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2022.05.05 20220504 水
 6時起床。
 水曜日は母の入居施設に着替えを届けに行く日なのだが、あそこに行かなければならないというだけで極めて気が重い。3日前に電話で話したデキ悪の女職員とは会いたくないし、母が出てきたりするとまた呪文のようないやな話を聞かされることになる。今後について施設長と話したいが、この日は祭日なので休んでいると思われる。

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 仕事を辞し、社会からある程度の距離を置くことができる身分になって以降もっともよかったことは、会いたくない人と進んで会わなくて済むことだ。仕事上とか世間体の面において、避けて通りたい人物はけっこう多くいたものだ。職位をかさに着て無意味に威張っている奴、自己主張ばかりで人の話を聞こうとしない奴、そもそも社会的にどうなのかと思えるようなレベルの低い奴などがいて、それはないだろ、明らかにヘンだろと感じながらも、相手がクライアントだから、上司だから、年上だからと、ずいぶんと忍従を強いられる場面が多かった。つまるところその人たちとは、仕事などの社会的制約があるためにやむを得ず付き合っていただけで、はっきり言えば自分にとって不必要で、むしろ邪魔なキャラでしかなかったと言ってもいい。
 そういうヒトビトと距離を置いてもかまわない立場にようやくなれたおかげで、どれほど晴れ晴れとしたストレスのない日々を送れていることか。雲泥の差というか、はかり知れないほどの心地よさがある。くりかえすが、精神のやすらぎを得るために最も効果的な方法は、嫌な奴とは会わず、話さず、目を合わせないことで、“三十六計逃げるに如かず”なのである。もう、逃げてもいい立場になったのだから、そうしたって一向にかまわない。(笑)

 自分だって、周囲の誰かにとっては似たようなプレッシャー人間になっていたこともあっただろう。部下には職務上言いたくないことも言わなければならないことがあるし、当方の行為や発言によって不快な思いをした交渉の相手方がいたかもしれない。そういう人がいたら謝り、反省するしかない。だから今は、他人とは一定の距離を置き、必要以上に近づいたり相手に何かを求めたりしないよう、十分に気をつけている。そうすることがむしろ、自分にとっても気をつかわずに済み、快適なのだ。
 これから新しい知己をつくったとしても、その人物がよく自分を理解してくれるかどうかはわからない。そして、仮に気を許せるような間柄になれたとしても、その人が病に伏し、命を失うようなことになれば、悲しい思いばかりをしなければならない。だから、これからは敢えてそういう種は蒔かない。そういう生き方だってあるのではないかと思っている。

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(okinawa-image(タピック県総ひやごんスタジアム))

 10時過ぎに渋々施設を訪問したところ、折よく施設長が出勤していたので、話を聞いてもらう。3日前の出来事について、問題の職員はすぐに報告すると言っていたにもかかわらず、いまだに施設長には報告が届いていないようで、そんなことがあったのですかと申し訳なさそうに言う。
 その職員の振舞いについてはたくさん不満があるが、別にここで蒸し返すつもりはなく、当方としては母から直接受ける呪詛がきつくて持たなくなっているので、①母から当方へ直接電話をかけさせることをしばらくは控えてもらいたいこと(ヒステリーのピークで職員が困り果てたときではなく、機嫌の穏やかな時であれば、対応させてもらう)、②週2回の洗い物の受け取りを、しばらくの間、週1回(土曜日)に減らしてもらいたいこと、の2点について要望し、合意を得た。
 問題の職員が今日も出勤しているので呼んできますと言われたが、呼ばないでくれとお願いした。先に書いた理由により会いたくも話したくもないので。

 母には冷たいようだが、これでこちらの肩の荷がかなり軽くなり、戻った車の中で深々とした安堵のため息が出た。言うほうは言ったことをすぐに忘れて何度も言うだけだが、聞かされたほうは言われたことが心の中で累乗加算的に蓄積していき大きな負担となる。これが今後は少しだけ緩和されることになる。体にたっぷりと浴びた邪悪な放射能は、濃度が希釈されるまでには何年もかかりそうではあるけれども。
 一方、施設職員は、言った本人はすぐに忘れるわけだから気にせずに聴いてあげろと言う。しかしそう言う職員は、母という女性が人間としてもうまともではなく、この女性の言うことなど自分たち職員と同程度の鈍感な感覚で聞き流してしまえばいいのだと考えているわけで、言い換えれば実母の人格の否定、我々親子関係の軽視という二重の過ちを息子の目の前で曝け出していることになる。もう少しわれわれ家族の立場になって考えてもみてくれと言いたい。
 いずれにせよ、当方が相手にしなければならない母と施設の双方の理不尽な状況から一歩でも距離を置くことができるようになれたのは、八方塞がりに陥っていた当方にとっては悪いことではないと思う。

 昼食は、家で生蕎麦を茹でてもらって食べる。できがよく、最近行った2軒の店の蕎麦よりも、今回のほうがずっとおいしく感じられた。濃縮還元のそばつゆはさすがに一流どころにはかなわないけれども、刻みネギが好きなだけ使え、かき揚げ・かぼちゃ・サツマイモと3種揚げたての天ぷらがたっぷり食べられ、蕎麦の風味も十分に堪能することができた。

 午後は、気が楽になったためか、たっぷりと昼寝ができる。日中からこのありさまではどうかと思うが、安らかに眠れることが人間にとっていかに幸福なことであるかを実感することにもなった。

shibasaki kou 2004
(「オレンジデイズ」の柴咲コウ)

 夜も、じっくり風呂に浸かり、適度に飲んで寛ぐことができて、ゆったりと時間が過ぎていく。
 録画で観ている18年前の番組「オレンジデイズ」に登場する柴咲コウは、常時世間にケンカを売っているような目つきがものすごく印象的で、この役は彼女なくして成立しなかっただろうと思う。番組に感化され、その原作になっている文庫本「オレンジデイズ」(北川悦吏子著、角川文庫、2006)の古書をブックオフに220円にて注文する。この価格で読めるならタダみたいなものだ。

 読書は、「むかしの味」を60ページ。就寝23時過ぎ。

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