fc2ブログ
tanpenbest 2008

   徳間文庫  876円+税
   2008年6月15日 第1刷発行

 このシリーズを読むのは2014年と2005年のものに続いて3冊目で、リラックスしたいときの楽な読み物としてうってつけです。全21作品の概略は、次のとおり。

 結婚10年にして一度も関係したことのない夫婦が、治療によってその2年後にようやく結ばれる。それは結婚後12年間の長い1回のセックスがやっと終わったことだと悟る、石田衣良の「絹婚式」。
 現世とは異なる「幻界(ヴィジョン)」で魔法を学んでいる女の子が主人公。いささか現実離れした設定で、自分としては苦手な部類のファンタジーの、宮部みゆきの「“旅人”を待ちながら」。
 久しぶりに里帰りした大晦日の実家での歳納めの儀式の風景を描き、27歳のOLの心情の揺れを表現する、諸田玲子の「黒豆」。
 紋章上絵師(もんしょううわえし)の世界を基調とした作品なのだが、そもそもそれがどういう職業なのかを知らないため、いま一つその枯れた味わいが理解できなかった、泡坂妻夫の「匂い梅」。
 出来そこないのヤンキー住職が醸し出す味のある人間関係の中で、周囲の不幸が徐々に氷解していく、中場利一の「笑わないロボット」。

 きわめて涙もろいにもかかわらず、母の言いつけによって涙を流す前にその原因をつぶして生きてきた主人公が、母の死によって涙腺決壊記念日を迎えたのだが……という、山田詠美の「涙腺転換」。
 母入院の知らせを受けて戻った郷里で、主人公はかつて自分が描いた絵を通して交際していた女性と再会する。甦る過去の思い出が感動へとつながっていく秀作、蓮見圭一の「秋の歌」。
 共同でデザイン事務所を経営していた弓枝は、事務所に勤めていた女性から、いつも対等な立場で接していた夫をかすめ取られてしまう、唯川恵の「みんな半分ずつ」。
 恋人と職を同時に失ったヒロインが、自殺を考えていた橋の上で一人の初老男性に声をかけられ、そのまま北への旅に同行するという、夢中の話のような桐生典子の「雪の降る夜は。」
 黄色の好きな年上の女性と不倫関係にあった主人公が、その女性の突然の死に遭遇し、黄色いハイビスカスを育て始めると、その先には春を予感させるような変化が……という、藤田宜永の「黄色い冬」。

 図書委員のクラスメートに会いたくて図書室に通う男子中学生。彼女が転校するまでに少しでも親しくなりたい少年の切ない気持ちが伝わってくる、関口尚の「図書室のにおい」。
 言動に問題の多い刑事コンビがなぜか高収入の女性漫画家の身辺警護に駆り出された顛末を描く、大沢在昌の「ぶんぶんぶん」。会話の羅列で推敲が甘く、やっつけ仕事になっている。
 劇中劇のような形で一人芝居が展開されていき、作者はこの作品で何を言いたかったのかを考えさせられるところに不思議な魅力がある、恩田陸の「弁明」。
 ホテルに逗留中の作家二人が出会い、怪奇な伝承にまつわる話をすると、その後に予想外の出来事が起こり……というホラー小説、桜庭一樹の「五月雨」。
 麻布十番の居酒屋に、鰹が入った報せを受けて欠かさずタタキではなく刺身を食べにくる常連。彼は和歌山の鰹が最高で食べればその味がわかるという。主人の銀次はそれを食べさせるため、女将の女房とともに出かけるのだが……という、柴田哲孝の「初鰹」。

 15年前に人を殺し指名手配され逃亡を続けているかつての同僚女性。その時効成立の日が迫るなかで、ある事情がヒロインを追い詰めてゆく、新津きよみの「その日まで」。
 作者が悦に入って描いている脈絡のない文章が、興味のない落書きを無理やり見せつけられているような不快感があり、なぜこれがこのオムニバスに取り込まれたのか首を傾げざるを得ない、森見登美彦の「蝸牛の角」。
 宇宙空間で消息を絶った無人探査機を単身で追う主人公の孤独感や、惑星の不可解な地表成分によって引き起こされる驚愕などが描かれるSF作品の、堀晃の「渦の底で」。
 記憶から消えた小学生時代の思い出を取り戻そうとして出席した、卒業後25年ぶりの同窓会。当時互いに心を寄せていたクラスメートのみっちゃんと邂逅することで記憶は徐々に甦ってくるのだが……という、衝撃的な結末で締めくくる飯野文彦の「蝉とタイムカプセル」。
 音楽に熱いハートを持つジャズバンドの熱気、苦難、栄光などが、30年もの時を超えて次世代によってドラマ化されるという、時間空間の配置が見事な小路幸也の「唇に愛を」。

 今手元になく、高額に評価されるものを探してほしいというテレビ番組の企画が持ち込まれるところから前ぶれなく怪異譚へと移行していく、その前後のアンバランスが釈然としない、高橋克彦の「私のたから」。
(2023.1.5 読)

関連記事
Secret