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2022.12.06
光の犬 松家仁之

新潮社 2,000円+税
2017年10月30日 第1刷
2018年1月20日 第2刷発行
この本を読もうと思ったのは、若かりし日の著者が、先に読んだ宮脇俊三の「途中下車の味」(新潮文庫、1992)に“若い編集者”として登場していたからです。
「途中下車の味」には、編集者に異動があり、旅の相棒が松家仁之氏という“白皙で、ずいぶん背の高い青年”に代わったと記されていました。そして宮脇は、いずれ作家となった初老の松家が、若い編集者と一緒に今回訪れた地を再訪することがあり、「宮脇という鉄道に乗るのが好きな人と一緒にここに来た」と回想するかもしれないと書いているのでした。
30年後には、宮脇が空想したとおり彼は小説家になり、この「光の犬」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞するほどの大家になったというわけです。
北海道の東部、オホーツク海に近い枝留という架空の町が舞台になっていますが、そのモデルは遠軽の町と思われ、町のシンボル「瞰望岩」が、「智望岩」という名称で描かれています。
北の町に根づいた一族三代と、そのかたわらで人々を照らす北海道犬の姿。助産婦の祖母の幼少時である明治期から、父母と隣家に暮らす父の独身の三姉妹、子どもたちの青春、揃って老いてゆく父母と伯母たちの現在まで……。100年以上に亘る一族の姿を描き、読後、長い時間をともに生きた感覚に満たされる待望の新作長篇!――とのこと。風景画を眺めているときのような静かな筆致が独特です。
松家仁之(まついえまさし、1958~)は、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部在学中にデビュー。卒業後、新潮社に入社。その後いくつかの雑誌の創刊・編集長などを経て、2006年より「芸術新潮」編集長。12年、長篇「火山のふもとで」で小説家として再デビュー。18年、「光の犬」で芸術選奨文部科学大臣賞・河合隼雄物語賞受賞。
いちばん若い世代は、添島歩と始という姉弟です。祖母のよねは信州の追分で生まれ、東京で助産婦になり、夫の眞蔵とともに枝留に来て、たくさんの赤ん坊を取り上げます。その長男の眞二郎は、眞蔵が重役を務める薄荷精製工場の電気技師で、妻の登代子との間には二人の子がいて、それが歩と始。眞二郎には三人の姉妹がいて、みな独身のまま同じ敷地内で暮らしています。
そして犬たち。家族同様だった、イヨとエスとジロとハル。それぞれの性格の違いが細やかに描かれています。
とりわけ丁寧に足取りを辿られるのは歩と始で、その二人と親しくなる牧師の子の工藤一惟(いちい)の存在も大きい。
歩と一惟は小学生の時教会の日曜学校で出会い、高校になると絵を描くことでの絆ができ、やがて歩は一惟のバイクの後ろに乗るようになります。その後、歩は札幌の大学の理学部に、一惟は京都の大学の神学部に進み、それぞれに恋人を得たりしますが、歩は最後まで結婚しません。一惟のほうは妻を得て二人の子供も生まれますが、歩とは手紙のやりとりはあるものの疎遠になって十数年後、歩はがんに侵され、一惟は牧師として彼女の終油礼を執り行うことになります。
終盤は、人生の苦しみがにじみ出ます。
添島一族を一人で担う形になった始には、70歳を過ぎうつ病のうえに認知症を発症して老人ホームに入っている伯母がいます。3姉妹の伯母の一人なのですが、この人物に関して「好き嫌いがはげしいから、ときどき好物のうなぎや明太子を持っていくとよくごはんが進むのよ」というくだりがあり、その行動のみならず好物までもが、我が母親とまったく同じだなと思う。
その伯母が逝き、始は50代になり、いずれも80歳を越えた父親と、同じ敷地内に住み認知機能が衰えた残りの伯母姉妹2人を前にして、「いつなにがあってもおかしくはない。しかしいつどのように終息するのかは誰らもわからない」と立ちつくしているのでした。身近に要介護者が一人いるだけでも大変なのに、まとめて3人も面倒をみなければならなくなった始の心境はいかばかりだったでしょうか。
そんなことを思いつつ、北海道の晩秋の残光のような静かな終局まで一気に読み続けました。
群像を扱う小説なので、色の違う何本もの糸が縒られるようにして話が進み、項ごとに中心人物や時間的位置が変わっていくという、展覧会の絵を見ているような不思議な構造になっています。そのため、焦点が明確にならないまま440ページを読み終えてしまううらみがあるのですが、読後感はなぜかずしりとくるものがあり、心にいつまでも尾を引くようなナニモノかが残るのでした。
なお、この本が、自分にとって2022年の100冊目の読了本となり、1月に立てた年間読破目標をこの時点で達成することができました。概ねひと月に10冊のペースが維持されているのは喜ばしい。
(2022.10.29 読)
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