマップを使って位置関係を調べたり、現場のストリートビューを見たりして、臨場感を高めながら時間をかけて読みました。

 続いて、パンプローナから北太平洋のビスケー湾方面へと進み、内陸平原地帯のアスペイティアという町の近く、イグナティウス・ロヨラの生まれ故郷のロヨラの城館を見に行っています。バロック様式の悪趣味な建物や部屋、展示物などを見て、(ロヨラとはこんなやつだったのか)と疲れ切った感想を述べているところがおもしろい。
 都市の美しさとしてはスペイン有数だという、ビスケー湾を望むサン・セバスチャンに到着。比較的歴史が浅く、スペイン国民の夏の避暑地ともなっているこの街が、どこかアルカリくさいコンクリートの匂いがし、仏領バスクのバイヨンヌと比較すれば、空気として中世的文化を多量に残したバイヨンヌの町並みのほうが勝ちだと述べています。また、その翌日の記載として、大統領府があるビトリアを訪れ、バスクの大統領と会ったところで、この巻が終わって第2巻へと続いています。
(2021.12.12 読)