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2023.10.02
短篇ベストコレクション 現代の小説2003 日本文藝家協会

徳間文庫 800円+税
2003年6月15日 第1刷発行
このシリーズを読むのはこれが8冊目。
阿刀田高の「海の中道」は、死んだ友人の頼みで訪れたシチリア島で体験した幻想的な出来事をめぐる短篇。
岩井志麻子の「満ち足りた廃墟」は、廃墟のようなアパートで育った少女の、薄幸な人生の端々で描写される、彼女の目を通して見える廃墟の情景が印象に残る作品。
黒岩重吾の「闇が蠢いた日」は、半世紀昔の大阪、旧飛田遊郭界隈で暮らしていた「黒木」の、当時の懐かしい情景が眼前に見えるように表現されているノスタルジックな回顧譚。黒岩は2003年3月死去。
常盤新平の「各駅停車」は、平成不況下、職場でお荷物扱いされ始めた壮年男性の哀切な心境が、日々乗車する鉄道と、旧知の初老男性との会話によって浮かび上がる作品。常盤は2013年死去。
西木正明の「熊穴いぶし」は、東北北部の山で育った少年時代の記憶。都会に暮らす主人公に、狩猟を教えてくれたマタギの死が伝えられたが、その娘のことが思い出され、主人公は葬儀への出席をやめる。もう若い頃の思い出には浸らないと決めた男の気持ちが、この年齢になるとよくわかる。
重松清の「ゲルマ」は、吃音に悩む中学生の心が、乱暴・短気・おせっかいな友人のつくった鉱石ラジオで癒されていくという、ノスタルジックな話。会話は、作者の故郷の岡山弁だろうか。
東郷隆の「ハラビィ」は、アフガニスタン紛争が激化していた時代の、パキスタンからアフガン国境周辺での現地体験に基づいた、リアリティのある短篇。
立松和平の「火の川法昌寺百話」は、1945年3月の東京大空襲で両親と姉を亡くした女性が、寒行団の一人となって56年ぶりに当時暮らしていた浅草を訪れる。隅田河畔での地獄絵図が回想として描かれている。立松は2010年死去。
石田衣良の「空色の自転車」は、大酒呑みの父親を凍死させた容疑で警察にひっぱられた親友を気遣う中学生3人組が活躍する。前作に続き、これも隅田川界隈が舞台。
赤瀬川隼の「接吻」は、20歳以上も年齢が下の女性に思いを強めていく50代の男性が主人公。初のキスが別れのキスになるが、そのような美しげなことが小説の世界でしか起こらないことは、この年齢になった自分にはよくわかりすぎ、興醒め感すらある。赤瀬川は2015年死去。
菅浩江の「言葉のない海」は、体外受精治療で細胞質を移植されて生まれた男と女が恋に陥るという、近未来を舞台とした問題作。
佐々木譲の「借りた明日」は、北海道出身の作家が描く1895年の富良野盆地。役人に追われている男が開拓地の民家に匿われ、もめごとに巻き込まれるというストーリー。
高橋克彦の「声にしてごらん」は、締め切りに追われる小説家の背後に、何者かの気配が頻繁に訪れる。死期が近い入院中の母が自分の元にやってくるのかと察したのだが、実はそうではなく……。
牧野修の「電獄仏法本線毒特急じぐり326号の殺人」は、惑星間を結ぶ国際鉄騎道公社に勤務する男が主人公。SF風の非現実で混沌とした環境設定に違和感があり、唐突に使われる未知の固有名詞になじめず、読むに耐えずスルー。読者不在の、書き手の自己満足。こういう人間は、世の中に少なからずいる。
安東能明の「夜汽車」は、絶望的な悩みを抱える3人の中学生が示し合わせ、辛い毎日が消えてしまう悲国行きの夜行列車に乗るという、クラスメートの話を耳にしたトオル。両親の再婚で家族と離れて暮らすトオルも一緒に乗り込もうとするのだが……。
江国香織の「前進、もしくは前進のように思われるもの」は、かつてホームステイした英国人一家の19歳になる娘を家で預かることになった女性。家庭では夫とのわだかまりが深まっている。迎えに行った空港で会った英国娘がとった意外な行動とは。
帚木蓬生の「百日紅」は、村の実家で一人医師として暮らしていた父が火災のため突然死亡し、連絡を受けて里帰りした息子の行動と心境を描く。自分は父親を十分の一も理解していなかったのではないかと素直に嘆くシーンが印象的。
筒井康隆の「余部さん」は、作家の「私」のもとに、原稿の最後に大きな余白があると怒ってやって来る「余部さん」という怖い婆さんが登場。目覚めた後にうろ覚えとなった意味不明の夢を文章で再現したようなつくりの話。
角田光代の「秋のひまわり」は、田舎の小学生、花屋をしている彼の母親、その母がおそらく再婚するであろう相手の店員のマナベさんの3人が、それぞれ心に思い描く家族を演じている様子を描いたもの。ところが、本物の家族になりかけたところで……。
吉田修一の「日曜日の新郎たち」は、恋人を交通事故で亡くした主人公と、3年前に妻を亡くした大工の父親の人間関係の妙をソフトタッチで描いたもので、好感度が高い。
(2023.8.19 読)
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