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2022.10.02 20221001 土
 母の身の振り方に関して右往左往しているうちに9月が終わり、10月に入ってしまった。月が変わったことだし、気分を一新して日々に臨みたいと思うが、果たしてそううまくいくかどうか。少なくとも気概だけはきちんと持って暮らしていきたい。

 朝作業として、ブログの更新、テレビの録画設定、この3~4日手付かずになっていた株取引の帳面整理、株取引の9月分の総括と進めていく。
 9月の株式取引を総括すると、日経平均がこの1か月に7.67%も下降したことを受けて、自己資産額(取引に充てている全体額で、保有株式時価総額+買付余裕資金)も6.12%目減りしてしまった。この間、利益確定売りがたったの2本と少数・少額だったのに対して、買いが24本にも及ぶかなりの買い基調となったため、今後の買付余裕額も大きく目減りした。
 今年に入ってからはわりと順調に資産を伸ばしてきていたのだが、ここに来てその半分近くを失った形となっている。一本調子で伸びていくわけではないからこういう時期も必ずあるのだが、アメリカ株価の低下は著しく、世界的な景気後退がこれから加速度をつけてやってくるのではないかという不安が拭いきれない。いったん下げたあとは短期的にはある程度値が戻るという想定で動いているので、この読みが外れると、ダメージはかなり手痛いものになってしまう。

 このところ外での活動が多かったこともあり、今日は家でおとなしくうどんでも食べようとつれと話し合い、山形の郷土料理の一つでもあるひっぱりうどんにしてもらった。そばつゆに大量のネギと七味、ほかに生卵、納豆、鯖缶を投入して、熱いのをずるずると啜り上げる。秋のこの季節になれば、熱々のひっぱりうどんでもおいしく食べられる。最後の蕎麦湯タイムには汗が噴き出るけれども。

house lunch 20221001
(昼はわが家でひっぱりうどんだ)

 午後は、去る8月の末に歩いてきた「東京下町散歩」のインプレを書く。しばらくぶりに再開したので、どこまで、どのような文体で書いたのか、そしてそもそもどんな印象をもって歩いたのだったかを、画像やその時のメモなどを見て思い出しながら書き進める。むろん、すらすらと書けるわけもなく、ウェブの地図で道順を確認したり見学地の由来を調べたりしながらの作業となり、書きあげるまでにはもうしばらくかかりそうだ。

 書くのに疲れてきた夕刻近くからは、「街道をゆく24 近江・奈良散歩」の読書。「近江散歩」を読み終えて、後半の「奈良散歩」へと読み進めていく。
 「奈良散歩」のはじめのくだりには、昭和の歌人・前川美佐雄の歌が2首引用されていた。「晩酌は5勺ほどにて世の嘆きはやわが身より消えむとぞする」「外に出でて不愉快の思ひせむよりは寝るに如かじと昼を寝てをり」という、いずれも当方の心境をそのまま歌ってくれたように思えるようなものだったので、我が意を得たりとここに引用しておく。前川の短歌についてある人は、「一人こもる無為の抒情の中に、何か反抗とも受けとられる歌がある」というふうに的確に評しているとも書かれていた。なお蛇足だが、自分の場合は、酔うには5勺ほどでは足りない。
 この日はこれを80ページ読む。

nara daibutsu 20131027
(奈良東大寺の毘盧遮那仏(大仏) 2013.10.27)

 飲んだ後の夜は、一昨日施設から持ち帰った母の荷物の整理を、手始めに1時間余りやってみる。施設の居室に2年7か月の間置かれてそのままになっていた冷蔵庫を、お疲れ様の思いを込めてきれいに掃除する。荷物のうちの雑貨類を分別すると、無くなったから持ってきてくれと何度も言われたペン、メモ帳、便箋、リップクリーム、塗り薬などが、小分けされていたいくつかの袋から続々と出てくる。つまりは、いつの間にか自分で所持品の整理ができなくなっていたのだろう。
 山ほどある衣類、タオル類に関しては、明日以降に行うことにして、今夜はここで切り上げる。

 24時近くなってから、就寝。
 心臓の難病で苦しんでいたアントニオ猪木が今日の朝、死去したとの報。79歳。熱かったプロレスの時代がひとつの歴史になってしまった。少年時代からこれまで50年余り、彼からはたくさんの元気と勇気と胸のときめきをもらってきた。心からありがとうと伝えたい。

inoki shikyo 20221001
(さようなら、猪木。)


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