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   文春文庫  710円+税
   2020年5月10日 第1刷発行

 博多が舞台の作品を読みたいと思って入手したもののひとつ。
 主人公は藤川啓吾、49歳。故郷の福岡に帰り、親が残した米穀店を廃業してスコッチ・バーを始めたのが6年前。会社組織の横暴に耐えられず脱サラし、妻とも離婚して心機一転、福岡に帰ってきたつもりだったが、実はその時一人の女性に心残りがあった。
 そして、ある10月の晴れた日、6年間交流がなかったその女性からいきなり「いま福岡空港に着きました」と電話があって……。

 彼の生まれ育った場所で開いたスコッチ・バー「ブランケット」が、大名(だいみょう)小学校正門前にあるという設定。福岡を知る人なら「立地がいい!」と叫びたくなる場所なのだそうです。
 のびのびとした大人向けの小説で、2000年頃からオシャレな街として注目されている大名の移り変わりを感じながら、彼らと一緒に大濠公園を散歩したり脇田温泉に入ったりしている気分を味わえるものになっていました。

 退職して故郷に戻ってきたもののうまくいかない、それどころか第二の人生でつまずきそうになっているという、よくある話かなと思っていると、節々で驚くことになります。突然現れた同僚の妻美奈という女にしろ、その夫の神代(くましろ)という無二の親友だった男にしろ、最初に見えていたものとはまた別の側面が提示されて、キャラクターの奥行きと謎を深めていくので、ページを繰る手に力が入ります。

 池上冬樹は解説で、以下のように述べて締めくくっています。
 刺激的で、過激な装いはないけれど(ただし艶やかな性的な場面はある)、本書には苦悩する者たちの人生讃歌がある。物語の面白さに引き込まれ、人物に感情移入して、生きることの困難さに立ち会うことになる。生きることの意味を一つひとつ問いかけ、問題点を摘出して力強いメッセージを示す。本書では、愛すること、裏切ること、人間と人間の強い絆とは何かなど様々にことを論じて、人生が充分に生きるに値することを静かに訴えている。
(2021.7.24 読)

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